第19話 悪巧み

「まだ着かないの?」


 俺の斜め後ろを歩いている聖夜が愚痴をこぼす。

 これで何回目だ。


「《マップ》を見た感じだと、もう少しだよ」


 常に宝玉を発動状態にして周囲を照らしているので、暗闇の中でもなんとか歩けている。


「要さん、さっきも、もう少しって言ってませんでしたか?」


 少し呼吸の荒い雪音が俺を間に挟んで、聖夜とは逆の左手に並ぶ。


「さっきより近づいたから。もう少しだね」

「ねえ、なんで中年なのに僕たちより元気なんだよ」

「体力おかしくありません?」


 息も切らせずに黙々と歩いている俺を、恨みがましく睨みつける双子。


「健康維持のために体鍛えているから。社会人は体力も必要なんだ、よ」


 一メートルほど川幅のある小川を軽く飛び越えた。

 実際、ジムにも通っているし、週末は欠かさず護身術の道場にも行っている。


「ちょっと歩く速度落とそうよ。僕たちはいいけど」

「そうですよ。私たちは大丈夫ですけど、あちらが」


 双子が背後へ振り返る。

 俺も釣られて視線を向けると、今にも力尽きそうな足取りの負華がいた。

 手頃な長さの棒を拾って杖にしながら、なんとか後を追ってきているが限界か。


「ゲーム、でも、はあはぁ、疲れる、って、ふうふぅ、おか、しく、な」


 負華は顔面汗だくで文句を口にしているが途中で止めた。

 呼吸を整えるのに集中している。


「最近のゲームは3Dデータから筋肉量や身体能力を読み取れるからな。ゲーマーなら体を鍛えておいて損はない」

「没入型の格ゲーマーなんて極めるためにジムや道場に通っている人も多いらしいね。僕たちの知り合いにもいるよ。なあ、雪音」

「あのマッチョ。……私はあの人、苦手」


 共通の知り合いに格闘ゲームにハマっている人がいるのか。

 ちなみに没入型というのは架空のキャラを操作するのではなく、ゲーム内でも自分自身を操作するゲームをネット用語ではそういう。


「ゲーム、は、もっと、インドアな、遊びの、はずですぅぅぅぅ」


 地面にへたり込みながら残った体力を振り絞って、なんとか意見を主張する負華。


「体を鍛えるVRゲームもあるぐらいですから。確か……ゲーム内の動きでも本当に体を動かしたかのように脳が誤認したら実際に体が鍛えられる、とかどうとか」


 雪音はよく知っているな。


「筋トレ界では注目されている技術だね。普通にゴーグルを被って体を動かすパターンが多いけど、最近の研究では寝ながら鍛える方法を模索中らしいよ。現実への影響率は一割にも満たないテスト段階の技術だけど」

「筋トレ界……。オタクは好きなことの話になると饒舌になるよね……」


 負華は疲れているくせに俺へのツッコミは欠かさないようだ。


「ところで、何処に向かっているんでしたっけ?」


 疲れすぎて記憶がおぼろげになっているな。いや、そもそも説明を聞いてなかった説が濃厚か?

 休憩ついでにもう一度話すとしよう。

 俺が近くの岩に腰を下ろすと、双子も座り込んだ。

 双子は説明を覚えているので聞く必要はない。二人でお喋りでもしながら、夜空を眺めておいてくれ。


「砦だよ、砦」

「えっと、私たちが守った?」

「そうじゃなくて、俺たちが行かなかった一番大きな砦を目指している」

「なんでまた」


 前の説明を全く覚えてない、というか覚える気がなかったのか。


「説明したよな。臨時クエストの褒美でTDSもらっただろ。俺たちは四つもらって一人に一つずつ均等に分けられたけど、一番防衛人数が多いっぽい砦はどう考えてもTDSの数と守護者の数が一致しない」


 ただの憶測でしかないが、一番大きな砦には多くの守護者が集まったはず。

 高難易度をクリアしてきたタワーディフェンスの猛者ばかりなら、難しいとわかっていながらあえて選んだ守護者も多いのではないか。

 俺だって候補先として迷ったぐらいだから。

 それに守り切れたということは防衛人数が多かったという根拠に繋がる。おそらくだが十人以上はいるはずだ。

 個人的な考えだと……二十人前後ではないかと予想している。


「たぶん、十人以上いるのにTDSは四つ。揉めないわけがない」

「そうだよね。もらえなかった人は、拗ねちゃうかも」

「それぐらいで済めば御の字だけど、そうはいかないだろう。話し合いをしたところで決着は付かないと思わないかい?」


 俺が当事者なら話し合いで決められたとしても禍根は残るし、仲違いもするだろう。


「まあ、そうですよね。じゃあ、ジャンケンとかくじ引きとか?」

「普通ならそういう展開になるかもしれないけど、この状況だと別の候補があると思わないか?」


 俺が問いかけると負華は眉根を寄せて考えている。


「はい! わかりません!」


 ビシッと手を上げて元気よく答えたのはいいが、もう少し考えようよ。


「明日から何が始まる?」


 直ぐに回答を発表するのもありだけど、ヒントを出してみる。


「明日? ……三日目だから……バトルロイヤル?」

「その通り。だとしたら?」


 もう答えが出ているようなものなのに、負華は悩みに悩んでいる。

 双子は既に理解しているので、頭をぐるぐる回す負華を面白そうに眺めているだけ。


「先生! わかりません!」

「考える気がないだろ。当事者の気持ちになって考えてみたら答えは簡単。報酬のTDS受け取りを明日まで引き延ばしにして、バトルロイヤルが始まったら実力行使」


 そこまで話すとさすがに理解したようで、その光景を想像した負華の眉間にしわが寄る。


「つまり、勝った人が総取りするってことですか?」

「もしくは、褒美の数と同じく四人になるまでとか、かもな」


 それこそ、既に四人ずつのグループに分かれている可能性だってある。

 グループを作った連中が砦内に潜み、バトルロイヤルが実装と同時に戦闘がスタート。となるのではないか。


「でもでも、もし、そうなったとしたら危なくないですか! なんでわざわざ、そんな危険な場所に向かってるの? 破滅願望とかあるの?」

「ないよ。よく考えてくれ。俺の予想通りの展開になったら、そこでの勝者は圧倒的有利になる。臨時クエストの褒美だけじゃなく、そこで戦った他の守護者のTDSも奪えるのだから」

「確かに!」


 その考えには及ばなかったようで、負華は手を打ち鳴らして感心している。

 ちらっと双子に目をやると、二人は驚く素振りもなく真面目な顔で黙っていた。


「砦の連中は自分たちの争いに部外者が参加するとは思ってもいない。そこで、俺たちもこそっと乱入して掻き回そう、って魂胆だよ」

「つまり、漁夫の利! 美味しいとこだけかっさらおうって悪巧みですね!」


 人聞きは悪いが、言葉を濁さずに言うなら……その通り。


「向こうは俺たちの存在を知らないから無警戒。砦の戦いに参加した連中はお互いの能力を把握しているが、俺たちの能力は知られていない」

「狡いけど、有利ですよね。でも、でも、私たちも向こうのTDSが何か知らないですよ?」


 負華にしては珍しく的確な意見だ。

 そこは俺も危惧していたポイントではある。


「気づかれずに不意打ちしたら問題はない。初めは傍観に徹して相手の能力を把握してから行動に移すのもありだけど。……そこら辺は臨機応変に」


 計画を事前に立てておくことは重要だけど、予想通りにことが運ぶとは限らない。

 最終的に重要なのは各自の判断力。

 それに俺たちのTDSは不意打ちに向いている。《矢印の罠》《落とし穴》を使えば一人ずつ対処することも可能。

 いざとなれば火力だけはある負華のTDSで一網打尽にすればいい。


「行き当たりばったりなら任せてください!」

「負華は俺の指示に従ってくれ。聖夜、雪音は自由にやってくれて構わない」


 双子に関しては信用しているので問題はない。

 負華は好きにやらせると……ろくなことにならないのは、今までの言動から明らかになっている。これは予想ではなく、確定事項。


「私と二人に対する信用度の差が開きすぎてません⁉」

「胸に手を当てて考えてごらん?」


 言われたとおり自分の胸に両手を当てて、何故か軽く揉んでいる。


「セクハラ!」

「なんでだよ!」


 負華と話していると真面目な空気にならないな。

 説明に時間を取ったので、休憩もこれぐらいで充分だろう。


「そろそろ、行こうか。朝までには砦付近に到着しておきたいし」

「防衛戦のときみたいに砦まで一発で飛べたら楽なのにぃぃ」


 あの時の便利な仕様は使えなくなっていて、マップを何度タップしようが変化はなかった。


「それじゃ、行きますかっ。雪音大丈夫か?」

「余裕だよ。若いし、ね」


 双子がへたり込んでいる負華を横目で見ながら立ち上がる。


「それは挑発行為と受け取って相違ありませんね! ふんぬうううう!」


 気合いを入れて雄々しく立ち上がった負華だったが、よろけて川に落ちそうになる。

 慌てて腕を掴んで引き寄せた。

 俺の胸に飛び込む形となった負華は驚いた顔で見つめていたが、ふと顔を逸らす。


「この状況……猫なで声で甘えたら落ちるんじゃね? よっし、胸を強めに押しつけて……」


 悪巧みが全部聞こえているのだが。


「要さんの、胸板分厚いー。ステキー。なんかカッコイイー。パワフルー」


 棒読み。表情が硬い。語彙力がない。

 おまけに顔面真っ赤で脂汗が浮いている。

 無理して慣れないことをするから。


「わたしー、つかれたからー、おんぶして欲しいなー。てへっ」


 負華は頬に指を当てて小首を傾げている。

 まだ続ける根性だけは認めてもいいかも。


「聖夜、雪音、判定は?」


 傍観していた二人に話を振る。

 双子は顔を見合わせて、何やら話し合うとこちらに向き直った。


「お姉ちゃん、演技力マイナス一万点!」

「女の武器の使い方がド素人!」


 厳しい採点だ。


「ううっ、頑張ったのにぃぃ」

「はあーーー。ほらっ」

「えっえっ、もしかして、めっちゃチョロい? ふっ、なんだかんだ言っても所詮男か」


 俺が背負っていたバックパックを前に回して負華の前でしゃがむと、失礼なことを口にした。


「時間が惜しいから。少しの間ならおんぶしてやるから」

「あっ、えっといいんですか? それじゃあ、遠慮なく」


 自分から誘惑しておいて、いざその状況になると躊躇して照れているのか負華らしい。

 背中に感じる二つの柔らかな感触を意識しないようにして立ち上がる。


「でもさ、いくら体力があっても背負ったままだと余計に歩くの遅くならない?」

「そうですよ。結局は時間をロスすることになりませんか?」


 双子の心配はごもっとも。

 だけど、俺だって無策じゃない。


「それは大丈夫。こうするから」


 足下に《矢印の罠》を発動させると、手を放した。

 油断していた負華が地面に尻餅を突くと同時に、その体勢のまま前方に二メートル進み。更に罠を踏んで二メートル進む。

 それを繰り返してあっという間に十メートル先まで移動した。


「騙したぁぁぁ。扱い酷くないですかぁぁぁぁ。優しくされたと思ったのにぃぃぃぃ」


 遠くから負華の遠吠えが聞こえる。


「要さん、それはアウト」

「私も酷いと思います」


 これぐらいしても許されると思ったのだが、二人にも不評のようだ。

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