第118話 噂の上書き

 昼のピークが過ぎ、忙しさは落ち着いてきた。

 客の入りは相変わらずだが、ランチメニューの注文はなくなり、今はスイーツやドリンクが中心になっている。


「あー、疲れた」

「お疲れ。こんな大変だとは思わなかったわ」


 手持ち無沙汰になった優李がこっちにやってきて労いの言葉をかける。その顔を見ると俺と同じように疲れ切ったものだった。


「優李もお疲れ。優李も休憩てきたらどうだ? 今は俺と藤林だけでも回せそうだし」


 今は、倉瀬とゆゆが一緒に休憩しているところでホールに立っていたのは、優李と藤林だけだった。


「新世はどうするの?」

「俺はまだ大丈夫だし、気にするな」

「そう。じゃあ、遠慮なく休憩させてもらおうかしら」


 そう言って優李は空いていた目の前のカウンター席へと座る。


「倉瀬のところ行かないのか?」

「何? 私がここにいたらダメなの?」

「そういうわけじゃないけど、いつも一緒だから珍しいなって思ってな」

「だ、だって今日全然新世と話してないじゃないっ」

「お、おう……」


 優李は顔を赤くして、そっぽを向く。その不意打ちに言葉が詰まった。


「そ、そういえばだけど、海行くんでしょ?」

「そんな話してたな。気は進まないけど」

「あ、新世はさ。見たくないの?」

「何を」

「水着」

「ごほっ」


 むせた。

 それに優李は心配そうにその場を立ち上がった。


「ちょ、大丈夫!?」

「悪い、大丈夫だ」


 口元を拭い、手を洗ってから今一度皿を拭き始める。


「で、どうなのよ」

「それ言わなきゃいけないのか?」

「聞いたんだから当然よ!」

「……そりゃ、どちかといえば見たいけど」


 俺だって男である。女友達の水着姿にテンションが上がらないわけではない。ましてや優李や倉瀬もかなりの美少女でいい子たちだ。そんな子たちと海に行けるなんて贅沢なことだと自分でも思う。

 しかし、なんだかこうやって口に出して答えてしまうと草介みたいだと思われないか癪だが。


「ふ、ふーん。そうなの。まっ、楽しみにしておきなさい!! あんたの度肝を抜いてあげるから!」

「水着で度肝抜くってどういうことだよ」


 変に想像して、顔が熱くなっていく。


「何想像してんのよ、スケベ」

「べ、別にしてな──」


 と、そんな折。


「だからぁ! これ髪の毛入ってんだってぇ!!」

「この店はお客さまに髪の毛を提供してんのかぁ?」


 遠くから男の大きな声が聞こえてきた。その声に俺も優李も聞こえてきた方角を見た。


「だから知らないって言ってんでしょ。あんたらが勝手に自分の髪の毛入れたんじゃん!!」


 そこには二人の男性に絡まれている藤林の姿があった。


「で、どうしてくれんの?」

「はぁ? 別にどうもしないけど」

「いやいや、お詫びだよ。お詫び」

「わかった。この後、俺たちと遊びに行こうよ。それでチャラにしてあげるからさぁ」

「意味わかんないんですけど。迷惑だからとっとと帰ってくれる?」


 クレームをつけた二人の要求はエスカレートしていくが、藤林はまるで相手にしていなかった。


「何あれ。東高の制服?」


 それを見て、優李が呟く。

 東高? 東高って前にも聞いたことあるな。確か、不良が多くいる学校だったか。藤林も過去に絡まれて……いや、あれば俺が助けたか。


「ちょっと私が注意してくる」

「あ、優李!」


 ***


 優李はそのまま藤林と男二人が揉めていた席へと直行する。


「紗奈、どうしたの?」

「あ、ゆうりっち。こいつらがなんか料理に髪の毛が入ってたとか難癖つけてきて。絶対、自分らで仕組んだに決まってる」

「ああ? 証拠でもあんのか?」

「証拠って、入ってた髪の毛ってどれよ?」

「これだよこれ」


 男は得意げに皿の端っこによけた髪の毛を指出していた。


「じゃあ違うわね。大体、その髪の毛茶色じゃない。今、私たちの中でそんな髪の色した子は料理運んでいないわ」

「あ? ……ていうか、そっちの子もかわいいね」

「よかったら、俺たちと四人で遊びに行こうよ」

「ちょ、手を離しなさい!! いたっ!」


 ***


 今日はやたらと予知が多い日だな。

 ミイラ取りがミイラになったみたいな?

 このまま優李を行かせても状況はよくなることはなさそうだ。


「ちょっと待って、優李」

「え?」


 やる気満々で行こうとしていた優李を呼び止める。


「俺が行くわ。優李や藤林に何かあるといけないし」

「そ、そう?」


 少しだけ顔を赤らめた優李に代わり、俺が藤林の元へと向かう。


「お客さま、どうかされましたか?」

「……チッ。男かよ」


 舌打ちかよ。

 優李の時とえらく態度が違うな。


「どうもこうもねぇよ。料理に髪の毛入ってたんだよ? どうすんだ、ああ?」

「はぁ!? だいたいその色、お前らのやつだろ。そんな髪色の──新世?」


 先ほどの未来で優李が咎めていたのと同じように藤林が指摘しようとしたのを俺は手で遮った。


「申し訳ございません。お料理お取り替えさせていただきますね。少々お時間いただきますがよろしいでしょうか?」

「はぁ、別にそんなのいらねぇって。それより……なぁ?」

「ああ」


 俺の提案を拒否し、二人組はニヤニヤと顔を合わせる。


「ほら、そこのやつってさーあの藤林だろ?」

「そうそう、頼めばヤラセてくれるっていう」


 またその噂だ。

 藤林はそれを聞いて、苦虫を噛み潰したような表情をしている。

 そして悲しそうでもあった。


 こいつらここが昼間のカフェであることを忘れてんのか? バカでかい声で言いやがって。


「だからさ、藤林が俺たちの言うこと聞いてくれるならここは引き下がってもいいぜ?」

「ほら、嫌な噂広められて店潰したくないだろ?」

「新世……っ」


 好き勝手言う男たちの言葉に藤林が動揺する。

 下手に出ていたが、いい加減俺も我慢できなくなってきた。

 店に迷惑をかけていることも藤林に対する態度も。


「すみませんが、ここはそう場所じゃありませんので。それに……」

「っ、新世ぇ!?」

「紗奈はずっと俺の恋人なんで。何が目的か知りませんけど、そんな嘘広めるのやめてもらえます?」

「な……!?」

「……っ」


 抱き寄せられた藤林とそれをした俺を見て、男たちは言葉を失った。


「後これ以上、店に迷惑をかけるなら警察でも呼びますよ。お代は結構なんでもう帰ってもらえますか?」

「な、なんだ──」

「すまないね。何かトラブルかな? 私はそこの子たちの担任でね。一応、今日はここの責任者となっているんだ。この子たちが何か迷惑をかけたのかな? ……おや? 君たちは東高の生徒だな。そう言えば高橋先生は元気かな」


 男が何かを言おうとしたところで桐原先生が現れ、二人組を捲し立てた。すると男たちはさらに何も言えなくなってしまった。

 

 急に現れたな。そういえば、今までこの人どこいたんだ……?


「チッ。もういいわ! 食欲失せた。行こうぜ」

「お、おう!」


 そしてすぐに二人組は尻尾を巻いて逃げていく。

 一昨日来やがれ。

 先ほどは言えなかったことを内心で毒づいた。


「先生もっと早く来てくださいよ」

「何、大きなトラブルに発展しそうになるまでは見守らせてもらったよ。おかげでいいものが見れた。周りのお客さんもきっとそう思っていることだろうね。いやはや青春はこれだから素晴らしい」

「…………」


 やらかした。頭に血が上り過ぎていた……まだ店にお客さんがいることも忘れるとは……。

 あいつらを追い払うため、そしてあの噂が少しでも消えればと思っての行動だった。


 そして苦笑いしながら、周りを見渡すとなぜか拍手が舞起こったのだった。


 ……どうしようこれ。



────────


あーあ。やっちゃったよ、新世くん。

恋人宣言しちゃいましたね。田舎の噂は早いですからねぇ。


ご感想お待ちしております!!




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