第58話 さっきの人は彼氏じゃないから!!

 流石現役バスケ部なだけあって翠花の運動能力は恐るべきものだった。

 1on1していた時も思っていたが、あれだけ激しく動いてなお、疲れを知らない様子で走っているのだから、体力お化けという他ない。


 そんな翠花に公園を出てから、すぐに追い付けたのは幸運だった。

 翠花は急いでいるにもかかわらず、車通りの少ない交差点の信号を律儀に止まっていた。

 いや、止まってはないか。ずっとその場で足踏みしていたし。


 そのおかげどうにか後ろから翠花に声をかけることができたのだ。


「翠花!」

「ほぇ……? 新世くん、どったの!?」


 急に声をかけたせいか、翠花はこちらを見て、驚いた。


「急いでるところ悪いな」

「ううん、大丈夫だけど……何かあった? あ、もしかして忘れ物とか?」

「いや、そういうわけじゃないんだが……」


 これまた説明に困る。初めて会った時と同じ。


 あなたこの後、怪我しますよ。

 こんな予言めいたこと言ってもなぁ……。もしかして翠花だったら、なんとなく信じてくれそうな気もするが……仕方ない。


「いや、暗い夜道を女の子一人で帰るの心配だったから」

「……え?」

「……ん?」


 翠花は目をパチクリと閉じたり開いたりを繰り返した。

 そしてすぐに顔を逸らした。


「そ、そうなんだ」

「どうかしたか?」

「…………な、なんでもないよ。あ、信号変わった! じゃ、じゃあ……」

「家まで送るよ」

「えっ!?」


 一々リアクションでかいな。

 あ、いや、待て。もしかして、やらかしたか?

 流石に家まで着いて行くのは、よくないな。。そこまでめちゃくちゃ仲がいいわけじゃない相手に家を知られたくはないよな。


「悪い。家の場所知られたくはないよな」

「……ん、なんで?」

「……んん?」

「?」


 なんだか会話が噛み合っていない気がする。


「とりあえず、この辺まともな電灯もないし、危ないから途中までは送ってくよ。ほら、とりあえず信号変わるから渡ろう」


 信号を渡ってから、また暗い道が続く。街灯はあってもこの辺のものは薄暗く、正直真下くらいしか、照らしていない。


「もう、大袈裟だなー。翠花この辺で生まれ育ってるんだよ? 田舎育ちを舐めないでもらおうか」

「まぁ、それで翠花に何かあっても嫌だからな。念のためだ」

「べ、別に大丈夫なのに……大体、翠花みたいなあんまり女の子らしくない子って誰も狙わないと思うけど」

「そういうのもあるけどさ。暗い道だから急に自転車とか飛び出してくるかもしれないだろ?」

「そんなことあるかなぁ。というか、あったとしても翠花だったらよゆーで避けれるけどね!」


 そうでもない。事実、さっき見た未来では思いっきり轢かれてた。単に急いでて、周りが見えてなかったんだろうけど。


「そんなこと言って、また怪我しても知らないぞ」

「うっ……なんか、そこまで新世くんに言われると本当にありそうな気がしてきた……」

「だろ? まぁ、おとなしく送られてくれ」

「でも、新世くんってなんでそんなに翠花のこと心配してくれるの? この前だってそうだし……翠花が怪我しても新世くんには別に影響はないわけじゃん?」

「そりゃそうだけど……なんつーか、好きだからかな」

「ッ!?」


 ◆


「はっ、えっ!?」


 顔が一瞬で熱くなる。新世くんが発した言葉の意味を正常に理解できていないはずなのに、そんなことお構いなしに顔が熱くて仕方ない。


 す、好きって……え?

 こ、告白された……?


「さっき1on1した時も改めて思ったんだけど、翠花がバスケしてる姿見るの好きなんだよな。なんていうか、自分にはない熱さ? っていうか、そういうのがさ。羨ましいって思って」

「……そ、そっちか」


 そっちか……。あ、危ない。危うく、告白の返事に悩み始めるところだったよ。

 ふぅ……勘違いした……。


「ッ!?」


 ま、待って。バスケする姿が好きって? そ、それもよくよく考えたら普通に恥ずかしいこと言われた気がする。


 ぅぅ、絶対今、顔真っ赤だよ……。

 さっきからずっと顔の熱さが変わらない。

 今が夜でよかった。この暗さだったら、顔が赤いのがバレない。


「……翠花?」

「な、なんでも……」


 そして私は誤魔化すのに精一杯だった。新世くんって結構、天然のたらしなのかな? というか、気がついてない? よし、ここは気がつかせてあげなくちゃ。


「す、好きって言うから……ビックリしたっていうか、なんというか……」

「……っ!? わ、悪い。そういう意味じゃ……」

「わ、わかってるよ!」

「…………」

「…………」


 くぅ……気まずい。指摘して気付いてもらえたのはいいけど、気まずくなちゃった。たまに新世くんとこういう感じになるの直したい。

 でもこういう時、何を話せばいいかわからなくなるんだよね……。



「あっ、ここ」

「ん?」

「着いた。ここ翠花の家」


 そして無言のまましばらく歩いていると気がつけば自分の家へと着いていた。

 長かったような短かったような不思議な感覚。先ほどの告白もどきを思い出して、また顔に熱が灯る。


「じゃ、ここまで送ってくれてありがと!」

「どういたしまして。勉強、しっかり頑張れよ」

「うっ……忘れてたのに……」


 そうして、新世くんに手を振って背中を見送った後、私は門塀を開ける。


 なんだか充実した時間を過ごした気がする。それほど新世くんが付き合ってくれた自主練はよかったし、なんとなしにプレイから新世くんのことがわかったような気がした。


「辞めちゃったのかな」


 数年ぶりと言っていた。確かに久しぶりにしたような動きだったけど、後半は本当に上手で体力さえあれば、今でも通用するレベルだと思った。利き手じゃないのが驚くくらいに。


 そんな新世くんとの1on1は楽しかった。


「でも新世くんのプレイどこかで……?」


 見たことがある、そう呟こうとした時。


「翠花」

「──ッ!?」


 玄関の前に誰かが立っていた。

 そこには鬼……の形相をしたお母さんがいた。


「お、お母さん……?」

「今何時だと思ってんの?」

「えっと……十時くらい……?」

「分かってるじゃない。それなのに、こんな遅い時間までほっつき歩いて。テスト期間だって言うのに勉強もせずに……」


 や、ヤバイ。これは本当にヤバイ!!

 ブチ切れてるッ!!


「ち、違うの……こ、これはその……」


 ヘタに言い訳なんてしないほうがいい。そんなことわかっているのに目の前の鬼神を前にしたら、本当のことがなぜか言えない。


「ふっ」

「……え?」


 しかし、なぜかお母さんは先ほどまで怒っていたのが嘘かのように鼻で笑って、私の肩を軽く叩いた。


「まぁ、今回は多めに見ておいてあげるよ」

「……な、なんで?」


 なんで急に許してくれる気になったの!? 全然わかんないんだけど!?


「まさか、翠花に彼氏ができるとはね」

「彼氏……? ──ッ!! ち、違うから!! お母さん勘違いしてるから!! さっきの人は彼氏とかじゃないから!!」

「バスケバスケって馬鹿の一つ覚えみたいにバスケ命でまるで女の子らしくしてこなかったあんたが、まさか勉強の息抜きと嘘ついて、逢引してるなんてね。お母さん、少し安心しちゃった」


 あ、逢引って……。

 話聞いてない……後、何で涙流してるの……。


「聞いてよ!! 新世くんはただの友達!!!」

「新世くんって言うのね。ふふ、今度お家に連れてらっしゃい。あ、安心して、お父さんには黙っておいてあげるから」

「ねぇ、聞いてよ!?」

「ただ、今日だけだからね? 勉強もしっかり頑張るんだよ!!」


 そう言って、お母さんは私の言葉を聞かずに家の中に入っていった。


 怒られなかったのは幸いだけど……結果オーライのようでそうでもないような……。


 複雑な心境で私も家の中に入った。


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