第67話 一人暮らしの後輩の正体

 後ろ振り返れば、冷たい表情をした三谷さんがいた。


 ──こ、殺されるッ!!


 見てはいけないものを見た俺はこのまま、内密に処理されて人里しれない山奥に捨てられ……


「何をそんなにびびってるんですか」

「いや……」


 変なことを考えていたが、三谷さんはすぐに呆れた表情をした。


「少しお買い物に行ってきました」


 そう言って、持っていたスーパーの袋から食材を取り出して冷蔵庫へ入れ始めた。


「……」

「今日は、私が先輩にご馳走しますね。キーホルダーのお礼です。そこで待っていてください」


 返事を聞く間もなく、三谷さんは台所に立って何かを作り始めた。


 これは……待っていた方がいいんだろうか。

 さっきの件について何も言わないことが逆に気になった俺は、感情の読めない三谷さんのいう通り、待つことにした。



 しばらく経って、いい匂いが部屋に立ち込めてくる。出汁の香りだ。


「できました。お口に合うといいのですが……」


 そう言って、自信がなさそうに三谷さんが持ってきたのは親子丼と味噌汁だ。

 出来栄えもよく、かなり美味しそうだ。


「では、いただきましょう」

「…………」

「何か?」


 何事もなく、食べる流れになっていたので、無言で三谷さんを見つめていると三谷さんは首を傾げた。


「眼鏡は?」


 眼鏡を外して、二つ結びにした髪を外した三谷さんはまるで別人だった。

 写真で見たのと同じようにかなり美少女だ。

 普段、朝霧や倉瀬を見ている俺からしても遜色ないくらいに。分厚い瓶底メガネと髪型だけであそこまで変われるのだからすごい。


「ああ、そのことですか……。伊達メガネなんです。家では普段外してるので。お料理中もメガネ曇りますし……」

「そ、そうか」

「はい、では改めて。いただきます」

「いただきます」


 そして説明になっていない説明を聞いた後、そのまま夜ご飯食べる流れへ移行した。


 どんぶり鉢を手にとり、中の卵とご飯と鶏肉を口へ運ぶ。

 出汁がよく効いていて、卵もふわふわ。かなり美味しい。


「どうですか?」

「めちゃくちゃうまい」

「よかったです」


 少し安堵した表情をした。気持ちはわかる。人に料理出すのって緊張するよな。それも知っている人なら尚更。


「よかったらおかわりもありますから、いっぱい食べてくださいね!」

「あ、ありがとう」


 なんかいつもに増して元気な気がする。


 その後、なんとも当たり感触のない会話が続き、ディナーは進んでいく。

 だが、その間にもいろいろ聞きたいことはあったけど聞くタイミングを逃した。


 なんで男物下着があったのか、さっきのPCに映ったのはなんなのか、わざわざ地味な格好をしているのはなぜなのか。


 しかし、元気になった今、わざわざそんなことを聞くのは憚られた。こんなのだから中途半端な優しさだのなんだの言われるのだ。


「ごちそうさまでした」

「お粗末様でした」


 そうして気がつけば、完食。ただただ、おいしいご飯をいただくだけとなった。


「お茶入れますね」

「ありがとう」


 至れり尽くせり。いい奥さんになりそうである。

 いや、そんなことを考えてどうする。


 とりあえず、熱めの茶を啜った。


「それで何が聞きたいんですか?」

「うぇ!?」

「食事中、ずっとこちらをチラチラと見て、何かを聞きたそうな顔してましたね」

「俺、そんな顔してた?」

「はい」


 クスクスと笑う三谷さん。やっぱり笑っている方が断然いいな。

 というか、ばれてたのか。そんなわかりやすい顔してるか、俺……?


「えーっと、聞けば答えてくれるのか?」

「出来る限りは答えますよ。先輩にはいっぱい助けてもらってますし」

「じゃ、じゃあ、まず一つ。えーっと……なんで男物の下着が? あ、いや、これが一番じゃねぇな……ああ、でも……」


 なかなかどうでもいいようでデリケートな質問をしてしまったと思った。でもどれも同じくらい答え辛そうなので一緒か。


「そうですね。それは兄のです」

「ああ、お兄さんの」

「そうですね、以前様子を見にきて、新品のそれを置いて帰ったのです。また泊まるかもしれないと。ちょうどよかったと思い、出しておきました」

「説明なさ過ぎて、もらっていいのか迷ったぞ」

「それはすみません……わ、私も恥ずかしかったので」


 顔を逸らしながら頬を赤く染める。

 ……可愛い。

 なんというか、保護欲がそそられる。


「まぁ、借りてなかったらまだあの危険な脱衣所にいただろうな」

「危険?」

「あ……」


 口は災いの元という。明らかな失言である。


「なんですか、危険って。そんな変なものありましたっけ……?」

「な、なんでもない。気にしないでくれ……」

「おかしな先輩ですね……」


 頼むから流してほしい。

 そりゃ、不用意に周りを見渡したのも悪かったけどさ。事故だから。


 しかし、三谷さんはまだ流してくれるつもりはないようで、スッキリとしない顔をしている。

 そして、何かに気がついて顔が赤くなった。


 ああ、バレてしまった。


「み、見ました?」

「ミテナイヨ」

「嘘です!! 絶対見ました!!!」


 これ以上に言い訳は見苦しい。だって、あの脱衣所にいればすぐに目に入るような場所に三段ボックスがあったからな。


「わ、忘れてください。ぜーったいに忘れてください!!」

「お、おう……」


 あまりの剣幕に俺は頷くことしかできなかった。というか、それ以外に言い訳が見つからなかった。

 だけど、俺が頷くと三谷さんは「やっぱり、見てたんじゃないですか……」と顔を赤くして小さくつぶやいていた。


 ハメられた。


 それから少し、気まずくなりながらも話題を次へ進める。


「三谷さんって家ではよく笑うな」


 それは、この家に来てから一番感じていることだった。


「それはいつも無愛想だと言いたいんでしょうか?」

「あ、いや……」

「ふふ、冗談です。やっぱり自分の家は落ち着くからですかね。これでもまだ素は抑えている方なんですよ」


 三谷さんの素が気になりすぎる。だが、心当たりはある。それは次の質問ではっきりとわかることだろう。


「次、質問してもいいか?」

「いいですよ」

「あー、あの……」


 俺は少し言いづらくも視線をその方向へと向ける。


「PCですか?」

「ああ、うん。すごい機材だなって思って。それでさっき映ってたのって……御先あかりだよな?」

「……知ってるんですか?」

「ああ、最近、草介に勧められてな。ちょっとだけ見たんだ。かなり有名なVtuberらしいな」

「そ、そうですか……そうですか……み、見てたんですね……」


 何やら言葉尻が小さくなっていき、顔を赤らめた。


「それであんまりこんなの聞いていいか分からないんだけど……もしかして」

「……っ」


 三谷さんはハッとして、口を結ぶ。

 その反応からもわかる通り、きっと俺の質問の通りなのだろう。

 それにさっき、画面を見た時からある程度の確証はあった。開いていた画面はVtuberとして活動するために使用している何かのアプリケーションの設定画面だろう。見たことのないものだったからな。

 それを見てから、今まで見た御先あかりと三谷さんの声が一致していることに気がついた。


「──言ったでしょう? 私、人気者だって」


 そして顔を逸らして、答えた。

 そしてその言葉が何を意味するのか、俺も分かった。


「その、いいのか?」

「そういうのは、分かっても聞かないものですよ? 身バレって危険なんですから」

「あ、すまん……」


 マナー違反というか、普通に考えて軽率だった。正体の分からないネット上の人気アイドルの本当の姿を探るなんて真似するべきではない。


 こういう部分から犯罪に繋がったり、情報漏洩にもなるからだ。


 そんなことをするつもりはないが、三谷さんから見たらそんな他人の言葉を信用できるとも限らない。


「別にいいです。私だって、軽率でした。あのままロックもせずにスリープ状態のPCを置きっぱなしにしてたんですから。私は先輩のこと信用していますので」

「……俺が言うのもなんだが、言いふらすとか考えないのか?」

「しないと思っています」

「お、おう……」


 断言された。こんなにはっきり言われると少し照れてしまう。


「先輩と出会ってから短いですけど、いっぱい助けてもらいましたから」


 ……なんかすごい心を開いてくれている気がする。俺、本当に大したことしてないぞ?


「それに……先輩に聞いてもらいたいなって思ったんです。だから、わざわざ理由つけて、家まで来てもらったんですよ」

「え、そうなの?」

「そうですよ。そうでもないとわざわざ男の人を一人暮らししている家にあげません」


 打算的なように聞こえるが、それくらい俺のことを信用している証拠とも言える。

 嬉しいような恥ずかしいようなよく分からない感覚だ。随分信用されたものだな。


「分からんぞ。もしかしたら、俺がさっきのことを弱みとして脅したり、三谷さんに変なことするとは考えなかったのか?」

「さっきも言いましたが、信用してますので。それに──」


 続けて三谷さんは言う。


「先輩だったら別にいいですよ」

「……え」

「何呆けた顔してるんですか。冗談ですよ」


 からかわれた。


「もし何かしようものなら、事務所とか、ファンのみなさんの力とか、全勢力を持って先輩を──」

「怖過ぎない? それも冗談だよな……?」

「試してみます?」

「いや、しないから」

「ふふ、わかってますよ。先輩はからかいがいがありますね」


 おかしい。なんか急に主導権を握られ始めた。


「その、先輩。私の話、聞いてくれますか?」

「……ああ。俺でよかったら」


 急に真面目な顔つきになった三谷さんの様子に驚きながらも、俺もしっかり切り替えて聞く体制に入った。



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