第102話 決戦前夜

 高価な調度品の数々が飾られている魔王城の客室。

 広さもかなりのもので、これだけの人数が居てもまだまだ余裕がある。

 現在この部屋には俺、負華、雪音、喉輪、明と、新たに加わることになった立挙。あと、しれっとバイザーが居座っていた。

 生き残った守護者は九人。その内の七人までがこの場に居る。

 残り二人の守護者も誘ったのだが「見知らぬヤツらとつるむ気はない」「いつ寝首を掻かれるかわからないからな。俺は自室に籠もる」と、見事なまでの死亡フラグを立てて引きこもってしまった。

 サスペンスドラマなら確実に死ぬ役だ、と思いはしたが放って置く。

 全員顔見知りの中に部外者が放り込まれる不安と不信感は理解できるから。


「まずは一言。みんな、生き残ってくれてありがとう」


 俺たちに与えられた魔王城の客室で深々と頭を下げる。

 この厳しい状況下で仲間が生き残ってくれたことが本当に嬉しい。

 聖夜を失い、楓は日本に帰還。仲間の数は減ってしまったが新たに立挙が増えた。

 引きこもった彼らを除いた守護者全員が仲間だというのは出来過ぎだろう。……本音を言えば、聖夜を守りたかったが。


「要さん、頭を上げてよ。僕たちのことよりも明日のことでしょ」

「佩楯殿の言う通りでござる」


 肩に手を添えて笑う雪音と、腕を組んで直立不動状態の喉輪。


「感謝する時間すらもったいない。早急に策を練らねば」

「えっと、具足さんの仰る通りかと」

「立挙、明で良いと言ったはずだが」

「そのですね、名前を呼び捨てにすることに慣れていないので」


 相変わらず明の口調はきつく聞こえるので、新入りの立挙が恐縮している。

 心根は優しく笑い上戸を隠すための話し方だと知っているので、しばらくしたら互いに慣れてくれるはずだ。


「むむっ、私の一番人気ヒロインポジションが脅かされる予感がひしひしと」

「誰がヒロインだ。誰が一番人気だ」


 負華のボケに対してツッコミを入れておく。最近は楓の役目だったが、また俺がツッコミ役に返り咲いてしまった。


「えっ、どう考えても私が要さんのヒロインポジでしょ? みんな、要さんに興味ないよね?」


 突然、恐ろしいことを口にして話を振りやがった。

 急に訳のわからない会話に巻き込み事故をくらって戸惑う女性陣。

 喉輪、バイザーの男性陣はニヤニヤと下卑た笑みを浮かべて見物している。

 くそっ、他人事と思って楽しんでいやがる。


「えっと、私はその、オジさんはちょっと……。佩楯さんのファンですし」


 おずおずと手を上げて、申し訳なさそうに正直な意見を口にする立挙。

 うん、わかっていたことだし、妙な期待もしてなかったからいいんだけど。……すっぱり否定されると結構心にくるな。


「要か。考えたこともなかったが、パートナーとしてなら悪くないのではないか。人は追い詰められたときに本性が出る。表面は取り繕っていても、いざという時に頼れない輩は論外だ」


 あれ? 意外にも明が俺を褒めてくれている?

 知らぬ間に好感度を上げていたようだ。恋愛感情はないようだが嫌われていないことを知れただけでも嬉しいもんだな。


「むむ、意外な好感触。やぶ蛇だったかも」


 負華はムスッとした顔で俺と明を何度も交互に見ている。

 何を心配しているのかは知らないが、間違いなく杞憂だよ。

 別に全員が俺に対する感想を口にしなければいけないルールがあるわけではないが、自然と残された雪音に視線が集まっていた。

 聖夜の格好をして言動も寄せているから戸惑うときはあるが、ふとした瞬間の表情や言い回しから雪音らしさを感じる。

 よく見ると顔も少し違う。たった一週間程度だけど、濃密な時間を共に過ごした仲間だ。間違えたりはしない。


「僕は……要さんのこと好きだよ」


 照れたように笑う雪音の顔に胸がきゅっとなる。

 くおおおおおっ。親と子ほどの年の差がある相手だというのに、一瞬だけどときめいてしまった。くっ、人気モデルの笑顔から放たれる威力、恐るべし。

 雪音の一言にざわつく仲間たち。

 特に喉輪とバイザーが何か言いたげな気持ち悪い笑顔でこっちを見ている。


「まさかのライバル! ひいいいっ! 若さ、容姿、生活力、収入、すべてにおいて勝ち目が、ない!」


 負華は四つん這いになると、悔しそうに床を叩いている。

 自分を理解しすぎているというのも哀れだ。

 そんな俺たちの反応が面白いのか、雪音はお腹を抱えて笑っている。


「ぷっ、あはははは、違う違う。好きは好きでもラブじゃなくてライクだよ。年の離れたお兄ちゃんみたいな……あ、でもお兄ちゃんは聖夜だから、お父さんみたいな感じかな」

「お父、さん」


 いや、まあ、俺が若くして結婚して妻が子供を産んでいたら、雪音ぐらいの年の子がいてもおかしくはない。

 おかしくはないのだけど、お父さん、か。

 年の差は自覚していたが、改めて現実を突きつけられると心に来る。


「パパ、可愛い娘ができてよかったね」

「誰がパパだ」


 即座に復活した負華が背後から俺を抱きしめると、耳元で戯言を囁く。

 振り払おうとしたが、背中にのしかかる二つの感触に免じてそのままにしておこう。


「でよ、このままコントを続けるならそれはそれで面白いんだが、そろそろ作戦会議始めねえか?」


 一向に話が進まない状況にメスを入れたのは、以外にもバイザーだった。

 ここまでのやり取りで場が充分に和んだ。緊張感は薄れてしまったが、今なら柔軟な発想もできるはず。


「そうだな、そろそろ本格的に話し合おうか、明日の戦いについて。まずは対戦相手のリヤーブレイスについてできる限り詳細な情報が欲しい」


 事情に一番詳しいバイザーに話を振る。


「アイツは代々魔王に仕える異世界の魔族だぜ。初代魔王が召喚してから魔王のみに従う契約をしているそうだ。かれこれ、千年以上は魔王の側に仕えているらしい」

「すっごいお年寄りじゃないですか」


 負華、間違ってはいないけど驚くポイントがずれている。


「異世界からってことは、元々この世界の住民じゃないのか」

「まあな。そもそも召喚術ってのは魔族に伝わる秘術でな。別の世界から魔物や魔族を喚び出して利用する魔術だ。といっても、何百年も使われていなかったんだがな召喚術は」


 気になる発言がいくつもあった。忘れないうちに訊いておくか。


「召喚術って東と西の国が生み出したんじゃないのか? それを利用して俺たち守護者を召喚したって話だったはずだけど」


 俺と同じ疑問を仲間も抱いていたようで、うんうんと頷いている。

 もちろん、負華は例外だ。そんな細かい話を覚えているわけがないので、キョトンとした顔をしているだけ。


「ああ、それな。元々、魔王国の召喚術をパクって改造したのが東の国。更にそれを模倣したのが西の国。更に東と西の召喚術をパクり返して改良したのが魔王国って流れだ。パクリパクられ合戦だな」


 そんな軽いノリで話すような内容ではないが、わかりやすい説明だった。


「そもそも魔王国の召喚術は廃れていてな。リヤーブレイスを召喚してから、異世界と繋げなくなっちまったんだよ。諸説あるが、異世界側が何らかの対策をしたってのが有力候補だ」


 膨大な力を所有するリヤーブレイスを召喚されてしまったことで、その世界の魔族が対抗策を生み出したってことか。あり得ない話ではないと思う。


「まあ、そんなこんなで召喚されたリヤーブレイスは……言葉を濁さずに言うが……めっちゃ強え」


 簡潔でわかりやすいが強さが伝わってこない。


「そうだろうな、とは思っていたが、もう少し具体的に教えてくれ」

「んー、わかりやすくか。戦闘力なら魔王国一だ。最強という名に相応しい化け物だぜ」


 予想はしていたが断言してきたか。

 最強の化け物が明日の相手。


「最強か……。女王ヘルムよりも強いのか?」

「純粋な実力ならリヤーブレイスが上だろうが、ヘルム様には《無効化》がある。あれは加護だけではなく、魔法や物理攻撃も無効にするからな。勝つのは難しいだろうな」


 《無効化》の加護については昨晩に詳しく話を訊いている。当初の予定では魔王ヘルムと戦う筈だったので、詳しい分析や対応策についても意見を出し合っていた。

 だからこそ《無効化》の脅威は把握している。


「二人の実力を比べること自体が無意味なんだけどな。リヤーブレイスは魔王と敵対しない、それは絶対に覆らない。どんな愚かな王であろうが付き従ってきた歴史が証明している」


 千年以上も魔王に尽くしてきた者が今になっていきなり裏切る展開は皆無か。

 二人を不仲にして争わせて同士討ちが理想だけど、期待はできないと。


「強いのは理解したがどのような能力を保有しているのだ?」


 明が気になる点を質問してくれた。


「異世界の暗黒魔法が使える。それも高威力のな」

「あのー、正直、暗黒魔法と言われてもピンとこないんですけどぉ。加護は見てきたけど魔法は見たことないし」


 負華の質問を耳にしてハッとした。

 言われてみれば魔法のような加護は何度も目の当たりにしたが、魔法そのものは見たことないかも。

 いや、壊れた会場の整備で土魔法っぽいのはみたな。あれぐらいか。

 東の勇者がアンデッドを操る死霊術を使っていたが、アンデッドが蠢いているだけで魔法感はまったくなかった。


「あっ、そうか。加護ばっかで魔法見てないのか。魔法ってのは魔族や知能が高い一部の魔物のみが使えるものでな、詠唱とか魔方陣が必要だったりするから、ぶっちゃけ使い勝手が悪い。だから、強力な加護がある連中は加護を多用して魔法は蔑ろになっているのが現状だ」

「魔法は古くて使い勝手の悪い技術でござるか。ビデオとブルーレイ……いや、ネット配信ぐらいの差がありそうでござるな」

「あー、使おうとすれば使えるとしても、人って楽な方に流されちゃいますもんね」


 喉輪と負華が自分なりの解釈を口にしている。

 だから、今まで魔法を見てこなかったのか。


「だが、手間暇が必要なだけで利用価値はあるからな。一応俺様も使えるぜ、こんな感じで。熱く滾るすべてを燃やす赤き力よ。呼び声に応じて現れよ」


 バイザーは詠唱を口にして手のひらを上に向ける。

 すると野球のボールぐらいの大きさがある火の玉が現れた。


「ふわー、魔法だー。あったけぇ」

「これが魔法!」


 負華は火の玉に手をかざして暖を取っている。その隣で目を輝かせて見つめているのは雪音。

 二人ほどじゃないけど俺も内心では感動している。やはり、異世界と言えば魔法。魔法はロマンだ。


「それって私にも使えちゃったりします?」


 負華、ナイスな質問だ。俺もそこが気になっていた。


「一年ぐらい真面目に勉強すれば簡単な魔法ぐらいなら、いけんじゃね?」

「一年かー、無理だー。勉強嫌いぃぃぃ」


 あっさりと諦める負華。

 しかし、一年も学ぶ必要があるなら、明日の戦いにはどう考えても活かせない。


「暗黒魔法ってのは異世界の住民……ええと、ややこしいがリヤーブレイスがいた異世界の住民にしか使えない魔法でな。故に対策が困難だ」

「話を聞けば聞くほど、一つの結論に達しそうなんだけど。……もしかして、リヤーブレイスより女王ヘルムと戦った方が楽だったんじゃ?」


 俺の核心を突いた意見に誰も答えない。

 沈黙が場を支配している。


「ファーイトッ」


 ようやく口を開いたのは、俺の肩に手を置いたバイザーだった。


「まあ、やるしかないか」


 絶望も逆境にもいい加減慣れている。

 勝ち目のない戦いに挑むのもこれで何度目か。

 あきらめたらそこで試合終了、だったか。漫画の名言をふと思い出した。


「それでも勝つしかないんだ。絶対に勝って生き延びる!」


 強い決意を秘めて断言する。

 右拳を前に突き出すと、仲間がその上に手を重ねていく。


「要さん、期待しているよ」


 おう、任せてくれ雪音。


「逆境で輝くのが主人公の特権でござるよ」


 こんな冴えない主人公だと人気がでないと思うぞ、喉輪。


「勝利する自分を思い描け。貴様ならやれる」


 明らしい励ましの言葉だ。期待に応えてみせるよ。


「私はまだ仲間になって間もないので、ええと頑張ってください」


 立挙はまだ馴染めないよな。一応リーダーらしいから新入りにもいいところを見せないと。

 最後に負華が身を乗り出して、俺の眼前に顔を近づける。


「勝ったら勝利のディープキスをしてあげます。それはもうすっごいのを」

「ディープは余計じゃ? あと恥ずかしいなら言わなきゃいいのに」


 顔面を真っ赤にしている負華をからかう。


「んもう! そこは、おいおいキスだけか? とか返す場面でしょ!」


 怒るポイントがずれている負華をなだめながら、改めて覚悟を決めた。

 明日の戦いで運命が大きく変化するだろう。

どんな手段を用いても勝って生き延びてみせる。

 恥ずかしさと怒りが入り交じり、拗ねながら文句をぶつける負華の頭を撫でながら、俺は自然と笑っていた。

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