第20話 二日目終了 三日目開始

 森を抜けた崖の上に伏せた状態で眼下に視線を向ける。

 目標の砦を目視できた。

 俺たちが守った中州の砦より二回りほど大きく、かなり頑強な造りをしている。

 分厚く高い壁に囲まれて、川に面した壁には吊り下げ式の跳ね橋が架かっている。今、跳ね橋は上げられていて向こう岸からの侵入手段がない。

 目視できる範囲ではあるが人影が見当たらないようだけど。……全員が砦内にいると予想される。


「偵察ができるTDSとかあったら便利だけどなー」

「うーん、タワーディフェンスの罠でそういうの見たことないかも」


 双子と同じく俺もそういった罠を見た覚えがない。

 基本的には攻めてくる敵を迎撃する能力がメインのゲーム。普通のタワーディフェンスでは使い道のない能力は、おそらくこのゲームには存在しないと思われる。


「なんとか間に合って良かったですね! うっひょーたっけー」


 崖の縁ぎりぎりまで移動した負華が下を覗き込んで喜んでいる。

 二人でレベル上げをした経験が生きているので、この高さでも少し余裕があるようだ。

 空が明らみ始めているので朝日が昇るまで、あとわずか。


「ここだと向こうの様子もよくわかるし、《バリスタ》を撃ち込むなら最高の射撃ポイントだ」


 それに崖の先は下り坂になっているので鉄球を転がすのにも向いている。


「本当に争いが起こるかわかんないから、ここで待機でいいんじゃ?」

「私も聖夜の意見に賛成です」

「よくわからないので、お任せします!」


 全員の同意を得たので、この場所でログアウトすることにする。


「みんな、今日の夜も開始時間にログインできるかい?」

「何があろうと、入るよ!」

「聖夜のスケジュール管理は任せてください」


 聖夜はやる気満々だし、しっかり者の雪音がいるなら遅れることはないだろう。


「私は……誠心誠意努力します!」

「時間厳守で。もし遅れたら放っていくから」

「そんな酷い!」


 心配の種である負華に釘を刺しておく。

 バトルロイヤルがいつ開始するかは不明だけど、三日目開始と同時に始まるとしたらログインの遅れは致命的なミスとなる。


「じゃあ、今日はここまでかな。お疲れ様、また夜に」

「お疲れー」

「お疲れ様です」

「おつおつー、まったねー」


 全員が手を振りながら光の粒子となり弾けた。






 VRゴーグルを外してベッドの上で体を伸ばし、軽くストレッチをする。

 二日目も充実していたな。仲間も増えて、目標もできた。今日の夜が楽しみだ。

 ベッドから身を起こすと、いつもの服に着替えて朝食、二人の紅茶を準備する。寝ぼけ眼の二人といつもと変わらぬ会話をして出社。

 代わり映えのない業務をこなし、同僚の直井と無駄話をしていると就業時間。


 一日中、デスパレードTDオンライン(仮)のことを考えていたせいか、一日が早く感じた。

 少し残業をして帰ったので、母は既に就寝。姉は引きこもってゲーム中。

 二人の紅茶カップを眺めながら珍しく晩酌でもしようかと思ったが、酒で脳の動きが鈍るとゲームを楽しめないので炭酸水で我慢する。

 風呂にも入り、すべての準備が整ったところでVRゴーグルを装着。


「さあ、待ちに待った三日目だ」


 朝から持続している興奮状態のまま、ゲームの世界へ飛び込んだ。






 目の前には崖。そしてうつ伏せ状態で並んでいる三つの尻。

 まさかの最後か。双子はともかく負華に負けたのが悔しい。

 こちらにはまだ気づいてないようなので、大きく深呼吸をする。

 朝日に照らされ、濃い緑の匂いを運んでくる風が心地良い。

 気持ちが整ったので声を掛けるか。


「みんな、早いな」


 一斉に三人が振り返る。


「試しに五分前にログインしたら入れたんだよ」

「おはようございます、要さん」

「やだなー、遅刻ですよー。重役出勤ですかぁ?」


 負華がここぞとばかりに煽ってくる。二日目に言われたことを根に持っているのか。


「遅れてはないよ。今が正式な開始時間だから」


 俺が約束や時間を守らないわけがない。


「三日目が始まったけど、運営から通知は――」


 俺の言葉を遮るかのように、いきなり宝玉が目の前に現れた。

 それは俺だけではなく三人も同様で、皆の前にも突如現れた宝玉が浮いている。

 何の前触れもなく、宝玉は目も眩むような光を発した。


「「うわっ、眩しい」」

「目がああああぁぁ」


 咄嗟に目を閉じると三人の叫び声が聞こえる。

 しばらくすると、目蓋越しの光も声もなくなったのでゆっくりと目を開けた。

 目の前に広がるのは遮蔽物がない空と雲海。平らな地面の上には多くの人々。このシチュエーション覚えがある。

 ゲーム初日にログインしたばかりの場所か。山のてっぺんなので見通しが最高で、強風が時折吹き抜けていく。

 前回は全員が肌に張り付く、シンプルで統一された服装だったが今は私服。

 俺は長袖シャツとジーパン姿。ゲーム内でも見慣れた格好だ。


「あ、あれっ? ここって?」


 少し離れた場所で身を縮めて辺りを忙しなく見回している負華を発見。

 しばらく観察していたが、誰とも目を合わさず困り果てた顔で地面をじっと見つめている。

 俺が歩み寄り肩に手を置くと、びくりと体を震わせて恐る恐るこっちを見た。


「ひっ、ひいい。すみません! 何か私が……って要さんじゃないですかー。脅かさないでくださいよ、もう」


 今にも泣きそうだった顔が一変して満面の笑顔になる。

 そういや、引きこもりで人見知りだったな。俺への態度が馴れ馴れしいから、そのことをすっかり忘れていた。


「負華もいるってことは、聖夜と雪音も……いたいた。おーい」


 隅の方で固まっていた双子に声を掛けて手を振る。

 緊張した面持ちだった二人が俺の方へ駆け足でやって来た。


「要さんに、お姉ちゃんもいたんだ」

「二人ともご無事のようで何よりです。ところで、これはいったい」


 二人も現状を把握できていない。

 もちろん、俺もわかってはないが断言できることがある。


「疑問は直ぐに氷解するよ、ほら」


 山頂の中心部には初日と同じく派手な舞台があり、その中心に司会進行役のヘルムがいた。

 真っ赤なロングヘアと整いすぎている美貌。手足がすらりと伸びた理想の体型はスーツですら、輝いて見える。目を引く容姿は健在だ。


「三日目まで生き延びた猛者の皆様、お久しぶりです! みんなのアイドル、ヘルムでーす!」


 いつ運営からアイドルになったのかは知らないが、マイクを手に元気いっぱい挨拶をしている。


「三日目の開始となりましたが、説明のために一旦こちらに集まってもらいました。そう、皆様お待ちかねのバトルロイヤルが実装されました!」

「おおおっ!」

「待ってたぜ!」

「これが一番楽しみだったんだよ!」


 沸き立つ守護者。

 三人の手前、澄まし顔をキープしているが本当は周りの人たちと同じように、拳を振り上げて歓声を上げたい。


「要さん、ニヤついていて気持ち悪いですよ」


 負華の指摘を受けて自分の口元に手をやると、確かに笑っている。

 堪えきれなかったか。


「ルールは単純明快。倒した相手のTDSが即座にゲットできます! レベルを上げて鍛えたTDSがそのまんま奪えるシステムです。なので、高レベルの強敵を倒したら、見返りは大きくなるって寸法です」


 なるほど。TDSを集めるだけなら弱い相手を狙った方がいい。だけど、強者を倒すメリットも存在する、と。

 後半になればなるほど強化されたTDSをゲットできる可能性が高くなる。悪くないシステムだ。


「事前に説明していたように、バトルロイヤルで最後の一人になったところでゲームクリアー。このテストプレイを参考にして公式版を発売します。途中でゲームオーバーになった方は楽しみにして待っていてくださいね」


 そういや、まだテストプレイ期間だった。

 あまりにもよく出来たゲームなのですっかり忘れていたよ。


「とはいえ、臨時の防衛クエストもありますので、全員を早めに倒してしまうと後々、苦労することになるかも? 協力するか敵対するかは、貴方次第です」


 運営に言われるまでもない。俺たち四人は最後に残るまで協力して、その後は殺し合いだ。

 急に手のひらを返して裏切るような真似はしないと、信じている。


「ふふっ、圧倒的火力の私が有利!」


 隣で拳を握りしめて不審な笑みを浮かべている負華だけは信用度が低いけど。


「では、皆様をこの山の麓へランダムに転移させます。転移後にバトルロイヤル開始ですので、頑張ってくださいね!」

「えっ、ちょっと待――」






 木々に囲まれポツンと一人。


「おいおい、嘘だろ」


 周囲には誰の気配もない。

 この展開は想定外。二日目にログアウトした場所から始まるわけじゃないのか。

 事前に立てていた計画が水の泡。

 各自バラバラに転移させて殺し合いをさせる。バトルロイヤルっぽい演出といえばそれまでだが、三人とはぐれたのは痛い。

 双子はなんとかなりそうだが、頭痛の種が一人。


「敵に見つかったら泣き喚きながら攻撃するか……逃げ回りそう」


 負華が心配でしょうがないが、能力的には俺が一番危険だ。

 《矢印の罠》《デコイ》

 直接攻撃の手段がない!

 狙われたら防戦一方でなんとか凌ぐだけ。


「早く、誰かと合流しないとヤバいな」


 まずは自分の身の安全。

 三人を探しつつ、他の守護者と遭遇しないように最大限の注意を払って行動しなければ。


「あー、バックパックも崖の上に起きっぱなしか」


 食料も武器もあの中にある。取りに戻るか、もう一度廃墟に取りに行くか。どっちの方が近いだろう。

 でも、まずは仲間との合流を優先だな。


「おっ、獲物発見」


 そんな俺の計画はあっさりと砕かれた。

 進路方向を遮るように歩み出る人影。

 襟足の長い茶髪に銀のネックレス。だぼっとしたサイズのTシャツとポケットが複数あるカーゴパンツ。それに腕時計と両手にはいくつもの指輪。

 ストリート系のファッションで身を包んだ、青年が現れた。

 顔の造形は悪くないが、軽薄そうな笑みが台無しにしている。


「オッサンは守護者だよな。俺に見つかったのが運の尽き。死んで俺の養分になってくれや」


 初戦の相手はこいつか。

 逃げる選択肢もあるが「ゲームは最大限に楽しむ」がモットー。

 こんな美味しいシチュエーションで興醒めするような真似をしてたまるか。

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