第21話 対人戦

 初対戦の相手がアレか。

 偏見込みの見た目で判断するなら、チャラくて頭も悪そう。

 タワーディフェンスをするタイプには見えないが、外見で判断する危険性は重々承知している。見た目に反して有能な社会人は俺の部下にもいるから。


「運が悪かったねオッサン。この俺様に見つかるなんてよ」

「その痛々しい一人称は日頃からなのかな。それともゲーム内ではロールプレイングを重視するタイプなのかな?」


 偉そうな態度を崩さない男に対し、少し挑発してみる。

 眉がピクリと動いたが怒るどころか……笑みを浮かべた。


「いいね、その切り返し。個性的で魅力的な悪役って最高だと思わねえか?」

「あえて、演じていると」


 俺の質問に肯定も否定もせずに、ただニヤリと笑った。


「こういう、やり取りを待ってたんだよ。ゲーム世界で思う存分、殺し合いをやれる。だったら、過程も楽しむべきだろ」

「わかってるね。ゲームは楽しまないと損だよな」


 服装のセンスは真逆だが、ゲームに対する姿勢は似ているところがあるようだ。


「じゃあ、それっぽく自己紹介でもするか。俺様の名はバイザー」


 親指で自分を指差し、名乗りを上げるバイザー。

 どこからどう見ても日本人顔なのだが、名前は洋風。ゲーム内では本名を使わないプレイヤーか。


「こちらも名乗らなければ失礼に値するな。俺の名は肩上 要だ」

「おっと、本名でやるタイプか? わだかみって変わった名字だな」


 このノリに付き合っているのが嬉しいのか、心底楽しそうに笑い目を輝かせている。

 戦わなければならない相手なのに嫌いになれないな。


「でだ、オッサン……いや、ワダカミ。あんたのTDSはなんなんだ?」


 キャラを思い出したのか、嘲るような笑みを浮かべて舐めた口調を維持しているが、油断は一切見せずに距離を詰めてこない。

 十メートルより少し離れた間合いを保っている。

 あちらもTDSの配置できる距離を理解していると考えて間違いない。


「キミが教えてくれるなら、教えてもいいよ」


 先に相手のTDSを知った方が有利に立つ。そんなことは誰だってわかっている。

 ――わかってなさそうな人物が頭に浮かんだが、今はノイズなので振り払う。


「いいぜ、教えてやるよ」

「えっ」


 予想外の言葉に驚き、声が漏れる。

 さっきまでのやり取り、この間合いの取り方。頭のキレる相手だと警戒していたが、過大評価だったのか?


「俺のTDSはそれだよ」


 バイザーの発言と同時に側に立っていた大木の裏から、何かが飛び出してきた。

 ソレの姿を確認する間もなく、後方へ飛び退くと同時にソレの足下に《矢印の罠》を発動させる。

 眼前に銀の軌跡が通り過ぎ、前髪が数本はらりと宙に舞う。

 そのまま数歩距離を取った状態で正面を見据える。

 目の前には大剣を振り下ろした状態の全身鎧で覆われた剣士がいた。


「ソレが俺のTDS《鉄の剣士》だぜ」

「召喚系の罠か」


 《鉄の剣士》とは地面に描いた魔方陣から全身鎧の剣士が現れ、敵を自動攻撃してくれる、といった罠。前作にも登場したので覚えている。

 苦手なタイプの罠だったから、俺はほとんど使わなかったけど。


「前のゲームでは使い勝手がいまいちだったけどよ、ここでは最強の能力だと思わねえか?」


 勝利を確信しているのか、バイザーの声から余裕さが感じられる。

 この自由度の高いゲームでは確かに有利なTDSだ。


「自動で戦う兵士か。羨ましいね」

「だろ。予め召喚して潜ませておけば、不意打ちも可能だからな。だが、今のを避けられるとは。完全に決まったと思ったのによ。いや、ちょい待て。立ち位置がずれている……何かしたな?」


 普通ならあの一撃で終わっていた。咄嗟に出した《矢印の罠》を《鉄の剣士》が踏んで後方に移動していなければゲームオーバー。

 《矢印の罠》は即座に消したので、バイザーは罠を目視できなかったようだ。

 《鉄の剣士》は振り下ろした剣を担ぎ直し、こちらを正面に捉えている。今のところ微動だにしていないが、いつ動き出すかわからない。


「で、俺様のネタばらしはしたんだから、そっちも当然してくれるんだよな? 約束したよな?」

「そうだな、約束は……守らないと。俺の罠はコレだよ」


 何もない地面に《矢印の罠》を再び発動させる。


「マジで見せてくれるのかよ。あんたバカ正直だねえ。そういうの、嫌いじゃないぜ」


 喜んでもらえたようで何よりだ。

 損な性格をしているとは自覚しているが、これだけは譲れない。


「《矢印の罠》ってことは、踏んだら矢印の方向に強制移動ってヤツか」

「ご名答」


 前作を既にプレイ済みの相手だ。誤魔化しは通用しない。


「可哀想に、外れのTDSかよ」

「それはどうかな」


 当初は俺も失望したが、何度も使っていく内に愛着が湧いてきた。

 それに、この《矢印の罠》は大きな可能性を秘めている。


「互いのネタバレも済んだってことで、続きやろうぜ!」

「そうだな」


 《鉄の剣士》がこちらに向かって一歩一歩迫ってくる。

 バイザーは定位置から動くことなく、俺を注視。余裕の態度を見せながらも警戒は解いていない。

 一応、道場に通って武術を嗜んでいる身としての感想だが、《鉄の剣士》の一撃は鋭くキレがあった。アレを正面から受けて何度も躱せるかは……怪しい。

 周囲は木々が生えているが密集しているわけでもなく、ここは少し開けた場所なので問題なく動ける。

 足場は平坦とまではいかないが、足を取られるほど荒れてはいない。


「なんとかするしかない、か」


 まずは《鉄の剣士》を遠ざける!

 相手が一歩踏み出したところに《矢印の罠》を設置。

 それを踏む直前に移動先へ二つ目の《矢印の罠》を置く。

 細かい指示はできないようで《鉄の剣士》はあっさりと罠にかかり、斜め後ろへ四メートル移動させられた。

 バイザーと真逆の方向へ飛ばされたことで、俺の前を遮る障害は消えた。何もわざわざ《鉄の剣士》を倒さなくてもいい。守護者を直接叩けば勝ちだ!


 《鉄の剣士》には目もくれず、バイザーへ向けて全力で駆け寄る。

 相手まで十メートルを切ったところで《矢印の罠》をバイザーの足下に発動させて、こちらへ強制移動させようとした瞬間、風の鳴る音がした。

 何も考えず前方へ転がるようにして跳ぶ。

 直ぐ後ろから地面に何かが突き刺さった音がした。

 素早く起き上がり後方へ視線を向けると、剣を振り下ろした姿の《鉄の剣士》。


「一体しかいないなんて、誰も言ってないぜ?」


 剣を担ぎ直した《鉄の剣士》の後方に歩み寄る、もう一体の《鉄の剣士》。

 そして、更に後ろから強制移動させられたもう一体も合流。

 俺を取り囲むように三体の《鉄の剣士》が剣を突きつけてきた。


「四面楚歌ってヤツだぜ、どうすんよ」

「四面楚歌には、もう一体欲しいところだ」


 強がりを口にしながら、頭を猛スピードで働かせている。

 一歩踏み込めば剣の間合い。一撃は避けられたとしても、残り二体の攻撃は回避不能。

 なんとか躱したとしても、敵に背を向けてバイザーへ向かうのは無謀。

 それに加えて、バイザーがまた十メートル以上、距離を取っているのがいやらしい。


「ワダカミ、言い残すことはあるか? それとも、辞世の句でも詠むかい?」


 見た目、口調とは裏腹に、言い回しに知性を感じさせる。


「まだ、生きるつもりだから、ないな」

「上等。面白かったぜ、ワダカミ」


 バイザーは右手を掲げ、大きく振り下ろす。

 それを合図に三体の《鉄の剣士》が踏み込み、剣を振り下ろした。


「初戦の相手としては最高だったぜ。……って、おい! ワダカミがいねえ⁉」

「ここだよっ!」


 バイザーの直ぐ横まで瞬間移動した俺は、掌底を脇腹へと叩き込む。


「ぐはっ! ぐあああっ、いってえええええっ!」


 地面をのたうち回りながら苦痛を叫ぶバイザーに止めを刺そうとしたが、視界に《鉄の剣士》が割り込んできた。


「どうやって、追いついた⁉」


 残りの二体も向かってきたので、俺は大きく距離を取るしかなかった。

 大木を背負って荒い息を繰り返すバイザーを庇うように、三体の《鉄の剣士》が半円状に並んでいる。

 追撃を加えようにも、入り込む隙間がない。


「や、やるじゃねえか、オッサン。罠を自ら踏んで利用したのか」

「ああ、ちょっとオプションをいじらせてもらってね」


 守護者が起動した罠は当人が踏んでも反応しない仕様になっていた。自爆を免れるための当然の処置だといえる。

 だが、その仕様はオプションの項目で変更が可能で、自分が踏んでも発動するように変えさせてもらった。

 他の罠だと危険なだけで何のメリットもない変更だが《矢印の罠》とは抜群に相性が良い。これで、さっきのような高速移動が可能となった。

 負華や双子の前では、この活用方法をあえて見せてはいない。……後々のことを考えて。


 狙い通りにことが運んだ……筈だったのだが、誤算はバイザーの洞察力と判断力。

 俺が何をやったのか瞬時に理解して、攻撃を食らいながら《鉄の剣士》を操り、俺と同じように《矢印の罠》を踏ませて追いかけさせた。


「かーっ、まだ痛ぇ。オッサン、じゃねえ。ワダカミ、あんた格闘技か何かやってるのか?」

「護身術を少々」

「どおりで、メチャクチャ痛ぇし、様になっていたぜ。絶体絶命のピンチからの逆転劇。決まっていたら最高だったのによ」

「オジさんに花を持たせてくれてもいいんだぞ」


 本当は一撃で昏倒させたかったが、足場の悪さと体勢の不十分さが響いた。道場のようにはいかなかったか。


「ふうー、少し痛みが引いたか。さーて、お互いにネタバレは済んだ。どうする。続けるかい?」

「やめる、と言ったら見逃してくれるのかな?」


 攻撃を当てはしたが、有利な状況とは言い難い。

 だが《鉄の剣士》についての情報は得た。しかし、俺と同じようにバイザーがもう一つTDSを持っている可能性がある。

 もし、切り札を隠し持っているなら――。


「見逃すぜ。っていうかだな、ここは再戦を誓って別れた方が燃える展開じゃね?」

「そのシチュエーション……いいな」


 強敵との死闘。再戦を誓い合い、互いに鍛えた状態での再会。

 王道中の王道。男のロマンが詰まっている。

 この熱い想いを共有できるバイザーを序盤に失うのは惜しい。


「その提案乗った」


 構えを解いて両手を挙げる。

 ここで見逃せば後々厄介な相手になるのは確実だろう。だけど、ゲームは楽しんでこそ。


「さすが、わかってくれるねー。じゃあ、ここでさらばだ……強敵ダチよ」

「またな強敵ともよ」



《鉄の剣士》に背負われてバイザーが去って行く。

 ヤツとの再会を心から待ち望んでいる自分がいる。

 また、このゲームでの楽しみが増えた。本当にヤバいぐらいハマってしまった。

 余韻に浸りながら前髪を掻き上げ、颯爽とその場を去ろうと一歩踏み出す。


「うぎゃああああっ! 誰かー! 要ざああああん! 聖夜ぐうううううん! 雪音ぢゃあああああん!」


 どこからともなく響いてきた耳障りな悲鳴が、俺の余韻を吹き飛ばしてくれた。

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