第61話 あたしらもこのままサボってデートしちゃおうよ?

 目の前の金髪トサカ頭のチンピラがこちらを強く睨んでいた。

 俺は絶望していた。


 走ったのにも関わらずに結局、未来を回避できずに面倒ごとに巻き込まれてしまったことに。


 ──走り損じゃねぇか。


 俺の胸中はそのことでいっぱいだった。


「なんだ、てめぇ?」

「俺ら、今からこの子と遊ぶの邪魔しないでくれる?」


 ああ、なんて古典的でいかにもな展開なんだ。未来が見えたとしてもそれを回避できるかは自分次第。

 途中、ちょっとバテて歩いてしまったのがそもそもの間違いだったと言うわけか。帰りたい。


「新世、助けて!」

「っ」


 そんな全てのやる気を失った俺に藤林は助けを求めてきた。

 未来で見たのと同じように俺の腕にしがみ付いて。腕にあたるその感触……勘弁願いたい。


「あいつらったらしつこいの。嫌だって言ってんのにさ。もう少ししばき倒すとこだった」

「……」


 しばき倒してからこればよかったと後悔した。


「ほら、あいつら追い払ったら、イ・イ・コ・ト。してあげるから!」

「っ!? や、やめい!」


 耳元で甘く囁かれてゾクゾクと体が震えた。

 別にイイコトに期待をしているとかそういうことじゃない。単に耳元で囁かれるという経験に慣れていないだけである。断じて違うから。


 ……でもこんな時まで俺をからかうなんて、いい度胸してるな、こいつ。割と余裕あんだろ。

 追い払うって言ったってなぁ……。


 相手は男二人。いかにもな風貌のチンピラだ。一方、俺はまじめで純朴な好青年。出会う前だったらどうにか助け出せたかもしれないが、今の俺に勝ち目があるとは思えない。


 歯向かえば、間違いなく、痛い目を見るだけだ。


「見逃してくれない?」

「はぁ? なんで?」

「お前がどっかいけや」


 だよな。全く話にならない。

 かくなる上は……


「藤林」

「……?」

「走れ」

「え、ちょ!?」


 俺が出した答えは、逃げることだった。

 驚く藤林の手を取り、その場から駆け出す。


「待ちやがれ!!」


 それに追随してくる男たちの声が後ろから聞こえてくる。

 俺だけだったら簡単に逃げられるかもしれないが、今は藤林もいる。


「はぁはぁはぁ……あら、せ……ちょっと待って……はぁはぁはぁ……」


 藤林が横で苦しそうに息を切らしている。

 それが妙に艶かしいのは考えないでおこう。


 やっぱり女子と男子では基礎体力が違うので、このままではジリ貧だ。

 どうするか、考えていると頭の中にとある景色が見える。


 ***


「やっと捕まえた」

「なめやがって」


 ***


「藤林、次、右」

「え?」


 俺はそのまま、藤林の手を引いて、右に曲がる。


「次、左」

「は!?」


 そして次々に右、右、左と指示を出しながら、クネクネと動いていく。

 藤林はその度に困惑しながら、着いてきた。


「ねぇ、どこまで……走るの……?」

「もうちょい……っ!」


 俺と藤林は最後の角を曲がり終えた。


「はぁ……はぁ……はぁ……もう無理……走れない……」

「…………だな……」


 藤林はその場でしゃがみ込み、息を切らす。


「ねぇ、大丈夫……?」

「ああ、問題ない……っ!」


 俺はというと強い頭痛に襲われながら頭を押さえていた。それを見ていた、藤林が心配そうに顔を覗いてきたが、適当に誤魔化す。


 追い回されている時、短い未来が連続して見えていた。

 だから、俺は逃げている時にリスクを避けて逃げることができた。初めて、未来予知がまともに機能した気がする。

 だけど、その代償なのか、非常に強い頭痛に襲われている。


「ねぇ、やっぱりしんどそうじゃん! そこで休も!」


 どうにか、逃げてきた先は、駅のすぐそばだった。

 そこにあるベンチに休憩のため俺たちは座る。

 強がっては見たものの、かなりしんどい。


「ちょっと待ってて」


 俺が頭を押さえていると、藤林は俺を置いてどこかへ行ってしまった。


「ほら、どっち?」


 そして数分して、藤林は二本のペットボトルを持って戻ってきた。


「……炭酸の方で」

「じゃ、こっち」

「ありがとう」


 藤林は、俺に透明な方の飲料を手渡した。

 こういう頭を使ったときには、炭酸の甘みと爽快感が必要だ。

 未来予知を頭使ったと表現していいかは微妙だが。


 俺は受け取ったペットボトルを開けて、勢いよく喉に流し込んだ。


「…………」

「あはっ」

「…………炭酸じゃない」


 喉を刺激する感覚もない。少し薄めの桃っぽい味がした。

 横で楽しそうに笑う藤林を見て、俺は察する。


「炭酸はこっち」


 そう言って、得意気に藤林は自分のペットボトルを開ける。プシュッと弾けた音を出してから、見せ付けるようにそれを飲んでいく。


「ふあぁ、生き返る……っ!!」

「…………」

「もうそんな目で見ないでよ!」

「炭酸への期待感を裏切られたこの気持ち、分かるまい」

「あはは、じょーだんだって! あたしも一口だけ欲しかったから。はい!」


 そう言って、藤林は俺のと自分のを交換してから遠慮なく、口をつけて飲み始める。


 ゴクリゴクリと喉の音を鳴らして飲んでいく姿を見ているしかなかった。


「あ〜やっぱりこのくらいの甘さの方がいいね!」


 ……こんなこと前にもあったな。あの時は、翠花だったけど、翠花とは違い、こいつに恥じらいというものはなさそうな気がする。


 いちいち指摘するのもまたからかう材料を与えそうな気がしたので、気にしないで俺ももらった炭酸に口をつけた。


「それにしても……走るなら、走るって言ってよ! いきなりだったからびっくりしたじゃん!」


 一息ついて、藤林は先ほどのことについて、不満を口にした。


「言っただろ。走るって」

「直前すぎるんですけど」


 さっきのやり返しじゃないけど、毅然とした態度で返す俺に藤林は口を尖らせた。


「まぁ、でも……助けてくれてありがと」

「どういたしまして。もうちょっとナンパされなくなる方法はないのか? 前もあの高校の生徒だっただろ」

「前……? 前に新世の前でナンパされたことなんてあったっけ?」

「…………いや」


 あれは未遂だったか。


「ああ、初めて会った日? まぁ、あれもあのままだったら絡まれてたかもだけど。東高の生徒だし」

「そう、それだ」

「あたしだって絡まれたくてそうなってるわけじゃないんだけど。こんな格好してるせいかもしれないけど、やっぱりそういうの寄ってくるんだよね」

「黒髪にしてみるとか。多分似合うぞ」

「やだ。というか、それってどういう意味? 今の似合わないってコト?」

「そんなこと言ってないって。今も十分似合ってると思うけど、やっぱり派手だからな」

「まーねー……」


 藤林は自分の髪を指で巻きながら、いじいじしていた。


「でもさ。結構、新世って大胆だよね。手握ってくるなんて。ちょっとドキッとしちゃった」

「い、いや、あれは……」

「あはは、何焦ってんの? しっかり、握ってたよ。こうやって」

「ちょ!?」


 藤林は、俺の左手を取り、指を絡ませてきた。

 いわゆる恋人つなぎ。しかし、俺はそんな繋ぎ方していない。


「どうしたの? 顔真っ赤だけど」


 目の前で藤林がいたずらな笑みを浮かべる。


「そういえば、さっきも……(間接キスだったね)」

「……っ!?」


 耳元で囁かれてより顔に熱が灯る。

 分かっている。これは藤林がからかっているだけということは。分かっているが……。


「勘弁してくれ」


 それに俺は顔を逸らして答えた。


「ほんと、新世ってウブだよね。やっぱ面白い」

「人をおもちゃみたいに扱うのはやめろ」

「やだ」


 言っても無駄なようだ。

 俺は諦めのため息を吐いた。


「ねぇ、このまままたサボっちゃう?」

「遅刻確定だけど、サボるのはパス」

「えー、つまんなーい」

「というか、この前のテストは大丈夫だったのか? 結構、危ないって言ってたけど」

「へへ、バッチリ! ゆうりっち様様だよ、ほんと! みっちり教えてもらったおかげで、全教科赤点回避したんだから!」

「そりゃ何より」


 ……草介。お前より、多分上だぞ。


「というか、ずいぶん仲良くなったんだな」

「まぁね。今度、一緒にお出かけするんだー。もちろん、ななみんも一緒に!」


 なんか変なあだ名まで付けてるし。ゆうりっちにななみん?

 最初もっと他人には刺々しかった気がしたが丸くなったな。


「だから、最近は学校行くの、割と悪くないかもって思ってる」

「さっきまでサボるとか言ってたのに?」

「……む、うるさい」


 そうして、藤林の最近の話を聞いていると藤林が何かを見つけたように呟いた。

「あ。あれ……」


 藤林の視線の先には金髪色の派手な女子がいた。うちの制服を着ている。さっき藤林がナンパされていた高校──東高校の男子生徒と腕を組んで、駅にいた。


 ……ん、あれ。どこかで……。

 そうだ、思い出した。昨日、三谷さんに嫌がらせをしようとしていた子に一人だ。


「知り合いか?」

「あー、前にちょっと。一年の女の子に嫌がらせしてたんだよね。それをあたしが止めたっていうかなんというか」

「その話詳しく」

「え? いいけど……」


 それから藤林が目撃した時の状況を聞いた。

 どうやら藤林も前の俺と同じような状況に出会したらしい。話を聞いている限り、相手は三谷さんだったようだ。


 どうやら常習的にあの三人組から嫌がらせを受けているらしい。


「それで思い出したんだけど。あの子、結構、いいとこの子みたいでさ。昔からこの辺じゃ好き勝手やってみるたいなんだよね」

「やけに詳しいな」

「まっ、あたしも割といいとこの子だからね! そういう場で何回か会ったことあるってだけ」


 やっぱり金持ちか。そういう場ってなんなのか気になる。

 というか、割といいとこの子はもっと清楚なお嬢様のイメージなんだけど、藤林もあの子も反してない?


「にしても、学校サボってデートとか不真面目〜」


 どの口が言ってんだ。


「あたしらもこのままサボってデートしちゃおうよ?」

「だからどの口が言ってんだ」

「ええ〜いいじゃん! けち〜」

「もう体調もマシになったし、俺は学校に戻るからな」

「……わかったよ」


 そうして少し不満そうな藤林を連れて、俺は学校へと戻った。



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