第74話 要のいない防衛戦
胸壁に駆け寄り、石橋方面に視線を飛ばす。
大きな川に架かった石橋の更に先から無数の人影がこっちに向かってきていた。
かなり距離があるので詳細は不明だけど、二足歩行なのは見て取れる。
「えっと、えっと、あれって人は人ですけど……ゾンビみたいです」
少し離れた場所で呟く立挙は、目に望遠鏡を当てている。
僕たちも他の砦で望遠鏡を手に入れていたことを思い出し、慌てて取り出すと覗き込んだ。
ほとんどの人が原形を保っているが、片腕がない個体もちらほらいる。
瞳が白く濁り焦点が定まらず、ただれた肌の隙間から骨が見え、ふらふらとした足取り。
「ゾンビ……だよね」
「この世界だとアンデッドなのかな」
僕も雪音もホラーやスプラッター映画が苦手じゃないので、ある程度は耐性がある……つもりだったけど、実際の動く死体はグロテスクのレベルが違った。
平然を装っているが微かに膝が震えている。
それでも虚勢を張って余裕な振りをしながら、仲間たちの様子を確認した。
高校生四人組は言葉を失って、迫るアンデッドの群れを凝視している。
楓は……顔面蒼白でブルブル震えて、いつものお喋りな口からは「ふぅー、ふぅー」と呼吸の漏れる音がするだけ。
みんな想像以上に怯えている。……僕だってそうだ。
いないとわかっているのに、ある人に助けを求めて周囲を見回す。
いつもなら要さんがこの場を仕切って落ち着かせてくれる場面。
だけど、今はいない。いないんだ。
大きく深呼吸をして新鮮な空気を頭に送り込む。
前に要さんが言っていたな「緊張したら深呼吸をしてみよう。単純だけど効果があるよ」って。
繰り返し、落ち着いてきたので両手で頬を叩く。
パーンッと思っていた以上にいい音が出た。
仲間どころか周囲の守護者たちまで一斉にこっちを見たので、その怯えた目に抗うようにニヤリと笑ってみせる。
「アンデッドなんて動きが遅くて絶好の的だろ。経験値を稼ぐチャンスじゃないか。びびっている連中なんて放っておいて稼がせてもらおうよ!」
他の連中にも聞こえるように、わざと大声を上げる。
その声に触発された守護者たちが「そうだよな、何びびってんだよ」「これはゲームだっての」「リアルに作りすぎだろ」「ほら、俺たちもやるぞ、やるぞ!」奮起して、屋上から眼下を覗きTDSを起動し始めた。
これで正門の方は大丈夫だ。
汗ばんでいた手をぐっと握りしめ、大きく息を吐く。
すると、僕の両肩に手が置かれた。
「かっこええやん。見直したで」
「聖夜のくせに、ちょっとだけ格好良かったよ」
楓と雪音に称賛されて、今度こそ自然な笑いを浮かべられた。
「こっちは他の守護者に任せて、僕たちは周囲を見張ろうか。ええと、楓さんはそのまま正面を監視して何かあったら直ぐに教えて」
「あいよ、任せとき」
僕と雪音は砦の屋上を右回り、高校生四人組は左回りで、周囲を警戒することになった。
砦の周りには城壁があるので、ここを乗り越えようとする敵がいないか目を凝らして確認。
今のところ動く存在は何もないように見える。
慌てず、ゆっくりと歩きながら監視の目は緩めない。
背後からはTDSが発動して敵を蹴散らす音が響いている。今のところ優勢にことが運んでいるようだ。
こっちは二十名近くいるから、僕たちが参加しなくても戦力は事足りているはず。
ぐるっと半周して立挙たちとすれ違う。互いに目配せをして何もなかったと軽く言葉だけを交わした。
今は東正門の反対側にいるけど、城壁周辺に動く物体は何もない。
このままだと、僕たちの出番なく防衛戦が終わりそうだ。でも、それでいい。生き延びることだけを考えるんだ。生きて要さんたちと合流する。それが最優先事項。
「異常なし、みたいだ」
「うん、そうだね……ちょっと待って、何か聞こえない?」
雪音は立ち止まると耳を澄ましている。
僕も同じように耳に手を当てて集中してみた。
何も聞こえ……ん? なんだろう、この微かに聞こえる音は。一定のリズムで複数の音が徐々に大きくなっているような。
その音源が何処なのか探りながら、城壁周辺、屋上を見回す。
特に変わった様子はない。気のせいにしては音が徐々に大きく鮮明に聞こえてくる。
でも姿は何処にも……いや、待てよ、もしかして!
「上かっ⁉」
視線を上に向けると、正門と反対に位置する夜空に浮かぶ無数の何かが見えた。
その数はざっと百。まだ少し距離はあるがかなり近づかれている!
「みんな、背後の空から敵襲だ!」
屋上に居る守護者全員に声が届くように限界まで振り絞った。
立挙たちが慌てて駆け寄り、正門の方にいた楓も慌ててこっちに向かっている。
他の守護者たちは正門を守るか、こっちに加勢するか迷っているようだ。
「なんとか対処してみるけど、何人か手が空いている者がいたら加勢してくれ!」
とだけ伝えておく。
僕たちだけで倒すのが理想だけど、問題はこちらの戦力だ。
遠距離攻撃を楓の《サイコロ連弩》に頼るしかない。
「やっとうちが目立つ場面が来たか。任せとき、大盤振る舞いするで」
胸の前で合わせていた手を大げさな身振りで払うように広げる。
すると、屋上に《サイコロ連弩》が四つ現れた。
「六、二と三、三と四、二と五、五か。まあまあ、ちゃうか」
楓が口にしたのは《サイコロ連弩》に表示されているサイコロの数。最後の一つが五×五の二十五連射でかなり期待できる。
敵の数に対して《サイコロ連弩》の数が合わないけど、今はこれに託すしかない。
「遠距離戦ならCの出番ですね! みんな、投げる物を探して!」
「お任せあれ」
そうか、男子生徒Cは《投擲》があったな。
僕も雪音も遠距離だと役立たずなので、一緒になって《投擲》に使えそうな物を探す。
「こういうとき、喉輪さんの《ブロック》があれば楽なのにね」
「そっか、確かに!」
あれがあれば手頃な大きさの投擲アイテムを作り放題だった。
肝心なときに使える加護がないもどかしさ。だけど、無い物ねだりをしてもどうしようもない。
やるべきことをやるしかないんだ。
屋上に転がっている胸壁の破片を片っ端から掻き集め、Cの前に積んでいく。
そんな僕たちを見て何人かの守護者が手伝ってくれている。
その内の一人、ポニーテールの女性が僕に近づいてきた。
登山にでも行きそうな格好している小柄な女性。年齢は負華お姉ちゃんぐらいに見える。
「あの、投げる物を探しているみたいだけど、どんな物でもいいの? 大きさは?」
話を振られたけど《投擲》の細かい詳細は不明。
そのまま頭を巡らしてCを見る。
「はい、持ち上げられる重さや大きさであるなら大丈夫です。野球のボールぐらいが理想ではありますけど。大きすぎても能力で飛ばせるのですが、命中率が落ちます」
Cの説明を聞いて初めて能力が理解できた。
そりゃ投げやすい方がいいに決まっているけど、持ち上げられれば《投擲》可能なのか。
「じゃあ、これなんてどうですか」
登山ファッションの女性が手をかざすと、地面に野球ボールサイズの爆弾が現れた。
「私のTDSは《爆弾》です。サイズは手頃な大きさにしてみました。どうでしょう?」
この場に居る全員がCを見る。
Cは白い歯をむき出してニコッと笑う。
「完璧です!」
「じゃあ、お姉さんはここで爆弾を大量生産してもらってもいい?」
「わかりました」
これで玉の確保ができた。
威力の程は不明だけど、石や胸壁の欠片を投げるより高威力なのは間違いない。
空中の敵がかなり近づいてきていて、その姿がハッキリと見えるようになっている。
背中からコウモリや鳥の羽が生えた人や動物。鳥のような魔物。
多種多様な外見をしているが、白く濁った目と腐敗した体だけは共通している。
アンデッド化の影響なのか飛行速度はかなり遅い。
「敵機接近中や! 迎撃を開始するで!」
今まで目立った活躍がなかった楓が嬉しそうに《サイコロ連弩》を起動させる。
無数の矢が連続して発射され、視界が飛行する矢で埋め尽くされた。
一発当たりの威力は弱いが数は力。それに相手は腐敗していて体が柔らかいようで、鏃が体や羽根に突き刺さっている。
一射目で五体の敵が墜落。城壁の内側に落ちた敵には予め設置していた僕の《棘の罠》や雪音の《火炎放射》が止めを刺していく。
他の守護者たちのTDSも起動しているので、楓には墜落させることに専念してもらう。
二射、三射が放たれ順調に敵が落ちていく。
二十近くの敵を迎撃したところで夜空に爆発音が響き、爆焔で辺りが一瞬明るくなった。
「うわっ、びっくりした!」
「今のって」
驚きのあまり雪音と抱き合ってしまったが、この爆発って《投擲》で投げられた爆弾だよな。
それをやったCに視線を移すと、大口を開けて爆発地点を凝視している。
彼も予想外の威力だったのか。
今の一撃で五体、いや六体の敵が吹き飛んだ。これは嬉しい誤算。
「C君、どんどんやっちゃって!」
「わっかりました!」
敬礼すると二発目の爆弾を掴み、綺麗なフォームで投げた。
「Cは野球部なんですよ」
自分のことのように自慢げに語る立挙。
それを見て対抗心を燃やしたのか、楓が息巻いている。
「うちも負けてられへんで! ここはうちが輝く場面やっ!」
《サイコロ連弩》《投擲》《爆弾》の活躍により、見る見るうちに空中の敵が減っていく。
あれほどいた空の敵が今、《サイコロ連弩》の矢によって最後の一体が撃墜された。
「うっしゃー、どんなもんや」
「お見事!」
「やりましたね、楓さん!」
一番撃ち落とした楓に対し、僕と雪音は素直に称賛する。
高校生四人組や他に手伝ってくれていた守護者たちも拍手で活躍を褒め称えた。
「おおきに、おおきに。そこまでやられると照れるわぁ」
ニヤけ面をしてペコペコと頭を下げている。
これで空の方はなんとかなった。ほっと一息吐きたいところだけど、石橋の方はどういう戦況なのか。
気を抜くのは終わってからだ。
「よっし、もう一踏ん張りガンバ――」
「何をやっている! 敵襲だ! 城壁の中に入り込んでいるぞ!」
守護者の悲鳴と怒号が浮かれだっていた僕たちの心を一気に冷えさせた。
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