第64話 中途半端な優しさがお似合い

「そ、それで改めて聞くけど、新世から一体何されたの?」


 テーブルで席についてから、一息ついて、再び。朝霧先輩から先ほどと同じ質問を受けた。


「えっと、何か誤解されてるのかもしれませんが、先輩には困っているところを助けてもらっただけですよ?」

「……そうなの? 抱きつかれてない?」

「はい、抱きつかれてないです」


 なんでそんなに抱きつかれたかどうかを気にするのか分からなかった。


「それじゃあ、伊藤くんとは何があったのかな? 伊藤くん、掃除にしてはかなり遅かったから何があったのか心配になっちゃって」

「えっと、先輩にゴミ捨て場で私の大事なものを一緒に探してもらったんです。クマのキーホルダーなんですけど、その時、いろいろあって腕が千切れそうになちゃったんです。先輩のお時間を取らせてすみません」

「あ、いいの、いいの! べ、別に伊藤くんは私のとかじゃないし……っ! ふ、ふへへ」

「七海……?」


 急な倉瀬先輩の様子の変化に私はもちろん、朝霧先輩も戸惑っていた。


「で、それを新世が裁縫で直すっつって家まで結々子ちゃんを連れてきたってわけか!」

「はい……そうなんですけど、先輩って裁縫できるんですかね……?」

「「「……さぁ?」」」


 三人同時に首を傾げるから私は不安になった。

 できないのにわざわざ自分がするなんて傲慢なこと言わないだろうけど……。


「でも大丈夫だと思うよ。伊藤くんかなり器用だから」

「ええ、そうね。新世にできないことってあまりイメージできないわね……」

「そうなんですね」


 どうやら先輩は万能な人らしい。

 そこまで器用そうな人には見えなかったけど、人は見かけに寄らないということだろう。


「そういえば、なんだけどさ。結々子ちゃん」

「はい?」

「俺とどっかで会ったことある?」

「「…………」」

「ちょ、二人ともそんな目で見ないでくれよ! これには訳があるんだって!」


 小説に出てくるようなナンパじみた理由に朝霧先輩たちは笹岡先輩に冷ややかな視線を送った。


「いや、俺、なんか結々子ちゃんの声聞いたことあるなって思って!!」

「……っ。気のせいじゃないですか?」

「だよなぁ」

「笹村くん、そう言うのだめだよ」

「ほんと節操ないわね」

「それ、アイツに言ってやってくれるか? それに倉瀬。また名前間違えてる……」


 一瞬、YourTubeでの活動がバレそうになったかと思ってドキリした。だけど、そんなこと普通に考えたらありえない。

 適当にごまかしたら、笹岡先輩も特に疑問を持つことなく、会話が流れて安心した。


「悪い、お待たせ」


 そうして、しばらくしてから先輩が戻ってきた。

 その手には、すっかり直ったクマのキーホルダーがぶら下がっていた。


「すごい……っ!」

「素人の修繕で悪いけど、これくらいで勘弁してくれ」

「そんな……全然、素人のに見えないです。こんなに完璧に直ると思ってなかったので……ありがとうございます!」

「……どういたしまして」


 先輩はそう言って、深く息を吐いてから、隣の席から椅子を一つ持ってきた。

 大丈夫なのか、と思ったが先輩のお家らしく、他にお客さんもまばらだったので気にしないことにした。


「あ、それが大切にしていたくまさん?」

「はい、そうです」

「な、中々個性的だな……」

「これって、キープレイスのクマじゃない?」

「優李ちゃん、知ってるの?」

「ちょっと前に流行したブランドなの。それにこれって限定品のキーホルダーよね?」

「そうですけど……」


 私が肯定すると朝霧先輩は目を輝かせた。


「やっぱり! このキーホルダーは当時かなりの人気で、限られた数しか生産されてないの。この独特なデザインがその人気を博して、マニアの中では今でも高額で取引されていたりするの!」


 急に先輩は饒舌になった。そんな朝霧先輩を先輩は、不思議そうな目で見ていた。


「……何よ、その目」

「いや、いつになく早口だと思って」

「…………っ! べ、別にいいでしょ!? あんたが遅いだけよ!!」

「いや、悪いとは言ってないけど。というか、意味わからん悪口やめてくれる?」

「……」


 朝霧先輩は顔を赤くしたまま、口を尖らせて先輩を睨み付けていた。


「というか、待て。これってそんなに高級品だったの?」

「私ももらったものなので、そこまで詳しいことは知らなかったんですが……朝霧先輩の話を聞くとそうみたいですね」

「やべぇ! これ一〇万円で取引されてるのもあるぞ!!」


 笹岡先輩は、スマホで調べたのか興奮してみんなに見せて回った。


「ほんとだ! すごい! でもこれでもし、伊藤くんが失敗してたら目も充てられなかったね!!」

「……倉瀬。それは言わないでくれ。今になって、変な汗かいてきたわ」


 先輩がそう言うと笑いが起こった。


 いいなぁ、って思った。

 ここにきてそんな先輩の様子が羨ましく思ってしまった。みんな先輩のことを慕っているのが伝わってくる。

 倉瀬先輩はまだ分からないけど、朝霧先輩なんて、好意駄々漏れだ。


 それに比べたら私は……。


「…………」


 ついつい卑屈になってしまう。

 自分には何万人ものリスナーがついている。それだけでいいはずなのに。目の前の光景がひどく羨ましかった。


「結々子ちゃん、どうかしたの?」

「い、いえ……なんでもないです。……あ、私、そろそろお家に帰らないといけない時間なので、失礼しますね。先輩、直していただいてありがとうございました」


 私は先輩たち言いたいことを伝えて、逃げるようにカフェを飛び出した。


 ◆


「結々子ちゃん、どうしたんだろう……」

「何か悪いことしちゃったのかしら……」

「なんか、結構、思い詰めた顔してなかったか?」


 三谷さんが止めるまもなく出て行った後、朝霧たちはみんな顔を見合わせていた。

 草介が言った通り、さっきの三谷さんの様子はどこかおかしかった。

 もしや、嫌がらせを受けていることで何か嫌なことを思い出してしまったのだろうか。


「伊藤くん何か知ってる?」

「……いや」


 知っているには知っているが、言うべきか迷った。

 三谷さん個人の問題だし、俺だったら自分が辛いと感じたことを知らないところで話されるのはあまりいい気はしない。


「嫌なら、無理に話さなくてもいいわ。どうせ新世のことだから、またお節介焼いてるんでしょう?」

「なんだよ、それ。俺がいつもお節介かいてるみたいじゃねぇか」

「違うの?」

「ちが……わない」


 自分ではあまりそんなつもりはないのだが、結果的にそうなっているような気がする。


「新世があの子の悩みにどうか関わってるか知らないけど、中途半端に関わるんだったらやめておいた方がいいわ」

「なんだよ、それ」

「別に。私はそう思っただけ。そういう中途半端なのが一番当事者からしたら傷つくんだから」

「…………」


 朝霧に言われるとぐぅの音も出ない。


 確かにこの前から三谷さんとは関わる機会が増えている。だからこそ、彼女が思い悩む姿も見ている。

 あの同じクラスの女子からの嫌がらせが全てじゃないのかもしれないが、少なくとも悩みの種にはなっているはずだ。


 それをわかっていて、何か具体的にどうしようかとは考えていなかった。

 ただ、漠然となんとかしてあげたいなと思っているのは事実だった。


「そんなこと言ったってこっちから積極的に解決してあげるほどの仲でもないからな」

「いいんじゃない? 新世にはそういう中途半端な優しさがお似合いよ」

「…………」


これは褒められてんのか? いや、どちらかと言うと貶されるか。


「でも、そんな新世嫌いじゃないわよ」

「……は?」

「だって、なんだかんだ言って新世は助けることになると思うの」

「どういう意味だよ、それ」


 まるで未来予知じみた朝霧の発言に聞き返す。


「そのまんまの意味よ。だって……だって、私の時だってそうだったでしょ?」

「……っ」


 くすりと笑う、朝霧に表情に俺の心臓は大きく跳ねた。


「……そうだね! 伊藤くんはきっと優しいから。あの子に何かあると知っているなら、きっとそのままにはしておかないと私も思うな」

「倉瀬までそんなこと言うのか」

「ああ、そうやってハーレムは増えていくぜ!!」

「お前は黙れ」


 草介のせいで台無しになった感は強くなったが、こう……変な期待されるのも困りものだ。


「でも、伊藤くん。約束して。また優李ちゃんの時みたいに怪我だけはしないでね?」

「あ、ああ」

「…………」


 そんな風に可愛らしく小首を傾げられては言う通りにするほかない。

 そしてなぜか朝霧が不機嫌そうな顔をしたのは気のせいか?


「なんだよ?」

「別に。鼻の下伸ばしちゃって」

「伸ばしてない」

「伸びてる!」


 全く。やっぱり朝霧は朝霧だな。

 いずれにせよ、別にこの前みたいに怪我をするとかないと思うけどな。

 つーか、なんで助ける前提みたいになってんだ。


 それから俺たちは適当に話をしてから解散となった。

 あまりお疲れ回という空気でもなかったが、こういう風にみんなで集まるのも悪くないと思った。



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