第87話 あちらが立てばこちらが立たない

「悪い、ちょっとトイレ」


 新世くんがそう言って、席を立ってから数分。

 私は、新世くんが戻ってくるまでスマホをいじりながら時間を潰していた。


 お店を出てから行ってもよかったけど、新世くんが「外で待たせると悪いし、すぐに戻ってくるから」ということで一人で店内で待つことになったのだ。


 一人で待ちながら今日のことを振り返る。

 初めは二人っきりで遊ぶことにどうなることかと思ったけど、それは杞憂に終わった。


「なんか久しぶりにリフレッシュできた気がする」


 ここのところ、バスケバスケバスケとずっとそのことばかり考えていたから、改めて結構、無理をしていたんだと自覚した。

 成り行きだったけど、新世くんと遊べてよかったと思う。


「初めて会った時からだけど、新世くんって結構不思議な人だよね」


 そんな新世くんのことを思い浮かべて呟く。


 なんでかわかんないけど、一緒にいると元気が出てくる。

 心地が良い。それは今まで異性に感じたことのない感覚だった。


「……ッ!」


 自分で考えて恥ずかしくなってしまった。誰も自分のことなんて気にしていないだろうに、それでも周りの反応を伺ってしまった。

 やっぱり誰も気になんてしておらず、小さくため息が溢れた。


 じゃあ、どうしてそう感じるのだろう? 気を取り直してもう一度考える。

 ナツが聞いたら、きっとこう答える気がする。


 ──恋だね!!


「いやいや、私が!? ナイナイ!!」


 これは断言ができる。別に新世くんには、友達としての好意はあるけど、恋愛的な感情は持っていない。

 そもそも今まで誰かを好きになったことなんてなかったから、これがその感情かどうか聞かれても分からないと答えるのが正解だ。


「違うと思うんだけどなー……」


 理由が分からないとなんだかスッキリとしない。

 よくない頭でもう一度、その理由をしっかりと考える。


 私だけじゃない。新世くんって転校生の割にはいろんな人と仲が良いよね。

 紗奈ちゃんもそうだし、朝霧さんや倉瀬さんだって。よく人の噂に出てくるような子たちでもある。

 そういう意味で少し変わった子たちと仲が良い気がする。


 そしてみんな私から見たら女の子らしくて可愛い子ばっかりだ。


「やっぱり、女の子らしい方がいいのかな」


 あまり手入れされていない自分の短い髪を撫でる。

 ……いやいや、自分はバスケが恋人だから。


「そういうの分かんないし、今はいいや」


 そんなことは置いておいて、ともかく新世くんは少し変わった子たちとも仲がいい。

 その理由は──


「……あ、そっか! 新世くんって誰にでも優しいんだ!」


 そしてようやく辿り着いたその答えが胸に落ちた気がした。

 ありきたりな答えだけど、これが正しいと思う。


 なんというか、新世くんの優しさには……そう、嫌味がない。

 何を置いても相手の力になろうとしてくれる。どうにかしたい、そんな自然な気持ちが伝わって来る。

 それはきっと性別に関係なく、誰に対してもそうなんだろうと思う。


 心地がいい理由はきっとこれ。


「……でもそれって疲れないのかな?」


 ふとそんな考えが過ってしまった。

 誰かのために行動ができることは素敵だと思う。だけど、ずっとそんなことばっかりやってたら私だったら耐えられないと思う。


 自己犠牲の塊。

 新世くんの優しさはなんとなく危うい気がした。


「……私の思い過ごしだったらいいんだけどね! それより戻ってきたらちゃんとお礼言わなくちゃね。そんで持って明日からは、私もまた切り替えて練習がんばらなくちゃ」


 小さな決心を独りごちる。そんな折、誰かに声をかけられた。


「あれ、翠花?」

「あ、先輩……」


 視線の向こうには、同じ部活の先輩である川上先輩と永井先輩の二人がいた。

 今日の練習終わりにウォーターサーバー前にいた二人だ。


 二人は練習帰りなのか、部活指定のジャージ姿だ。


「ふーん、慌てて帰ったから何の予定あるのかと思ったら、遊びにきてたんだ」

「随分余裕だね」

「は、はい……」


 先輩からの少し棘を孕んだ言葉に自分が緊張していくのがわかる。


 何が言いたいのかわかる。わかるが故に、今の状況に言い訳はできない。

 先輩たちからの冷たい視線につい先日の記憶が蘇った。ここ最近、私を悩ませていた記憶が。


 ◇


「やばっ。遅くなっちゃった!」


 試合に負けて以来、私は前にも増して練習に打ち込むようになっていた。

 あのシュートさえ入っていれば。


 ──翠花のせいじゃないから。気にしないでね。


 キャプテンや先輩たちにそうは言われたもののあれは間違いなく決められるシュートだった。

 私のためのセットプレー。それを台無しにしたのも私だったからだ。


 決勝リーグでの大一番。負けたけど、得失点差で地方大会には出られることが決まった。これまでの私たちの学校の成績を考えれば快挙も快挙だ。


 それだけにあそこでシュートを決めていれば──勝っていれば、また違う結果が待っていたのだ。

 インターハイの切符を掴めるはずだった。


 引退は少しばから先延ばしになったもののあの後、先輩たちが泣いていたのを知っている。私たち二年でさえ、涙を流したんだから先輩たちはより一層思うところがあったはずなのだ。


 こんなのどう考えても私が先輩たちの夢を壊したものだ。

 万年ダメダメで廃部寸前から立ち直った女子バスケ部の夢──インターハイ出場の夢を。


 インターハイには出場できなかったけど、まだ地方大会がある。


「もうこんな思いをするのは嫌」


 だから誰よりもがむしゃらに練習して、今度は外さないように……先輩たちには気持ちよく引退してもらいたい。


 ただそれだけの思いだった。


 こういう時、自分が引き摺らない性格で良かったと思う。

 頭で考えるより、体を動かす方が得意だから。


 落ち込んでいても次の大会はもうすぐやってくる。

 そんな期間を経て、私は切り替えて前以上に練習に励むことにしたのだ。


 ……そのせいで最近お母さんには、帰りが遅いって怒られてるんだけど。


「まぁ、それはそれだよね! まだ今日の時間だったらセーフかな?」


 そうやって部活の練習後も自主練習をしていたある日。

 その日は前日お母さんに怒られたこともあって、いつもより少し早めに練習を切り上げて帰ろうとした。


 そして部室の前に着き、扉に手をかけたところだった。


「あー翠花マジうざいよね」

「──っ!?」


 聞こえてきたのは自分のこと。

 扉の引き手に手をかけたまま固まる私。

 この声は……永井先輩だ。


「分かる。なんかまた前みたいに暑苦しくなったよね。落ち込んでるくらいがちょうど良かったのに」


 続いて聞こえてくる笑い声は、川上先輩だ。


 ……まさか自分がそんな風に陰で何かを言われているなんて思わず、頭が真っ白になる。


「てか、なんであそこで外すかな?」

「ホントにね。あれさえ決まってれば、インターハイ出られたのに」

「マジでそれ。私ら3年の引退がかかった試合であれはないよね。出られなかった子もいるのに」

「あゆみ、あの試合にすっごく賭けてたもんね」

「あー、今思い出しても腹立つわー。私だったら絶対決めてた」

「あはは、かもね。帰り長浜でも寄ってく?」

「行くー」

「──……っ!」


 そこで部室の中にいる先輩たちが出てくる気配を感じ、私は咄嗟にその場から飛び退き、近くの柱に身を隠した。

 そして扉が開き、中から先ほどの声の主である、永井先輩と川上先輩が出てくる。


「あれ?」

「どうしたの?」

「いや、誰かいた気がしたけど」

「え、こわ。誰もいないじゃん! 早く行こ」

「うわー、ビビり〜」

「うるさい!」


 先輩たちはこちらに気がつく事なく、反対方向へと進んでいく。


「はぁはぁはぁ…………」


 先輩たちの気配がようやくなくなって初めて自分が呼吸をしていなかったことを思い出す。


 心臓がやけにうるさかった。


 ◇


──────────


更新遅くなり申し訳ございません!

もうちょい見直したかったですが、見直す時間がなく……。


新世が優李を助けている間に、こちらでトラブルですね。一方を助ければ、もう一方が立ち行かなくなる。そんな話でした。


もう少し翠花の新世への感情をうまく書けるとよかったですが……。


ご感想お待ちしております!


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