第77話 戦いが終わって
聖夜が死んでもうた。
聖夜の願い通り、雪音が止めを刺して。
うちも一緒になって悲しんであげたかったけど、非情にも現状が許してくれへん。
屋上には蜘蛛みたいな化け物がまだ六体もおる。
他の守護者もめっちゃ必死に抵抗してるけど、次々と化け物が屋上に現れてキリがない。
「あかん、マジで終わったわ」
他の守護者はびびりながらも、なんとか足掻いている者もおるけど戦況は圧倒的に不利。
あっさりとあきらめて抵抗の一つもせえへん連中は、この世界がゲームやと信じているから。だけど、うちらは真実を知ってもうた。
ゲームオーバー=死。
「ごめんな、みんな」
弟たちの顔が頭に浮かぶ。
一番上の子は高校生で最近は家事も手伝うようになってくれてる。家事がへったくそなおかんが心配やけど、大丈夫。
家族で力を合わせて頑張ってくれると、信じとるで。
ゆっくりと迫ってくる蜘蛛の化け物を眺めながら、最後の抵抗とばかりに笑ってみせる。
死んだ目をした無数の顔が目の前に突き出され、臭い息が顔にかかる。
「死んでても呼吸するんか」
下らない最後の言葉を口にした自分に失笑すると……化け物の顔が串刺しになった。
足下から飛び出した鉄製の棘が化け物の顎を貫き、脳天を突き抜ける。
これは……聖夜の《棘の罠》!
「楓さん、あきらめないで! 私は……僕は……聖夜の分も生き抜くって決めた!」
「雪、音?」
目の前にいるのはワンピースの服とロングヘアからして雪音で間違いない。
だけど、口調と態度が聖夜に重なって見えた。
「だから、楓さんも僕と一緒に生きて!」
強い意志を宿した瞳に促されるように、差しのばされた手を握り立ち上がる。
「これ、楓さんの分だから!」
渡されたボウガンを素直に受け取る。
これは《落とし穴》を使って土台から分離させた、うちの《サイコロ連弩》や。
聖夜は必死になって雪音を守った。うちも助かったのは雪音のついでやとわかってる。そやけど、助けられた事実に変わりはない。
いっぺん拾った命や。聖夜の死を無駄にせえへんためにも、ここはいっちょ頑張るしかないわな。
「よっしゃ、絶望して悲劇のヒロインぶるのはやめや! 似合わんからな!」
自分の頬を両手で挟むように勢いよく叩く。
地面に横たわっている聖夜は穏やかな死に顔をしている。満足げに熟睡しているみたいや。
「やるだけやったらー!」
両手にボウガンを構えて雪音の背後に立ち、死に物狂いで抵抗をした。
あれからの記憶は断片的や。
雪音が獅子奮迅の活躍をして、多くの化け物を葬ったのは覚えてる。
元から持っていたTDSと聖夜から受け継いだTDSを巧みに使い分けとったな。まるで、元から自分の者だったかのように違和感なく操る姿が印象的やった。
うちや他の守護者も勇ましく戦う雪音の姿に触発されて奮起すると、力を振り絞り最後の最後まで足掻く。
すべてが終わったときに息をしていたのは、うちと、雪音と、立挙と元ナンバー2だけやった。
立挙と一緒におった坊主三人組は全員死んだらしい。
それも立挙を庇って戦い続けた結果。あの子は少し悲しそうにはしてたけど、そこまでは悲観してるようには見えへんかった。……この世界をゲームだと信じているから。
本当のことを知ったらどうなるんやろうな。
魔王国の監視の目があるから真実を伝えられへん。でも、もし、知ってもうたら、この子はどうなるんやろう。
「みんな、自分の力を託すとかいって、爆弾を自分に投げつけて殺してくれって言うんですよ。ゲームだってわかっているけど、こんなにリアルだから困っちゃって」
屋上にへたり込んでいる立挙が人差し指で頬を掻いている。
……こんなん、言えるか! 実はここは現実であんたが止めを刺して命を奪ったんやで? なんて言えるわけが……ないやろ!
唇をかみしめたまま、横目で雪音を確認する。
雪音は大の字になって寝転びながら、顔だけはこっちに向けられていた。
その表情は穏やかなのだけど、唇が少し、ほんの少し歪んでいる。苦笑しているかのように。
知らぬが仏。いつか知る日が来るかもしれへんけど、それまでは知らん方がええ。
なんなら、なーんも知らずに死ぬ方が幸せかもしれんな。
「あっちは無事やとええけど」
要、負華、喉輪はどうなったんか気になる。
今までは生き延びるのに必死で仲間を気遣う余裕なんてなかった。
もう、誰も死んで欲しくない。生き延びてるって、うちは信じとるで!
「い、生き延びた。はっはっ……ははは。俺は生き延びたぞっ」
乾いた笑い声に反応して、視線を向けた。
胸壁に背を預けて座り込んでいる元ナンバー2が夜空を見上げて笑うてる。
その虚ろな瞳はまるで……さっきまで争っていた化け物の死んだ目のようやった。
「こ、こんな、リアルに再現するなんて、運営は馬鹿なのか。なんで、痛みまでそのまんまなんだよ。早くログアウトさせろよ。クエスト中はログアウト禁止なんて欠陥だろ。戻ったら運営を訴えてやる」
元ナンバー2の恨み言を聞きながら、うちらは夜が明けるのを待った。
「これは予想外の展開になりましたな」
壁際に浮かぶ無数の映像を眺めながら、純白のタキシードを着た老紳士がぼやく。
話を振られた赤髪の女性は頭を掻き、小さく息を吐いた。
着ている女性用スーツの襟元のボタンを外して開け放つと胸元が露わになる。
「リヤーブレイス、何人の守護者が生き残ったのだ」
「確か十八名だったと記憶しております、ヘルム様」
頭を下げ質問に答える。
それを聞いたヘルムは腕を組み、さっきよりも大きく息を吐く。
「一気に減ったな」
「東の国ウルザムの戦力が想像を超えていましたので、むしろ、これだけの被害で済んだと喜ぶべきではないかと」
「これだけ、か」
倒されたのは守護者のみなので、魔王国の人員に欠損はない。
実質、被害はゼロといってもいい。それはヘルムも理解していた。
「だが、守護者たちを争わせて加護をまとめ強化する計画は……順調とは言えぬ」
「そうですな。強化、という点では成功だと言えますが」
「何人かは既に加護が進化したそうだな」
加護の進化。この世界の住民なら何度も何度も使い込み、長い年月を経て進化に至る。
だというのに、一ヶ月どころか一週間も経たぬうちに異世界人は進化を成し遂げた。それも複数人が。
「我々には考えられない成長速度のようです。こういうのを確か異世界の言葉で……なんであったか、バイザー」
リヤーブレイスが振り返りもせずに声をかけると、背後の闇からバイザーが一歩進み出て深々と頭を下げる。
「チートだぜ」
指輪のはまった両手の人差し指を前に突き出し、上半身を軽く仰け反らせるポーズで陽気に答えるバイザー。
「貴様、姫様の御前でそのような態度。無礼であろう!」
今までは淡々とした物言いだったリヤーブレイスだったが、語気を荒げて叱責する。
「アイムソーリー」
言葉では謝っているがあえて流暢な発音ではなく、カタカナ英語で返している。
それが更にリヤーブレイスの怒りを誘い憤怒の表情で振り返るが、ヘルムが腕を伸ばして制すと大人しく従い一歩下がった。
「この口調に関しては我が許しておる。そう、目くじらを立てるな」
「はっ」
リヤーブレイスはすっと感情を消し、いつもと同じく澄まし顔を浮かべている。
「バイザーよ。宝玉の回収はどうなっている?」
「順調だぜ。俺様のシステムは完璧だからな」
守護者同士の争いで倒された場合は加護が勝者に与えられるが、不意の自己や守護者以外に倒されて死した者の加護はどうなるのか。
本来なら加護は失われて終わりなのだが、バイザーたちが開発した宝玉にはそれに対応するシステムが組み込まれていた。
魂と宝玉を連動させることで、死亡時に加護を宝玉へと収納させる。
故に守護者が死んでも成長した加護は残り、回収が可能となった。
その仕組みを利用して臨時クエストの報酬として、死亡した守護者の加護を分け与えることができたのだ。
「現在、所有者がいない加護はいくつある?」
「ちょい待ってくれよ。ええと……四十二だぜ」
「多いな。このまま取り込んでも構わぬのだが、そうすると成長が遅くなってしまうか」
守護者たちを争わせている理由が加護の育成。
異世界人は加護の成長率が高く、魔族や魔物よりも効率よく強化できる。
「ならば、我が所持するより守護者共に分け与えるべきか」
「東と西の動きも活発になっております。あまり時間をかける余裕もないかと」
リヤーブレイスの助言を聞き、眉をひそめるヘルム。
西もそうだが東の国ウルザムの勇者が攻勢を強めている。
こちらに時間の猶予がないのは事実。
「もっと効率よく加護を強化する方法、か」
今更、守護者が可哀想などと言う気は毛頭ない。
異世界人に恨まれようがやり遂げるしか道はないのだ。非道に徹しろ。異世界人に対する情は捨てろ。とヘルムは自分に何度も言い聞かせる。
「その点に関しては一つ提案があります」
考え込むヘルムにそっと耳打ちをするリヤーブレイス。
ヘルムは徐々に大きく目を見開くと、リヤーブレイスの顔を凝視する。
「しかし、それは諸刃の剣ではないか?」
「ですが、一気に人数を絞れて加護の回収と強化も期待できますぞ」
「それはそうなのだが」
二人の様子とやり取りに嫌な予感を覚えるバイザー。
このじじい、何を提案しやがった。と内心で毒づきながらも表情には出さず、あえて軽い口調で話しかけた。
「こそこそ話なんてしないで、俺様にも教えてくれよ」
「貴様と交わす言葉などない」
「おいおい、嫌われちまったな」
殺意を込めた視線を軽く受け流すバイザー。
周囲で言葉を発することなく見守っていたオペレーターたちの中には、殺気に当てられて気を失う者もいるというのに。
「すまんな、バイザー。話がまとまったら皆にも伝えるとしよう」
この場に居る全員に聞こえるようにヘルムが言うと、聞き役に徹していた面々が小さく頷く。
乗り気ではないようだが、この様子だと怪しいな。
バイザーはヘルムの浮かない表情から心情を読み取ると、頭を下げた体勢で唇を噛む。
これからどうなるのかはわからないが、要たち守護者にとって明るい未来が待っているとは思えない。それだけは確信しているバイザーだった。
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