第119話 ちょっとした修羅場と海の計画
慌ただしい臨時開店が終わった。
いつもであれば、カフェは夜になってもバーとして営業しているのだが、さすがに高校生だけでそんな時間まで開ける余裕はなかった。
あの事件があった後すぐに食材が切れたということもあり、15時過ぎに閉店となった。
元々ここまで繁盛するとも思っていなかったし、あくまで風通しで開けるくらいしか食材の準備がなかったからだ。特に新しく発注していたわけでもなかったしな。
今はみんな疲れ切ったようにテーブルにそれぞれグダっと突っ伏している。それぞれにアイスコーヒーやオレンジジュースを入れて置いた。
俺も昔のバイト掛け持ちに時代並みとは言わないがそこそこ疲れた。
「…………」
大丈夫か、あれ?
優李がなぜか魂が抜けた様に燃え尽きていた。確かに忙しかったけども、それにしてはまるで全てを賭けて挑んだ戦いに敗れたかのように真っ白だ。
「お、おい。大丈夫か?」
さすがに心配になって、声をかけた。
がっくりと項垂れたまま、目だけがこちらを捉える。
……恐いんだが。
そして震える声でこちらに質問を投げかける。
「あ、あれは本当なの……?」
「あれって?」
「さ、紗奈と付き合ってることよ!!」
「ちょっ!? 声が大きい!!」
周りには客はおらず、いつものメンバーしかいないが、またその話を蒸し返されるのは面倒だ。
ちなみにさっきの話はその場にいなかったゆゆや倉瀬にも伝わっている。幸い面倒な桐原先生は藤林と話しがあるらしく、上の部屋を貸し出しており、この場にはいない。だが厄介な奴はまだ残っているのだ。
「それで実際のところどうなの、伊藤」
中城はあれだけ働いた後も涼しい顔をしていた。さすが普段部活で鍛えているだけある。
体力お化けめ。そしてそのニヤけ面やめろ。
「言わなくてもわかるだろ。あれはあいつらを追い払うための嘘……方便だっての」
「へー? それであんな風に抱き寄せてたの? 大胆だね」
この野郎……っ。
女性陣からの視線が痛い。
「せんぱい……やっぱりそういうことだったんですね?」
「何がだよ?」
「だっておかしいと思いました。恋人でもない人を泊めるなんて。絶対にそういうことしたに決まってます!!!」
「ちょっ!? 何言ってんの!?」
まさかのゆゆの追撃に場が凍る。さらに爆弾をぶっ込みやがった。
「と、泊めた?」
「そういうことってどんなこと……?」
優李に倉瀬が同時に聞いてくる。
ややこしすぎる!
昨日に続いてまたこの説明をしないといけないのかと思うと頭が痛くなる。
「優李、倉瀬。落ち着いて聞いてくれ」
「嘘ついたらタダじゃおかないから」
「そうだよ。ちゃんとわかるように説明してね?」
「そうだ、そうだー。ちゃんと説明しろー」
気が遠くなりそう。
つーか、中城お前はそんなキャラじゃねぇだろ。何野党のヤジみたいなことしてんだ。
「まず第一に俺と藤林は付き合ってない」
「……ほ、ほんとうに?」
「うっ……」
若干涙目で聞いてくる優李にたじろぐ。
「疑うなら藤林にこの後、聞いてくれ」
「……わかったわ」
ここを疑われたらどうしようもないのでとりあえずさっさと次の話へ進める。
「次に藤林が泊まった件だが、これは藤林が家出して行くところがなかったから仕方なく泊めた。本当にそれだけだからな」
「ふーん……」
「そうだったんだ」
「よかった。納得してくれ──」
「待ってください。怪しくないですか? 男女二人が同じ屋根の下で何もないはずがありませんよ?」
ゆゆのやつ、ややこしいこと言いやがる!
「た、確かにそうね! 新世のことだし、紗奈に変なことしてるかもしれないわ!!」
「断じてしてないからな!」
「う、嘘よ!! だって急に抱きついたりしてくるじゃない!」
「だからそれいつの話してんだよ」
「あ、それなら私も今日伊藤くんに急に抱きしめられたよ?」
「ちょ、倉瀬? それは今……」
「あ・ら・せ……?」
「あー、せんぱい。どんまいです」
誰か助けて。
◆
あの後、怒りと悲しみの形相をした優李と倉瀬の天然が炸裂しながらもその場を収めるため必死に説明した。
そして後ろで不満そうな表情を浮かべるゆゆと楽しそうに笑っている中城。店での仕事以上に疲れた。
しかし、それだけでは終わらない。
部活を終えた翠花と岡井さん、ついでに草介がやってきたことによって事態は混迷を極める。
なぜ部活終わりに彼女たちがやってきたかは、藤林がここにいることを翠花たちに連絡をしていたからだそうだ。
それにSNSで店が話題になっていたからということも理由の一つらしい。
さらには俺が藤林の恋人という噂が出回っていることを追求された。
──き、昨日は何もないって言ってたけど、本当だよね……?
今度は翠花からの泣きそうな顔で言われた。
またそこから誤解を解かねばいけず、さらに疲弊した。俺のメンタルはボロボロである。
しかも翠花のその雰囲気を感じ取った女性陣がそれぞれなんとも言えない複雑そうな表情をしていた。
まぁ、とりあえずは収束したので今、ようやく一息ついたところだ。ちょっと女性陣は不満そうな顔してるけど。
一体俺が何をしたと言うんだ。
そして草介は泣いていた。
「なんで……なんで俺がいない時にそんな楽しいことしてんだよぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!!!」
楽しいことというのはみんなでカフェを開いていたことだろう。
確かに草介が好みそうなことではある。今回は代わりが中城だったか。
「なんでって……何してたんだ、お前?」
「補習じゃああああああ!!!!!」
「うるさ……」
どうやら草介は学校へ行ってたらしい。道理で制服なわけだ。
「で、補習はいつまで続くんだ?」
「来週いっぱい……」
「いい出会いは?」
言った手前念の為、聞いておく。
「それは……まぁ……」
何かはあったらしい。しかし、やたらと微妙なテンションだ。タイプの女子じゃなかったとか? それは相手にも草介にも失礼か。
とりあえず、ここは話題を変えよう。
「じゃあ、海はそれ以降か」
「そうだ! 海だ!!」
「急にテンション上げるなよ」
「伊藤くん、海って?」
海と聞いて、岡井さんが聞いてくる。そういえば、まだ翠花たちを誘っていない。その前にこれって誰が計画してるんだ?
まだいつ行くかも決まってなかったよな?
「実は、みんなで海でも行こうって話になってな。よかったら翠花と岡井さんも誘うかってなってたんだ」
「予定は、再来週のどこかだぜ!」
初耳だが。
「あー、だったら翠花たちは火曜日がいいかな。その日、ちょうど部活お休みだし」
「私たちもその日で構わないわ。ね、七海?」
「うん! 私もその日で大丈夫だよ!」
「女バス組と朝霧たちも火曜と。そういえば、中城はどうなんだ? バスケ部だけど女子が休みの日だと男子はありそうだけど」
「あー俺は一日部活入ってるね」
「ダメじゃねぇーか! お前がいないとナンパの成功率が下がるだろ!!」
「別にその日で問題ないよ。サボるし」
「サボるって……」
翠花や岡井さんが堂々とサボる宣言を聞く中、全く中城は気にする様子はなかった。
真面目な翠花からしたら、考えられないことだろうな。それでいてめちゃくちゃうまいんだから、才能っていうのは不公平だ。
「すみません、ゆゆはその日いけそうにありません……」
そこでゆゆは申し訳なさそうに手を上げる。
「なんか予定か?」
「はい。まぁ、ゆゆはそもそも一年なので今回は遠慮させてもらおうと思ってたんですけどね」
「なるほど」
確かに言われてみれば、周りにいるのはみな二年だ。ゆゆも優李たちと話す仲ではあるが少し居辛いのも確かだろう。
「その代わり」
ゆゆは何やら俺に耳打ちしてくる。
「(今度ゆゆと二人でデートしてくださいね!)」
「(……なんで?)」
「(なんでも聞くっていったじゃないですか、せんぱい!)」
「(それは倉瀬が自爆したろ)」
「(約束は約束ですよ。ゆゆは別にバラしてませんし。それに……ゆゆだってせんぱいと海行きたかった)」
「…………はぁ、わかったよ」
「やった!」
そう言われれば断れるわけもなかった。この中で一人だけ行けないのも可哀想だしな。
「何コソコソ話してるのよ」
「別に何でもねぇよ」
「ふーん……」
話がゆゆとの約束が終わると優李がジト目で見てきた。
俺が適当に答えると優李は不満そうにしながらもそれ以上は、何も言ってこなかった。
そういうわけで後予定を聞くのは藤林だけになったところでちょうど話を終えた桐原先生だけが二階から降りてきた。
「部屋を貸してくれてありがとう」
「先生、藤林は?」
「もうすぐ降りてくるさ。それより……」
「……?」
「伊藤は、彼女の力になってやってくれ。では私はこれで失礼する」
桐原先生はそれだけ言って、俺の肩をポンと叩くと出ていってしまった。
藤林の力になる。それって家出のことか? それとも……。
先生の言った言葉の意味を考えているとすぐに藤林も二階から降りてきた。
藤林の顔はどこか不機嫌そうだ。
そんな藤林に草介は空気を読まず突撃する。
「藤林、再来週の火曜日海行くんだけど──」
「行かない」
「ひっ」
ギロリと藤林は草介を睨みつけ、誘いを断ると草介はそれ以上言葉を発せなかった。
こりゃ相当ご機嫌斜めだな。
「ごめん、あたし帰る」
そしてそのまま、店から出て行ってしまった。
残されたメンバーには沈黙が残った。
────────
断じて何もしてないからな!(一緒に寝る)
これからもちょこちょこ彼には修羅場を体験してもらおうと思います。
だって、新世を好きな人が現状で三人は確定していますからね!
一方で紗奈の方は不穏な空気。
まだまだ新世には働いてもらいましょう。
おかげさまで8000フォロー達成いたしました。
いつもお読み頂きありがとうございます!これからもよろしくお願いします!
ご感想お待ちしております!
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