第60話 配信者としての悩み
『こんあっかり〜ん!!』
私、御先あかりこと、三谷結々子は今日の配信作業を始めた。
いつも通り、笑顔で開始の挨拶をすると、コメント欄のみんなが同じように返してくれた。
それだけで今日あった嫌なことが吹き飛ぶくらいに感情が昂っていく。
私は人気者。学校での自分とは違う。
私が配信をすれば、みんなが喜んでくれる。何かをして失敗をしたとしても、コメントには愛がある。
私を認めていない人なんてここにはいない。
テンションを上げて、素の自分を出すことはこの上なく、気持ちがよかった。
『今日は、前からやりたいと思っていた〜、ホラーゲームをやりたいと思います!!』
そのままの気分で私は、配信を続けていく。
怖いのは苦手で、一人だったら絶対にしないけど、今は違う。
顔は見えないけど、コメント欄に多くのリスナーが私を見てくれている。
『じゃあ、早速。すた〜とッ!!』
オープニングから視聴者の数はどんどん増えていた。目に見えて、増えていくのを見るのはいつだって楽しい。それだけ多くの人が自分のことを見たいと思ってくれているからだ。
それからヘッドホンをして、臨場感あふれる音楽やノイズに時折、悲鳴をあげてプレイを進めていく。
そして、叫んで画面に『GAME OVER』と表示されるたび、コメント欄は一層盛り上がるのだ。
コメントを送るリスナーは私が、恐怖することを望んでいる。
愉悦しているって言うのかな。
私もそれが分かっているし、みんなが喜んでくれるから苦手なホラーゲームだってやることができる。
そうして、なんとか今日のホラーゲーム配信を終えることができた。
最後に感想コーナーに移行し、感想とスパチャをくれたリスナーにお礼を述べていく。
『じゃあ、スパチャ読んでいくね! まずは、牛丸先輩。スパチャありがとう!』
御先あかりは公表している通り、現役女子高生Vtuberだ。だからリスナーのみんなを先輩と呼んでいる。
先輩って呼ぶと、今日の昼間の先輩の顔がチラつく。でも今まで学校で誰かを先輩と呼んだことなかったから、変な感じ。
そして今日、からかったときの顔を思い出していた。
あの時の先輩露骨に焦ってた。
面白い顔してたなー。
『ふふ』
あ、いかんいかん。今は配信中! 集中しなくちゃ!
『あつりん先輩もありがとう!』
そうして、スパチャを送ってくれたリスナーのコメントを読みつつも、お礼を続けていった時。
とあるスパチャが目に入る。それは赤スパ──1万円以上の高額なスーパーチャットでかなりの文字数で目立つものだった。
『最近のあかりんはどこか変わってしまったように思います。あかりんはもっと溌剌で明るいイメージだったと思いますが、ここ最近の配信はそんな様子が全く見られず、残念です。配信の数も少なくなりましたし、高校生ということで学校が忙しいのかもしれませんが、Vtuberとしてやっていくことを決めたのだから、そういうのはどうかと思います。まさか、最近元気がないのは、男に振られたからとかじゃないですか? この前の男性配信者とのコラボの時も──』
心臓がギュッとなる。
目に入れたくないコメントだった。
暴言……とまではいかないけど、見ていて気持ちの良いものではなかった。あくまで丁寧にコメントしているように見えるが、それは確実に私の心に突き刺さっていた。
まるで自分の中の理想の『御先あかり』を押し付けているような。そんなコメントだ。
今までもそんなことはあった。
私が、女子高生であることが分かっているがゆえに、特定しようとしたり、SNSのDMで心ないコメントが来ることなんてしょっちゅうだ。
高校生なんだから遊んでるだとか、恋人がいるだとか、ありもしないことを言われることもある。今のコメントだって、すぐにそういう方面へとつなげてくる。
スルーできれば、それが一番なんだけど、そういった辛辣なコメントが今の弱った私の心には、突き刺さるものがあった。
苦しい。配信していれば、嫌なことなんて忘れられると思っていたのに……どうして……。
◇
「何そのキャラ?」
「かわいこぶってんの?」
「ヘラヘラしてるの、マジできもいわ」
◇
「あんたみたいな地味なやつさぁ、目障りなんだけど」
「ほんと根暗はこれだから」
「ほんと調子乗ってる」
◇
『…………ッ』
昔と最近、それぞれの言葉がフラッシュバックする。
頭がぐらぐらした。気がつけば、目に涙が溜まっていた。
配信中にも関わらず、私は、コメントに詰まり、泣いてしまった。
そんな自分がまた嫌になる。
『ちょ、みんなごめんね。今日はここまで!! ばいば〜い!!』
どうにか取り繕って、そのまま配信を終える。
こんなにもキラキラしているはずなのに、配信を終えた真っ暗なディスプレイに映る自分は酷い顔をしていた。
……本当の自分が分からない。
それがここ最近の一番の悩みだった。
苦しい。誰かにこの心内を聞いてもらいたかった。
だけど、そんな人はいない。
一瞬、慌てふためく先輩の顔が脳裏によぎった。だけど、すぐに消えていった。
◆
「う〜ん?」
テストが終わって解放された俺は、この前見たVtuberの配信をまた見ていた。
別に見るつもりはなかったけど、おすすめに出てきて、ライブストリーミングをやっていたので暇つぶしと思って見ていたのだ。
そんな中、最後のスパチャ読み?なるもので御先あかりが急に無言になり、そのまま配信が終わってしまったのだ。
一体何が悪かったのか、全然俺には分からなかったが、泣いていたのはわかった。
リスナーもそれに気がついており、コメント欄は彼女を励ます暖かいコメントでいっぱいだった。
「こういうのって配信あるあるなのか?」
また今度、草介に聞いてみようと思った。
分からないままもどこかその泣いた時の震えた声が、耳に残っていた。
「どこかで聞き覚えがある……? いや、気のせいか」
誰かの泣いた声だと思ったが、そもそも女の子が泣いている姿を見たことなんてほとんどない。
それこそ朝霧くらいだ。
「……そういえば」
今日、助けた三谷さんが未来視で見た未来で泣いていた。
今は失われてしまった未来の出来事なのでそのことをはっきりと覚えているわけではない。
最近になって気がついたのだが、変えてしまった未来のことははっきりと思い出せなくなっていることが多い。
なんとなく内容は覚えているのだが、それだけだった。
だから、三谷さんが泣いていた、という未来は覚えているのだが、どんな風に泣いてどんな顔をしていたのかが、思い出せない。
「寝るか」
考えても仕方ないと思った俺は、寝ることにした。それでもなぜか、さっきの配信の子の泣いた声が三谷さんと重なるような気がした。
翌日。
学校へと俺はいつもより、遅めの時間で向かう。このまま行けば、遅刻が確定する。だが、朝から走るなんて持ってのほか。
この前、翠花と久しぶりに運動したが、翌日の筋肉痛と言ったらとんでもなかった。
だから、そうならないように普段から運動をしよう、とはならないのが俺。
もう無理な運動はしないと決めた。
だから遅刻しても仕方ないのだ。
え、遅刻の理由? 普通に寝過ごした。
そうして堂々とゆっくり学校へ向かっていると、また未来が見えたのだ。
***
「ねぇ、しつこいんだけど」
「いいじゃん。遊びに行こうよ」
「いやって、言ってるでしょ。つか、邪魔。どいて」
銀色の髪をしたうちの制服を着た女子生徒が思いっきり、他校の男子生徒に絡まれていた。
「あ、なんだおめぇ。何見てんだ?」
そしてその様子を見ていた俺は、二人組の柄の悪い他校の生徒にガン飛ばされた。
「あ、新世!」
それによって、銀髪の女子生徒──藤林も俺に気づく。そのまま俺の方へ向かってきて腕を組んだ。
「あたしは、これから彼氏とデート行くの! 分かったらとっととどっか行って!!」
「んだと……?」
「調子に乗りやがって……っ!!」
そして見事に火に油を注いでいた。
***
「…………」
既視感のある未来である。
藤林、ナンパされがち。
俺が遅刻した日に限ってナンパされてない?
俺は息を深く吸ってから、仕方なくその場から駆け出した。
知っている相手だけにやすやすとまたナンパされるのを見過ごすのはごめんだった。
ナンパされる前に、藤林に会えばいい。そうすれば、回避できる。
角を曲がった俺は、目立つ派手な銀髪が目に入り、声をかけた。
「藤林!!」
「新世?」
「あ? んだ、てめぇ?」
……手遅れだった。
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