第63話 ほ、ほら! 抱きつかれたりとかしてない!?
俺が三谷さんを連れて行った場所は、俺の居候先であるカフェ──カサブランカだった。
特にクラスメイトの三人組と合わせるつもりはなかった。
俺がここに連れてきた理由といえば、ちぎれかけたクマの腕の縫うためだった。ここになら裁縫道具があり、修繕することもできる。
しかし、俺の部屋にある裁縫道具を取りにいくには、1階のカフェスペースを経由しなければならない。
つまり、必然的に朝霧たちと鉢合わせることになったというわけだ。
「えっと……」
三谷さんは少しばかり困惑した様子で不安そうな顔で俺を見る。
「で、誰よ、この子。遅れてきた理由はこの子に新世が何かしたから?」
「俺が何かした前提なのやめろ」
「ふーん、違うの?」
「……違わない」
「ほら、やっぱりそうじゃない!」
久しぶりに見た朝霧の得意げな顔。
「全く。新世のことだからそんなことだと思ったわ!」
我慢だ我慢。最近丸くなったとはいえ、いつものパターンだとここで言い返したら、言い合いになる。
「もう、優李ちゃん! さっきまで伊藤くん遅いから、何かあったのかな、事故だったらどうしよう、って言ってたでしょ?」
「ちょっ、七海!? ち、違うから! そんなこと言ってないから!!」
朝霧は倉瀬の一言により、焦った表情で必死に言い訳をする。
さっきまでの威勢は一体何処へやら。これはこれで見ていて面白い。
「私もあまりに遅いから心配だったの。連絡も返ってこなかったし……でも、よかった。何もなくて……」
「そういえば、そうだったな。悪い」
スマホを全く見てなかった俺は、倉瀬たちから連絡が来ていることに気がつかなかった。
「ううん。でもちゃんと来てくれて安心しちゃった」
「っ!」
倉瀬は優しく微笑む。少し大袈裟な気もするが本当に安心しきったような表情に俺は少しドキリとした。
天使か?
「おいおいおいおいおいおい。新世、俺は失望した」
「なんだ、いきなり」
そんな中、なぜか血走った目で心配とは無縁な表情で俺に詰め寄ってきた。
「朝霧や倉瀬たちに飽き足らず……遅れてきたかと思えば、別の女の子だと!? お前はハーレム王国でも築くつもりか!?」
「意味がわからん」
俺は、興奮して近づけてきた草介の顔を押し返す。
だが、草介は俺にしか聞こえない声で言った。
「まぁ、別にいいんだけどな。朝霧はともかく、まだ他の子は分かんないし」
「……何を言ってる?」
「ったく、このすっとこどっこい! 唐変木め! ちゃんと自覚くらいしておけよ! いつか後悔すんぞ!」
草介はなぜだかいつものようなふざけた感じではなく、その目は至って真剣なものだった。
こんな顔もできるのか、こいつ……。
「あ、あの……先輩」
そんな俺たちのやりとりを傍観していた三谷さんがついに声を上げた。しまった。完全に放置していた……。
「ああ、悪い。ちょっと、俺部屋に行って、裁縫道具で直してくるからここで待っていてくれないか?」
俺は本来の目的を思い出して、三谷さんに問いかける。
「ここで、ですか?」
「ああ、空いてる席ならどこに座ってもらってもいいから。後、何か飲み物持ってくるから。カフェイン大丈夫?」
「え、大丈夫です」
「わかった」
「え、あのっ……」
俺は、そのままキッチンスペースに入り、適当にドリンクを作り始めた。
横で綾子さんがまた、変な笑みを浮かべているが気にしない。
「こんなもんでいいか」
ドリンクは店でも出しているアイスカフェラテ。
それを作り終えた俺は、三谷さんたちが座るテーブルへと向かおうとする。……相変わらず、綾子さんはニマニマと笑ったまま、しかし、何も言わない。
「……何か?」
「それ、お店のなんだけどなー」
「それなら、今度俺の給料から引いておいてください」
「まっ、それはいいんだけどね。新世くんにはいつも働いてもらってるから」
「じゃ、なんですか?」
「いんや〜、新世くんって結構、いろんな女の子と仲良くなるなって思って。青春だね〜」
「…………」
一体何が言いたいのかわからない俺は、そのまま綾子さんを無視して、今度こそテーブルへと向かい、三谷さんにカフェラテを渡した。
「これは……」
「アイスカフェラテ。じゃあ、ちょっくら行ってくるわ。お前らももう少し待ってて」
俺はそのままクマのキーホルダーを受け取り、朝霧たちの返事も聞かずに自分の部屋へと上がった。
◆
「えっと……」
アイスカフェラテを渡され、取り残された私は、どこか席に着こうか見渡した。
「えっと、三谷さんだっけ? 新世が帰ってくるまで暇ならよかったら、一緒にどう?」
「え、あの……」
迷っていると先輩と話していた黒髪の綺麗な女子生徒の一人から声をかけられた。先ほどの先輩との会話から少し性格がキツそうな人だと思った。
その横では、もう一人のクリーム色の髪をした女子生徒もニコニコとこちらを見ている。反対にこちらの人は優しそうだった。
「えっと……」
「おいおい、女子二人で後輩の女子に迫ったらビビってしまうだろ? ここは紳士的に行くべきだ。お嬢さん、よかったらこの俺と一緒にお茶しませんか?」
「嫌だったら無理しなくていいからね?」
「ええ、そうよ。でもその……新世と一緒に来たから。ほら、さっき新世も言ってたし、新世に何かされたんなら、聞いておかなくちゃいけないし……?」
「何が……ですか?」
「ほ、ほら! 急に抱きつかれたりとかしてない!?」
「だっ……そんなことされてないです! そんなのただの変態じゃないですか……」
私は必死に否定した。
急に抱きついてくるとか、結構危ない人だと思う。私だったら普通に痴漢で訴える。
「そ、そう……なら、別にいいのよ」
するとなぜか安堵した表情になった。さっきまでの少しキツそうな印象とは違い、可愛らしい表情だった。
「ごめんなさい。私、朝霧優李って言うの。で、こっちが──」
「倉瀬七海って言うの、よろしくね。えっと……」
「三谷結々子って言います」
「うん、よろしくね! 結々子ちゃん!」
……初対面だからどうしても気後れしてしまうけど、どうやら悪い人たちではなさそうだと思った。
先輩の友達なんだから、別に大丈夫なんだろうけど。
「それでどう? 嫌だったらいいんだけど……」
そういえば、久しぶりに同年代の女子から好意的に話された気がする。いつもだったら断っているだろう。
「別にいいですよ」
でも、なぜだか私は先輩たちの誘いを断らなかった。
「俺のこと完全に無視するやん……」
軽薄そうで変な男子生徒は後ろの方で泣いていた。
そうして、私は先輩のお友達である朝霧先輩たちと同じテーブルで先輩を待つことにした。
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