第25話 現実 → 夢 → 真実

 今後の予定がまとまったところで、疲労困憊の俺たち三人は仰向けになって地面に転がった。

 朝日が地平線の向こうから少し顔を出してきたので、辺りはかなり明るくなっている。


「結局、誰も砦に来なかったね」

「光が一切見えませんでしたから」


 星明かりのみの状態で歩くのは不可能に近いので、宝玉を起動させて灯り代わりにするしか手はない。だが、崖上から覗き見る限りでは、そんな灯りは何処にも見当たらなかった。


「でもさ、なんでゲームなのに眠いんだよ。ふああああぁぁ」

「このゲーム作った人は凝り性ですよね。んー、目がしょぼしょぼします」


 大口を開けてあくびをする聖夜と、眠そうに目元を擦る雪音。

 結局、今日も徹夜。途中で何回か寝落ちしそうになったのは秘密だ。

 ……ゲーム内で寝落ちという訳のわからない状況になるのはギリギリで回避できた。


「ふへへへ。ダメですよぉー、私の体は一つしかないから、みんなの愛は受け止められないのぉ……。あっ、でもぉ、日替わりで良いならぁ」


 そんな俺たちに構わず爆睡した負華は都合の良い夢を見ているらしく、時折、気持ちの悪い寝言が聞こえてくる。

 もうそろそろログアウトの時間だが、このまま放っておくか。


「今日もお疲れ様。二人は起きたら学校かい?」

「そうだね。今日は事務所の仕事もないし」

「基本、休日に仕事を入れてもらっていますが、たまに平日に入れてくるのですよ」


 二人揃ってうんざりした顔をしている。

 二人はモデルだったな。これだけ容姿が整っていてスタイルも理想的。おまけに双子。

 俺が知らないだけで、かなり人気があって忙しいのだろう。


「今日の夜は入れそうかい?」

「もちろん! 学生は基本夜の仕事ないしな」

「そうね、表向きはありませんし」


 含みのある物言いだが、深くは追求しないでおこう。

 穏やかに微笑んでいる雪音の目が笑ってないから。


「じゃあ、今日はこれぐらいかな。また夜に」

「またな」

「失礼します」


 双子と自分の体が光の粒子になって消えていく。

 見慣れた光景をぼーっと眺めていると、視界が黒に切り替わった。






「今日も最高の目覚めだ」


 ベッドの上で大きく伸びをしてからVRゴーグルを外す。

 我が家の天井が見える。

 他のゲームなら現実とVR空間との違いで、外した直後は少し違和感があるのだが、このゲームはそれが全くと言っていいほどない。

 ベッドから起き上がり洗面所へと向かう。

 顔を洗ってさっぱりすると部屋に戻り、部屋着を脱ぎ捨て外出着を手に取る。

 灰色の長袖シャツにジーパン。ゲーム内でも同じ格好なので、いつか現実との区別がつかなくなりそうだ。それぐらい、デスパレードTDオンライン(仮)はよく出来ていた。


「あんなにも面白くて最高のゲームがあるなんて」


 制作者には感謝してもしきれない。夜からまた遊べると思うだけで、今日の仕事もなんなく乗り切れそうだ。

 さっきまでのプレイ内容を思い出しただけで、わくわくが止まらない。今終わったばかりだというのに、体は既にデスパレードTDオンライン(仮)を求めている。

 自由度が高く、現実にかなり近い仕様のタワーディフェンス。まさに俺にとっての理想。


「ほんと、夢みたいだ」






 無数の映像が壁一面に並んでいる。その数は百。

 長方形の画面に映るのはすべて違う光景なのだが、いくつかは真っ黒で光が消えている。

 腕を組みその画面を眺めている女が一人。

 真っ赤な長髪に女性用のスーツ姿。ゲーム内でヘルムと名乗っていた司会進行役の女だ。

 画面から視線を下へと向けると、そこにはずらりと並んだ椅子に座った部下の背が見える。


 全員がここで支給された黒い制服を着ているので、背中だけなら誰が誰なのか判断が付かないように思えるが、特徴的な頭を見れば一目瞭然。

 頭から牛のような角が生えた者。魚のようなひれが見える者。髪の毛が蛇のように蠢いている者。多種多様な頭が見える。

 その者たちは全員が揃って、机の上に置かれた光る画面を忙しなく操作していた。


「守護者共は喜んでおるようですな。その者など、夢のようだと感謝しておりますぞ」


 ヘルムの背後から声を掛けてきたのは、後ろへと撫でつけた白い髪と白いタキシードが嫌味無く似合っている、壮年の男だった。

 背筋をピンと伸ばし、足音を立てずにヘルムの斜め後ろに立つ。

 ヘルムは振り返ることもなく、モニターの一つに目をやる。

 そこには家族の紅茶を入れて、楽しそうにゲーム内容を語っている男がいた。


「夢か……。この世界をゲームだと信じ、無邪気に喜んでいるようだな。日常だと信じている世界の方が夢だとは知らずに。……それを知ったら、どう思うのであろうか」

「戸惑い驚くでしょうな。人によっては現実を受け止められずに、発狂する者も現れるかと」


 何の感情も見せずに淡々と言葉を返す男。


「今のところ疑う者は現れていないようだが」

「我々の技術の粋を集結させましたので。異世界の人間ごときが見抜くのは至難の業かと」


 そこで男は初めて表情を崩した。

 口元に嘲るような笑みを浮かべ、モニターの映像を軽く睨む。


「そうか、その節は苦労をかけた」

「もったいない、お言葉です」


 長かった、と心の中で独りごちるヘルム。

 魔王城の守りの要である宝珠を砕き、百の宝玉を製作。

 宝玉には幻影、投影、転移、催眠の機能を付与。

 守護者一人につき専属の部下を一人付けて、ステータスやマップの表示を遠隔操作している。数値の切り替えもすべて部下の手作業。

 ログアウトと同時に宝玉の睡眠の機能を起動。熟睡状態の守護者たちを城の一室に転移。


 そこでサキュバスたちと幻影魔法の複合技で、守護者たちへ現実と区別の付かない夢を見させる。

 一日経過してから、再び転移魔法でログアウトした場所へと戻す。

 地道な人海戦術のたまもので、この世界をVRのゲームだと信じさせていた。


「皆には苦労を掛ける。どれだけの人材と時間と資金を消費したのか、考えただけで気が滅入ってしまうな」


 額に手を当てて頭を振るヘルム。

 これもすべて平和ボケした異世界人を追い詰めるために必要な工程だった。


 ゲームと信じているから、生き物を躊躇わずに殺すことができる。

 ゲームだと信じているから、人間を……同じニホンジンを殺せる。


 直接その手で殺すのではなく、罠による間接的な殺害行為。

 殺す、という行為への罪悪感、忌避感は徐々に薄れていき、大量殺人者という事実だけが残る。そうなればもう、引き返せない。

 普通の人生は歩めない。もう、二度と。


「それもすべて復讐と民を守るため。姫が気に病むことではありませぬ」

「復讐か、そうだな」


 ヘルムが目蓋を閉じると、今も鮮明にあの光景が浮かび上がる。

 蹂躙された町。魔王として勇者に挑む父。辺りには無残に踏みにじられた我が国民の屍。

 父一人に対し、敵は複数。西の勇者と東の勇者を筆頭に総勢十名の勇者一行。

 一対一であれば父の圧勝だった。いや、あの人数差でも父の実力なら後れを取ることはない。

 だが、ヤツらは卑怯にも魔王の娘である私を――人質に取り、無抵抗の父を……殺した。


「あの時は世話になったな、リヤーブレイス」

「いえ、魔王様の力になれず申し訳ありません」


 深々と頭を下げる男――リヤーブレイスを黙って見つめるヘルム。

 あの時、父が死の間際に魔法を放ち、勇者たちが動揺した一瞬を見逃さずリヤーブレイスに助け出された。恨み言を言う気など毛頭ない。


「気にするな。お前のおかげでこうして我は生きているのだから」


 恥を晒し、汚名を着せられ、泥をすすって生き延びてきた。

 すべては、そう、この日のために。


「忌々しきは人間共。契約を一方的に破棄。我が国に侵入し、蹂躙。暴虐の限りを尽くし……この有様だ。我が国は残すところこの城と城下町。あとはいくつかの砦のみだ」


 城下町へと逃げ延びてこられたのはわずかな住民のみ。

 人間共は女子供も容赦なく殺した。特に異世界から召喚された勇者共には情けなど存在せず、まるで無邪気な子供のように殺しを楽しんでいた。

 そう、ゲーム感覚で。

 ヘルムは拳をきつく握りしめると、大きく息を吐く。


「これが上手くいけば、我らが望みは叶えられる」

「まずは異世界から召喚した百名に争わせ《加護》を強化させ、最終的に一つへと集約させる。今のところ上手くいっているようですな」

「人間共の召喚術を模倣するのは屈辱であったが、手段を選ぶ猶予が我々にはない」


 人間の国が異世界から勇者を呼び出した秘術。その仕組みを調べ上げ模倣した召喚術により百名のニホンジンを召喚した。

 それが守護者という存在。


「こちらは東と西から同時に侵攻されるだけでも厄介だというのに、それに加えあの勇者」


 人間が治める東の国ウルザム、西の国エルギル。

 この両国はほぼ同時に魔王が治める領地へと侵攻を開始。

 これまでは両国とも不可侵の条約を結び、百年の間は争いもなく人々は平和な日々を謳歌していた。

 だが、一方的に条約は破られ、魔王軍の抵抗虚しく、ウルザムとエルギルが召喚した二人の勇者の圧倒的な力によって蹴散らされていく。

 結果、領土の大半を奪われ最北の地に追い詰められた。


「異世界から喚ばれた者には神から特別な《加護》が与えられる。そのような噂話を耳にしたことはありましたが、まさかこれほどまでの力だとは」

「我ら魔族や魔物は神に嫌われた存在。地の底に封印された邪神に従った者の末裔だ。神としては目障りで仕方ないのであろう」


 過去にもごく稀に異世界から人が流れてくることはあり、異邦人と呼ばれた者たちには特別な力がある、と言い伝えられてきた。

 しかし、表舞台に立った者はごくわずか。異邦人は争いを忌避する者が多く、山奥や過疎地へと引きこもり人生を終える者ばかりだった。

 だが、異邦人の力に目を付けた人間がいた。それがウルザムとエルギルの国王。どちらが先に始めたのかは不明だが、ほぼ同時に異世界人の召喚に成功。


 彼らが喚び出された本当の理由は世界征服の先兵。

 だが、ニホンジンは平和な世界の住民。戦争に利用されると知れば反抗する恐れがある。

 そこで、人からすれば異形の化け物である魔族、魔物を討伐する、という名目を与えた。


「ヤツらは我らを滅ぼした後は、東と西で争いを始めるのだろうな。この大陸の覇権を握るために」

「人とはつくづく愚かな生き物ですな」

「その愚かな人間に追い詰められ、利用しているのは我々だがな」


 そう言ってモニターを眺めるヘルムの横顔がリヤーブレイスには悲しみを堪えているように見えた。

 その眼差しは無残に散っていった国民へ向けたものなのか、それとも何も知らず利用されている守護者へ向けたものなのか、彼には判断が付かなかった。

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