第59話 観賞用でもないなら……実用ですか……

 倉瀬達の協力により、中間テストをどうにか乗り切った俺は掲示されている順位表を見て、一息吐いた。


「おう、相棒! 順位はどうだった? もちろん俺と一緒に補習だよな!」


 意気揚々と俺の隣に立つ、草介に俺は黙って掲示板を指差した。


「ふっ、口に出せないほど酷い順位だったんだな。かわいそうに……どれどれ、お前の順位は……24……位……?」

「補習ふぁいと」

「う、裏切り者ぉぉぉぉぉおおおおーーーー!!! お前、絶対こっち側だったじゃん!! 特に勉強できませんって顔してるんじゃん!! え? 右手怪我してるんだよね? なんで!?」

「実力」

「いやぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああ!!!!!」


 絶叫する草介を置いて、俺は教室へと戻る。ちなみに草介は、220位だった。



 正直今回のテストは上振れだった。

 倉瀬に教えてもらった部分がこれでもかというくらいに当たったのだ。倉瀬ミラクルは俺の未来視よりも有能らしい。

 今度、お礼しよう。


「あ、そうだ。自販機寄ってから帰るか」


 喉が渇いた俺は、教室へ向かう道から方向転換して歩き始める。

 この程度で済ますつもりはないが、倉瀬に何か買っていってやろう。


「…………」


 一応、朝霧にも買っておくか。朝霧とはほとんど勉強できなかったけど、一応教えてもらったのは事実だし。何より、倉瀬だけに買っていったらなんか拗ねられそうだ。


「にしても、本当にこういう時には未来視起こってくれないよな」


 普通、未来視ってもっと便利なものだと思う。

 テストの内容を未来視で分かったらよかったんだけど、俺の未来視はそう都合よくできていない。

 このままでは俺は未来視より、倉瀬の直観を信じるかもしれん。


 しかし、未来視に文句を言った罰か、まるで意思でもあるかのようにそれは、また容赦無く変な未来を見せてきた。


 ***


「ぅぅ……」


 廊下を通ると鳴き声が聞こえてきた。

 俺はその声がする方へと足を運ぶ。


「三谷さん?」

「……先輩」


 泣いているのは屋上で出会った女の子──三谷さんだった。そして振り返った三谷さんは何かを隠すように手に持っていた袋のようなものを背中に回す。

 何を持っているかはわからなかったが、それがあった場所には小さな水たまりができていた。


 ***


「…………」


 頭をポリポリと掻く。三谷さんに関する未来が見えた。明らかによろしくなさそうなのが。


「はぁ……」


 ため息をついて、その未来が見えた場所へと急ぎ足で向かう。

 場所は自販機の近くのトイレ前。このままのペースで行けば、そういう未来がまっているということだろう。


 だからそれよりも早くに到着していれば、何があったかがわかる。そして、三谷さんが泣くのも防げるかもしれない。


 正義感なんて言えば、聞こえはいいけど決してそんな高尚なものじゃない。前にも言ったが、俺は結構なめんどくさがりである。

 他人がどこで悲しんでいようが気にはしない。


 だけど、やっぱり女の子が泣くであろう未来を知ってしまったなら、男として防げるなら防ぎたいと思ってしまうものじゃないだろうか。


 ──そうでもしないと妹に怒られてしまう。



 俺が未来で見た場所へとたどり着くと、トイレの前に三人の女子生徒がいた。少し派手目ななりをした生徒達だ。


「ねぇ、これ見たらアイツどんな顔をすると思う?」

「あはは、想像しただけで笑える!」

「ね、ね、早くやっちゃおうよ!」


 なんだか不穏な会話だ。

 ……もしかしたらこの子たちが三谷さんが泣いているのに関係しているのかもしれない。

 そして、その子たちの手に未来視で見た袋のようなものを持っているのが見えた。


 ……とりあえず、話しかけてみるか。


「なぁ、そこで何してるんだ?」

「……!」

「なんですか?」

「いきなり話しかけてくるとか、きもいんですけど」


 ぐっ……。胸が痛い。女子にきもいって言われると普通に傷つくからやめてほしい。


「いや、悪い。こんなことで何してんのかと思って」

「それって関係ある?」

「というか、アンタ誰?」

「あー、いきなり悪いんだけど、その体操着袋ちょっと見せてくれない?」


 女子生徒たちが持っていたのは体操着を入れる袋だった。未来で見た情報では濡れているこの袋を三谷さんが持っていた。


「は? やば……」

「うわ、きも……」

「え、体操服マニア?」

「…………」


 そう来るか……。彼女達は俺の心を的確に抉ってくる。

 確かにいきなり現れた俺が、体操服袋を見せてって……変態である。


 これ、もしこの子たちのやつだったら、俺の学校生活終わらない?

 もっと、よく考えてから行動すればよかった……。


 そう後悔したのも束の間。


「何してるんですか?」

「──っ!」


 後ろから声がした。

 聞いたことのあるその声の方向へ振り返ると三谷さんが怪訝そうな顔で立っていた。


「……って、先輩? それに……宮野さんたちも……」

「チッ、最悪」

「あーあ、つまんな」


 三谷さんは俺がいることに驚いていた。

 そして後ろの女子たちは小さく悪態をついていた。


 それを聞いて確信した。やっぱり、三谷さんの体操着袋に何かいたずらをするつもりだったようだ。


「え?」


 ポンと、体操着袋が俺の胸に押しつけられた。

 いきなりのことで反射的にその体操着袋を受け止める。


「そこの変態男子が、あんたの体操服盗んでたの。匂いまで嗅いでてさ、キモかったから注意してたんだけど……離そうとしないんだいよね。じゃ、私たち、次の授業の準備しないといけないから自分で取り返してね」

「じゃね〜」


 そう言って、女子たちは俺の脇を通り過ぎていった。


「…………」


 とんだ濡れ衣をかぶせられた。

 目の前の三谷さんは汚物を見るような目でこちらを見ていた。


「言い訳させてほしい」

「とりあえず、それ返してくれますか? 次、授業なんです」

「あ、はい……」


 朝霧の時とは違って、冷静に返されるのもそれはそれで怖い。


「よかった……」


 体操着袋を受け取った三谷さんは、中身を見て安心する。

 どうやら、いたずら前に取り返せたようで中身は無事だったようだ。


「匂いでたんですか?」

「してないから」

「じゃあ、盗んで何しようとしてたんですか? 観賞用?」

「盗んでないから!!」

「観賞用でもないなら……実用ですか……」

「お願いだから話聞いてくれない?」

「……ふふ」

「……?」


 濡れ衣を解消しようと焦っていたところに笑い出したものだから一体何事かと思ってしまった。


「冗談です」

「…………」


 そう言った後もクスクスと三谷さんは笑い続ける。

 後輩にまでからかわれた。なんというかショックだ。俺ってそんなにからかいやすいだろうか。


「あの子たちいつも私に嫌がらせしてくるんです」

「……え?」

「だからきっと盗んだのも彼女たちだと分かってるんです。先輩はここに偶然居合わせただけだって。先輩があまりにも焦るものだからつい、からかってみたくなっちゃって」

「勘弁してくれ」


 肝を冷やしたわ。人助けをしようとした結果、こんな目に遭うんなら、次は絶対にしない。


「でも助かりました。あのまま先輩がいなかったら、もしかしたら何かされていたかもしれないですし。だからお礼を言わせてください。ありがとうございます」

「……いや」


 三谷さんの顔は未来視した時とは違っていた。

 まぁ、人助けもね、たまには悪くない。


「でも大丈夫か? 嫌がらせっていうか……」

「いじめですか?」

「まぁ、そうだな。嫌がらせって言うには度が過ぎてるというか」

「彼女たちが何するか分かってたんですか?」

「あ、いや……」


 墓穴を掘った。

 だけどそんな俺の墓穴を気にすることなく、三谷さんは続ける。


「そうですね。いじめられてるんだと思います。地味で学校でも浮いている私をいじめて楽しんでいるんですよ」


 あっけらかんとまるで何事もないかのようにそんなことを言うものだから少し心配になってしまう。


「平気なのか?」

「……別にどうってことありませんよ。こういうのには慣れていますしね」

「…………」


 嘘だ。今でこそ、ケロッとしているが、先ほどみた未来では泣いていた。


「……そうか。何かあったら相談くらい乗るぞ」

「…………」

「三谷さん?」

「別に必要ないですよ。私は一人で平気です。それでは、次の授業があるので失礼します」


 三谷さんは冷たく突き放すとそのまま体操服袋を持って、行ってしまった。


 ……何か気に触ること言ってしまっただろうか。


 離れていく三谷さんの背中がどこか寂しそうだったのが気になった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る