第2話 招待

 鬱蒼とした森を切り裂くように走る一本の道。

 その上を大軍が列をなして進んでいる。道から外れる者は誰もなく、飛行する魔物ですらバカ正直に道の上を進んでいる。


「範囲に入ったか」


 道の脇に設置されていた無数の小さな塔から矢と魔法が豪雨のように降り注ぐ。

 ヤツらは攻撃に対して反撃する素振りも見せず、黙々と歩き続けるだけ。仲間が次々とやられていくが恐怖を感じることはない。歩みを止める者も引き返す者もいない。

 愚直にただ前へ前へ。

 眼が痛くなるような攻撃の嵐だが、圧倒的な物量と耐久力でその一帯を乗り越える魔物が現れ始めた。


「まあ、これぐらいはやってくれないと、な」


 無数の岩が組み合わさって出来た魔法生命体ゴーレムが自慢の防御力を見せつけ、こちらへと向かってくるが、その姿が消滅した。

 正確には地面にポッカリと空いた穴に吸い込まれるように落ちた。設定では二メートル以上ある巨体だというのに、何体も何体も落とし穴に落ちていく。

 後に続くゴーレムはそこに穴があると理解しているはずなのに避けようともせずに落ちる。

 背中から羽の生えた悪魔がそんな愚かな仲間を無視して上空を通過。だが、急に墜落すると地面にうつ伏せに倒れた。

 対策はバッチリだ。そこには強力な重力が発生する罠が仕込んである。


「止めを刺してやるか」


 城壁の上にずらっと並べて設置されている巨大な弓、弩弓バリスタを起動させ、丸太のような矢を容赦なく撃ち込む。


「一方的な蹂躙劇の始まり、始まり」






「よーし、完璧だったな。攻略完了」


 俺は頭に被っていたゴーグルを取り外す。

 さっきまでVR世界の派手派手しい戦闘を見ていたせいか、自室のシンプルで味気ない内装に苦笑してしまう。

 ベッド、机、椅子、PC、ゴミ箱。それだけしかない。

 他の物はすべてウォーキングクローゼットや各所にある収納の中だ。

 ベッドから身体を起こして軽く柔軟をする。VRは面白いし臨場感もあって最高なんだけど、使用後の違和感をどうにかして欲しい。

 現実の身体とヴァーチャルの身体との認識阻害というか、ちょっとした感覚のズレがあるんだよな。しばらくすれば元に戻るけど。


「それは贅沢すぎる悩みか」


 ここ数年でVR――ヴァーチャルリアリティの技術は急速な発展をした。

 前にテレビでやっていた特集を鵜呑みにするなら、世界中の大富豪たちが協力して有能な技術者たちをかき集め多額の研究資金を投じた結果、らしい。

 VRの世界では望みの容姿になれて、身体も若返り、自由に動くことができる。それが年老いた金持ちたちの夢や望みだった。

 つまり、疑似だけど若返りの魔法みたいなものだ。大昔も不老不死や若返りを求めた者は大勢いた。怪しげな魔法や呪術や錬金術にすがって。


『VRは現代版、若返りの秘薬』


 なんてことをコメンテーターがドヤ顔で言っていたな。

 そんな欲望のおかげで飛躍的に技術が進歩したVRはリアルな映像だけでなく、感覚も再現することが可能となった。視覚、嗅覚、聴覚、味覚、触覚までも。

 ゲームだというのにリアルと遜色ない世界を作り出すことに成功したのだ。当初は富裕層だけの特権だったのだが、こんなおいしい儲け話の種に飛びつかない金持ちは存在しない。

 数年で瞬く間に一般にも広まり現在に至る。


「うーし、最高難易度、インフェルノをクリア! これで完全攻略達成」


 あれから、城門まで迫られる場面が何度もあったが、何とかギリギリで撃退できた。

 俺がやっていたのは《デスパレードTD》

 自由度、映像美、やり応えを売りにしたTD――タワーディフェンスゲーム。

 実際、かなりの難易度だった。TDが好きで古今東西のゲームをやってきたが、このゲームの最高難易度が一番苦戦したのは間違いない。

 一応、救済措置として課金で永続的な能力アップや強力な罠やアイテムを得ることもできたが、そういたものは一切使わずにやり遂げた。

 あと、裏技というかバグを使えば楽に勝てる方法もあるらしい。俺は攻略サイトも開かずに自力でクリアしたので試したこともないけど。

 頭を捻って何度も繰り返して攻略する方が楽しいに決まっているから。


「やっぱ、タワーディフェンスは最高だな」


 ただ、このゲームをやり尽くしてしまうと、他のが味気なく思えてしまいそうで怖い。


「いい年して、未だにゲームなんかやってるのか」なんて馬鹿にする連中もいるが「何歳になろうが面白いものは面白い」と胸を張って言いたい。

 三十代にだって楽しむ権利はあるはずだ。


『最高のタワーディフェンスを貴方に!』


 という売り文句は嘘ではなかった。確かに最高の出来だったと手放しで称賛できる。

 やり遂げた余韻に浸っていたいところだけど……。

 枕の側に置いていた携帯を手に取り、時間を確認する。

 現在、朝の七時。仕事に行く準備をするか。

 素早く着替えると自室の扉を開け、廊下進みリビングダイニングキッチンへと移動する。


 母のこだわりでリフォームされた対面型キッチンに立つと、手早く朝ご飯の準備をする。

 パンをオーブントースターにセットしている間にスープとサラダ、あとベーコンエッグも焼くか。

 食卓に朝食を並べると、そのタイミングを見計らったかのように二人がやって来た。


「いつも、いつも、ごめんね」


 寝癖の付いた頭に半分閉じられた目蓋。薄紫色のパジャマ姿で謝るのは母。

 黒髪のロングで肌つやも良く、自分の親にいうのもなんだけど年の割にスタイルがいい。一昔前だと、こういう女性は美魔女なんて呼ばれていたそうだ。母が自慢げに語っていた。

 ちなみに右目の泣きぼくろがチャームポイントらしい。


「いいから。飲み物はいつもの紅茶でいい?」

「お願いー。今日こそは母の味を堪能してもらう予定だったのに」


 毎日言っているが、実行された試しがない。

 紅茶を三人分用意していると、ダイニングに繋がる扉の開く音が。


「んー、紅茶と食パンの焼けた匂い。最高の目覚めよね、要かなめ」


 寝間着代わりに着ている深緑のスウェット姿で現れたのは四つ上の姉。

 茶色く染めた長い髪に整った顔付き。母の血を濃く引いているらしく、見た目はいい。俺より年上なのにギリ二十代に見える若々しさ。

 朝風呂に入った後らしく、少し湿った髪とほのかに漂うシャンプーの香り。


「その余裕があるなら朝食手伝おうとか、ならない?」

「ならない!」


 胸を張って堂々と宣言する姉。


「適材適所。要が一番、料理上手だからいいじゃない。母さんは家事全般苦手だし」

「母さんの立場が……」


 伏し目がちの母に笑顔を返して、姉が隣の席に腰を下ろす。

 二人の前に紅茶だけ置いて、俺だけが朝食を食べる。


「二人とも朝ご飯ぐらい食べたら? 紅茶だけじゃ身体に悪いって」

「朝ご飯は食べない主義なんですぅー」

「お母さん寝起き直ぐには食べられないから、ごめんね」


 返答がわかっていたとはいえ、言わずにはいられなかった。

 二人ともそのスタイルを維持するためなのだろうけど、それよりも健康が第一だろうに。


「それに要と違って私は在宅の仕事だし、母さんも朝はのんびりしてるし」


 そうなんだよな、俺だけがせっせと職場に通っている。

 最近はリモートワークが主流だとはいえ、それは職種による。サラリーマンなんかは大半がリモートワークで在宅らしい。姉みたいに。


「ビルメンテナンスの人がビルにいないなんて、あり得ないもんね」


 俺の仕事はビルの管理。警備、設備のチェック、清掃、その他。ビルに関することを一手に受け持ち指示をしている。

 と、言えば格好も付くがビルの何でも屋みたいなものだ。


「そのビルに入っている商社もほとんどがリモートワークで、たまに出勤する人をちらほら見かける程度だけどな。っと、そろそろ行かないと」


 立ち上がった俺の背中に姉の声が。


「しっかし、もうちょっとオシャレに気を遣ったら? 私服で出社してもいいなら、もうちょっと、さ」


 振り返るとジト目の姉がこっちを見ていた。

 無地でねずみ色の長袖シャツに紺色のジーパン。それに黒のバックパック。別におかしなところはない。


「シンプルイズベスト」

「なんか、守りに入ってるわよね。もう少し遊び心というか攻めの姿勢が欲しいわ」


 姉はファッションに拘わる仕事をしているので、服装をチェックして口を出してくることがある。大きなお世話だ。


「下らないな。人生は守りに徹した方がいいに決まっている。堅実が一番」


 それだけ言ってダイニングを後にした。






 巨大なビルに入り、うちの会社が借りている階にエレベーターで移動。

 ロッカールームで仕事着に袖を通す。

 ロッカーの蓋の裏側に付いている姿見鏡で全身をチェックする。

 上下、ねずみ色の作業服。機能性を重視した地味でシンプルなデザイン。うん、こういうのでいいんだよ。


「要、何ニヤニヤしてるんだ、気持ち悪い」

「失礼なヤツだな。それにちゃんと課長と呼べ」

「うちは役職だけは豊富ですよね、肩上わだかみ課長」

「そうだな、直井課長代理」


 同じ作業服姿の直井が笑顔を向けている。

 直井は茶髪で酷い寝癖のようなボサボサした髪型をしているが、これが最近の流行らしい。俺より背が高く、がたいも良いが顔は……俺の勝ちだ、たぶん。


「さーて、今日も規律を守り、ビルを守る。仕事に励めよ」

「ういーっす。お前はいつもクソが付くほど真面目だよな」

「規律やルールは守るためにあるんだぞ」


 こいつとは付き合いが長い。俗に言う幼馴染みという存在で、小中高と同じで大学だけは違う。受験では同じ大学を受けたのだが、こいつだけ落ちた。

 そして、会社の面接会場で久しぶりに再会して今に至る。腐れ縁もここまできたら立派なものだ。

 直井に言わせると、


「これは腐れ縁じゃなくて絆って言うんだぜ」


 なんてことをのたまっていたが、どうせなら美人な幼馴染みとの絆がよかった。


「って、今から仕事なのに携帯をいじってんじゃないぞ」

「まだ、始業時間前だから、いいだろ」


 そう言われて携帯で時間を確認すると、三分前か。なら、問題はない。時間厳守だがルールを守っている分には口うるさく注意する必要性はない。


「ん、メール着ているな」


 時間だけを見るつもりだったが、メールのチェックぐらいしておくか。

 タップして開くとタイトルを確認する。


『デスパレードTD完全クリアおめでとうございます! 貴方には新作ゲームのテストプレイをする権利が与えられました! タワーディフェンス好きに送る最高のゲーム体験! 挑戦してみませんか?』

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