第111話 新たなシナリオ

 会議が終わり、いつもの客室へと戻る。

 この豪華すぎて萎縮してしまう部屋も、三泊目となると仲間も慣れてきたようだ。

 みんな思い思いの格好でくつろいでいる。

 負華はベッドで大の字になって寝転び、その隣に雪音がいて、更に向こう側に緊張した面持ちの立挙がいる。まだ昼前だというのに寝るつもりなのか。

 しかし、雪音が男装しているので……イケメンが女性二人をはべらせている最低な絵面にしか見えない。

 俺と喉輪と明はソファーに座り、双子メイドが持ってきた茶菓子を摘まみながら雑談の最中だ。


「なんとか会議が終わったね。はあぁ、仕事のプレゼンより疲れたよ」


 そもそも人前に立つのも注目されるのも嫌いなのに、異世界に来てからというもの流れでリーダー役に任命され、何かと注目され代表として発言する機会が増えた。

 正直、この役割は明の方が向いているのだけど、仲間になるのが遅過ぎて既に役割分担が終わっていたのが痛い。


「一部は納得していないが、満足いく結果ではないか」


 明の言う通り、デニムの男ともう一人の守護者は不満があるようだったが、代替案が思い浮かばず渋々従っていた。


「一番の収穫は自爆装置の解除でござるよ。これで晴れて自由の身!」


 喉輪は握りしめた拳を振り上げ、歓喜の表情で喜びを体で表現している。

 会議が終わった直後に怪しい器具が満載の研究室に連れて行かれ、バイザーの手により各自の宝玉から自爆装置が解除された。

 これで俺だけではなく守護者全員が魔王国側の都合で自爆させられることはなくなった……らしい。バイザーの処置を疑うわけじゃないが、これだけ大掛かりで用意周到なゲーム世界を演出したヘルムたちだ、他に何か仕込んでいても不思議ではない。

 だけど、そこまで疑ってしまうと何もできなくなるので、今のところは信じておこう。


「帰還を早める方法として提示されたのは魔力の収集。この宝玉には倒した相手の魔力を収集する装置も含まれているらしく、魔力量の高い敵を倒して魔力を掻き集めれば帰還が早くなる、という話だったけど」

「そして魔力量の多さは強さに比例することが多いでござる」


 明の説明に喉輪が付け足す。


「わかりやすくてありがたいけど、つまり魔物を倒しまくって魔力を集めて早く帰ろう、ってことだからね。ついでにレベルアップも見込めるから、一石二鳥と言えばそうだけど」


 口を挟んできたのは雪音か。

 ベッド組の三人が揃ってうつ伏せ状態で、頬杖を突きながらこっちを見ている。


「今からモンスターをハントする戦いが始まるんだ! 人と争うより、こっちの方がいいよね!」


 負華は俺との殺し合いを避けられたことが一番嬉しかったようで、この世界に残るのも魔物と戦う必要があることも大して気にしていないように見える。


「でも、折角助かった命だから、無茶はして欲しくないです」


 立挙は慎重な意見を口にして、ちらっと雪音を見る。

 その姿を見て思わず眉をひそめてしまうが、慌てて表情を取り繕った。

 彼女は大切な仲間を失った心の新たな拠り所として、雪音にかなり依存している。元々ファンで大好きだった雪音に優しく対応されたら、こうなるのも理解はできる。

 精神が不安定な状況だから、依存が強くなりすぎないか少し心配だ。


 それに雪音も口には出さないが、大切な兄を失って代わりを求めている節がある。以前と比べて俺にかなり懐いていて話しかけてくることが増えたのも、そのせいだろう。

 雪音の俺に対する態度を見て立挙が羨ましそうにこっちを見ている、なんて場面が多々あった。あと、負華がジト目でこっちを睨んでいたりもするな。

 第三者からしてみれば羨ましく見える状況かも知れないが、当事者としてみれば……もっと普通にモテたい! こういう入り組んだ人間関係は勘弁してくれ、というのが正直な気持ちだ。


「とはいえ、一生ここで暮らすわけにもいくまい。やれることがあるならば、やって損はなかろう」

「そうでござるよ。期待しているアニメの二期が始まってしまう! リアタイ視聴が間に合わないでござる!」

「ふっ、そうか。そうだな」


 明に同意する喉輪だったが、口にした内容を聞いて明の目がスッと細くなった。

 一見、軽蔑しているような目つきだが、実は明も結構なアニメ好きなことが判明している。

 喉輪のマニアックすぎる会話内容についていけているのが明だけ、という場面に何度も遭遇していた。

 好奇心丸出しの負華がそこを問い詰めると「実は深夜にアニメを観ることが唯一の息抜きだった」と明が白状した。それ以来、喉輪と二人でアニメのオタク談義をするようになったようだ。

 いつもの脱線が始まったので話を戻すか。


「この世界には人間と同じような知能があるものと、獣程度の頭脳しかない魔物が存在する。前者は国民として扱われているので手を出したら大問題になるから注意を」

「要さん、それって見分けつくのかな? 二足歩行していたら国民ってこと?」


 良い質問だ負華。俺もその点が気になって、詳しい判別基準をバイザーに訊いてみた。


「一応、会話が可能で受け答えができるなら魔王国民。会話が不成立なら倒して良い相手、らしい」

「じゃあ、じゃあ、見た目が動物にしか見えなくて四足歩行をしていても、会話ができるなら手を出したらダメって事?」


 寝転びながら手を上げて発言する雪音。


「そうだな。あと、会話できてもアトラトル姫を襲っていたような野盗や相手が敵対行為を示したら、返り討ちにしていいらしいよ。一応、倒しても問題ない魔物をまとめた資料を宝玉に送ってもらったから、各自目を通しておくように」

「「「はーーーーい」」」


 負華、喉輪、雪音が声を揃えて返事をする。

 明と立挙はまだこのノリについてこれないのか頷くだけだ。

 ちなみにこの資料はバイザーに手配してもらったのだが、制作を手伝ってくれたのはポーやルドロンといった守護者の見張りを担当していた職員らしい。


「あっ、そういえば、俺を担当していた魔物の職員さんたちから食事の誘いがあったな」


 バイザーが二人から言付けを頼まれていて、今日の昼にでも食事をしながら話がしたい、という申し出だった。

 それを思い出して独り言を口にすると、目の前にしゃがみ込む負華が視界に入る。

 さっきまでベッドにいたのに、いつの間に。


「それって女性ですか?」


 冷たく言葉に棘があるように感じるのはきっと気のせいじゃない。

 上目遣いなのはいいけど、半眼で睨むのはやめてくれ。


「らしいよ。一人はサキュバスでもう一人はメデューサだってさ」


 嘘を吐いて誤魔化すとややこしいことになりそうなので素直に伝えておく。

 それを聞いた負華が変顔になった。顔のパーツが全部真ん中に寄った表情……どうやったら、そんな顔ができるのか謎だ。

 あと、どういう感情なのか全く読み取れない。


「要さんがモテ期だ……。遅咲きのモテ期だっ! くっ、サキュバスと言えばエロの代名詞! 寝取られる前に唾を付けておかないと!」


 舌をペロペロと動かしながら負華の顔が急接近してきたので、顔面を鷲掴みにしてギリギリで防ぐ。


「物理的に唾付けようとするな! ああもう、手を舐めるなっ!」


 顔の上部を掴まれた状態で舌を伸ばして手を舐める負華。

 その光景に仲間たちがドン引きしている。


「いや、俺は被害者だって!」

「要さんは誰にも渡さぬぅぅぅ」

「お姉ちゃんって、要さんに振られたらストーカーになりそう」


 雪音の呟きに、負華を除いた全員が大きく頷く。


「失礼な! ストーカーになんてなりませんよ! ストーカーになるぐらいなら、勝手に忍び込んで押し入れで暮らします! あっ、押し入れじゃなくてクローゼットですか?」

「余計にたちが悪いわ! あと、何を心配しているんだ⁉」

「ウォーキングクローゼットを希望します!」


 こんな時、ツッコミ担当の楓がいれば楽だったのに。

 強硬な姿勢を曲げない負華の勢いに負けそうな俺は、自分の部屋のクローゼットに負華が居座っている場面を想像してみた。

 扉を開けたら中で寝転んで、持ち込んだ漫画を読む姿。

 ヤバい、妙に似合っていて違和感がほとんどない。


「今、案外悪くないって思いましたね?」

「そ、そんなわけあるか」


 心を読んだかのようなタイミングでニヤリと笑う負華。

 このままだと彼女の口車に乗せられそうだ。よっし、撤退しよう。


「あっ、そろそろ待ち合わせの時間だ。ちょっと行ってくるよ」

「逃がさぬぅぅぅぅ。ああああっ、卑怯者! 浮気は許しませんよ!」


 負華を掴んでいた手を離すと同時に《矢印の罠》を起動。一気に扉付近まで移動した。

 這いつくばった状態で俺を目がけて突進してくる負華の足下に《矢印の罠》を設置。

 俺の目の前からベッド付近まで後退。更に前進後退を繰り返している。


「ただの話し合いだよ。みんな、負華のお守りよろしく」

「土産話を期待しているでござるよ」


 喉輪が負華の周りに《ブロック》を並べて取り囲んでくれた。顔が見えるように一カ所だけ穴を開けているが、そこにすっぽりと負華の顔がハマっている。


「要さん! 気をつけてくださいね」


 負華は真剣な顔で俺の身を案じてくれている。

 ……そんな姿じゃなければ、ぐっとくる一言だったかもしれないけど。

 真四角の箱の中心に負華の真面目な顔がポツンとある。


「ぷっ」


 思わず吹き出してしまった俺を責められない、よな。


「ひっどい! こっちは心配しているのにっ!」


 頬を膨らまして怒るから穴の隙間がパンパンに詰まって、余計に面白い顔になっている。

 それを見て悪乗りした喉輪が、周りを囲っている《ブロック》の色を赤に変更した。

 途中で色を変えられるのか、と感心している場合じゃない。

 目を逸らして口元を押さえ、笑いを堪えるのに必死だ。


「じゃ、じゃあ、行ってくる」

「要さんは女慣れしてなくて、ころっと騙されそうだから、気を強く持ってく――」


 負華の叫びを妨げるように開いた扉を閉めて廊下に出た。

 このやり取りで緊張感は薄れたが、今から担当していた二人に会うのか。

 謁見の間で見た、あの二人だよな。

 露出度の高い色っぽい女性と、目隠しの上から眼鏡をした髪が蛇の女性。

 距離があったし、あんな場面だったのでじっくりと見てはないが、結構美人さんだった気が。

 少し前なら、美人な女性二人と食事会なんて緊張しただろうけど、今は雪音や明……それに負華といった女性に囲まれた生活をしている。

 人は環境に適応するようだ。心にかなり余裕があり、不安よりも期待が強い。

 担当としてずっと見張っていた彼女たちは何を思っているのか。そして、できることならポーに頼みたいことがある。

 廊下の窓に映る自分の身だしなみをチェックしてから、待ち合わせの場所へと急いだ。

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