第112話 食事会
指定された場所に向かう途中、廊下で何人もの魔王国の職員とすれ違った。
全員が一瞬、ギョッとした目でこちらを見るが、その後の反応が二種類に分かれている。
気まずそうに目を逸らすか、興味深げにじっと見てくるか。
前者は俺たちにした行いを恥じて、自責の念に駆られているのかもしれない。後者は生で見る異世界人に対して驚きと好奇心を隠せずにいる。
あと、両者に共通している感情が異世界人に対する畏怖。
勇者としてこの国に悪影響を与えた存在と同類であることに加えて、昨日の闘技場での暴れっぷり。怖い、という感情を抱くのも納得できる。
つまり、腫れ物扱いされている気がする。すべて俺の憶測だから、実は全然違うことを思っているのかもしれないが。
なんてことを考えていると指定の場所に到着した。
職員たちが利用する大食堂の隣にある個室へと繋がる扉の前で、深呼吸を繰り返す。
今になって緊張してきた。負華たちのおかげで女性に対する免疫はかなりついたが、今から合う相手は人間ではない。
種族差別をするつもりはないが、魔物は未知の相手だ。性別よりも、もっと気になるポイントがあることを今更になって気づいてしまう。
「まあ、なるようになるか。……失礼します」
扉を軽く叩いてから、ドアノブを回す。
部屋の中は四人分の椅子と丸い机があり、部屋は飲食店の個室ぐらいで狭くも広くもないちょうど良い大きさだ。
そこに制服を着た二人の女性がいる。
一人は桜色のウェーブがかかった髪をした、白くハリのある手足がむき出しで布面積より肌面積の方が多い。この人がサキュバスのポーか。
もう一人は遠目なら緑色の太い髪に見える細長い蛇を無数に頭から生やして、目隠しの上から眼鏡をする独特のファッションをしている。それで、こっちがルドロンと。
「初めまして、肩上要です」
社会人らしく丁寧な挨拶をする。
「わあー、久しぶりの生ワダカミっちだ! よろよろー、ポーだよ」
軽いノリで返事を返すポー。心底嬉しそうな屈託のない笑顔が眩しい。
椅子に座ったまま両腕を左右に振って、全身で感情を表現している。
心から俺との出会いに喜んでくれているように見える。……あと、ワダカミっちって俺のことだよな?
ギャルっぽい外見を裏切らない態度と口調だ。
「ポー、もう少しちゃんとしてください。初めましてワダカミさん。貴方の担当をしていたルドロンと申します」
ルドロンはポーと真逆の性格のようで、静かに立ち上がると丁寧にお辞儀をして名乗ってくれた。
俺も軽く会釈しておく。
「揃ったようですし、食事を運んできてもらいますね」
壁に備え付けてあったインターホンのような物体の突起物を押して、ルドロンが何やら伝えている。
「ワダカミさんもどうぞお座りください」
着席を促されたが空いている席は二つ。そのどちらに座ってもポーとルドロンに挟まれる格好になる。
改めて二人の姿を観察してみるが……やっぱり、魅力的な美人さんだ。
ポーはサキュバスという種族だけど、見た目は人間とほぼ同じというか違いがわからない。
ルドロンは髪が蛇なので違いは一目瞭然。だけど、思ったよりも違和感がない。正直、蛇とかは虫類はそんなに得意ではないけど、これなら大丈夫そうだ。
促されるままに着席をする。
机の上には瓶が四本とグラス三つだけが置かれている。瓶の中身は何か不明だけど、ガラスに透けて見えるのは紫色の液体。ワインみたいなアルコールかな?
「ワダカミさんはお酒大丈夫ですか?」
「嗜む程度には」
正直、得意でも苦手でもない。だけど、酔うとたちが悪くなる父を見てきたので、酒は避けるようにしてきた。仕事や友人との付き合いで少しは口にしているので問題なく飲むことはできる。
「じゃあ、ささっ、一杯」
ポーがグラスに瓶の中身を注いで、俺に差し出した。
ポーにお酌されると上司との付き合いで行かされたキャバクラを思い出すな。
グラスを鼻に近づけて匂いを確かめた。やっぱり、ワインっぽい香りがする。
「これはニホンで言うところのワインに近い飲み物だそうです。バイザー様が事前に試飲してくださったので問題はないはずですよ」
ルドロンの補足説明に感謝する。
バイザーが毒味してくれた後なら安心して飲めそうだ。
「ではではー。三人の出会いを祝して、カンパーイ」
ポーがグラスを突き出したので、軽く合わせておく。
一口中身を飲み込むと、果実の芳醇な香りが口いっぱいに広がり、味は酸味がほとんどなく葡萄に近い。アルコールをわずかに感じるが、酒というよりもジュースみたいだな。
「飲みやすさを重視して選びましたが、お口に合いましたでしょうか?」
「はい、美味しいですねこのお酒」
「でしょ、でしょ。度数は低めだから何杯もいけちゃうんだ」
ポーは手酌で何杯も飲み干している。
かなり酒好きのようだ。度数が低くてもこのペースだと一気に酔いが回るぞ。
「ポー、程々にしてください。酔い潰れたらお話ができないでしょ」
「あっ、そっか。めんごめんご」
二人は仲が良いみたいだ。手間のかかる妹としっかり者の姉のような関係性に見える。
「では、改めて……ワダカミさんを騙して監視していたことを謝らせてください。本当に申し訳ありませんでした」
「ごめんね、ワダカミっち」
席を立ち深々と頭を下げるルドロンとは対照的に、顔の前で手を合わせてウィンクをしながら謝罪の言葉を口にするルドロン。
軽いノリのポーを横目でちらっと見たルドロンが、頭を掴んで強引に下げさせた。
「頭を上げてください。お二人は上からの命令に従っていただけですよね。だとしたら、気にしないでください。私も日本では上司の命令には絶対服従の立場でしたので、お気持ちは痛いほどわかりますよ」
実際は……たまに上司に反発して問題になっていたが、今ここでそれを言う必要はない。
「むしろ、感謝しています。我々の味方をするのはかなり危険な行為だったはず。力添えに感謝します。本当にありがとう」
心からのお礼を口にすると、テーブルに両手を突いて頭を下げた。
「そう言ってもらえると苦労が報われます」
「サンキュー、ワダカミっち。あちしら結構頑張ったんだよー」
二人が微笑んだタイミングで扉が開き、料理が運ばれてきた。
ずらっと机の上に並べられたのは和食と中華に見える。玉子焼きがあれば、青椒肉絲みたいな炒め物もある。
異世界の料理っぽさは何処にもない。
「ワダカミさんは和食と中華を好んでいたようなので、バイザー様に頼んで料理長に作ってもらったのですが……」
驚くよりも訝しげな反応をする俺を見て不安になったのか、怖ず怖ずと尋ねるルドロン。
「ああ、すみません。まさか日本で食べたなじみの料理が出てくるとは思わなかったので。嬉しいですよ、ありがとうございます」
「はい、はーい。あちしも協力したんだよ。ちょっと記憶を探っちゃったけどね」
ポーは元気よく手を上げてアピールをしている。
そうか、彼女がいれば俺の記憶を覗き見して再現も可能になる。記憶か……記憶と夢の件に関しては、どうしても聞いておきたいことがあった。
「あー、一つポーさんに質問が」
「何々、なんでも訊いちゃってよ。スリーサイズも好みの性癖も、得意なテクニックも何でも答えちゃ、あいったあああぁぁ! いきなり殴らないでよ!」
「余計なことまで言わないの」
拳を振り下ろした格好のルドロンがポーを注意している。
彼女の怒りを表現するように、頭の蛇が一斉に鎌首をもたげて威嚇している姿が怖いよりも可愛く見えた。
「そのですね。夢で現実世界を再現していたじゃないですか」
「うんうん、上手くできてたっしょ。サキュバスの中でも夢魔製作に関してはピカイチだって褒められたんだから。ね、ルドロン」
胸を張って自慢げに話している。
その点に関して嘘はないようで、ルドロンも渋々といった感じだが頷く。
「ええ、確かにお見事で真実を知るまでは現実だと信じ込んでいました。それで、夢での行動はすべて筒抜けだったわけですよね」
「そりゃ、あちしが作った世界で動いているわけだから見てたっしょ」
わかりきったことを質問して、当たり前の答えが返ってきた。
ここまでは想定内。重要なのはここから。
「つまり、トイレや風呂もその他諸々も全部見ていた、と」
質問の意図が伝わると、ポーはニヤリと意味深な笑みを浮かべ、ルドロンは咳払いをして視線を逸らす。
「体の隅々から、好きなアダルトビデオのタイトルまで私生活は丸見えっすよ! あたっ!」
ルドロンに無言で拳を振り下ろされて、頭を抱えるポー。
やっぱりな! わかっていたけど、訊かずにはいられなかった。やっぱり、あれを見てああだこうだしている姿も見られていた、と。
「安心してね、ワダカミっち。サキュバスはエロい夢を見させるのがお仕事。あちしらは、そういうの見慣れてるから」
ウインクをしておどけているが、そういう問題ではないんだよなぁ。
「その夢の内容って担当のサキュバスだけが見ているのでしょうか?」
「基本はそうだけど、担当と情報を共有す――」
「だああああっ! あっ、ご飯が冷めてしまいますよ。まずは食事を始めましょう。ええと、確か日本ではこういうとき、いただきます、と言うのでしたね。いただきます」
ルドロンは大声でポーの言葉を遮り、早口でまくし立てると手を合わせてご飯を食べ始める。
この露骨な態度……訊くまでもないが、あえて口にしてみるか。
「ルドロンさん、私の恥ずかしいところ見ましたね?」
「ぶふぅぅぅぅ。えっ、あっ、その……」
口にしていた料理を噴き出し、しどろもどろになっている。
なんてわかりやすい人だ。
「めっちゃガン見してたよ! 特にお風呂とエロ動画を観てして」
「黙りなさい、ポー! あれはあくまで、担当として失敗が許されず、細部まで人間の生活を知る必要があったので、仕方なく、本当に仕方なく」
「その割には緩んだ顔で興奮していたくせにぃ」
「もうっ! 黙って!」
ルドロンがポーの顔面を両手で挟み込み、物理的に喋れないようにした。
喧嘩しているようにも見えるが、あれはじゃれ合っているだけだ。怒られながらもポーの表情は楽しそうに見える。
「ルドロンさん。過ぎたことですし、気にしていませんので」
このまま見物していてもよかったが、一応止めに入る。
本当はめっちゃ気にしているし、動揺もしているけど。
「す、すみません、取り乱してしまい」
「まったく困ったもんだよね、ワダカミっち」
「ははははは」
同意を求められても困る。取りあえず乾いた笑いで誤魔化すか。
「その夢を製作する能力を見込んで、一つお願いがあるのですが」
彼女たちとの食事会に挑んだ本命がこれだ。
二人に興味があったのも嘘じゃないが、これを頼むために決断したといっても過言じゃない。
「えっと、何かな」
俺の表情を見てポーは姿勢を正し、真剣な眼差しを向けた。
「最後にもう一度、日本での夢を見させて欲しいのですよ。俺だけじゃなく、望んだ守護者全員に」
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