第62話 ゴミ捨て場での共同作業

「納得がいかない」


 藤林と一緒に遅刻した日の放課後。

 俺は一人で教室の掃除をさせられていた。


 理由は、ご存知の通り遅刻したから。

 よりにもよって、生活指導であり、我がクラスの担任である桐原先生の授業に遅れてやってきたわけだから、そうなってしまったのだった。


 ただ、納得できないのは藤林は何のお咎めもないということだ。

 それに、抗議をしたのだが、『私のクラスじゃないから』で済まされてしまった。解せない。


 藤林を助けたせいで遅刻したんだから藤林も手伝ってくれればよかったのに逃げられてしまった。

 ……いや、寝坊だったけどさ。助けて余計に遅刻したのは事実だから。


「じゃ、新世。先に行って待ってるわ」

「ゆっくりきてくれたらいいからね?」

「その間、俺がハーレムを堪能しておく」

「「ないから」」


 そういって、いつも一緒にいる三人──朝霧と倉瀬と草介は俺の居候先であるカフェへと一足先に向かって行った。


 テストが終わったということでお疲れ会をしようという話になっていたのだ。

 今日話が出たかと思えば、とんとん拍子に話が進み、ちょうどみんなの予定も空いていたのでそのまま今日することになった。


 ただ決まった後に、俺が掃除をさせられるハメになったので、朝霧たちは先に行って待っておくということだった。


 ……少しくらい手伝ってくれてもよかったのに。

 別に期待していたわけじゃないが、こういうのって倉瀬なら手伝うよ、と言ってくれそうな気がしたが、あっさりと先に行ってしまった。


「はぁ、さっさと終わらせていくか」


 ため息まじりに今日遅刻してしまった自分を呪いながら、教室の掃き掃除を進めた。


 教室の後ろにあるゴミ箱には、大きなゴミ袋が設置されている。

 基本的には溜まったときの清掃当番が捨てることになっているのだが、俺が掃除をさせられたときに限ってパンパンになっている気がする。


 仕方なく、ゴミ袋を取り替えてそれをゴミステーションへと持っていくことにした。


 ゴミステーション近くの校舎裏を通ると不意に思い出す。


「そういえば、あの時は倉瀬が告白されてたんだっけ?」


 俺が間に入ったから変な逆恨みされそうになったけど、今のところ俺に被害はない。

 名前は忘れたけど、あの時の彼はもう諦めてしまったのだろうか。

 しつこくなるよりかはいいかもしれないけど。


「やっぱりわからないな」


 そう呟いてからゴミステーションにたどり着いた。

 するとそこにはまた見知った顔がいた。


「三谷さん?」

「っ、せ、先輩……!」


 三谷さんは俺が声をかけたことに驚いて振り返った。


「こんなところで何してるんだ……って、ゴミ捨てだよな」

「…………」


 三谷さんはなぜか顔を逸らして何も答えない。

 その顔には少しの焦燥感が見て取れる。


 まさか……?

 また嫌な予感がよぎった。


「もしかして──」

「大事なものをなくしてしまって……」

「大事なもの?」

「はい。クマのキーホルダーなんですけど……」

「それでなんでゴミ捨て場に」

「落としてしまって。見た目がボロいものなので、捨てられてる可能性もあるかなと思いまして」


 それで結ばれたゴミ袋を解いて、ひっくり返していたのか。

 ゴミを漁っていたせいで、三谷さんの姿は少し汚れている。


「邪推だったら悪いけど」

「前の人たちは関係ないと思います。宮野さん、今日は学校来なかったので」

「……そうか」


 あの三人組の中でリーダーっぽい女子生徒──宮野さんとやらは、確かに今日、藤林と駅で見かけた。

 そのまま学校をサボったらしい。


「他の二人の可能性は?」

「ないと思います。あの二人も宮野さんいなかったら、二人でよくサボってますし」

「そうか。変なこと言って悪かった」

「別に大丈夫です。あんな場面見られたら誰でもそう思います」

「それより、落としたって言うなら、その場所探した方がいいんじゃないか」

「そこはなかったので」

「で、ゴミ捨て場か」


 俺はそう言って、置いてあるゴミ袋を一つ開けて、中身を漁り始めた。

 中は埃やプリントなどがいっぱいに入っており、それらしきものを探すのも一苦労だ。


「ちょ、先輩なにしてるんですか!?」

「何って、探してるんだよ。見てわからないのか?」

「そ、そうですけど……先輩には何も関係ないじゃないですか!」

「そりゃそうだけど、大事なものなんだろ? それにそんな話聞いて、はい、さよならするのって結構、酷いやつだろ」

「……!」

「ほら、早く探して帰ろうぜ」

「……ありがとうございます」


 三谷さんはお礼を言って、一緒に袋の中を開けて、探し始めた。


 面倒だとは思いつつも、何となくこの子には世話を焼くたくなってしまう。

 それは、あの日、飛び降りる瞬間を未来で見てしまったからなのか。

 それとも…………。


 俺は三谷さんの横顔を見る。そこにはまだ焦りがあるように感じた。

 よほど大事なものだったんだろうな。


「そんなに大事なものなんだ」

「はい。私が、でびゅ……いいことがあった日に、お祝いで仲間からもらった思い出のものなんです」

「……なるほど」


 そんな会話をしつつ、必死に袋の中を探す。中には生ゴミが入っているものもあったりして、決して楽なものではなかった。


 そうして、ようやく。


「……お? 三谷さん、これは?」

「それです!!」


 俺の手に持つ、可愛らしいクマのキーホルダーを見た瞬間、三谷さんは目を輝かせた。

 俺は、クマについているゴミを軽く払ってから、三谷さんに手渡す。


「よかったぁ……」


 そうして、三谷さんは大事そうにそれを抱きしめた。

 やっぱり……妹に似ているなって思った。


「……っ。遅くなりましたが、ありがとうございます」

「どういたしまして」


 見すぎたせいか、三谷さんは慌ててお礼を言った。


「それにしても本当にあるとは」

「私も驚きました。でも見た目もこんなんですし、まったく関心のない人からしたらゴミに思えちゃうのも仕方ないですね」


 確かに、見つけた時は本当に探しているものなのか、自信がなかった。

 なんというかかなり個性的なデザインのクマだった。つぎはぎだらけ、というか……。一見、ボロボロで使い古されたものに見える。そういうデザインなのだろうか……?

 それでも、


「なんだか、寂しい話だな」

「落とした私が悪いですから」


 意外にもその辺のことは気にしないようだ。

 それより今は見つかった喜びの方が大きいのだろう。


「じゃ、これ片付けて帰るか」

「はい!」


 それから俺たちは手分けして、散らかしたゴミを片付けて行った。


 ゴミを片付けてから俺たちが教室へ戻ろうとすると、不意に未来が見えた。


 ***


「ハッ。何これきったな」

「ゴミでしょ」

「か、返してください!」

「そんなに返して欲しいなら取ってこーい!」

「……っ!」


 ***


 嫌な未来を見せやがる。

 角から現れた二人組のギャルにぶつかった三谷さんは、大事なクマのキーホルダーを落としてしまった。

 それを、拾った片方のギャルがふざけて遠くに投げ飛ばしたのだ。

 思い出しても胸糞悪い。


 そして気がついたときには、もうその未来は迫っていた。


「三谷さん、ストップ!」

「……え? ぁっ!!」


 俺は慌てて、手を引いた。だが、それは手遅れだったようだ。


「うわ、じみたにじゃん」

「こんなとこで何してんの──って、この前の体操服付きの変態じゃん」


 曲がり角から現れたのは、未来で見た通り、三谷さんに嫌がらせをしていた三人組のうちの二人だった。


 出会い頭に変態扱いとは……。

 それでもギリギリ腕を引っ張ったせいか、三谷さんは二人にぶつからずにクマを落とさずに済んだ。


「うわ、その人形きったな。ちょっと貸して」

「や、やめてください!」


 だが、すぐにそのクマが目に入り、取り上げようとする。三谷さんはそれを必死に取られないように抱きしめる。


「おい、その辺でやめとけ」

「はぁ? 触んないで! 変態のくせに──」


 そのとき、ビリっという嫌な音が聞こえた。


「ぁ」

「あ」

「……え?」


 完全にやらかしてしまった感がある。

 俺が間に入って、女子生徒の腕をひっぱったせいでさらに力が加わり、クマの腕が半分いってしまった……。


 三谷さんはこの世の終わりのような顔をしている。


「わ、私は別に悪くないから」

「もう、こんな変態放っておいて、行こ!」


 二人はあっという間にその場から消え去ってしまった。


「三谷さん、ごめん……!」


 俺には謝るしかなかった。

 まだ未来で見たように投げられた方が、本体のダメージはマシだったかもしれない。

 それが……こんな目に……。


「いいんです……先輩は、助けてくれましたし……いつかは壊れてしまうものですから……」


 そう言う三谷さんの顔は悲しそうだ。

 ……罪悪感が押し寄せる。


「三谷さんちょっと見せてくれる?」

「いいですが……」

「これなら……よし。三谷さん今から時間ある?」

「え?」


 俺は驚く三谷さんを連れて、とあるところへ向かった。



「あの……ここは?」

「悪いな」


 そして、その家に着いてから見慣れた扉を開ける。


「新世、遅い! ……って、え? 誰、その子?」


 そこには、少しばかりご立腹な様子の朝霧がいた。



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