第86話 勘違いもほどほどにしてほしい
パニックである。
完全に想定外の事象に頭が真っ白になった新世は、すぐに脳をフル回転させながら優李を連れて、その場から移動した。
あのままあの場にいたら、今頃新世は周りの客から連れの女性を泣かす最低やろうの称号を得ていたことだろう。
若干、白い目を向けられていた気もしなくはないが、本当に新世自身が何かをしたわけでもないので、無理やり気のせいだと思うことにした。
移動先は、先ほど優李が座っていた場所とは異なる場所に設置されたベンチ。商業施設を兼ねるこのビルは、休憩のためベンチや柔らかいタイプの丸椅子が至る所に設置されている。
周りの視線を気にしながらもさっきの男たちに出会さないように気をつけて、空いているベンチを探した。
この数分で新世に一気に疲労感が漂う。
「落ち着いたか?」
「……」
ようやく泣き止んだ優李に声をかける。優李は目を赤くしながらも無言で小さく頷いた。
優李は新世から顔を逸らし、明後日の方向を向いている。
「あのー優李さん?」
「……」
再び、声をかけても返ってくるのは沈黙だけ。
「優李?」
「──ッ。こっち見ないで!」
「わ、悪い……」
もう一度、呼びかけ顔を覗こうとしたら、返ってきたのは強い拒絶。そして今の不機嫌さを語る一睨み。
(流石にしつこすぎたか……怒らせてしまった……)
優李が流した涙の理由も気になるが、まずはこの気まずい状態をどうにかしたい。
(それに……)
翠花にはトイレに行くと言って出てきている。優李が嫌な目に遭う未来が見えた新世は、翠花にそんな言い訳をして出てきたのだ。
(まぁ、最悪途中で会ったといえばいいか……?)
なんてことを考えながら、この状況を整理する。
大学生っぽい二人組に絡まれていた優李。
その優李を腕を引っ張って連れ出した。そしたらなぜか涙を流して、顔を合わせようともしない。
普段、誰にでも強気な態度な優李。そんな優李がナンパされたぐらいで泣くことがあるだろうか。
もしかしたらあるかもしれないが、あまり想像がつかない。それこそ、無理やり連れていかれそうなあの場面であれば、ビンタの一つでも飛んでいた可能性がある。
でも実際はそんなことはなかった。では、それはなぜか。
(本当に怖がっていた……? まさか……な? それか、もしかしてあの二人と本当に遊びに行こうとしてたとか? いや、流石にそれはないか。わかんねぇ……)
考えれば考えるほど、優李の涙の理由が分からない。
女心に疎い新世は、この場合の答えを持ち合わせていない。
(怒らせてしまったみたいだし、とりあえず謝るか)
そうして新世は、優李の様子を伺いつつ謝ることにした。
一方、新世を牽制した優李といえば──
(はず……)
優李の内心は羞恥に塗れていた。
来るはずのない新世が突如として現れたことに放心。
そして怖かったのやら、嬉しかったのやら、安心したのやら。よくわからない感情が押し寄せて、自然と涙を流したのだ。
普段であれば、間違いなく泣くことはなかった。男たちを怖いと思うこともなかった。しかし、心が不安定なっていたせいで飛んだ醜態を晒してしまった。
そのことを落ち着いてから自覚して、優李は新世の顔をまともに見ることができなくなっていた。
一度泣き顔を見られたことがあるとはいえ、あの時とは状況が違う。
(あああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!)
叫んでいた。絶叫である。新世の顔を見ないようにしながら、顔をりんごのように染めながら、
(どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう……ッ!!!)
叫んでいたのである。
終いには、そんな顔を見られそうになって、強く拒絶してしまった。
(お、落ち着きなさい優李。泣き顔なんて前に一度見られたことがあるじゃない! あの時だって……あの時だって……)
「〜〜〜っ!!!」
自爆。
あの時のことを思い出すと未だに布団に顔を埋めて、足をジタバタしたくなる。
「あー、優李悪い」
「……え?」
そして、何を言うか迷っているとなぜか謝られた。その意味がわからず、再び思考が停止する。
「もしかしてだったら悪いけど、邪魔した?」
「…………」
一体こいつは何を言い出すんだ? 優李は心の中で思った。
そして一周回って冷静になってしまった。
「あんなのに付き合う訳ないでしょ。馬鹿じゃない?」
「……だよな」
優李に言われ、やはり自分の推測が間違っていたことに安堵する。しかし、涙の理由までは分からない。そこで新世は思い切って聞くことにした。
「……じゃあなんで泣いてたんだ?」
「……っ!? め、目にゴミが入っただけよ!! で、デリカシーないわね!! ノンデリ!!!」
「の、ノンデリ!?」
「本当のことでしょ? あんた女性にはもっと気を使うべきよ!! そうじゃないと取り返しのつかないことになるんだからね!?」
「うぐっ……」
ぐうの音も出ない。確かに迂闊だった。優李に気圧され、新世は縮こまる。
優李はといえば、泣いたことを指摘され再び、恥ずかしい気持ちで罵倒してしまった。
(もう、馬鹿みたい。新世のことで悩んでたのに……)
失恋してしまった。そのことが大きく胸にのしかかっていたはずなのに、話しただけでいつの間にか、軽くなっていた。
(あー、もう! やっぱ私、新世のこと……)
自分の好意を再度、自覚する。
すぐに諦められるわけじゃない。
「それよりいいの? 瀧本さんとデートしてるんでしょ?」
そもそも今は、翠花とデートだったはずだ。それが何故、自分のところに来たか分からないが、自分が彼女だったら理由があるとはいえ、デート中に他の女性と一緒にいていい気はしない。
だから、いくらか冷静になれた優李は、改めて新世にそのことを問うことができた。
「いや、デートじゃないけど……ってなんで俺が翠花といること知ってるんだ?」
「え、あ!? いや……そのぉ……偶々見かけたっていうか……なんていうか……」
「……本当か?」
確かに偶然見かけることもあるかもしれない。あの田舎町に住んでいたら娯楽なんて限られているし、休日にどこか出かければ、高確率で隣町であるここになるだろう。
しかし、ここにきて優李の白々しい態度に疑念を覚えた。
「べ、別に新世を探してここまできたんじゃないから!! 綾子さんに誰かと長浜に行くとか聞いたとかじゃないし!!」
「それ、もう自白してないか?」
「……っ、悪い!?」
そして逆ギレである。
「そ、それでどうなの!? デートなんでしょ!?」
「優李がなんでそんなデートかどうかを気にしているかは知らんが……別に俺と翠花はそんな関係じゃない」
「……う、うそよ」
新世は、深くため息をつくと、ここに至る経緯を話した。
翠花が元気がないこと。藤林に頼まれて、元気付けようとしていること。
そしてあれよあれよという間に何故か二人で遊ぶことになったこと。
そのことを包み隠さず話す。その間、黙っていた優李であったが呆気に取られた表情を見るとなんとも言えない気持ちになった。
「え……じゃ、じゃあ、新世が瀧本さんのこと好きって言ってたのは?」
「……いつ誰がそんなこと言ったよ?」
「だ、だってこの前、中城と話してたじゃない!! その時、瀧本さんのこと好きだって」
「中城と……?」
新世は、必死に脳の中にある記憶の引き出しを探る。
一体いつそんな話をしていただろうか。
そもそも新世が中城と会話したことなど数えるほどしかない。
そしてその少ない会話の中からつい最近した会話を思い出した。
「っ、ああ、あれかよ……あれは、別に友達としてっていうだけだからな。あの腹黒野郎が、そう言うふうに言わせたかっただけだろ。つーか、聞いてたのかよ?」
「……」
まさかあんな会話を拾われていると思ってはいなかったが、そもそもただの中城にからかわれたものを盗み聞きされた上に真剣に受け止められても困る。
そう言う思いで白い目を向ける新世を気にも止めずに優李は絶句していた。
(あの悩んでた時間はなんだったの……?)
そして自分の勘違いで行動を起こして、こんなところまできてしまったことが無性に恥ずかしくなった。
「へ、へぇ〜そうなの。へぇ〜……ふーん?」
しかし真実を知った今、優李にとってはそんなことはどうでもいい。もはや、その事実が嬉しいことを隠すことも忘れ、顔を緩めきっていた。
「なんだよ、その顔? なんでちょっとニヤけてんの?」
「べ、別に何でもないわ! っていうか乙女の顔をジロジロ見るなんて変態ね!!!」
「……それ理不尽すぎない?」
「それより、こんなところで時間潰してていいの? 早く戻って瀧本さんを元気づけてあげないとダメでしょ?」
「いや、誰のせい……」
「いいから、行く!!」
「へいへい」
新世は、納得できないといった顔をしながらも立ち上がる。
「あ! 新世! これだけは言っとく!」
「なんだよ、まだ何か……」
「ありがと」
「ッ。お、おう……」
呼び止められた新世は突然の感謝に面食らいながらもどうにか受け止めて、その場を後にした。
(くそ……)
そして熱くなった頬を冷ますように足早に翠花の元へ戻る。
新世自身、何故こんなにも心臓が跳ねたか、理由はわからなかった。
そして新世のいなくなった後、優李は、
「……好きじゃなかったのね。えへへ」
一人ニヤけていた。
今度は誰にも見られないように。
──────────
お待たせしました。更新のお時間です。
前回お久しぶりの更新でしたが、たくさんのコメントいただき、大変嬉しく思います!
皆様のご期待に答えられるようできるだけ更新できるように頑張ります!
またいっぱいコメントいただけると嬉しいです。
勘違いが解けてよかったね。
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