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第78話 プロローグ

「なんか、凄いことになってるよね~」


 サキュバスのポーは魔王城の中庭に設置されているベンチの背もたれに全体重を預け、すらりと伸びた足をだらりと伸ばして、惜しげもなく肌を晒している。

 桜色で波打つ自分の髪を指でクルクルと巻きながら、大きなため息を吐く。


「そうね。これはヘルム様たちも想定外みたいよ」


 ポーの隣に座ったのは髪代わりに頭から細長い無数の蛇が生えた、メデューサのルドロン。

 背筋をピンと伸ばして横目でポーを見る。

 基本は同じデザインの制服だがポーは上も下も丈を限界まで短くしているので、見た目の印象が正反対になっていた。


「一気に守護者が減ったから、あちしもこうやって休憩できるのは嬉しいんだけどさー」

「大丈夫なの、代わりの人は?」


 ポーが担当している肩上要わだかみかなめは今、魔王城の一室で眠っている。

 本来はサキュバスであるポーが夢を操作する時間なのだが、他の守護者を担当していた人員が余り始めたので交代してもらっていた。

 肩上が現実だと信じている夢の中では規則正しい生活をしているので、余程のことがない限り代わりのサキュバスで対応可能となっている。


「大丈夫っしょ。お手製のマニュアルも渡しているしぃ。なんかあったら連絡くれるっしょ」

「相変わらず暢気なものね。でも、人員に余裕ができたおかげで私もお休みが貰えたわけだし」


 睡眠時はポー、起きている時間はルドロン。この二人で肩上を常に見張っていたのだが、今はこうしてかなり余裕ができている。


「でもさー、あちしは最後までワダカミっちを見守るよー」

「それは私もです」

「ワダカミっちさ、仲間の聖夜っちが死んだのを知ったら……悲しむんだろうね」

「そう、ですね」


 二人揃って中庭中央部に立つ大木をぼーっと眺めていた目を伏せた。

 担当している肩上には仲間がいる。その中でも草摺負華くさずりふか佩楯聖夜はいだてせいや佩楯雪音はいだてゆきねは特に親しくしていた。

 その内の聖夜が昨晩の防衛戦で死亡したのだが、そのことを肩上はまだ知らない。


「なーんにも知らないで夢の世界を謳歌中かー」

「こういうのを異世界の言葉で知らぬが仏というのでしたか」


 ポーもルドロンも声に元気がない。

 じっと地面を見つめたまま、沈黙が続いている。

 しばらくそうしていたが、不意にポーが立ち上がるとルドロンに向き直り見下ろす。


「あちしはワダカミっちに生き残って欲しい」

「ポーは感情移入、しすぎ……で……」


 ルドロンはたしなめようとしたが、今までに見たことのない真剣な表情を目の当たりにして言葉を呑み込む。

 いつもおどけていて、ラフな雰囲気を常にまとっていた同僚。

 そんな彼女がいつにもなく真面目な顔でルドロンを見つめていた。


「だけど、あちしはバカだからさ。どうしてあげればいいかわかんない。だから、だから、ルドっちにも協力して欲しい」

「ルドっちって……。で、ですが、それは規律違反に」


 妙な呼び名に戸惑うルドロンだったが手を挟み込むように掴まれ、額が触れるぐらい顔を寄せてくるポーの迫力に負けて視線を逸らす。


「本当はワダカミっちだけじゃなくて、仲間の人たちも助けたい。だけど、それが無理なのはあちしでもわかる。だから、せめて」


 熱を帯びた声に圧倒されてルドロンは言葉を失っていた。

 ポーほどではないが、ルドロンも肩上に感情移入していることに自覚している。

 できることなら最後の一人に残って欲しいし、その後も生きて欲しいと密かに願ってはいた。

 だが、それはヘルム様たちに反意を示すことであり処罰の対象となる。それがわかっているから、その思いを表に出すことなく内に秘めていた。


「ルドっちが手伝ってくれたら、きっと上手くいくと思う!」


 ぐいぐいと迫るポーの顔面に手を添えて、なんとか押し返すルドロン。


「少し落ち着いて。そんな大声を出したら誰かに聞かれますよ」

「あっ、ごめん」


 慌てて周囲を見回しているが中庭には自分たち意外の姿がないのを確認して、ほっと安堵の息を吐いている。


「もし、仮に、手を貸すとしても何か計画があるのですか?」

「ないよ!」


 キッパリと笑顔で断言するポー。

 それを見て大きく肩を落とすルドロン。


「そうだとは思っていましたが。完全に無計画ですか」

「だから、一緒に考えよ!」


 再び隣に腰を下ろすと、体を密着させて肩を組んできた。

 大きな胸の側面が自分のささやかな胸にぶつかる感触に若干の苛立ちを覚えるルドロンだったが、顔には出さず冷静に頭を働かせている。


「今のところワダカミは上手く立ち回っています。機転も利いて仲間を順調に増やしていますし」

「うんうん。聖夜っちのことは残念だけどさ」


 一人減ったとはいえ、協力関係にある仲間が四人いる。

 草摺負華、佩楯妹、そして喉輪惇のどわじゅん錣楓しころかえで

 全員の夢を見させてもらったのだが、彼女たちが現実だと信じている夢の世界でも肩上を信頼しているような言動があった。

 仲間が裏切ることはない、とルドロンは確信している。


「だけど、最終的には一人しか生き残らないわけですから、いずれ仲間が敵に回ることになります」

「そこなんだよねー。バトルロイヤル要素、やっぱやーめた、ってなんないかな?」

「さすがに無理でしょ」


 この計画の肝は加護を異世界人に育てさせて、いい具合に成長したところを一気に回収。その力はヘルムの物となり圧倒的な力で東と西の国へ報復する。

 これがすべてだ。

 今更この計画を取りやめることは考えられない。方針を変える可能性があるとしたら。


「異世界人を生かしておいた方が魔王国にとって有意義である、と思わせることができたら、もしかして……」

「ワダカミっちが助かるかも?」


 考えを口にしていたことに気付いていなかったルドロンだったが、キラキラと輝く目を向けられて小さく頷く。


「ですが、可能性はかなり低いと思われます。心変わりをしたヘルム様たちが守護者たちを生かす方向に計画を変更したとしても、それを……守護者たちが受け入れるかどうか」

「あっ、そっか。ゲームだと騙して殺し合いをさせていたんだもんね。あちしらを恨んで当然だよぉぉぉぉぉぉ」


 ポーは頭を抱えて背もたれから飛び出すように上半身を仰け反らせている。


「問題が山積みですからね。まずはヘルム様たちが計画の変更を提案するぐらい、守護者たちが活躍すること」


 これはまだ可能性があるとルドロンは考えている。過剰な期待をさせないために口には出さないが。

 実際、肩上たちの活躍には目を見張るものがあった。


 砦を三回も防衛成功。

 鉄壁の勇者を殺害。

 更に神速の勇者と戦い勝利。

 加えて東の勇者とも遭遇したというのに生き延びた。


 間違いなく肩上は注目されている。他の守護者はともかく肩上に関しては、上手く誘導すれば殺さずに手元に置いて利用しようという展開に持っていけるかもしれない。ルドロンはそう考えていた。


「ただ、ワダカミが真実を知ったらどうなるか」


 ルドロンもポーも知らない。

 肩上とその仲間たちが真実に到達していることを。

 互いに連絡を取り本心で語る機会があれば、その計画が上手くいく可能性が高くなることを。


「こそっと、バレないように教えられないかな? こんな感じで」


 ポーがルドロンに小声で耳打ちをした。

 吐息がくすぐったかったのか、耳元にいた小さな蛇たちがくねくねと揺れている。


「無理ですね。そもそも私たちが接触する方法がありませんし」


 戦場に行くことは可能だが守護者たちは常に見張られている。

 どうにか接触できたとしても、その行動はすべて筒抜けだ。


「そっかー。前途多難だー」

「あきらめますか?」


 両手足をバタバタさせているポーを横目で見て、小さな声で問う。

 すると動きをピタリと止めたポーはベンチに深く腰掛けると、自分の頬を挟むように両手で叩いた。


「あきらめないよ。やっぱ、自分たちの幸せのためにワダカミっちたちを犠牲にするのは間違ってる。ワダカミっちたちが悪党なら別にいいんだけどさ。みんな、いい人でしょ?」


 ポーの微笑む横顔を見て、ルドロンは思わず頷いてしまう。

 異世界人というだけで嫌悪していたが、ずっとワダカミを見ていると、いつの間にかわだかまりは霧散してしまっていた。

 ルドロンは知ってしまったのだ。忌むべき存在だった異世界人も私たちと変わらないのだと。


「こうなったら仲間を増やすしかないね! 数の暴力って言葉もあるぐらいだしぃ」


 拳を握りしめ振り上げるポー。


「仲間ですか。私たちの考えに同調してくれる人物……」


 ルドロンには何人か心当たりがあった。

 私たちと同じようにワダカミの仲間を担当している職員たちの顔が頭に浮かぶ。

 情報交換と称して言葉を交わしたことが何度かあるが、全員が私たちと同じように異世界人に愛着を持って接しているように見えた。

 特に夢を担当しているサキュバスはポーほどじゃないが、同情している者も多い。

 元々サキュバスは私たちと違い、人間と接することが多い一族。なので、人間びいきの考えをする者も少なくない、と漏れ聞いている。


「なんとかできる……かも」

「本当に⁉ じゃあ、ワダカミっちが助かるかもしれないんだ!」

「あくまで可能性の話だから。全部上手くいけ――」

「へえー、楽しそうな話してるじゃん」


 突如、会話に割り込んできた男の声を聞いたルドロンとポーは、ベンチから素早く立ち上がり振り返る。

 ポーは上半身を前屈みにして、ルドロンは目隠しに指を掛けて、対象を睨みつけた。

 二人の視線の先にいたのは装飾品をいくつも身につけ、ニヤついた笑みを浮かべているラフな格好の男。


「バイザー、様」

「なぜ、このようなところに」


 驚愕する二人を前にして、平然と歩み寄り二人がさっきまで座っていたベンチに腰掛ける。


「おいおい、そんなに警戒しなさんな。さっきの話、俺様にも聞かせてくれよ。力を貸せるかもしれないぜ?」

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