第73話 タワーディフェンスらしさ
日が沈み夜も更けると、夜空には満天の星が輝き始めた。
月よりも巨大な星が二つ浮かんでいるのを見て、ここが異世界なのだと改めて実感させられる。
その星明かりのおかげで夜だというのに、ある程度の視界が確保されているのはありがたいけど。
「要さんとお姉ちゃんも見ているのかな」
「うん、きっと同じように空を見上げているわ」
屋上の胸壁に腰掛けていたら、隣に雪音が座った。
そして俺の手を握って穏やかに微笑む。
あれから要さんたちに連絡を取ろうとしたけど、一切繋がらなかった。
パーティーも強制的に解除されているから、マップからの確認も無理。
「要さんは心配してないけど、負華お姉ちゃんがなぁ。あと、喉輪」
「そうだよね。要さんはしっかりしているし、機転も利くから大丈夫だと思うけど……残りが、ね」
二人同時に大きなため息を吐いてしまう。
TDSの火力は高いけど使用者の能力に難があるのと、《ブロック》しか使えない二人。
足を引っ張ってないといいな……。
「そもそも、要はんが一人かもしれんで」
話に割り込んできたのは、夜風を浴びながらあくびをかみ殺す楓だった。
まだ夜中でもないのにかなり眠そうにしている。
「そうなんだけど、なんとなく負華お姉ちゃんは側にいる気がするんだよ」
「うんうん。腐れ縁というか、切っても切れない関係に見えるよね」
「確かに。あの女が面倒かけて、ため息を吐きながらフォローしてる姿が目に浮かぶわ」
文句や愚痴を口にしながらも、面倒見がいい要さんは見捨てることなく対応している。今までもこれからも。
「喉輪はなんやかんや言うても、元リーダーやれるぐらいコミュニケーション能力が高い。何処行っても上手く立ち回ってるんとちゃうか。知らんけど」
ぷいっとそっぽを向いて吐き捨てるように言っているが、その横顔からは信頼が見え隠れしている。
僕も喉輪に関しては、あまり心配していない。
口調はアレだけど空気も読めるし気が利く。どこでも直ぐに馴染める人だ。
似たような感じのマネージャーさんを知っているけど、凄く優秀な人だった。
「人のことより、まず自分のことか」
「うん。絶対に生き延びて再会しないと」
「そうやな、弟たちを残して死ぬわけにはいかへん、絶対に」
楓には小さい弟たちがいるそうで、忙しい母に代わって面倒をずっと見てきたそうだ。なので家事も万能らしい。
僕たちは芸能界でやりたいことがまだまだあるし、こんな世界で殺し合いをさせようとしている魔王国の連中に一泡吹かせたい。
そして、何よりも雪音を死なせたくない。僕の大切な兄妹……いや、片割れだから。
強い想いを胸に秘めて雪音を見つめると、真剣な顔で大きく頷く。
互いに声は出していないが同じことを思っていたようだ。
「で、立挙さんたちもこっちに来たら?」
屋上の離れた場所から熱い眼差しを注いでいる高校生四人組に手招きをする。
四人は同時に自分を指差し、凄まじい速度で手を振って遠慮している……んだよな、あれって。
僕たちの熱心なファンというのは本当のようで、ファンとしての距離感を大切にしているようだ。
「離れていると話し合いにも不便だから、お、ね、が、い」
ファンサービスとしてウィンクまで付けると、膝立ちの祈るようなポーズのままこっちに早足で向かってきた。
膝は痛くないのだろうか。
臨時パーティーの全員が揃ったところで、作戦のおさらいを始める。
「川に架かっている石橋は他の人たちがTDSを配置しているから、僕たちの出番はないと思う」
進行役として話を切り出すと、四人組が大げさに頷いてくれた。
「念のために屋上に《サイコロ連弩》を一つ置いてもらっているけど」
ちらっと横目で確認すると《バリスタ》をかなり小型にした手に持てそうなサイズの弓が、土台の上に置かれている。
デザインは本体部分にサイコロが二つ並んでいて、設置時にサイコロの数がランダムで決まるらしい。
今は上の面が2と4なので連射速度は二秒間に八発。結構な火力が期待できる。
「まあ、こんだけ人がおってTDSも盛り沢山や。出番はないんちゃうか」
なければそれに越したことはない。
敵を倒すことが目的じゃない。生き延びることが最優先なのだから。
「基本僕たちは別働隊として動こうと思う。石橋近辺の守りは他の人に任せて周囲を警戒。万が一の備えみたいな立ち位置でいいんじゃないかな」
他の守護者たちはこの世界をゲームだと思っているため、少しでも活躍しようと息巻いている。
その方が終了後に褒美を多くもらえると考えているから。
「立挙さんと、ええと、ABCさんたちは僕たちの護衛と支援、ってことでいいかな?」
「もちろんです! 身辺警護は親衛隊にお任せください!」
いつの間にファンから親衛隊にパワーアップしたのだろう。
隣で楓がツッコミたそうにうずうずしているが、話の流れを遮らないように我慢している。
ちなみに男子三人組のTDSは《身代わり》《パリィ》《投擲》という立挙と同じく変わり種の能力をしていた。
《身代わり》は任意の相手と場所を入れ替え。
《パリィ》はどんな攻撃も弾く。
《投擲》は何でも二十メートルぐらい投げられる。
この三つのTDSも前作デスパレードTDには存在していなかった。
男子三人組も立挙と同じゲームにハマっていたそうで、その影響だろう。
「あのさ、彼らをABCと呼ぶのに抵抗があるのだけど」
「お気になさらないでください。我々は自ら臨んでそう呼ばれているので」
男子三人組の一人……確かAだったか。彼はすっと挙手をすると穏やかな表情で発言をした。
他のBCも同様の表情を浮かべて静かに頷く。
「その、他人の事情に踏み入るのもなんだけど、四人の関係性ってどうなっているの?」
知っている情報は同じゲーム部で同い年。
男子三人組は運動部と掛け持ち。それぐらいだ。
「ええとですね、昔にちょっとありまして……」
苦笑いを浮かべて頬を掻く立挙。
この態度。込み入った事情でもあるのだろうか。
「僭越ながら発言をお許しください」
そんな彼女の隣から一歩前に踏み出したのは、たぶんB。
全員丸坊主で似ている雰囲気なので見分けづらい。顔はそこまで似ていないから兄弟ではないと思うけど。
「我々三人は親無しでして。育児放棄や、虐待されたりと、まあ、親に捨てられ保護施設で育った仲間なのですよ」
思ったよりも重い話になりそうだ。
姿勢を正してちゃんと聞こう。
「でまあ、その保護施設も劣悪な環境でして。表向きはしっかりしていたのですが、内部では子供への躾という名目の暴力がはびこっていまして。少しでも刃向かったら鉄拳制裁に食事抜きなんて生やさしいぐらいで、他にも……そこは省きますね」
感情を込めずに淡々と話すB。
立挙は目を伏せ、AとCはじっと正面を見つめている。
「中学に入る頃には感情をほとんどなくして、従順に従うロボットのような我々でした。そんな我々にしつこいぐらいに話しかけ関わろうとしたのが……静ちゃんだったのですよ」
男子三人組が同時に視線を向けると、立挙が照れて頭を掻いている。
「私たちは施設のことを他言無用と言いつけられていたのですが、静ちゃんはそれでも諦めずに、何度も何度も……半年が経過したある日、折れた私たちは実情を告白したのです」
Bに代わってCが口を開き、説明を続けている。
今、立挙に対する評価が爆上がり中で留まることをしらない。
「そこからは警察官である静ちゃんのお父様の力も借りて、あっという間に視察が入り園長や職員が逮捕。私たちは解放されて、今度こそまともな施設へと行くことができました」
「だから」
「静ちゃんは」
「「「恩人なのです」」」
「んもう、三人とも大げさなんだから! もう気にしなくていいって言ってるのに。そのキャラ付けだって、乙女ゲーの逆ハーレムを演出してくれているのはわかったから!」
声を揃えて感謝を口にする男子三人組に対し、顔を真っ赤にして叫ぶ立挙。
彼らは自ら臨んで従順なキャラを演じているのか。
「ごめんね。僕が口出すようなことじゃなかったよ」
素直に謝罪して頭を下げた。
四人は恐縮して手と頭を左右に激しく振っている。
「それでもABCはないんとちゃうか?」
ずっと黙っていた楓が辛抱たまらずにツッコミを入れる。
あっ、それは僕も思ったけど黙っていたのに。
「その件ですか。我々のあだ名のようなものでして。私の本名は
Aが本名を名乗ると、隣のBに話を振る。
「
最後にBがCにバトンタッチをする。
「
まさかの本名とほぼ同じだったのか。
「こうやって三人で名乗ると受けるんですよ。だから、三人とも気に入っちゃって」
困り顔で大きく息を吐く立挙。
その姿を見てニヤニヤと笑う男子三人組。
本当に仲がいいようで安心したよ。
「聖夜、聖夜」
後ろから服の袖を引っ張る雪音に振り返ると、耳元で囁かれた。
「恋愛感情はないのかな?」
「あったら三角関係どころか四角関係か。それも一人を巡って男が三人。もめそうだな」
小声で返すと顔を合わせて苦笑する。
それこそ余計なお世話に余計な心配か。
「さーてと、気持ちを切り替えて見回りでもしようか」
他の守護者たちは正面の石橋に集中しているので、僕たちは屋上をぐるっと回って周囲を警戒しよう。
立ち上がり一週目を終えた辺りで誰かの大声が響く。
「敵襲だ! 川の向こうに無数の影がっ!」
おっと、防衛戦が開幕か。
絶対に生き延びて、要さんたちと笑って再会するぞ!
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