第22話 またも合流
「ヘルプ、ヘルプミぃぃぃぃぃぃっ!」
またも聞き慣れた悲鳴が響いてくる。
耳を澄まして神経を尖らせ集中してみるが、周囲の木々に反響して何処から声が聞こえてくるのか判断が難しい。
周囲を見渡しても木々が邪魔で視界が遮られている。
「あれは使えるか」
近くに見えた切り立った崖まで走りながら、宝玉を起動させる。
緊急クエストの褒美として得た経験値のおかげで、現在のレベルは6。二つ能力を強化できるのだが、保留中だった。
「仕方ないか。迷っている時間も惜しい」
設置場所をタップして、新たに《壁》を追加。
崖の前に到着すると上空を見上げる。
高さは十メートルに届くかどうか。ロッククライミングの上級者ならなんとか登れるかもしれないが、普通は登る気すら起きない、地面から垂直に伸びた崖の斜面。
「発動」
その斜面に手を触れて《矢印の罠》を出す。
重力に逆らい、俺の体は上に持ち上げられる。ふっ、と体が軽くなるが、続いて下へ引っ張られる感覚。
落下するよりも早く、再び《矢印の罠》を斜面に貼り付けて、触れる。
それを繰り返して崖の上に到達した。
ここなら見晴らしもよく、負華も探せるはず。
額に手を当てて辺りを見回す。声は遠くなってしまったが……負華なら。
ドンッ、という激突音と砂煙が左前方から届いてくる。
直線上に何本かの木々がなぎ倒されているのも確認できた。
「あそこか!」
《矢印の罠》を駆使して崖下の地面に降り立つ。
更に目的地へ向けて、罠を並べる。
「間に合ってくれよ!」
「ここは話し合おうじゃないですか! 人は言葉を話す生き物! 暴力なんて最低な手段に訴えるのはやめましょう!」
尻餅を突いた負華が賢明に相手を説得している。
いや、これは命乞いか。
俺は大木の後ろに隠れながら覗いている。一見ピンチのようだが、余裕があるようにも見える。
「そうやね。アンタが……いきなり攻撃をかましてこんかったら、説得力はあったやろうな!」
「ひいいいいっ、出来心なんですううぅぅぅ」
怒り狂う相手の気圧され、頭を抱えて怯える負華。
これだけのやり取りで状況は把握できた。
相手は……関西弁が特徴的で、ボーイッシュな短めの髪型にヘソを出しているシャツに短パン姿。
声、服装からして二十歳前後の女性に見える。
負華が不意打ちで攻撃してみたものの失敗。という流れか。
「いきなり、ごっつい矢が飛んできたから何事かと思うたら、次は玉が転がってくるし。おまけに逃げながら、もう一回やったよな?」
「違うんですぅぅぅぅ。乙女の防衛本能なんですぅぅぅぅ」
「じゃあ、うちも乙女やから防衛しても文句はないな?」
「争いは争いを生むだけですよ?」
嘘泣きをすっとやめて、真顔でツッコミを入れる負華。
その態度に怒りが頂点に達したのか、こめかみをヒクつかせながら、関西弁を話す女性はすっと右腕を負華に向けた。
「死ねやボケええええええ!」
女性の前に現れたのは台座の上に乗っかった四角い鉄の箱。大きさは一辺が一メートル未満か。
その箱の正面には無数の穴――合計六つ空いている。
「穴は六つや! うちの罠もあんたをぶち殺すのに賛成やって!」
「女の子が穴とかぶち殺すとか、大声で言っちゃダメですよ」
「じゃかましいわ!」
火に油を注いでどうするんだ。
あの罠は《サイコロ連弩》か。強い武器なのだが運要素が絡んでくるから、扱いづらく好きではなかった。
ランダムで攻撃回数が一から六まで増える仕様なので、六ならかなり強いのだが一が出たらお察し。
今回は見事に六を引き当てたようだ。
現状としては関西弁の女性が反撃するのはもっともだし、やり返す権利もある。
何も知らなければ傍観に徹していた。勝利して油断したところを不意打ち、が一番勝率は高い。だけど――
「やめてえええええっ! ちょっと年を食っていて、見た目もパッとしないけど、良い感じの寄生相手見つけたのにいいいいぃぃぃ!」
助けるのやめようかな。
「リアルでお兄ちゃんに見捨てられたら、転がり込む予定なのおおおぉぉぉ」
帰ろうかな……。
「なんのことかはわらんけど、あんたみたいなのに付きまとわれて迷惑やったんとちゃう。うちが倒したらきっと、感謝してくれるわ!」
確かに!
なんて思いながらも、俺は罠を発動していた。
放たれる六本の矢と負華の間に俺は両手を広げて立ち塞がる。
矢が突き刺さる音が六回。
「なんや、あんた! そんなヤツをかばったんか!」
「えっ、要、さん? 嘘でしょ⁉ なんで、なんで、私なんかを……」
いきなり現れた存在に驚愕する関西弁の女性。
体にしがみ付いて泣きじゃくる負華。
「ちょろい男だなんて思ってごめんなさい! 命をかける程、私に惚れていたのを気づけなくてごめんなさいいいいいぃぃぃ。私って、私って、なんて罪な女なのおおおおぉぉぉ」
号泣してはいるが、口元が少し嬉しそうに笑ってないか?
こいつ悲劇のヒロインを演じられて喜んでないか?
「要さんに助けられた命、大事にしますね……。私はあなたになんか負けない!」
涙を拭い雄々しく立ち上がる負華。
「そもそも、あんたが不意打ちかましてきたのが原因やのに、なんやねん、この、罪悪感は!」
被害者だったはずなのに加害者にされてしまった相手。
「今度こそ外さない!」
負華の前に《バリスタ》が現れた。
――矢が突き刺さったまま、棒立ち状態の俺の体を吹き飛ばしながら。
「あんた、助けてくれた相手になんちゅうことを……」
「要さんはこんなことで怒らない! きっと、私の成長を草葉の陰で喜んでくれている!」
白い目で見ているよ。
「要さん、か弱い私に力を貸して! 食らえ、愛と絆の一撃を!」
「男はそんなことを思うてないやろおおおおぉぉぉ」
放たれた矢は狙った対戦相手を貫いたかのように見えたが、足下の地面に突き刺さっている。
「狙いが外れた?」
「あっぶなー。ギリギリ間に合ったわ」
よく見ると《バリスタ》が半分地面に埋まっている。台座部分が地面に沈んでいた。
「あんたもTDS二つあるみたいやけど、うちかて二つ持ちや」
俺たちと同じように緊急クエストをクリアーして新たなTDSを与えられた守護者だったか。
「残しておくと面倒なことになりそうやけど、アンタの攻撃音で他の連中が寄ってきそうやしな。ここはひとまず、勝負預けとくで」
「逃がさない、要さんの仇!」
負華が髪を振り乱して叫んでる。
あの大げさな身振り手振り、潤んだ瞳に高揚した横顔。
こいつ、この場の空気と自分の演技に酔ってるな。
「いつまでも付き合ってられるか。アンタはどうでもいいけど、その男には同情するわ。巻き込んでもうて堪忍な」
関西弁の彼女は俺に手を合わせて頭を下げると、追ってこないように《サイコロ連弩》を乱射しながら姿を消した。
相手の姿が見えなくなると、負華はその場にへたり込んだ。
そして「よっこらっしょっ」と立ち上がると、吹き飛ばされうつ伏せで地面に寝転がっている俺に歩み寄った。
隣にかがむと、優しく微笑んで髪を撫でている。
「要さんの想いに気づかないでごめんなさい。今までのは照れ隠しだったんですね。私の豊満な胸にねちっこい視線を感じることは何回もありました。それは男のサガだから仕方ないなーと、気づかない振りをしてきたのですよ」
「見てない」
「ふふっ、強がらなくてもいいんですよ。私を迷惑そうにしていたのも好意の裏返しだったんだ。男の人って頼るより頼られるのが好きなんですよね? 乙女ゲーのクール系キャラが言ってました」
「虚構と現実を一緒にしないでくれ」
「無理しちゃって。あれ、おかしいな。悲しすぎて、あの世へと旅立った要さんの声が聞こえる。いけない、いけない。強くなるって誓ったのに」
自分の頭を軽く小突いて、舌を出す負華。
これ以上は見ていられないので、背後から負華の肩をがっしりと掴むと力任せにこっちへ向かせた。
「……幻覚が見える……いけない、いけない、強くなるって誓ったのに」
「それはさっきも聞いた。そろそろ戻ってこい。俺は死んでないし、これゲームだぞ」
呆けた顔で俺をじっと見つめる負華。
半眼になると俺の顔をペタペタと触っている。
一通りなで回して納得したのか、手を放すと大きく息を吸い込んだ。
「なんでええええええっ!」
「うるさい! 至近距離で大声はやめてくれ」
俺が言い返すと、負華はしゃがんだ状態のまま素早く後退り、手を合わせて拝み倒してきた。
「ひいいいいぃ。成仏してください! って、ああ、ゲームでしたね。バグかな? 運営に連絡しないと」
すっと真顔になると、まじまじと俺の体を観察している。
「急にテンションを下げるな。それはそれで怖いから。バグでもなくて、あれは《デコイ》」
ネタばらし、なんて大げさなものじゃない。
単純に《デコイ》を《矢印の罠》で移動させただけ。
不意打ちで対戦相手の方をどうにかする案もあったが、相手に同情してしまった結果、折衷案でいくことにした。
「なーんだ、泣いて損した。はああああぁぁぁ。でも、無事でよかったー」
色々と言いたいことはあったが、大きく息を吐いて屈託無く笑う負華を見て、言葉を呑み込む。
「……負華も無事でよかったよ」
「はい!」
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