第87話 面会

 全員がほぼ同時に起きて戸惑っている姿を見物してから、目が覚めた振りをする。


「か、要さん! 初体験がまさかの4Pって、どうなんですか⁉ 記憶もないし!」


 いきなり取り乱した負華に肩を掴まれて激しく揺さぶられた。

 その言葉を聞いた楓と雪音が慌てて自分の体をまさぐって服装の確認をしている。

 そして、着衣の乱れがないことに胸をなで下ろす。


「まず、落ち着け。何もしてないし、する気もないから」

「ひっどい。私に魅力がないってことですか⁉」

「いや、怒るのおかしくないか?」


 否定したら怒られるって理不尽すぎるだろ。

 そもそも衆人環視の中で女性陣に手を出す勇気は持ち合わせていない。


「どうやら、ここは魔王城の一室らしいな」


 さも、今気付いたかのよう振りをして考えを口にする。


「なるほど。眠っている間に到着してこの部屋に移動させられた、ということでござるな」


 ベッド組の喉輪と明も目を覚ましたか。

 いつもなら青い光が収束して現れるシチューエーションなのだが、今回は初めから全員が実体化していた。

 バイザーが言うには「毎回、全員が寝ている部屋から宝玉を使って転送させている」らしい。今回は同じ魔王城にいるので転送させる手間を省いたのだろう。


「状況はわかったんやけど、ほんで、これからどうなるんや?」

「勝手に場内を彷徨くわけにもいかぬから、相手を待つしかあるまい」


 ベッドから下りた楓は室内の調度品を腰が引けた状態で突いている。

 明は腕を組んでソファーや机の表面を撫でて「ほほう」と感心していた。


「こういう高級な部屋ってモーニングをメイドさんが運んできたりしますよね? こんな風にベッドに呼び鈴があって鳴らしたら」


 負華がベッド脇に置いてあった呼び鈴を掴むと無造作に鳴らした。

 また、止める間もなく勝手な行動を……。

 澄んだ音が部屋中に響く。音だけでわかる、これは高級品だ。


「「失礼します。お呼びでしょうか?」」


 音もなく大きな両開きの扉が開くと、現れた二人の女性が恭しく頭を下げた。

 二人ともメイド服姿なのだが、同じおかっぱのような髪型で髪色は白髪と黒髪。無表情な顔がそっくりなので雪音と同じく双子か。

 一つ驚いたのは背中から生えた鳥のような翼。翼の色は髪色と同じで黒と白。

 見た目の年齢は雪音より若く見える。身長は百五十に届いていない。


「すみません、ここが何処か教えてもらえませんか?」


 思わずベッドの上に正座をしてから質問をする。


「「ここは魔王国ガルイの城です。その一室に宿泊していただきました」」


 二人が同時に一字一句間違えず言葉を返した。

 同じ動画を同時再生したかのような音の重なりだ。


「ええと、私たちはどうすればいいのでしょうか?」

「「しばし、おくつろぎください。時が来ればこちらから、ご連絡いたしますので」」


 またもぴったり同じだ。

 どうやって、意思の疎通をしているのか気になる


「あのぅ、生麦生米生ちゃまご、って言ってもらえますか?」


 こら、負華。何を言い出しているんだ。おまけに自分が噛んでどうする。

 突然、訳のわからないことを口にした負華に対して、無表情な顔を向けるだけで動揺は感じられない。


「「生麦生米生ちゃまご。で、よろしいでしょうか?」」

「参りました」


 ベッドの上で土下座をして負けを認めている。


「「では、また後ほどお伺いしますので」」


 二人揃ってお辞儀をすると、扉を閉めて立ち去った。


「なんか、不思議な感じの子だったね」


 雪音が立ち去った二人のメイドが居た場所を見つめながら微笑んでいる。

 その横顔が少し悲しげに見えたのは、双子を見て兄のことを思い出したのかもしれない。


「あっ、朝ご飯訊くの忘れてました! もう一回、呼ぶしか」


 また呼び鈴を掴もうとした負華の腕を横から掴むと、駆け寄ってきた喉輪がそっと呼び鈴を持ち上げて離れた場所に置く。


「あんた、考えずに反射的に行動すんのやめーや。躾のなってない子供か」

「こんな発育の良い子供はいませんー」


 豊満な胸を強調するように、わざとらしく腕を組んで楓を見下している。

 負華の態度に苛立ちが頂点に達した楓が、ベッドに両手を叩き付けて身を乗り出す。

 そして額を突き合わせていがみ合う負華と楓。

 いつもの調子が出てきたようだ。


「あの二人は仲が悪いのか?」


 俺たちには見慣れた光景なのだが、新入りの明にはそう映るか。

 今も「はっ、見た目はアダルト、頭脳はチャイルドってか」「逆よりマシですぅ」「いや、逆の方がマシやろ」と言い合いをしているから、そう見えて当然なのだけど。


「いや、とっても仲良しだよ」

「どこがですか!」「どこがや!」


 声を揃えて反論する二人が顔を見合わせると、額をゴリゴリと擦り合わせている。


「ほらね」

「なるほど、そういう関係性なのだな」


 明が納得してくれたようで何より。

 さて、この部屋から出るな、と遠回しに釘を刺されたことですることがなくなった。

 負華を止めておいてなんだけど、呼び鈴を鳴らして朝食でも持ってきてもらおうかな。






「うひゅー、緊張するぅ」


 俺の服をぎゅっと掴んだまま、忙しなく周囲を見回す負華。


「くうううっ。アニメで何度も目にしてきた光景が目の前にあるでござる!」


 喉輪も負華と同じく辺りを見回しているが、その瞳は興奮と感動で輝いている。


「やっぱ、本物は映画のセットより凄いね」


 雪音は落ち着いたもので冷静に観察している。……ように見えたが、その手は俺の服の袖を掴んでいた。


「以前行った、イギリスの城よりも立派だ」


 この場で一番冷静なのは明。

 いつもはフードを目深に被っているが、ここでは失礼に値すると判断して自らフードを外して顔をさらしている。

 俺たちは今、足下に敷かれた真っ赤な絨毯を踏みしめながら歩いている最中だ。

 赤い絨毯は入り口の扉から真っ直ぐ伸び、その先にあるのは玉座。

 絨毯から少し離れた両脇には太く長い円柱が等間隔で配置されていて、天井は驚くほど高い。ビルなら三階分はある。

 絨毯と円柱の間にずらりと並ぶ人……ではなく、魔物と魔族。


 魔物の国には魔族と魔物が存在していて、魔族というのは魔王と同じ悪魔の一族を指し、それ以外の生物を魔物と呼称している。と、バイザーから教えられた。

 ちなみに人間と同じぐらいの知性があって、見た目が人間や魔族に近くても魔物らしい。

 その魔物たちは同じデザインの制服を着ている。ただ、部署によって違いがあるようで、布面積よりも肌の露出が多い者も存在する。……関係ないけど、丈の短い制服を着ている者はスタイル抜群だ。

 全員表向きは澄ました顔を取り繕っているが、俺たちを見る目は様々。


 一番多く感じるのは睨みつける視線。怨みが籠もった殺意をまとわせたものもあれば、こちらを見下した冷たい視線もある。

 他には奇異の目にも晒されている。動物園の珍獣を見ているような、好奇心を隠せていない。

 そして、わずかだが俺たちを労るような優しい目で見つめる者たちも。

 肌の露出が多い制服を着た一団と、その近くにいるきちんと制服を着こなした多種多様な種族。

 その中でもピンクの髪をした女性が俺を指差して、軽く手を振っている。隣にいる髪の毛が蛇で目隠しの上から眼鏡をしている女性が何やら注意をしている。


 一目見て感じるものがあった、たぶんあの二人は俺の担当。サキュバスのポーと、メデューサのルドロンだ。

 俺の視線を感じたのか、ポーの手を振る早さが加速している。ルドロンは小さく俺に会釈をする。

 間違いではなかった、あの二人が俺の担当か。明るく元気なギャルっぽいポーと、生真面目っぽいルドロン。メデューサだったのは意外だったけど、それ以外は想像通り。

 二人の姿を知って和みそうになったが、自分が何処に居るかを思い出して気を引き締める。


 この先に居るのは玉座に堂々と腰を下ろして、こちらを睥睨している魔王ヘルム。

 いつものスーツ姿ではなく、大きなスリットがある真っ赤なイブニングドレスを着こなしている。頭には二本の角が生えていて、背中には黒いコウモリの羽と白い天使の羽根が見えた。

 どうやら、正体を隠す気はないようだ。


 そんなヘルムの右手に控えているのが、白髪のオールバックが様になっている大柄な紳士。白髪のせいで老けて見えるが、実際は俺より十から二十歳ぐらい年上に見える顔付き。

 白いタキシード姿も似合っていて、見るからに優秀な執事といった印象だ。

 ヘルムを挟んで反対側に立っているのは対照的な男性。

 ぶかぶかなTシャツにカーゴパンツ。胸元には銀色のネックレス。全部の指に指輪をはめている。


 この場にそぐわないどころかかなり浮いているぞ、バイザー。

 でも、そのおかげで俺たちの私服の違和感がかなり薄れている。

 って、ここはバイザーを見て訝しむか驚く場面だ。俺はバイザーが魔王国の幹部だと知っているが、守護者の俺がその情報を手に入れる術はないはず。


「なんで、バイザーがあんなところに……」


 知っている人間が魔王の隣にいることに驚く、芝居をしてみる。

 明はバイザーを詳しく知らないし、そもそも協力関係にあることも伝えていない。なので、かなり驚いているな。

 問題は他の仲間だ。

 雪音は心底驚いたように目を見開き、バイザーを凝視。さすが、ドラマ経験が何度かあるだけあって芝居も上手い。

 楓は「ま、マジか……」と呆けたように呟いているが、少し演技が固い。だけど、それは魔王を前にして緊張しているようにも見えるので、まあ、大丈夫だろう。


「バイザー、どうして?」


 喉輪は驚くより不審な目でバイザーを見ている。意外と演技力が高い。

 さて、最大の懸念である負華はというと、眉根を寄せてじっとバイザーを見つめているだけ。そのままゆっくりと頭を傾げると「誰だっけ……」と呟く。

 まさか、バイザーのことを完全に忘れているのか⁉ あんなに特徴的なキャラをしているのに。

 だけど、今はその注意力と記憶力のなさに感謝しておこう。芝居じゃないので不自然さが全くない。

 まずは第一関門突破。ここからが本番。

 全員が足を止めて、事前に打ち合わせしていたとおりに片膝をついて頭を下げる。

 どう切り出してくるのか。そして、何を伝えるのか。

 不安と期待が入り交じる中、魔王ヘルムの言葉を待った。

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