第66話 女の子の一人暮らしは危険がいっぱい

 よかった。

 本当によかった。


 投げ捨てられた位置を未来で見ていた俺は、落ちてきたそれをうまくキャッチすることができた。


 クマのキーホルダーが投げられた瞬間、三谷さんの悲鳴が聞こえてきたのできっとそこにいるのだろうと思って、あの三人組の声が聞こえなくなってから、呼び掛けた。


 覗き込んだ三谷さんの心底驚いた顔はきっと忘れられないだろう。


「先輩!! ど、どうしてそんなところに……」


 慌てて河川敷に降りてきた三谷さんは困惑しながら、俺に話しかける。川の流れる音もあってか少し聞き取りづらい。


「うまいことキャッチできてよかった。言い争いが聞こえた時、河川敷にいたんだ。そしたらちょうど落ちてきたからな」

「……ほ、本当ですか?」


 だよな。当然疑うよな。いくらなんでもタイミング良すぎるわ。


「で、でも……ありがとうございます」


 しかし、そんなことよりも三谷さんは俺がキャッチしたキーホルダーのことの方が心配で仕方ないらしい。誤魔化す手間が省けた。


「おう。今渡しにい──っ!?」

「先輩!?」


 三谷さんの元へ行こうと一歩踏み出した瞬間。

 俺は、川の流れに足を取られ、バランスを崩して、その場に倒れ込んでしまった。


「だ、大丈夫……」


 うぇ……水飲んじまった……

 どうにかクマを持つ手を上に上げたまま、倒れた俺は起き上がり、岸へと上がる。

 制服ごと全身びしょ濡れである。


「こ、これ……ごめん。ちょっと濡れたかも……」

「大丈夫ですっ、それより、先輩こそ大丈夫ですか!?」

「ああ、俺なら大丈夫。少し暑くなってきたし、すぐに乾く……はっくしょん!!」


 大丈夫と言ったそばから豪快なくしゃみを披露してしまった。

 はずかし……っ。

 強がってはいるが、川の水温はまだ低く、正直言って、少し寒い。

 人助けには代償がつきものである。


「大丈夫じゃないじゃないですか!! 風邪引きますよ!! ちょっとついてきてください!!」

「え、ちょ!?」


 そう言って、三谷さんは俺を引っ張って、どこかへ連れていった。


 ◆


「これ、バスタオルです。後、着替えのジャージ少し小さいかもしれませんが……。後、お湯も今沸かしているところなのでとりあえず、ゆっくり温まってください」


 そう言って、俺にタオルや着替えを渡して脱衣所から出ていった。


「……一体なぜこんなことに?」


 自問しても答えてくれる人は誰もいない。

 鏡に写るのは濡れた髪に気怠けな顔付きの俺。


 先ほど拭く用のタオルを一時的に渡され拭いたはいいものの、まだしっとりとして濡れている。


「とりあえず、入るか」


 俺は濡れている服を脱いで、お風呂場に足を踏み入れた。

 あまり大きいとは言えないが湯船もしっかりあるタイプの浴室だ。


 とりあえず、レバーを引くと水が流れ始める。しばらくすると温かいお湯がで始め、少し冷えてきた体を温め始めた。


 川で濡れた後、三谷さんは俺を引っ張ってこの家──自分が一人暮らしする家まで連れてきた。

 このマンションはあの川のすぐ近くにあったため、風邪を引くといけないと思い、連れてきてくれたそうだ。


「一人暮らししてるのか。そうか……」


 ちょっと無防備すぎないか?

 女の子の一人暮らしをする家にまさかこんな形でお邪魔するとは……。


 あまり出し過ぎないようにシャンプーを借りて、頭を綺麗した俺はシャワーを浴び終えてから、ちょうど浴槽のお湯がいっぱいになっていたので浸かることにした。


 綾子さんの家に居候をしている俺ではあるが、あの家でお湯に浸かることはほとんどない。

 いつも基本的にシャワーで済ませていた。


「んあぁ〜〜〜」


 湯船に浸かると自然と声が出る。久しぶりの風呂が気持ちよかった。


「この後、どうすっかな」


 風呂を借りて、着替えを借りるのはいいが、制服がすぐには乾かないだろう。

 まぁ、そんなことはどうでもいいか。

 今はとりあえず、ゆっくりと浸かろう。


 お湯の中で暖まりながら周りを見渡せば至る所に女性が住んでいる形跡が見て取れる。

 三谷さんの一人暮らしの家なんだし、当然だが。


 シャンプーもあまり見たいことのない高そうなものだったし、洗顔にクレンジグオイルや化粧落としまで置いてある。


 いかん……。なんか変に意識してしまう。

 ……そう言えば、ここに三谷さんも毎日、入っているのか。


「……あほか、俺は」


 流石に自分の考えが気持ち悪かった俺は、顔に洗って少しした後、お風呂場を出た。


 風呂を上がり、体を拭いた後、着替えようと思ったが重要なことに気がつく。


「パンツどうしよう……」


 当然パンツまでびしょ濡れである。

 パンツだけ濡れたまま履く? いや、それはなぁ……。

 履いていれば乾くかもしれないが、せっかくスッキリしたのにそれは避けたかった。


 何か方法があるわけでもないのに、なんとなく周りを見渡す。

 すると洗濯機の隙間に黄色い何か落ちているのが目に入った。


「っ!?」


 拾い上げるとそれはブラジャーだった。それもそこそこの大きさである。

 着痩せするタイプなのか……?


「いやいやいや、これはまずいっ!!」


 慌てた俺は、洗濯機の中へそれを放り込んで証拠隠滅を図った。


「俺は何も見てない。あれ?」


 自分に言い聞かせた後、着替えが入った籠をよく見ると、新品の袋に入った何かがあった。


「なんであるの?」


 男性用の下着だった。きっと準備してくれたものだろうが、普通に気になった。

 まさか彼氏とか? いや、ないか。俺を連れ込んでる時点で、いろいろまずい。本当にそうだとしたら鉢合わせたら修羅場になる。


 なんの説明もなかったがここにあるということは、使っていいものだと解釈して俺はありがたく、着替えを済ますことができた。


 安心したのも束の間。

 今度は、透明な三段ボックスが目に入る。

 ボックスが透けているせいでそこから色とりどりの……。


「はっ!?」


 俺は慌てて、脱衣所を後にした。

 あそこには危険物がいっぱいある。

 女性の一人暮らし、おそるべし。




「三谷さん、ありがとう。あがったよ……?」


 脱衣所を出ると短い廊下を挟んですぐにリビングがある。そこに入って声をかけたが、部屋には誰もいない。


「どこ行ったんだ?」


 一人暮らしのしかも女子の部屋に置いてきぼりにしないでほしい。

 さっきの脱衣所の件もあり、妙にソワソワする。


 あんまり見ちゃいけないんだろうが、興味本位見てしまうのは許してほしい。

 これといって散らかっているわけでもなく、よく片付いているシンプルな部屋だった。

 しかし、一つ明らかに目立つものが存在している。


「すげぇな、これ。高そう」


 机の上には複数のモニター。そして、大きなデスクトップPCが存在していた。何やらよくわからない機材やカメラも付いている。イスもかなり上質そうなもので、これなら一日中座っていても疲れなさそうだと思った。


「ゲームPCとかいうやつか。好きなのか」


 続けて、悪いと思いつつも机の上を見ていると写真建てに飾られた写真が目に入る。


「これって……」


 手にとって、その写真をよく見る。


 そこには溢れんばかりの笑顔の女の子が写っていた。


「三谷さんだよな?」


 片方は知らない女子で、もう片方は間違いなく三谷さんだった。ただ、いつも見ている彼女と違うのは、眼鏡をかけていないこともそうだし、今よりも何年か昔のようで幼かった。


 そして何よりもあまり見たことのない弾けるような笑顔だ。

 これだけで三谷さんがかなりの美少女であることがわかる。


 これを見る限り、なんで今、どうして変わってしまったのかわからなかった。


 ──ガチャ。


「っ、やべっ」


 写真を凝視していると、玄関の方から扉が開く音がした。

 慌てた俺は、写真を元の位置に戻す。


 しかし、あまりに焦り過ぎた俺は、机の上に置かれたマウスに触れてしまった。


「……え?」


 スリープモードから解除された画面には、御先あかりの姿があった。


「見ましたね?」

「ッ!?」


 全身の毛が逆だった気がした。




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