第117話 臨時開店カサブランカ

「一体なぜここにいるんですか?」

「青春の匂いを感じた」

「あ、そう……」


 もうこの人にまともに質問するのはやめよう。


「冗談だ。そんな顔をするな。綾子から連絡をもらってね。面倒見てやってほしいと言われたんだ」

「仕事は大丈夫なんですか?」

「はっはっは。学校が夏休みだというのになぜ私が仕事しなければいけない?」


 夏休みって言っても先生も仕事くらいあんだろ。何をするかは知らないけど。


「まぁ、そういうことだから君たちでお店を開くなら私が見ておくから好きにするといい。そもそも臨時開店なんだ。そこまで人は来ないだろうさ」


 そういうもんかね。


 ◆


「三番テーブル、オーダー入ったわ!! メイプルパンケーキセット二つ!!」

「伊藤くん! オムライスできたよ!」

「せんぱい! 七番、4名様入ります!」

「ねぇ、新世。あたしのコーヒーまだ?」


 なんて言ってたら、この有様だ!!

 先生が変なフラグ建てるから!!

 後、藤林お前はサボってないで手伝え!!


 倉瀬の発言から結局、カフェを開くこととなった。

 初めはポツポツと人が来るだけだったのだが、俺たちの高校の生徒が来たことにより一変する。


 なんていったって、うちの高校で有名な女子が四人も働いているものだから、あれよあれよと言う間にSNSで噂が広がったらしい。


 確かに今日、うちに来ていた女子はみんな美少女ばかりである。

 優李や倉瀬も以前からよくモテていたらしいし、ゆゆもイメチェン(というより素に戻っただけ)してからやたらと男子からもモテるようになったらしい。


 藤林も敬遠されがちな人物ではあるが、容姿が整っているのは言うまでもない。


 そういうわけでその四人がカフェのエプロンを身に纏い、働いているものだからその姿を目に収めようとやたらと客の入りが激しくなったのである。主にうちの生徒中心に。


 どうせあんまり人来ないと思ってた。田舎の話の回る早さを舐めていた。

 そして昼時が重なった、というのもあるのかもしれない。


 しかしながら、この四人が働いてるからといってお客さんは男性ばかり……というわけでもなかった。

 確かに割合としては、男性の方がやや多くもあるが、4:6くらいで女性も入っている。


 その理由はこれである。


「中城くーん!!」

「やぁ。来てくれてありがとう」

「働いてるところもかっこいいね!!」

「どういたしまして。ゆっくりしていってね」


 なぜか噂を聞きつけた中城も同じく店を手伝っているからである。俺も本意じゃなかったんだが、なんか言いくるめられて手伝ってもらうことになったのだ。


 そういうわけで店に来る女性の半分は中城目当てである。ここうちの店なんだけど、なんで中城が店主っぽい振る舞いしてんだよ。


 後、『キラッ』って効果音付きそうなスマイルやめろ。いや、集客効果出てるからいいのか……。


「一番、カルボナーラとジェノベーゼパスタ1つずつね」


 オーダーを取った中城が俺の元へとやってきた。

 ちなみにキッチンは俺と倉瀬で回している。


「……」

「どうかした?」

「そういや、お前部活は?」

「今日は、顧問が出張でね。休みなんだ」

「あ、そう……つーか、なんでわざわざ手伝おうと? バイト代なんて飯くらいしか出せないぞ」

「それで十分さ。伊藤の出す料理はどれも美味しいって評判だから、一度食べたかったんだ」

「本当にそれだけか?」

「後は、面白そうな匂いがしたからかな。ほら」


 そう言って、忙しそうに働いている女子たちを見て、ニヤリと笑う。


「伊藤と彼女たちとの面白そうなイベントに顔を出さないわけにはいかないだろう?」


 ……やっぱりそういうのが目的なんじゃねぇか。こいつ桐原先生と同類だ。


「そんな睨まないで。ほら、オーダー通ってるんだから早く作ったほうがいいんじゃない?」


 その笑顔やめろ、この腹黒野郎。


 言いたいことだけ言い残して、中城は各テーブルの皿を下げに戻っていった。


「伊藤くん、さっきから休憩なしだけど大丈夫?」

「ああ。もうだいぶ落ち着いてきたからな。倉瀬も休んでもらっていいぞ」

「ううん、私は大丈夫。それより、すごいね。毎日こんな大変なことしてるの?」

「そんなことねぇよ。普段はこんなに客入ってないと思うし」


 綾子さんには悪いが、倉瀬たちの集客効果は凄まじい。


「それに倉瀬も料理手伝ってくれてるし、どうにかなってる。ありがとうな」

「っ、えへへ。どういたしまして」


 ……かわいいな。


 思わず、呟きそうになる。

 照れている倉瀬の破壊力は凄まじい。


「どうしたの、伊藤くん?」

「いやっ……」


 そういえば最近、倉瀬の元気がなかったよな。翠花のことがあってあまり話をできなかった。幸い料理しながらでも会話できるくらいに落ち着いてきたし、聞いてみるか?


 ***


「あ、玉子っ!!」


 会話の途中、倉瀬は何かを思い出したように叫んだ。

 倉瀬が振り返ると後ろで火にかけていた玉子が黒くなっていた。


「きゃっ」

「倉瀬!!」


 それに慌てた倉瀬が火の手前でつまづき、そのまま横でパスタを茹でる用に温めていた鍋をひっくり返してしまい、アツアツになった中身が倉瀬にかかる。


「っっ……」


 ***


 真っ赤に手にできた火傷を想像するだけで痛々しい。


「伊藤くん?」


 先のこと知った俺はそのまま先にフライパンと鍋の火を止めた。

 玉子はまだギリギリ焦げておらず、オムライスにも使用できそうだ。


「あ、玉子……」

「倉瀬。話すのはいいけど、火を止めてからにしような?」

「ご、ごめんなさい」


 申し訳なさそうな表情をする倉瀬。そんな顔をされると不思議と罪悪感が湧く。


「……本当にごめんね?」

「あー、別に大丈夫だったし、いいよ」

「……」

「……」


 倉瀬はなぜか本気で泣きそうな顔をして押し黙る。そこまで攻めたつもりもない俺はなぜ倉瀬がそうなっているのか分からなかった。

 何を話していいか分からず、少しだけ気まずい空間ができ上がる。


「……っ、お皿洗ってくるね!」


 それに耐えられなくなったのか、倉瀬は背を向けてすぐ横の流し台へ行こうとする。


 怒ってるって思わせちまったか?

 なんで泣いているのかわからないけど、何か声をかけた方がいい。そんな気がした。


「倉瀬、待っ」

「きゃっ!?」

「っ!!」


 俺が慌てて、手を引っ張ったのが悪かった。

 思ったより力の入ってしまい、狭いキッチンで倉瀬を抱き寄せる形になってしまった。


「い、伊藤くん……」

「わ、悪い。倉瀬」


 至近距離で漂う倉瀬のいい匂いに心臓の音が高鳴る。


「人が忙しくしてる時になーにイチャついてんですか、せんぱい」


 そんな俺と倉瀬を現実に呼び戻す声が聞こえた。

 声をのした方を見るとジト目でこちらを見るゆゆ。


 ギョッとした顔で俺も倉瀬も慌てて離れて、周りを見渡す。

 どうやら店内の人たちは俺たちのことは見ていなかったようで、目撃者はゆゆだけのようだ。


 安堵のため息が溢れでた。


「何安心した顔してるんですか。朝霧先輩に言っちゃいますよ? せんぱいがサボって倉瀬先輩に口説いてたって」


 それはまずい……。

 そんなことがバレれば倉瀬ラブの朝霧に殺されても文句は言えない。


「絶対にやめてくれ! それに口説いてない!」

「そ、そうだよ、ゆゆちゃん。伊藤くんは急に抱きついてきただけだから!!」

「それ余計にタチ悪いやつみたいになってるからね、倉瀬?」


 事実だけど事実じゃない!!


「ふーん、どうしましょうか? 何かせんぱいに言うこと一つで聞いてもらうので手を打ちましょうか」

「またそのパターンかよ」


 そのくだりは前にやったぞ。


「別にいいんですよ? 私は朝霧先輩に密告しても」

「わ、わかった。わかったから落ち着け? な?」

「じゃあ、そういうことで今回の件は、黙認しておきましょう」


 ゆゆは得意げに笑う。くそう。またこれかよ……。


「三谷さん、三番テーブル下げてくれる?」

「はーい」


 朝霧に呼ばれたゆゆはご機嫌に三番テーブルへと向かっていった。


「……」

「……」

「俺たちも仕事に戻ろうか」

「う、うん」


 そうしてなんだかんだ泣きそうな理由を聞けないまま、俺たちは自分の作業を再開した。


 ◆


 あーやっちゃったなぁ。

 伊藤くんの前で泣きそうになるなんて。

 伊藤くんが本気で怒っていたわけじゃないのはわかっていた。伊藤くんは私のために言ってくれたことも。


 なんとか伊藤くんの役に立とうと頑張っていたけど、失望されちゃったんじゃないかと思うと悲しくなって体が勝手に反応していた。

 そのくらいで伊藤くんがそんなことを思うはずもないのに。


 押し殺そうとしていた伊藤くんへの想い。

 それがあんな風に出ちゃうなんて……。


「私、ダメだな……」


 小さくつぶやいて、今度は失敗しないように気をつけながら皿洗いを始める。


 でも……やっぱり、伊藤くんに抱きしめられてドキドキした胸の高鳴りは本物だった。



──────


忙しい時でもラブコメは忘れない!

倉瀬のドジ具合を調節するのが難しいですね。

そして関係性に悩んでるようです。


残念ながら草介は不在の様子……。


よければご感想お待ちしております!!

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