第108話 藤林のお願い

「へえ〜、ここが新世の部屋かぁ」


 どうしてこうなったのだろうか。


「新世のことだからどうせ、ベッドの下にえっちな本置いてあるでしょ? それともパソコンのお気に入りとか? ねぇ、どこにあるの?」

「はぁ……」


 時刻は23時を回ったところである。コンビニで出会った銀髪ギャル、藤林は俺に構うことなく、部屋を物色をしている。


 本当にどうしてこうなったのだろうか。


「お? ここかなー?」


 思い出して、頭が痛くなる。後、そこにはないからやめて。


 ◇


「何してんだ……?」

「そっちこそ」


 コンビニで雨に濡れた藤林を見つけた俺は声をかけずにはいられなかった。

 いつもに増して鋭い目つきで睨むその姿から機嫌が悪いことが窺える。


 この急な雨に濡れればそうなるのも仕方ない。


「風邪引くぞ」

「……うるさい。放っておいてよ」

「家は? 前みたいにタクシー呼んで帰らないのか?」

「…………」


 藤林は何も答えない。いつもみたいに俺をからかってくることもしないことから、何やら事情がありそうだ。何も喋らない藤林を置いて帰る、なんてことは今の俺にできそうではない。

 ただ単に機嫌が悪いだけではないだろう。


 仕方ないので、藤林の隣でじっと黙って雨の降る空を見上げていた。

 すると向こうが我慢できなくなったのか、話しかけたきた。


「なんで何も聞かないの?」

「聞いて欲しいのか?」

「そうじゃないけど、それはそれでムカつく」

「なんつー理不尽な物言いだ。よっぽど機嫌悪いんだな」

「……」


 ついに口に出して指摘すると藤林はまた俺を睨みつけた。

 さて、膠着状態だがどうするか。


「……ねぇ。この前のこと覚えてる?」

「この前のこと……?」


 一体なんのことを言っているのか。


「ほら、この前! 新世の言うこと聞いてあげたでしょ! 資料室で」

「ああ、連絡先の」

「そうそれ! なんちゃらって言うやつと連絡先交換したやつ!」


 かわいそうに坂井。残念なことに名前を覚えられていないらしい。

 坂井のことを考えると切ないな。


「で、それがどうしたよ。もしかして、坂井と何かあったか?」

「坂井? 誰それ。そうじゃなくって、その時約束したでしょ?」

「やくそくぅ?」


 さてはてなんだったか。


「そう。あたしの言うことなんでも聞くってやつ」

「……」


 言った。いや、言ったか? あの時は必死だったので適当に合わせた記憶がある。

 確かにそれっぽい約束をしてしまったかもしれない。


「それがどうした?」

「それを今使わせてもらおうと思って」

「お、おう。なんだ? 傘貸して欲しいとかか?」

「泊めて」

「はい?」

「だから! 新世の家、泊めて?」


 ◇


 これが経緯である。わからん。全くもってわからん。

 調子が戻ったようにイタズラにニヤリと笑う藤林を前に首を横には振れなかったのだ。


 まぁ、それだけじゃなく、この雨の中、不機嫌に家に帰ろうとしないことも気になったからというのがあるが。


「……にしても早まったかなぁ」

「何が?」

「藤林を家に連れてきたこと」

「連れてきた? 連れ込んだの間違いでしょ? あー、今からあたしは新世に何されるのかなー」

「……」

「にしし」


 すっかり調子は元通りのようだ。さっきまでの不機嫌さはどこ行ったよ。


「とりあえず、いつまでその格好でいるつもりだ? 早くシャワー浴びてこい」

「え。ヤル気満々じゃん。新世って結構、大胆なんだ」

「違うわ!! 濡れたままでいるなって言ってんだよ!! ほら、タオルと着替え! 俺の部屋漁る前にやることあんだろ!!」

「分かってるって……くちゅっ!」

「ほれ言わんこっちゃない」


 ようやく可愛らしいくしゃみが聞こえ、指摘したところで藤林は部屋を出た。


「覗いていいよー?」

「はよ行け」


 部屋を出てすぐに顔を覗かせた藤林に軽く返すと今度こそ風呂場へと向かっていった。




「それでなんであんなとこいたんだ?」


 Tシャツとハーフパンツに着替え終わった藤林が戻ってきたところでコンビニにいた理由を聞く。

 ちなみにどちらも俺の服である。

 さすがにサイズが大きかったのか、ブカブカだ。


「何? 聞かないんじゃなかったの?」

「さすがにこんな状態になったんじゃ、聞くだろ」


 こんな状態というのは、家に連れてきてしまったことである。

 仕方ないとはいえ、泊めることになったんだ。聞く権利くらいはある。


「……家出した」

「家出」


 以外にも藤林はすぐに口を割った。

 そしてまさかそんな単純な理由だとは思わなかった。

 この歳で家出か。いや、この歳だからこそか?


「親と喧嘩したとか?」

「そんなとこ」


 まぁ、それ以外ないわな。

 親子ゲンカか。朝霧のところほどでもないが、なんとなく藤林の家庭も複雑そうではある。

 高校生が自由にタクシーを呼んで移動できるくらいに金持ちなのだ。

 そういう家庭ほど親が厳しいという可能性もある。


「何があったのか、話す気あるか?」

「普通にムカついたから出てきただけ」

「……原因は?」

「別にいーじゃん。そんなこと! ね、それよりさ、これでもしない?」


 藤林は詳しく話すことを嫌がり、クローゼットの中にあった古いゲーム機を取り出して言った。


「俺のじゃないんだけどな、それ」

「え、そうなの?」


 あることは知っていた。この部屋……というより、この家は綾子さんのものだ。

 俺が来る前にこの部屋を誰が使っていたのか知らないが、必然的に俺の知らない持ち物は幸地家のものとなる。


「まぁ、別に使ったって怒られないと思うけど」

「ホント? ならやろ!」


 藤林からこれ以上の話を聞けないと判断した俺は、彼女のいう通り、綾子さんのゲームを借りて二人ですることにした。


 箱から取り出した四角いゲーム機の線を繋ぎ、電源をつける。

 中に入っているのは、人気キャラクターたちがバトルをするゲームだ。


「せっかくやるんだしさ、負けたら罰ゲームとかにしない?」

「しない」

「えー、なんで? つまんなーい」

「いい予感はしないからな。そもそも藤林ってゲーム得意なのか?」

「ぜんぜん。なんで?」

「いや、勝負仕掛けてくるくらいだから得意なのかと」

「新世の方こそどうなの? もしかしてヘタッピ?」

「ヘタだろうな。ゲーム自体ほとんどしたことないからな」


 ゲームどころかおもちゃを買ってもらった記憶すらない。


「じゃあ、いいじゃん! どっちもやったことないんだったら公平な勝負できるでしょ!」

「……ここで負けてまた何でもいうこと聞けとか言われたら困るからな」

「そんな無茶なお願いしないって! それとも何? 新世はあたしが泊まることに不満でもあるの?」

「そりゃあ……」


 あるよ。

 しかし、ちょっと不満そうな面構えの藤林にグイッと迫られ、言葉に詰まる。

 というか、普通に考えて恋人でもない同い年の男の家に女性が泊まるのって不味くないか?

 何より、Tシャツという薄着。そしてぶかぶかの襟首から見えそ……。


「あ、顔そらした。何? 照れた?」

「チガウカラ。トリアエズ、ハナレテ」

「んん〜? なんでそんなカタコトなの? ……っ」


 俺の異変に気づいた藤林は、俺から急に離れた。そして──。


「スケベ」

「不可抗力だ」

「こうなるって分かっててこういうTシャツ貸してくれたんでしょ? あーあ、着替える前は可愛い下着つけてたんだけどなー。まぁ、コンビニしかなかったし仕方ないか」

「……と、とりあえずやるぞ」

「え? やっぱりヤリたいんだ?」

「ゲームの話だ!」

「罰ゲームありならいいよ」

「……もうどうにでもしてくれ」


 この上なく藤林ペースで進む会話に疲れた俺は、結局元の提案通り、罰ゲームありでゲームを始めることにしたのだった。


 なんか俺がお願いしたみたいになってない?

 ゲームしようって言ったの藤林だよな?


────────────


これが前章で手に入れたお願いだ!!

お泊まりさせたかったんです。


意外にも思い切ったことしますよね、新世。


ご感想お待ちしております!


コミカライズ2話も更新されています。こちらもよろしかったらどうぞ!

https://comic-walker.com/detail/KC_005690_S/episodes/KC_0056900000300011_E?episodeType=first


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