第3話 新作ゲーム

「新作ゲームのテストプレイ?」


 想像もしていなかったメールの内容に思わず声が漏れる。


「おっ、なんだなんだ。……ゲームの通知かよ。かあーっ、色気もへったくれもねえな」


 勝手にスマホを覗き込んで勝手に落胆している直井を無視して、文面をもう一度確認する。


『デスパレードTD完全クリアおめでとうございます! 貴方には新作ゲームのテストプレイをする権利が与えられました! タワーディフェンス好きに送る最高のゲーム体験! 挑戦してみませんか?』


 これは今朝クリアしたばかりのゲームの特典のようだ。

 ええと、新作のタイトルは『デスパレードTDオンライン(仮)』一応、続編か拡張版みたいな立ち位置か?


「お前、ほんとに……タワーディフェンスだっけ? その類いのゲーム好きだよな。学校でも通学や休憩時間にちょくちょくやってただろ」

「タワーディフェンスは最高のゲームシステムだからな」


 俺が断言すると眉根を寄せて首を傾げている。

 なんだ、その怪訝そうな顔は。


「そもそもタワーディフェンスってなんだ? 城守ったりするのになんでタワー、塔なんだ? あとタイトルのTDってなんだ?」


 こいつ、長年俺の友達をやっているのにそんなことも知らないのか。


「TDはtower defenseの略称だ。でだ、タワーディフェンスってのは敵から自分の陣地や城などを守る防衛ゲームの総称。由来は昔に流行ったゲームの拡張パックとして『TOWER DEFENSE』ってのがあって、その名が定着したらしい」

「ほえーっ」


 間抜け面で気のない返事をする直井。お前から訊いておいて、こいつは。


「お前のやっているスマホゲーあるだろ。女の子を配置して敵を撃退するヤツ。あれもタワーディフェンスなんだぞ」

「そうなのか? あー、言われてみれば主人公を守るようにキャラを配置しているな」


 海外では人気のあるジャンルなのだけど、日本ではいまいちパッとしない。アクションやRPGの陰に隠れている印象だ。

 なので、俺がやるのも大半は海外製でデスパレードTDも言わずもがな国産ではないのだが、日本語翻訳が完璧の親切設計だったので問題なく楽しめた。


「しっかし、ガキの頃と違って暇じゃないだろ。よく、ゲームをやる時間があるな」

「寝ている間にやっている」

「あー、なんだっけ。スリーピングゲーマーか」


 これこそ革命的な技術と言えるだろう。

 VR機器をセットして寝ることで、睡眠中にそのゲームを楽しむことが出来る。本来は睡眠学習として広まった技術なのだが、ゲーム業界は見逃さなかった。

 技術を転用して寝ている間にゲームを楽しめるように進化。これを作った人にはノーベル賞を与えるべきだと思う。


「寝るときは普通に寝た方が疲れ取れないか?」

「寝ているときに夢を見るだろ。リアルな夢がゲームの内容に置き換わったようなもんだ。目覚めは想像以上にスッキリしているぞ」


 直井は昔気質で流行や機械に疎い。

 未だに平屋の一戸建てで、日本家屋で暮らしているからな。部屋は畳敷きで紙の本を集めているぐらいだ。さすがにスマホは所有しているが。


「っと、始業時間だ。無駄話はここまでにするぞ」

「へいへい。今日も一日頑張りますか」






 仕事が終わり急いで帰宅したが、現在二十一時を少し過ぎている。

 いつもと変わらない時間だ。晩飯はファストフードで済ませてきているので、風呂に入ったら寝るだけ。


「ただいまー」


 リビングダイニングに繋がる扉を開けるが、誰からの返事もない。

 母はロングスリーパーで毎日十時間は寝ないと体調が悪いので、この時間は既に熟睡中。

 姉はゲームにはまっていて、夜はずっとプレイしている。俺みたいにスリーピングゲーマーになればいいのに「寝るときは何も考えずに寝たい」と言っていた。

 だからこそ、朝に顔を合わせる時間を大切にしている。夜は各自自由に過ごす、というのが我が家の暗黙のルール。


 帰りにコンビニで買ってきた炭酸水を食卓に置く際に、二つのカップが目に入った。

 いつも食卓に二つのカップが置かれている。中身の紅茶も入ったままで。

 俺の帰りを待っていないことの罪悪感なのか、俺が寂しがらないようにカップだけでも参加させる、という意図があるらしい。

 ただ単に片付けるのを忘れている、という線が濃厚だと思っている。

 ……そんな捻くれた考えはやめよう。ほんの少しだがカップを見て癒やされている自分がいるのも事実なのだから。

 腰を下ろして炭酸水を飲んで、紅茶のカップを片付ける。


「よっし、風呂入ってスッキリしてからログインするか」


 あのメールを見てからずっと落ち着かなかった。

 あれほどまでに俺を魅了したゲームの最新版がやれるなんて!

 テストプレイとはいえ楽しみで仕方ない。ちょうど、今日の二十二時から開始されるらしいので、それまでに全部終わらせて早めにログインしておかなければ。






 何もない山頂にぽつりと佇む俺。

 山の頂上を平らに切り取ったような地面。その広さは高校のグランドぐらいか。

 辺りを見回すと遠くの方に山々が連なっている。

 かなり標高が高い場所のようで眼下には雲。遮蔽物がないので吹き抜ける風が心地良い。

 深呼吸すると新鮮な空気で肺が満たされる。


「んー、気持ちいいなー」


 太陽は昇ったばかりのようで朝日が眩しい。夜中に始めたのに、ここでは早朝という面白さ。

 最近のゲームはほんと凄いと改めて感心してしまう。リラックス効果を求める環境VRをやったことがあるが、それと同じぐらいクオリティが高い。

 数年前に行ったハイキングと遜色ない感覚だ。

 服装を確認してみると無地でシンプルな白一色で長袖長ズボン。鏡がないから顔の確認は出来ないけどリアルと全く同じ顔があるはずだ。


「いっちにっ、さん、しっ、と」


 軽く屈伸運動をしてみる。

 スムーズに体は動かせるな。

 開始時間前なので誰もいないが、そろそろ……あっ、来たか。

 俺の周辺でいくつも発光現象が。地面から湧き出た光が人の形を取り、パッと弾ける。

 性別、年齢がバラバラで様々な人が俺と同じ格好でこの場に現れた。

 ゲームによっては自分のキャラを好きに創造できるのだけど、ゲーマーは自分の身体をスキャナーした3Dデータを事前に登録しておく人が多い。

 身体の詳細が異なるとゲーム内での違和感が大きくなり、没入感が薄れるからだ。

 特にアダルトなVRをする場合は必須……らしい。あくまで噂だ、うん。

 ちなみにこのゲームは3Dデータを推奨している。


「あのー、これってどういうゲームなんですか」


 俺の隣に現れた人物がおずおずと話しかけてきた。

 見た目は二十歳ぐらいの女性。黒髪で肩下まで伸びたストレートの髪型で前髪は目にかかっている。

 人見知りなのか、前髪の奥にある目が俺を捉えずに地面を向き、胸の前で組み合わさった指がせわしなく動く。

 この人、胸大きいな。思わず目がいくぐらいのボリューム感。

 ……って、初対面の相手に失礼だろ。意識して視線は上げておこう。


「どういうゲームも何も、招待状が来たから入ったのでは?」

「あのー、そのーですね。本当はお兄ちゃんがやるはずだったんですけど、事故で入院してしまって。そこはゲーム禁止らしくて。でも、このゲームの権利がもったいないって、私に参加しろって……」


 なるほど。この妹さんは興味もないゲームに強制的に参加させられたわけか。


「私はやりたくなかったのに……。もったいないから、やれって、命令したんですよ。酷いと思いませんか?」

「断ったら良かったんじゃ?」


 当たり前の提案をすると、すっと顔を背ける。

 なんだ、この反応は。


「えっとですね。あのー、私、そのー、働いてないんですよ。実家から追い出されて一人暮らしをしていた兄の家に転がり込んで……養ってもらっている身なので、逆らえないんです……」

「そ、そうなんだ」


 予想外の答えに対する正解の対応がわからない。

 事情は把握した。なら、タワーディフェンス好きとしてやるべきことは……布教だな!

 今は渋々やっているようだが、このジャンルの楽しさを伝えられれば嬉々としてこのゲームにも参加できるはず。

 じゃあ、懇切丁寧に誰でもわかるように優しく、時に激しく、タワーディフェンスのなんたるかを叩き込んであげよ――


「皆様、大変長らくお待たせしました。こちらへ注目してください!」


 口を開く直前、女性の大声が響き渡る。

 視線を向けるといつの間にか四角い舞台がそこにあった。煌びやかな装飾だらけの場違いなお立ち台で、その上にはマイクを持ったスーツ姿の女性が仁王立ちしている。

 炎のように真っ赤な髪は腰まで伸びていて、その顔は絶世の美女と呼ぶに相応しい。

 鋭い目つきをしているので気が強そうにも見えるが、この美貌だと知的美女っぽく見えてプラス効果でしかない。

 スタイルも抜群で出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる。グラビアデビューしたら大人気間違いなしの理想的なボディーライン。

 隣の女性が思わず見惚れるほどの容姿だ。


「ふふっ、私の魅惑的なボディーに注目してもらえましたかー! 制作者権限を生かして、最高の身体に作り上げていますからね!」




 とネタばらしをして、身体をくねくねさせている。

 屈託なく笑った顔がまた魅力的だ。

 身体も顔も作り物か……。まあ、そうだよな。知ってた。それに若干ぎこちないあの動き……中身は男性という線もあり得るぞ。


「さて、脱線は程々にして、改めまして。デスパレードTDオンライン(仮)へ、ようこそ! 司会進行役のヘルムと申します。よろしくお願いします、ね」


 ウインクをする姿が様になっている。もしかして、中身は女性かもしれない。そうであって欲しい。


「皆様百名は選ばれしタワーディフェンスの猛者です!」


 そうか。ここにいる全員が、あの高難易度ゲームをクリアした者ばかり。隣を除いて。

 俺と同じぐらいのタワーディフェンス好きが百人も集まっているのか。それだけで心が躍るな。


「今から簡単にゲームの説明をしますね」


 さっきまでざわついていた人々が一斉に静まりかえる。

 さすが猛者共だ。ルールの重要性を理解して聞き逃さないように集中モードに入った。


「えっと、あのー」


 場の空気に馴染めず、辺りをキョロキョロと見回している隣を除いて。


「このゲームはタワーディフェンス好きの為に作られたゲームです。皆様、目にしたことはありませんか? このゲームにはタワーディフェンス要素 も 含まれています……なんて舐めた文言を! なにが、も! ですか。まるでタワーディフェンスがおまけみたいな扱いに憤ったのは一度や二度じゃないはずです!」


 「も」を強調して熱く語る制作者の言葉に大きく頷く俺たち。隣は除く。


「安心してください。デスパレードTDオンライン(仮)はタワーディフェンスがメイン。他のオープンワールドやRPGや育成要素はタワーディフェンスを彩るおまけ要素に過ぎません。タワーディフェンスによるタワーディフェンスの為のゲームなのです!」


 歓喜する俺たちプレイヤーと冷めた目でドン引きしている隣。

 熱量の差が半端ない。

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