第88話 新世がいない間の出来事

「しかも男と来てんの?」

「え、あの翠花が?」

「……!」


 先輩たちの声で我に戻る。

 先輩たちは、私の前の席に置いてある男物の鞄を見て言ったようだ。その言い方にはどこか嘲笑が含まれているように思える。


「あはは、そういうの似合わないのにねー。意外!」

「だよね、翠花ってバスケが恋人ですーって感じでそういうこと全く興味ないのかと思ってた」

「そうそう。てっきり女捨ててるもんかと。なのにこんなオシャレなお店男と来てさ。色気づいちゃってまぁ……」

「べ、別にそういうわけじゃ……」


 確かにバスケ以外には興味がない。今までもそういう風に生きてきたつもりだ。だけどなぜだからと言って、女性らしさを否定されなければならないんだろう。


 それに新世くんとはただのお友達だ。ここだって単に甘いものが食べたくて入っただけ。ただそれだけなのに。


「てか、練習しなくて大丈夫? ただでさえ、この前のシュート外したんだしさ」

「そうだよ。バスケ以外取り柄がないんだからさ。こんなところで男にうつつ抜かしてるとまた外しちゃうよー?」

「──ッ! だからそんなんじゃありません!」


 思わず声が大きくなる。そのせいで周りからの注目が一気に増えたような気がして、恥ずかしい気持ちになる。


「何、マジになちゃって」

「私たちは翠花のために言ってるんだよ?」

「言えてる! まっ、次はシュート打つ機会も回ってこないかもだけどね」

「それじゃね〜」


 先輩たちは店員さんが何か言いたそうにこちらを見ていたことを察してか、言いたいことだけ言って、奥の席へと消えていった。


 言われたい放題だった。


 今すぐこの場を立ち去りたい。

 私の胸の中はそんな気持ちでいっぱいだった。

 それでも新世くんの荷物を置いたまま、ここを出ていくことはできない。

 幸いにも先輩たちの席はここから見えていない。


「早く帰ってきてよ……新世くん……」


 そうして力なく、小さく呟くことしか私にはできなかった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


「ちょっと待たせすぎた……」


 優李との一件があり、思った以上に時間を食った。

 翠花には、トイレと言って出てきたのに30分以上は待たせすぎである。


 腹を壊したことにする?

 いや、それともトイレの位置がわからなかったとか。


「いや、別にやましいことをしたわけでもないし? 偶然、優李と出会ったこと正直に話せばいいか」


 先ほどのことを思い返しながら言い訳の内容を決める。


 正確に言えば、偶然ではないけど。優李があの大学生みたいな二人組に絡まれていた未来が見えたからこそあの場所に向かったわけだ。

 流石にあの後、優李に泣かれるのは想定外だったが。


 そもそもこういうのは、まどろっこしい言い訳するよりも初めから遅くなった理由を素直に言えば、案外許して貰えるものだ。人間正直が一番。


 というか、普通に翠花なら許してくれそう。


 ──ええ、そうだったんだ!! 翠花も話してくればよかったよ〜。


 なんて言ってな。うん、大丈夫なはず。

 根拠はないけど、なんかいける……っ!!


 なぜか無駄に自信を持ってようやく翠花を待たせているカフェに戻ってきた俺は、自席に戻る。

 そして席に着く前に俺はすぐに先ほど決めたことを即座に実行する。

 先手必勝である。


「悪い、翠花。だいぶ待たせた」

「ううん、大丈夫だよ」

「いや、実は優李と偶然会ってな。ちょっと話してたら、時間が」

「そうなんだ。ごめん、もうお店でない? ちょっと疲れちゃって」

「お、おう……?」


 想像の斜め上の反応に頭が真っ白になる。俺が練っていたプランは即座に音をたてて崩れ去った。

 そして促されるままに俺と翠花はカフェを後にした。



「…………」

「…………」


 そして何故か言葉少なくなった俺と翠花。

 雰囲気もどこか重々しい気がしなくもない。


「…………」


 気まずい。

 やべぇ、どうしよう……なんか間違ったかこれ……?

 というか、これはもしや怒っているのでは。


 だらりと一筋の汗が頬を撫でる。


 さっきの言い訳が不味かったか?

 翠花の優しさに甘えすぎた?


 心当たりと言えば、その出来事しかない。


 もう一度、自分のした言い訳を振り返ってみよう。今度は翠花の立場に立って。

 翠花は俺からトイレに行くから待っていてと言われた。

 お店出てからにしようと提案したが、すぐ戻ってくるからと断られた。


 だけど、そんな俺は全然時間が経っても戻ってこない。

 しかも戻ってきたかと思えば、待たせていた人のことなんて放っておいて、別の友人と話に花を咲かせているではないか。


 ……あ、これ普通に怒るわ。


 しかも初手が言い訳で謝罪もしていない。

 大馬鹿者である。


 そこでようやく俺は失態に気がついた。

 さっきの根拠のない自信はなんだったんだ。アホか俺は。

 きっと優李を助け出せたことで気が大きくなっていたのだ。


 ……謝ろう。人間、過ちを犯した時はまず謝罪するのが一番である。

 さっきと言っていることが違う? 過去のことは知らないな。未来のことだけ見ていればいいのさ。俺が言うと、説得力あるだろ。


 そんな未来予知ジョークは置いておいて、さっさと行動に移そう。


 こほんとわざとらしく咳払いをして、この空気を変える。

 そして──


「翠花。さっきはごめ──」

「今日はありがと」


 前を歩く翠花を呼び止めて謝ろうとした刹那。振り返った翠花に言葉を遮られる。

 その翠花の表情は怒っているわけでもなく、笑顔そのものだった。


 なんだ……?


「新世くんのおかげリフレッシュできたよ。翠花ちょっと用事を思い出したから今日はここで解散にしない?」

「え? あ、ああ。いいけど……」

「じゃあ、翠花、先帰るね! あ、新世くんはゆっくり帰って! 用事ある翠花に合わせて慌てて帰るのもアレだし!」

「え? ちょ!?」

「じゃあ、また学校で!」


 翠花は俺に向かって手を振ると瞬く間に人混みに紛れ、駅の方へと消えていった。


「……どういうこと?」


 息つく間もなく、翠花に別れを告げられて残された俺は何がなんだかわからず、そう呟くしかなかった。


 これってあれか? 謝罪拒否?


「いや、でも……分からん」


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


「……はぁ」


 新世くんと別れて一人で電車に乗り込んだ私は、小さく息を吐く。

 そこには不安や安堵、後悔など様々な感情が入り混じっている。


 新世くんには悪いことをした。

 せっかく誘ってくれて遊びにきていたのにこんな形で帰ってきてしまった。


 頭の中であのカフェで先輩たちに言われた言葉が反芻する。


 ──そういうの似合わないのにね。意外!

 ── てっきり女捨ててるもんかと。なのにこんなオシャレなお店男と来てさ。色気づいちゃってまぁ……。

 ──男にうつつ抜かしてまた外さないといいけど。

 ──次はシュート打つ機会も回ってこないかもだけどね。


 あの先輩たちが私のことをよく思っていないのはこの前のことで知っていた。あの時は陰で言われたことだったけど、こんな風に直接言われるとは思っていなかった。


 今まで何を差し置いてもバスケだけを考えて生きてきた。

 なのに練習を頑張ったら頑張ったで暑苦しいと言われ、少しばかり息抜きで男の子と遊んだだけでこれだ。

 別にそういうのを求めていたわけじゃない。ただ、私は普通に遊んでいただけ。


「──ぅ」


 涙が出そうになるのをグッと堪える。


 悔しい。

 バスケのこともそうだし、何より……。


「…………」


 だけど首を振って嫌な気持ちを振り払う。


「大丈夫……」


 そしてまるで魔法の言葉のように自分に言い聞かせる。


 これまでも同じようなことはあった。

 昔から男みたいだなんだって言われることは慣れている。

 それにバスケのことだって、先輩たちの言っていたことは事実だ。


 単純に自分に実力がなかったから。ただ、それだけのこと。

 新世くんには悪いけど、遊んでいる場合じゃなかった。


 私に足りないのは練習量。そして強いメンタルだ。

 あの時、自信を持ってシュートを打っていれば、ああはならなかった。自分でいいのかな、なんて迷いがあったからあのシュートは外れた。


「もっと練習しなくちゃ」


 また小さく決意を呟いた私は、家に帰ると着替えてあの公園へと向かった。



───────

更新お待たせしました。


新世がいない間に翠花の心をえぐる出来事がありましたが、新世くんはそれに気がつかず。

無事翠花の心を救ってあげることはできるんでしょうか。


よければご感想お待ちしております!


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