第100話 褒美と提案

 バイザーが勝利を収めた。

 拳を振り上げて勝利をアピールしているが、動きがぎこちなく見えるのは気のせいだろうか。

 一応は当初の予定通りに事が進んでいる、と言っていいだろう。

 事前にバイザーと相談した結果、今後の展開はいくつか予想していた。


 最後の第八試合は俺と負華の戦いとなる。どう乗り切るか仲間と相談して、いくつかの策を練る。もちろん、魔王国に知られないようにバイザーには手を打ってもらってから。

 俺たちの各担当職員を仲間に引き入れ、ヘルムや上層部に声が届かないようにした。その際にバイザーにも参加してもらい、最終的に三つの策に絞った。

 その内の一つ。一番可能性が高いと見込んでいる策がもう直ぐ実行される。


『勝者、バイザアアアアアァァァ! お見事でした。勝利の要因は何だったのでしょうか?』


 今まで一度も勝利者インタビューなんてしなかったのに、バイザーだけは特別に話を振る解説者。

 本来なら俺たちとの対応の違いに眉をひそめる場面なのだろうが、思わず口元がニヤける。


「ナイスアシストだ」


 話を振られたバイザーはマイクを取り出すと陽気に答える。


『頭の差ってヤツだ。まあ、俺様の手に掛かればざっとこんなもんよ。どうだ、少しは憂さが晴れたか? 俺様の勝ちだぜ!』


 胸を張って拳を突き上げると、観客席から地鳴りのような歓声が押し寄せてくる。

 歓声が収まるまで待っていたバイザーだったが、再びマイクに向かって話し出した。


『ヘルム様にこの勝利を捧げます。如何でしたか』


 胸に手を添えて、恭しく頭を下げるバイザー。

 観覧席のソファーから腰を上げたヘルムの隣に立つリヤーブレイスが、さっとマイクを差し出しているのが見えた。


『よくやったバイザー。見事な働きだった』

『お褒めの言葉をいただき恐縮です。ところで、事前に躱した褒美の件ですが』


 バイザーが本命の話題を切り出した。さて、ここからどういう反応を返すのか。

 緊張のあまり拳をぎゅっと握りしめ、固唾を呑んで事の成り行きを見守る。


『ああ、なんでも言うが良い。可能な限り叶えるとこを誓おう』


 大衆の前で注目されている状態。統治者としての貫禄と威厳を見せつけなければならない空気が出来上がった。

 この状況であれば……大抵の望みは通る。


『では、次の対戦を取りやめて両者不戦勝にしていただきたい』


 シーンと静まりかえる闘技場。

 この場に居るほとんどの人が予想だにしたかった要求。事前に俺と仲間たちは知っていたので、心構えはできていたはずなのに、動悸がして冷や汗が止まらない。

 不意に右腕に誰かが触れたので横目で確認すると、真剣な眼差しをヘルムに向けている負華がぎゅっと掴んでいた。

 俺はその手に左手を重ねると、強く握る。声には出さないが大丈夫だと伝えたかった。

 負華は俺を見ると、少しだけ表情が和らぎ小さく頷く。


『バイザー、貴様は何を言っているのか理解しているのか?』


 真っ先に沈黙を破ったのはヘルム。

 先程まではバイザーの奮闘を労るような声の響きだったというのに、今の声は冷たく言い放たれ、強烈な圧を感じる。


『もちろんです。次に戦う予定の守護者は私が目を掛けている人材でして。殺し合うよりも協力させた方が魔王国の利益となる、と愚考しております』


 ヘルムに動じることなく、堂々と主張を口にしている。

 守護者を贔屓にしていることを公言したことで、ざわつく観衆。自国の権力者が異世界人を守るような発言をしたのだから当然の反応か。


『私の決めたことに従えぬと言うのだな』


 ヘルムの放つ圧力が更に増した。声を聞いているだけだというのに、全身に見えない何かを叩き付けられているようなプレッシャーがのしかかる。

 気を抜いたら、この場にひれ伏してしまいそうになる程の迫力。


『いえいえ、滅相もございません。ただ、なんでも褒美をいただけると聞いたので、少し我が儘を言ってみたくなったのですよ。お気に入りのおもちゃは壊されたくないではありませんか』


 あくまで守護者を庇護しているのではなく、玩具として愛でているという主張をするバイザー。

 この発言により苛立ちが少しは薄れたのか、ヘルムはソファーに腰を下ろす。


『今までの功績と今回の勝利を顧みて、先程の望みは聞かなかったことにしよう。別の褒美を取らせる』


 裏切り者と見なされバイザーが処刑される未来はなんとか防げた。最悪の展開は避けられたが、最良の結果を得られてはいない。


『別の褒美ですか。壊される定めならば……ヘルム様に壊していただきたい』

『何が言いたいのだ?』


 回りくどい言い回しに苛ついたのかヘルムの声に棘がある。


『ですから、私のお気に入りの玩具である肩上と草摺を戦わせるのではなく、ヘルム様対、肩上、草摺の変則マッチを希望します。先程の対戦相手リッパーの望みでもありましたし、観客も異世界人同士の戦いには飽きてきたのでは。ここで、ヘルム様が自ら戦い守護者を倒すことで皆も喜び安心し、戦いの幕を下ろすのに相応しい一戦になるのでは。皆はどう思うか!』


 一気にまくし立てたバイザーは両腕を広げて、観客へアピールしている。

 痛いほどの沈黙の後に歓声が爆発した。

 興奮のるつぼと化し、鼓膜が破れそうなぐらいの歓喜の声で満たされる。

 観客を味方に付けることに成功したな、バイザー。想像以上の成果だ。完璧な誘導だったよ。

 ここまでの戦いで守護者の強さを見せつけてきたかいがあった。


 初めの頃は憎むべき異世界人が殺し合う様を楽しんでいた観客だったが、想像を超える強さを発揮する明のような異世界人を目の当たりにして、心に動揺と恐怖が生じたはず。

 ――あの力が自分たちに向けられたらどうなるのか、と。

 既に東と西の勇者たちの実力を痛感させられている状況で、同じような力を持つ守護者の存在。味方にすれば頼もしいが敵に回せばどうなるのか。


 もし、今、この場でヤツらが反旗を翻したら勝てるのか、という疑問。事前に自爆装置を仕込んでいるので刃向かうことはできない、と伝えられている。だが、もし、その自爆装置を防ぐ方法があるとしたら?

 今は檻の中にいる猛獣を眺めているだけだが、その檻が外されたとしたら?


 人は確たる証拠がなければ安心できない。

 異世界人である勇者に刻まれた心の傷は想像以上に深い。異世界人への畏怖を少しでも払拭したいと考え、その為に何が求められるのか。

 圧倒的な実力差による安心感。異世界人に怯える必要がないと女王自ら示して欲しい。

 ここが日本なら最高権力者に武力を求めたりはしない。もっと必要な才能が別にある。

 だが、ここは魔物の国。統治者に求められるものは――他者を圧倒する純粋な力。

 統率力や人柄は他者を上回る力が合ってこそ意味を持つ。この国の住民の多くはそういう考えらしい。

 ――場は完全に出来上がった。さあ、どう出る女王ヘルム!


『皆の者、静まれ』


 その一言で誰もが口を閉じた。

 おもむろに立ち上がるとバイザーを睥睨する。

 全員がヘルムの一挙手一投足に注目している状態で何を言うのか。


『バイザーの言い分は理解した。どうやら、皆も戦いを望んでいるようだな』


 この状況で戦いを避けるという選択肢は潰えた。彼女が戦うことを拒絶、不敬としてバイザーを処分しても問題は何もない。だが、国民からの信頼は地に落ちる。


『とはいえ一国の主であるこの私が、自ら下賤な者に手を下すのは品位に欠ける。一方的な虐殺も望むところではないのでな』


 消極的な発言に観客席から失望の声が漏れている。

 まさか、断るつもりなのか? ……誤算だった。ヘルムがまさかその選択をするとは。

 他国に攻められ窮地に陥っている状況でヘルムへの信頼が失墜してしまったら、この国の未来は完全に閉ざされるぞ。それを理解できないほど愚かではないと考えていたのだが。


『であれば、我の代わりに側近であるリヤーブレイスを戦わせるのはどうだ? 皆も承知の通り、先代の魔王にも仕え代々この国を支えてきた実力者だ。どうだ』


 隣に立つリヤーブレイスに話を振ると、胸に手を当てて頭を垂れた。


『命令であれば従うのみです。異論はございません』

『とのことだ。皆もそれで納得してもらえたかな?』


 再び沸き立つ観客。

 ……そうきたか。こちらの思惑を理解した上で妥協策を講じてくるとは。

 守護者をねじ伏せられる実力者がいる、と証明すれば国民は納得する。

 ならば、ヘルムではなくこの国のナンバー2であるリヤーブレイスが戦っても問題はない。この展開は想定していなかった。

 ヘルムが受けるか、断るか。どちらを選んでもその先の対応を考えていたが……。


『どうやら、喜んでいるようだな。今すぐにでも始めたいところだが、こちらの都合を一方的に押しつけるのは望むところではない。心構えが必要であろう。第八試合は明日に変更とする』


 そう言い放つとヘルムは背を向けて観覧席の扉から姿を消す。

 続いて後ろに従うリヤーブレイスが扉を閉じる直前に、振り向くと目を細めて俺を見た。

 冷え切った手で心臓を鷲掴みにされたような錯覚に全身が震える。

一睨みされただけで理解させられた。あの男、尋常ではない強さだ。


「命拾いしたみたいだな」


 このまま戦っていたら、おそらく……いや、確実に負けていた。

 与えられた猶予を活かすしかない。残りの時間で情報を掻き集め対策を練る。

 予想外の展開にはなったが、負華と殺し合いをする最悪の結末は免れた。生き延びるためにはリヤーブレイスを倒す。それしかない。


「だ、大丈夫かな? 私たち生きられるかな?」


 泣き言を口にして、ガタガタと震える負華の頭に両手を添えると、ぐしゃぐしゃに髪を掻き回す。


「ひゅえええええっ! な、何するんですか⁉ そこは頭を優しくポンポンするシーンでしょ!」

「頭ポンポンはイケメンだけに許される特権だぞ? 俺のようなモブがやったら叩かれる」

「ぐしゃぐしゃにするよりマシです!」


 両腕をぐるぐる振り回して殴りかかろうとしてきたので、両手で頭を掴んだまま押しのけておく。

 俺たちの周囲に漂う重苦しい空気を払拭するために、負華も悪乗りに便乗してくれている。


「絶対に二人で生き延びよう」

「……はい! ずっと一緒ですよ」

「ああ、死ぬまで一緒だ」


 頭を掴んだ状態でじゃれ合ったまま、俺たちは誓い合う。

 必ず、守ってみせる。

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