第65話 未来を変える時、冷たい川に入りがち
あれから数日経って、ぼんやりと三谷さんのことを考えていた。
朝霧たちとも話していた通り、別に積極的に彼女の悩みを解決するために動いているとかではない。
それくらい俺たちの関係値は低いという訳だ。
だって、屋上で話して、トイレ前で話して、ゴミ捨て場で探し物しただけだぜ?
そこまでお節介になったつもりはない。……といいつつも気にしてしまうのは、やっぱり妹と重ねてしまうからかもしれない。
妹と同い年。生きていれば、あんな感じだったのか。だから放っておけないような気持ちにもなる。
そんな気持ちを抱えていると、偶然、登校中に三谷さんを見つけた。
「お」
「あっ……」
三谷さんは俺と目が合うと露骨にそらして、早足になる。
明らかに避けようとしている。この前、急に帰ったことがやはり気まずいと思っているのだろうか。
つーか、目が合うだけで避けられるのって、結構辛い。
そんな反応をされると意地でも話しかけたくなってしまう。
「三谷さん。おはよう」
「……はぁ」
俺が三谷さんよりも早足で近づいて、挨拶をすると、彼女は小さくため息をついた。
「先輩、おはようございます」
「おはよう。そんな露骨に嫌な顔しなくてもいいだろ。俺、そんなに悪いことしたか?」
「……いえ。私の問題です」
「そうか。よかったら学校まで一緒に行くか? 嫌ならいいけど」
「…………別にいいですけど」
少し言い淀みながらも三谷さんはうなずいた。
そうして学校までの道を俺たちは並んで歩く。
「…………」
「…………」
三谷さんは何も話すつもりはないのか、無言が続く。普通に気まずい。こんなことならば、といつもの俺なら考えているだろう。
「先輩って変わり者ですね」
「なんだ藪から棒に」
「私みたいな地味な女にわざわざ気を配るなんて変わってると思います」
「地味なの関係なくないか? それに別に気を配ってるつもりもないけどな。三谷さんが気になるってだけ」
「──っ!?」
「妹となんか似てるんだよな」
「……そういうことですか。紛らわしい言い方しないでください」
睨まれた。確かに少し意地の悪い言い方をしてしまったかもしれないが、先ほど嫌な顔をされたお返しだ。
「妹さん、どんな方なんですか?」
「あー、めっちゃ明るい」
「……それ、私とどこが似てるんですか」
「雰囲気」
「……尚更よくわかりません」
本当になんとなくだ。別に姿が似ているとかそういうんじゃない。だけど、どうしても三谷さんを妹──瀧奈と重ねずにはいられない。
瀧奈も昔、いじめられていた。
「辛くないのか?」
「っ」
あまりに唐突な質問に三谷さんは、顔色を変えた。
あまり言いたくないって顔をしている。
「この前、カフェから帰る時も様子がおかしかったしな。別に言いたくないんならそれでもいいけど」
「……そういうわけじゃないです。ただ、みなさんの仲の良いあの空間にお邪魔しているのが悪い気がして」
「気を遣ったってわけだ」
「はい」
朝霧に言わせれば、その顔を知っている、とかなんとか言いそうだ。
あの時の三谷さんの様子は一目瞭然だった。
「……私、これでも先輩には感謝してるんです。いろいろ助けてもらいましたし……これ以上、先輩に迷惑かけたくありません。宮野さん、この辺じゃかなり影響力強いので。それに……悩んでいるのはあの人たちに嫌がらせされているからだけではないですから」
「やっぱ悩んでるのか」
「……すみません。口が滑りましたね。忘れてください」
ハッとした顔をすると同時に三谷さんは顔を逸らした。
「悩みがあるなら言ってみたらどうだ? 案外、俺みたいな全くの他人に話す方が楽になることもあるかもしれないぞ。それにこの前、キーホルダーを一緒に探したお礼と言うことで……どう?」
「……そんなの、ずるいです。断れるわけないじゃないですか」
どうやら真面目な性格らしい。
別にお礼云々は何も言っていなかったが、引き合いに出したところ、うまくいったようだ。
それでも暗い顔をする三谷さんにまずいことを言ったかと思い、慌ててフォローを入れる。
「いや、無理には聞くつもりはないから。本当に嫌だったらいいよ!」
「……別に大丈夫です。こんな悩み話したところで、何にもならないですし」
「まぁ、とりあえず教えてくれるか」
「……最近、私、自分がわからないんです」
なんとか絞り出すように、ポツリと三谷さんは話し始める。
「それはいじめ……嫌がらせされてるから?」
「別に気を遣わなくもいいです。そうですね、それもありますけど……」
「けど?」
「先輩は私が人気者だと言ったら、信じますか?」
「……」
いきなりなんの話だ。
ここで否定するのもなんか違うが、お世辞を言っても仕方ない。
「悪いけど、あまりそうは見えない」
「ですよね。当然です。こんな地味で冴えないインキャ女子。そう見えるはずがありません」
そこまで言ってないけど……自分を卑下しすぎじゃないか?
なんて声をかけていいかわからん。
「そろそろ着くので先行きますね。話聞いてもらって少しスッキリしました」
気がつけば、学校が見えている。
三谷さんはそう言って、走り去っていった。
「あんまりスッキリしたようには見えなかったけど」
一人残された俺も自分の教室へと向かった。
悩みがあろうとなかろうと一日は平等に過ぎていく。
朝のやり取りからあっという間に時間が経った。
学校からの帰り道。たまにはいつもと違う道から帰ろう。なんとなくそんなことを思い立った俺は、前に倉瀬を助けるために飛び込んだ川の近くまでやってきていた。
田舎のこういう風景は好きだ。こんな長閑な光景を見ながら歩いているだけで、ある程度思考はスッキリしてくるものだ。
そんな俺が橋に差し掛かった時だった。
***
「ないっ……ないっ! ここにもない……」
***
「…………」
また見えてしまう未来。
冷たい川に入って、必死に何かを探す三谷さんが見えてしまった。
その顔にはゴミ捨て場見た時以上の焦燥感がある。
そして、それを橋の上から厭らしい笑みを浮かべて、覗き込む三人の女子生徒の姿。この間、ぶつかりかけた二人組と学校をサボったのを見かけた宮野という女子の姿があった。
◆
「ちょっと! 邪魔!」
「……っ」
今日はあまりいい一日じゃなかった。
朝、先輩と別れてから、下駄箱で鉢合わせた宮野さんに一日中嫌がらせをされて、辟易していた。
どうやら、彼氏とケンカしたらしく虫の居所が悪いらしい。
なぜ私がそんなことを知っているかというと、いつもの三人組が大きな声で話していたのが、嫌でも聞こえたからだ。
原因は、彼氏の浮気。
内心、ざまぁみろ、だなんて思いながらも過ごしていた罰か、いつも以上に嫌がらせが多かった。
筆箱の中を捨てられたり、お弁当をぐちゃぐちゃにされたり。いつもに増して内容も酷いものだった。
最近は、配信もやっていなかったせいか、どんどん気持ちが塞ぎ込んでいく。
「ほら、悔しかったら助けて、って叫んで見なよ」
「まっ、アンタみたいな暗くて地味なインキャ誰も助けてくれないけどね〜」
本当にその通り。周りも周りでいじめられている私を見ているだけだ。
別に助けなんていらない。ネットで賞賛さえもらえれば、私は私を保っていられる。
そう思っていた。
だけど、前にあったファンからの誹謗中傷。あれからいろいろ分からなくなってしまった。
学校でいじめられている地味な私が本当の姿?
それともネットでの人気者の姿が本当の私?
普段の私ってどうだったけ?
昔の私ってどうだったんだっけ?
どんどん現実の自分とネットの自分との間に乖離ができていく。
ただいじめられていることが苦しかったんじゃない。
いじめられて泣き出したいのに、ネットでは明るく振舞わなくちゃいけない。みんなの期待に応えなくちゃいけない。
でも、暗いまま自分も嫌。本当は普段から明るくネットでの姿みたいに自由にしていたい。
だけど、それも叶わない。
一体、どうすればこの苦しみから逃れられるの?
現実にもネットにも逃げ場がなくなった私の心は限界を迎えていた。
「ねぇ、帰り付き合ってよ」
「いいね。じみたにの奢りで楽しもう!」
なんで私がこんな目に合わなくちゃいけないの?
私はただ地味でも静かにいられればそれでよかったのに。
「じみたにー? さっきから反応薄くない?」
「無視とか、まじ調子乗ってる」
「……めてください」
「は? 何?」
「……もう、やめてください!!」
「だから何言ってんの?」
「私に嫌がらせをするのはもうやめてくださいって言ったんですっ!! ……あっ……」
言わなければよかった。
一瞬で自分の判断を後悔する。考え事で感情が昂ったせいで余計なことを言ってしまった。
三人の表情は冷たい。
そして三人組の一人が私に近づいてくる。
──殴られる……っ!
そう思ったのも束の間。
痛みは襲ってこなかった。ただ、少し何かを引っ張られる感覚があった。
「これ、大事なものらしいよ。雅」
「え、なにこれ、ボロボロじゃん」
「ね〜。汚いし、その辺に捨てとく?」
三人が持っていたのは私の鞄についていたはずの、先輩に直してもらったクマのキーホルダーでした。
「か、返してください!!」
私が必死に訴えても彼女たちは手を高く掲げ私の届かないところにそれを持っていく。
そして、
「そんな、大事なものなら」
「やめてください!! それは──っ!」
「とってこーい!!」
橋の上から川に向かって投げられたそれは、重力に逆らうことなく落ちていった。
「あぁぁ……」
「ぷっ、マジで落ち込んでるじゃん」
「つまんないし、帰ろ」
「だねー。長浜でも行く?」
「そうしよ、そうしよ!」
そう言って、三人組はどこかへ行ってしまった。
私は目の前が真っ暗になり、その場に立ち竦んでいた。
「おーい、三谷さん? いるー?」
しかし、そんな私の耳に橋の下から聞こえるはずのない声が聞こえた。
私は慌てて、橋の下を覗いた。
「せ、んぱい?」
そこはなぜか、私の大切なものを握りしめる先輩の姿があった。
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