第85話 デートクライシス

 目の前にいるのは、金髪と黒髪のいかにもチャラそうな二人組の男性。

 少し年上に見えるところ、大学生といったところだろうか。


 そんな二人に話しかけられて、ただでさえ落ち込んでいた優李の気分は余計に下がっていった。


「一人で暇してるんだったらよかったら遊びに行かない?」

「お茶よかったらご馳走するよ?」


 (……めんどくさい)


 そしてこれが明らかなナンパであることを悟る。


「放っておいて。あなたたちには関係ないわ」

「そんなこと言わないでさ。そんな顔していたら放っておけないじゃん?」

「ちょっと!?」


 しかし、優李の拒絶の言葉を意にも介さず、男の一人がベンチの隣に座ってきた。

 そして、立ち上がろうとするにも目の前には退路を塞ぐようにもう一人が立っている。


(ほんと何なのよ……)


 不快な気分は増すばかり。うんざりだと言わんばかりにため息が溢れる。

 周りの人たちも気付いていないのか、気付いていても見て見ぬふりをしているのか素通りだ。


 そんな人たちを恨みがましく思ったって状況が変わるわけじゃない。


「ねぇ、名前なんて言うの?」

「教えてくれないと俺たちここから動けないな〜」

「……っ」


(落ち着くのよ、私……!)


 思わず怒鳴りそうになったのを自制する。

 昔の自分だったら、間違いなく怒鳴ってビンタくらいかましていたが、今はそんなことはしない。


 その辺りは、新世と出会って自分の中で変わった部分だと最近思うようになった。

 昔は、七海以外の存在は鬱陶しくて煩わしい存在にしか考えていなかった。だから、初対面の相手にも物怖じせず、拒絶をすることができたのだ。


 そう、それこそ新世と初めて出会ったときのように。


「──」


 そのことを思い出して、少しだけ頬が紅潮する。


(あの時は、ちょっとやりすぎたかしら。で、でも道端で急に抱きつかれたら仕方ないわよね!? しかも初対面だったし……)


「はぁ……」


(なんか思い出したら自己嫌悪だわ。第一印象最悪よね、あれ。新世からしたら、私なんて抱きついただけでビンタする暴力女って思われてるのかしら……。ああ……やりなおせるならやりなおしたい。それこそ……)


「今だったら、私から抱きしめ返して……ごにょごにょ……えへ」

「え、えっと、大丈夫?」

「顔赤いけど……」


 そして、今それがナンパしてきた二人組を置いてけぼりにして、妄想の海を彷徨う優李。

 男たちも若干の戸惑いを隠しきれない。


「……っ」


 男たちの声でようやく自分を取り戻した優李は、頭を振ってから冷静に考えを張り巡らせる。

 

 (あ、危ない……今はナンパされてるんだった……)


 こういう輩は、刺激すると面倒なことになるのは身に染みているので冷静に対処しないと。

 優李は今一度、深呼吸をして男たちに向き直る。


「……その。ごめんなさい。用事があるから、どいてくれますか」

「へぇ、どんな用事?」

「さっきまで一人で寂しそうな感じだったじゃん」

「それよりさ、早く名前教えてよ」


 しかし、暖簾に腕押し、糠に釘。自分を抑えながらも二人の誘いを断ったが二人の男には、全くの効果がなかった。


(ああ、もう!! 埒が明かない!!)


 現実で叫べない代わりに心の中で思い切り叫ぶ。


 こんな時、新世がいたら助け出してくれるだろうか。


「……」


 でもその当人は、今は想い人とのデートに勤しんでいる。そのことを再び思い出し、気持ちが沈んでいく。


「……優李」


 そして半ば諦め、ボソリと小さく呟いた。呟いてしまった。


「へぇ、優李ちゃん。可愛い名前だね」

「そんな優李ちゃんはなんで落ち込んでたの? あ、もしかして彼氏でもふられた?」

「別に……そんなんじゃ……ない……」

「あらら……こりゃ重症だねぇ」

「落ち着けるところ行こうよ、ほら」


 男たちに言われ、考えないようにしていた悲しい気持ちが胸を埋め尽くす。

 普段であれば、間違いなく抵抗していたはずだがこの時ばかりは何も考えらない優李は、されるがままに腕を引っ張られ、立ち上がらされた。


「や……」


 力の強い男に腕を掴まれ、悲しい気持ちやら恐怖やらで思ったように頭も体も言うことを聞いてくれない。

 蚊の鳴くような声が限界だった。


「優李、悪い。お待たせ」

「……ぇ?」


 そうして、男たちに誘導されそうになった時。

 男たちをかき分けて、誰かが優李の手を取った。


 名前を呼ばれたことでようやく気を取り戻した優李であったが、それが誰か初め認識することができなかった。


「ちょっと、お兄さん誰?」

「その子とは今から遊びに行くとこだったんだけど」

「すんません。彼女、俺の連れです」

「連れ? 彼氏ってこと?」

「ちが……そうです」

「本当に彼氏?」

「その子すっげぇ悲しい顔してたけど?」

「あー……あ? 悲しい顔?」

「あ? お前本当に彼氏か?」

「……っ、そうなんですよ。すみません、ここに来る前ケンカしまして。これから仲直りして、イチャイチャするところなんでお構いなく! では」


 優李の手を取る男は、一瞬、頭に疑問符を浮かべながらも男たちに口を挟む暇もなく、その場から優李を連れ出した。


「んだよ……」

「…………」


 呆気にとられた男たちの木霊した。



 そして何が何かわからないまま優李は、男に手を引かれその場から離脱する。頭の中にはよくわからない感情で鬩ぎ合っていた。

 勢いよく人混みを駆け抜けてしばらく。優李はようやく男の名前を口にした。


「あ、新世……! も、もう大丈夫だから……!」

「──悪い」


 男──新世は、慌ててパッと手を離す。

 そして一体何を言われるか内心ハラハラしていた。


 男たちに優李との関係を疑われて変なことを口走ってしまったからである。


(仲直りしてイチャイチャするって……もうちょい、いい言い訳あっただろ……)


 咄嗟に出た言葉。思い出しただけで後悔が押し寄せてくる。

 そしてそれを聞いていた優李から放たれる言葉は決まっているのだ。


 ──誰がアンタなんかとイチャイチャするのよ!


 緊急事態とはいえ、手を引いたこともあり、お決まりにビンタの一つでもありそうである。


 しかし、流石に初対面の時と同じとは思いたくない。少なくともあの時は抱きついていたが。

 新世なりにではあるが、これでもコミュニケーションを取ってきたつもりだ。


 しかし、手を離してからも優李から何も言われないことを不思議に思い、新世は再び名前を呼ぶ。


(もしかして怒ってる……?)


「あー、優李……?」

「うぅ……」

「え!? ちょ……!?」


 すると待っていたのは、鼻をすすり、一筋の涙を流す優李の姿だった。


(どうすんのこれ……)


 新世の中の嫌な予感アラームが的中した瞬間だった。


 ────────


 3ヶ月ぶりの更新です。

 長い間、お待たせして申し訳ありません。プライベートが忙しかったのと中々スランプなもので、書けておりませんでした。


 今話はかなり書き方を変えてみましたが、いかがでしょうか。まぁ、普段の一人称から三人称に変えただけですが。


 三人称にするとどうしても固くなってしまう気もしなくはないですが、よければ、感想を教えてください。

 後普通に話に関する感想も……。

 スランプなので、もらえるとモチベーションになります。


 またちょくちょく更新できるように頑張ります。

 よろしくお願いします。

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