第91話 選ばれし者

 衝撃の発言を耳にした守護者たちの目の色が変わった。

 誰か一人だけ日本に戻ることができる、かもしれない。

 絶望の底に叩き落とされた俺たちに差す希望の光。その言葉はあまりにも魅力的すぎた。


「バイザー、日本に一人だけ帰す話は女王ヘルムも承諾しているのか?」

「おうよ。そもそも、実は異世界でした暴露したことで、あんたらは守護者同士で殺し合いをする意味を失っただろ?」


 確かに。あんな話を聞いた後に気持ちを切り替えて、じゃあ日本人同士で殺し合おうか、とはならない。ここはゲームではないと知ったのだから。


「そこで、まず一人を日本へと返すところを見せつけたら、バトルロイヤルの勝者も日本へ戻しますよーって証明になるだろ?」


 女王ヘルムの意図は理解した。だけど、俺は本当の狙いを知っている。

 最後の一人になった守護者を殺して、その力をすべてヘルムが吸収する。それが最終目標のはず。


「バイザーとやら、女王ヘルムは魔王国を守るために我々を召喚した、という設定だったはずだ。ならば、何故、殺し合いをさせて戦力を削るような真似をするのだ」


 明の疑問はもっともだ。

 以前はそういった矛盾も「ゲームだから」の一言で片付いた。しかし、ここは現実。


「まあ、ぶっちゃけると、守護者同士で加護、あー、あんたらのTDSはこの世界では加護って呼ばれているんだけどよ。異世界から召喚されたヤツらは強力な加護を所有する、ってことが東と西の国の勇者召喚で知れ渡っていてな」


 ここら辺の話は以前バイザーから聞いている。

 他の守護者たちは真剣な表情で聞き入っているので、今は黙っておこう。


「そこを参考にして異世界から召喚。んで、加護を鍛えさせるには異世界人同士で争わせる方法が効率よくてよ。まあ、この方法も西の国からパクったやり方だ」


 つまり、西の国の勇者たちは……同じように殺し合いをさせられた、ということか。


「じゃあ、勝者を一人じゃなくてもっと増やしてもいいだろ⁉」


 元ナンバー2が唾をまき散らしながら、叫ぶように訴えている。

 その発言を聞いて何人かは頷き、同意を示していた。


「その通り。だから、今回の対人戦も本当はトーナメント戦で最後の一人になるまで殺し合う予定だったのを、俺様が掛け合って変更したんだぜ? 全員を助けたかったが、すまねえ。これが限界だった」


 バイザーは静かに立ち上がると、深々と頭を下げて謝罪した。

 打って変わった態度に意表を突かれた面々は言葉を失っている。憎むべき対象が実は恩人とわかったのだから、この反応にもなる。

 ……バイザーの発言がすべて真実ならば。


「魔王国の住民は西と東の勇者に家族や仲間を虐殺された。だから、仇である異世界人を恨んでいるのが大半だ。そこで闘技場を開き、異世界人たちを殺し合わせるところを見物させて、溜飲を下げてもらう、というのが目的だ」

「全員は殺さないが、殺し合いを見世物にすることで住人にも妥協してもらう、という魂胆か」


 明が腕を組みながら脳内でまとめた結論を口にした。


「勝手に連れてきて、知らないヤツの尻拭いをさせるために殺し合いをさせられる……。ふざけないでっ‼」


 誰もが抱いていた不満が爆発したのは雪音だった。

 聖夜を失ったのは勇者たちと同郷だったから。たったそれだけの理由だと……判明した。憤って当然だ。

 今にもバイザーに飛びかかろうとしているのを、楓と喉輪が両脇からしがみ付いてなんとか抑えつけている。


「酷いことを言うようだが、あんたらの世界でも同じことをしてきただろ? 戦争で敵対国の人間に非道な仕打ちをしてきたはずだ。皮肉なことに世界が違ってもそこは同じなんだよ」


 戦争による被害者。世界大戦で実際にあった非道な行いについては俺も知っている。

 虐げられた者は更に弱い立場の者を虐げる。それは事実だ否定はしない。


「だけどな、そんなヤツらがすべてじゃない。俺様のように異を唱える者も少なくねえ。勇者たちとあんたたちは別だ。なんとかして助けたいってな」


 そう、バイザーはこの国の住民だが、俺たちを哀れみ味方になってくれている貴重な人材。

 ここで怒りをぶつけて敵に回すのは得策じゃない。頭では理解しているが、感情が追いつかない者が大半か。

 室内の殺気は薄まってはいるが、怒りは収まっていない。

 それ以降は悔しそうに顔を歪めながらだが、バイザーを詰問する者も罵倒する者も現れなかった。






 俺たちは朝に目覚めた客室で眠っている。

 女性陣にベッドを譲り、俺と喉輪はソファー。

 他の守護者たちも同じような部屋を与えられているそうだ。

 静かにソファーから身を起こすと、足音を忍ばせながら窓へと近づく。

 細心の注意を払ってそっと窓を開けてベランダに出る。

 本来は真っ暗なはずなのだが、夜空には昨晩と同じく月よりも大きな星が二つ輝いているおかげで、深夜だというのによく見えた。

 星明かりに晒される誰も居ない庭園。


「幻想的な光景だな」

「意外とロマンチストなんですか?」


 背後から聞こえてきた声に苦笑するが、振り向かずにそのまま庭園を眺めていた。

 人影が隣に並ぶと、二の腕に柔らかい感触が伝わってくる。どうやら、俺の右腕に抱きついているようだ。


「負華も眠れないのか?」

「繊細な乙女ですから」

「乙女……か」

「何か言いたいことでも?」


 顔を向けるとフグのように頬を膨らました負華が俺を睨んでいる。

 頬を指で挟んで押すと「ぶふぅぅぅぅ」と空気が抜けた。


「負華、本当にあれでよかったのか?」

「いいんです。私の寄生先はここですから」


 そう言って微笑むと俺の肩にもたれかかった。

 あの大広間でバイザーの話を聞いた後、日本へ戻す人を一人選ぶことになったのだが、そのやり方が……話し合い。シンプルでありながら、厄介極まりない方法だった。






 あの場に居たのは十七名の守護者。その内、一人はバイザーなので除外して、十六名で一つの席を奪い合うことになる。

 まず、俺、明、雪音、喉輪は真っ先に辞退をした。雪音に関しては予想していたが、他の二人は正直意外だった。

 他にも数名の守護者が日本へ戻る気はないと宣言。

 俺と同じように日本に未練がない人や、この異世界生活を割り切って楽しんでいる人。異能の力を手に入れて酔いしれている人。何を考えているか一切感情が読めない人。様々な理由で日本へ戻る権利を放棄した。

 そこで帰還を臨む者が八人に絞られた。


 仲間の楓と負華。そして、知り合いの立挙と元ナンバー2の四人は知った顔だが、他の四人はこの世界で接点がなかった人物だ。

 スキンヘッドでタンクトップ姿のマッチョ。

 ヒョウの顔がプリントされた長袖のシャツのインパクトが凄い女性。

 デニムのジャケットにジーパン姿で中肉中背の男性。

 最後の一人はコスプレか。有名なRPGの人気キャラをそのまま模倣した格好。確かなんとかの錬金なんたら、とかいうゲームだったはず。

 この八人で話し合いが始まった。


「僕は日本に生まれたばかりの子供がいます! 僕が帰らないと息子が悲しむことにっ!」


 必死に訴えているのはスキンヘッドの男性だ。

 見た目に反してかなり優しい声をしている。


「そんなの私だって同じよ! まだ小学生の子供が三人もいるのよ!」


 スキンヘッドに負けじと大声を張り上げて主張しているのはヒョウプリントの女性。


「うちかて同じや! 家事ができへんオカンと弟たちの面倒をうちがみんとあかんのや!」


 楓も張り合っている。仲間が一人いなくなるのは寂しいと思う反面、事情を知っているだけに選ばれて欲しいと心から願っている。

 そして、もう一人応援している人物が。

 肝心な負華は俯いたまま、ずっと黙っている。

 全員が帰還すべき根拠をぶつけ合っているが、誰も譲る気はないように見える。たぶん、このまま平行線のままだろう。


 一時間ほど黙って見学していたが、語彙が尽きたのか負華を除いた全員が肩で息をしている。

 あの紅潮した顔に血走った目。このままだと最悪の展開になるかもしれない。不穏な気配を察して、いつでもTDSを発動できるように身構える。

 そのタイミングを待ち構えていたのか、そこですっと手を上げる負華。


「恨みっこなしで、じゃんけんで決めませんか?」


 唐突にそんな提案をした。


「えっ?」


 予想もしなかった言葉に毒気を抜かれ、呆気にとられる面々。


「たぶん、話し合っても解決しないと思うのですよ。皆さん、譲る気はないですよね?」


 おずおずと意見を口にする負華。顔を見合わせて困惑する帰還を望む人たち。


「そ、そうだけど。こんな大事なことをジャンケンで決めるってのはどうなんだ?」

「じゃ、じゃあ、TDSで殺し合いをして一人に絞りますか? それなら、明日の戦いで勝ち残る方が可能性は高いと思うのですけど……」


 負華が凄くまともな提案をしている。

 いつも問題ばかりを起こして、他人任せで決断をしない負華が別人のようだ。


「それは確かにそうだ」


 デニムジャケットの人が首を傾げて唸っている。あと一押しで意見を変えてくれそうな雰囲気だ。

 他の人も一考の価値があると思ったのか、頭を悩ませている。


「私は負華さんの意見に賛成です」


 すっと手を上げた立挙が負華側についてくれた。


「うちもそれでいいで。このままじゃ埒が明かんからな」


 大きく息を吐き、渋々といった態度で負華の隣に移動する楓。味方は三人か。

 これで流れが決まった。他に良い案を思いつく者がいなかったようで、最終的にじゃんけんで決めることになった。ある意味、日本人らしい民主主義的な解決方法ともいえる。






「喜んでいたから、あれでいいんですよ」


 憑き物が落ちたような顔で微笑んでいる。

 星明かりに照らされたその姿を心から綺麗だと思えた。


「負華がそれでいいなら、何も言うことはないよ」


 あの決断を俺は尊敬しているから。






 じゃんけんの結果、勝者は――負華だった。

 勝負が決まった瞬間、勝敗を認めずに暴れる輩が出ることを考慮していた俺は仲間に目配せをする。

 いつでも取り押さえられるように予め心構えをしていたので、瞬時にTDSの発動は可能。

 勝利を収めた拳をじっと見つめていた負華はゆっくりと、とんでもないことを口にした。


「権利を楓さんに譲ります」


 思いもしなかった発言に度肝を抜かれる一同。

 驚きのあまり誰も声を発しないどころか、呼吸すら忘れていた。

 慌てて息を吸うが、まだ言葉の意味が飲み込めず負華の顔を凝視する。


「あんた、何ぬかしてんねん! 自分の権利やないか! 正気か⁉ 助かるチャンスなんやで!」


 取り乱した楓が負華の肩を掴むと激しく揺さぶっている。


「ちょっ、ちょっ、ちょっ、お、お、落ち着いてぇぇぇ」


 負華の姿がぶれて見えるぐらいの勢いで揺らされているので、間に割り込んで二人を引き離す。

 まだ感覚が抜けないのか負華は頭をふらふらとさせて、ぼーっと天井を眺めている。


「なんで、うちに譲るねん! あんた、うちのこと嫌っとったんとちゃうんか⁉」

「そんなわけないじゃないですか。嫉妬はしてたけど、楓さんのことずっと好きでしたよ。できることなら、お友達になって欲しいぐらい」


 頬を指で掻いて照れながら口にする負華。

 そんな姿を見て、ボロボロと涙を流しながら楓は抱きついた。


「ほんまにええんか? 今更、やっぱやめたはなしやで? マジ……なんやね……おおきに、ほんま……ありがとうな。うちもあんたのこと嫌いやなかったで。これからも、ずっとずっと友達やっ」

「やったー。引きこもってから初めてのお友達ができたぁ」


 号泣する楓の背を撫でながら、満面の笑みを浮かべる負華。

 抱き合う二人を目の当たりにした他の守護者たちは、毒気を抜かれて何も言えなかった。

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