第89話 新たなイベント
「さて、種明かしをしたところで皆様に新たなイベントのお知らせです」
凄惨な現場を目の当たりにしたばかりなので、守護者たちは全員黙り込んでいる。
内心では不安や憤りが渦を巻いていたとしても、それを口に出すバカはいない。……ちらっと、負華の方を見ると楓と雪音が背後に控えていて、いつでも口を塞げるように準備をしていた。
以心伝心とはこのことだ。まずは一安心。
「明日、皆様には一対一の殺し合いをしてもらいます。場所は城下町の外れにある闘技場で行いますので。広さは……異世界風に例えるならドーム球場と同じぐらい、とでも言えばわかりやすいでしょうか」
何を言い出すのかと身構えていたが、想像の遙か上をいった。今、とんでもないことを口にしたぞ。
ここにいる生き残りの守護者同士を強制的に戦わせる舞台を用意した、ってことか。
元々、守護者同士を競わせて殺し合いをするのが目的だった。だから、別におかしな流れではない。ただし、ここがゲームの世界なら。
しかし、皆がゲームの世界ではなく本物の異世界と知ってしまった。こんな状況で日本人同士の殺し合いを提案してくるのか……。
ふつふつと怒りがわき上がるが唇をかみしめ、叫び罵りたくなる気持ちをギリギリで堪える。
ここで反論したら、真っ二つにされた男の二の舞。それがわかっているから、守護者たちは誰も口を開かない。俺と同じように怒りの炎を目に宿していても。
「本当はトーナメント戦にして最後の一人になるまで戦わせる、という提案もあったのですが、それはあまりにも非道なので慈悲を与えることにしました」
何、恩着せがましいことを言っている。
その一言を聞いて更に苛立ちが募るが、今は冷静に心を落ち着かせろ。怒りは判断を狂わせる。
「では、対戦表をご覧に入れましょう」
ヘルムが指を鳴らすと十八分割されていた日常風景が消え、新たな映像に入れ替わった。
そこには守護者の顔写真と名前が表示されていて、二人一組にまとめられ名前の隣にはVSの文字がある。
つまり、自分の隣にある名前付きの顔写真が対戦相手。
ここで最悪の展開は――仲間との戦い。それだけは、それだけは避けたい。
共に過ごした日々が今となっては足枷になってしまっている。もう、ただの他人とは思えない大切な存在なんだ。
異世界から地球の神に祈ったところで届かないとわかっているが、それでも祈らずにはいられなかった。どうか、仲間たちと戦う羽目になりませんように、と。
大きく息を吐き、対戦表に目を通す。その中から一番初めに喉輪を見つけた。
喉輪の対戦相手はチェック柄の服を着た、ポッチャリした男なのだが……見覚えがある。確か、喉輪のチームにいたナンバー2じゃなかったか。因縁の対決になる訳か。
ナンバー2から一方的に嫌われていて、チームから追放された関係性。喉輪の方は追放系の主人公みたいだとおどけていたが、実際のところは何を思っていたのか。
この組み合わせは幸か不幸か。それは喉輪にしかわからない。だけど、ある意味では戦いやすい相手ではあるのか。殺したい、程ではないだろうが。
そのまま横に視線を移動させると、自分の顔写真を発見してしまった。そこで視線を止めると、目を閉じて息を整える。
この隣に誰がいるのか。負華、雪音、明、楓。せめて、彼女たち以外の人物で頼む!
他の相手でも日本人同士で戦うことにはなるが、仲間以外が相手なら割り切って戦える……はずだ。もう既に、この手は血で汚れているのだから。
覚悟を決めて勢いよく目蓋を開き、視線を横にずらす。
そこにいたのは引きつった笑顔で写る……負華だった。
全身の力が抜け、膝から崩れ落ちる。
嘘、だろ……。よりにもよって、負華だとっ! 最悪だ……。最低最悪の相手だ。
まだゲームだと信じていた頃はいずれ負華を倒してTDSを奪うつもりだった。でも、共に過ごし、肩を並べて戦ったことで、そんな気持ちはとっくの昔に霧散してしまった。
俺が最も守りたいと思った相手と殺し合いをしろ、と言うのか!
怒り、悲しみ、憤り、焦燥感、複雑な感情が入り交じり、今にも吐きそうなぐらい気分が悪い。口元を手で覆いながらなんとか堪えると大きく息を吐く。
ここで感情にまかせて暴れたところでどうしようもない、どころか処刑されるだけだ。
取り乱すな、落ち着くんだ。深呼吸をしろ。
自分に言い聞かせなんとか平静を装えるぐらいまで持ち直す。そこで初めて他人の心配をする余裕ができた。
負華は、負華は、俺と戦うことを知ってどうなっている。
さっきからずっと隣にいるのに一言も発していない。確認するのが……怖い。だけど、現実を突きつけられ、怯えて泣いているかもしれない負華を放っておけるか。
決心して隣に振り向くと、じっとこっちを見つめる負華と目が合う。
泣いているどころか、むしろ落ち着いた表情で俺を見ている。その顔はどこか、ほっとしているように思えた。
「負華?」
無意識で彼女の名を呼ぶ。
すると、彼女は少しだけ微笑んだ。
「はい、なんですか要さん」
声にも取り乱した感じはなく、穏やかな口調で優しく返事をする。
「対戦相手を……確認したかい」
「要さんでした。びっくりしましたよ、ほんと」
寂しげに笑う負華。
困ったなー、と呟きながら手をもじもじさせている。
「負華は――」
今までに見たことのない反応をする負華に戸惑い、言葉が続かない。だが、俺が言わないと。
「負華は俺と戦えるか?」
「えっとですね。驚いたし、泣きたくもなったけど、でも、でもね、少しほっとしている自分もいたりして」
頭を掻きながら照れたような素振りをしている。
「私はたぶん、誰が相手でも負けそうだから。要さんなら殺されても私の力は要さんに移って無駄にならないじゃないですか。きっと大事に使ってもらえるだろうし。だから、いいかな、っ……て」
強がる声が震え、ぐっと両手を握りしめ、目に溜まった涙が今にも崩壊しそうだ。
俺のために感情を押し殺し、懸命に耐えてくれているのか。
そんな負華が愛おしくなり、ぎゅっと抱きしめた。
その瞬間、負華の感情が堰を切ってあふれ出す。
「要さん、要さん! 私、私、死にたくない! もっともっと、生きたかったああああああぁぁぁ」
彼女を強く抱きしめたまま、玉座に居るヘルムに殺意を込めた視線をぶつける。
冷淡にこちらを見下ろしているヘルム。まるで、ゴミを見るかのような冷めた表情に見えるが、その細めた目から見える瞳が、落ち着きなく左右に揺れているのを目撃してしまった。
もしかして、平静を装っているがヘルムも動揺しているとでもいうのか?
本心をひた隠し冷徹な態度に徹している。女王として魔王国のトップに相応しい演技を維持しているだけ。
……いや、それはあまりにも希望的すぎる観測だ。むしろ、自分たちの非道な行いがどういう結果を生んでいるのかを、今ここで初めて知って驚いているだけかもしれない。
この場で罠を発動させて倒せばすべて解決するかもしれないが、あの半グレ風が殺された場面が頭に浮かぶ。
策を練らずに挑むのは無謀。無駄に命を散らすだけ。わずかに残っている理性が頭に血が上った自分を説得する。
踏みとどまれ。負華を助けたいなら、衝動的に動くな。震えている負華の存在が俺の頭を徐々に冷静にさせてくれる。
大きく息を吐き、少し心の余裕ができた俺は周囲の状況を観察した。
対戦表を見た守護者たちは俺と同じか、それ以上に動揺している。
少し離れた場所にいる二人組は見知った相手なのか。顔を見合わせると悲しげな表情をして、無言で肩を叩き合っていた。
負華のように泣き崩れる者はいるが、悪態を吐く者は少ない。感情の揺らぎを表に出さず、冷静に見える者が何人か。
その中から楓の姿を見つけたが、彼女は苦笑いを浮かべている。俺たちに比べたら動揺は少なく見えた。驚いていると言うよりは呆れているかのようだ。
明はというと背筋を伸ばし、無表情でその場に立っているだけ。横顔からは何を考えているかまったく伝わってこない。
いつものように冷静に状況を把握して、最良の策を練っているのだろう。
二人の名前をトーナメント表で探すと、対戦相手の顔も名前も知らない相手だった。そのことに安堵の息を吐く。俺たちのように悲劇的な組み合わせではなかったようだ。
仲間の状況と守護者たちの様子は確認した。残りは他の連中だ。
王の間にいるのはヘルムと俺たち守護者だけじゃない。魔王国の連中がずっとこっちを見張っている。
周囲をぐるっと見回すと、同情する視線を向けている者もいれば、こちらの取り乱す姿を楽しそうに見物している者もいる。
日本から召喚された他国の勇者に身内を殺された者は少なくない。怨みがある者にとって今の状況は最高の出し物なのだろうな。
そんな中でもサキュバスの一団は同情の色が濃い。ポーなんて目元をハンカチで拭いながら、俺を見つめていた。
その隣で一塊になっている一団の中にルドロンがいるのだが、そこでは顔を背ける者や目を伏せる者が多く、憂いを帯びた悲しげな顔をしている者も少なくない。
ルドロンがいるということは、昼間俺たちを監視している職員たちだろう。
バイザーが言っていた「悪い感情を抱いている者ばかりではない」というのは本当だった。
「さて、ひとしきり驚いてもらえたようだな。そうそう、勝者には褒美として志半ばで散っていった守護者たちのTDSを与える。守護者に倒されずに死んだ者たちのTDSが余っていて処分に困っていたのだよ。その中から好みの能力を選んで構わぬ。……精々、頑張ってくださいね」
ヘルムが最後だけ可愛い声を作り、俺たちを煽る。
もう、苛立ちはない。いや、苛立っている暇も余裕もない。
どうやってこの逆境から抜け出すか。相手を出し抜くか。それ以外のことに頭を使いたくない。
最後の最後まで諦めないぞ。俺たちは何度も死線を乗り越えてきた。
相手が望む反応はもうしない。あいつらの隙を見つけて食らいつき喉笛を噛み千切ってやる!
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