第84話 少し甘い空間
映画を見終わった後、興奮冷めやらぬまま、映画の感想会をしようということでお手洗いを済まし、適当なカフェへと入ることになった。
少しだけ並んだ後、店員さんに案内されて席へと着く俺と翠花。
入ったカフェは、うちの少し古臭い雰囲気とは異なり、明るく清楚感のある色合いの内装だった。
ただただ派手な色を使っているわけではなく、白を基調とした壁紙や素材の良さを生かした暖かみのある木の椅子を使用している。
小物もこだわっているのか、内装に合ったかわいらしい置物などが置かれていた。
そんな雰囲気に惹かれてか、店内には俺たちと同じくらいの年齢をした若者が多い。
……というか、カップル多くないか?
女子だけのグループもチラホラとあるが、その多くはカップルだ。さすがに男子だけできている人はいなさそうではある。
その事実になんとなく気まずさがこみ上げてくる。
なぜなら俺と翠花も周りにはそう見られている可能性があるからだ。
決して、俺と翠花はそういう関係ではないのだが……いや、そういう関係でないからこそ気後れ。
……いや、まだ周りはカップルと決まったわけじゃないな。俺たちと同じようにただ普通に友達として、来ている人たちもいるだろう。
「まーくん、あーん!」
「あ〜んっ!」
「ここ来たかったんだ! ありがとね?」
「どういたしまいて。喜んでくれてうれしいよ」
「あ、そっちのもおいしそう! 頂戴!」
「仕方ねーな。ほら」
…………くっ。甘い雰囲気が漂ってくる。やっぱりカップルばっかじゃねぇか!
「うわっ、これおいしそう!!!」
翠花はというと、そんなこと全く気にするそぶりもなく、メニューのチョコバナナパンケーキを見て目を輝かせている。
うむ、無邪気でよろしい。
しかし……
「確かにこれはうまそうだな。あ、いや、待て。こっちのスフレパンケーキもだ」
うちの店では取り扱っていない種類のパンケーキに釘付けになる。
元々パンケーキなんて出していなかったが、俺が作れると綾子さんにバレてからメニューに増やされたものだ。
それでも出しているのは、イチゴと生クリームのパンケーキとおかず系のハムサラダのパンケーキの2種類だけ。
だから、こうやってよそのカフェに来ると勉強になる。
「あはは、新世くんのおうちもカフェだもんね。新世くんのそんな真剣な目、初めて見たかも」
「ああ、こういうのもうちの店で出せば、売れるかもしれん」
「…………」
「……どうした?」
急に翠花が黙りこくってこちらを見るものだから、俺もメニューを読むのをやめて翠花に聞き返した。
なんか変なこと言ってしまったか? パンケーキに夢中で何を言ったか覚えてないぞ……?
「なんていうか……新世くんってすごい仕事熱心だよね」
「……そうか?」
「だって、遊びに来ててもおうちのお店のこと考えてるし!」
「……っ。せっかく感想会するつもりで来たのに、悪い」
やってしまった。つい癖で。
昔からいろんなバイトを掛け持ちしていたせいか、少しでもバイトの内容に活かせそうなことがあるとそのことばかりを考えてしまう。
そうやって、効率を上げたり、売り上げをあげたりして、時給を上げてもらうのが、日常だった。
今は、もうそんなことをしなくていい。……悪癖だな。
「あ、え? いや、謝らなくてもいいよ!! 別に責めたいんじゃなくてさっ。なんか新世くんがなんでも器用にこなせる理由わかった気がするよ……!」
「ただの器用貧乏ってだけだけどな」
なんでも完璧にこなせるわけじゃない。それに半端にできるとそれはそれで物事を押しつけられやすい。今までもよくあったことだ。
後、綾子さんにもこき使われるし。
「ええっ!? それでも不器用よりかはいいと思うよ。翠花、不器用でなんにもできないし……。それこそ、ほら、お料理とか! 新世くんはお店でも出せるくらい美味しいんだし、翠花なんかよりよっぽど女子力高いから羨ましいよ!!」
「俺の場合は、成り行きで……何回も失敗してやっと今の状態になっただけだかな。それでやっと並。誇れるもんじゃないって」
「むむ……新世くん中々に謙虚だね……っていうか頑固?」
「そうか……?」
今まで頑固だなんて言われたことなかったが。
「うん、謙虚で頑固」
「ちなみにどの辺が?」
「だって、新世くん褒めてもいっつもそうやって受け取らないじゃん? 翠花は別になんとも思わないけど、中にはそういうのをやっかむ人だっているんだから」
翠花の言葉はどこか実感が篭っているよう。
確かに褒められてこなかったせいか、当たり前だと思っていたせいか、翠花に言われて初めてその事実に気がつく。
「だからね。そういうのは、素直にありがとうって言うのがいいんだよ?」
「……っ」
翠花の真っ直ぐな言葉が、胸に落ちる。そして改めて思った。彼女の明るく素直な性格は、心地が良いと。
「……そうだな。じゃあ、素直に受け取っておく」
「あはは、それでいいんだよ。でも翠花、新世くんのそういうところも、好きだけどね!」
「ああ、ありが──っ!?」
今度はアドバイス通り、素直にお礼を言おうとして、すぐに翠花から言われたことを認識する。
そして反射的に顔が赤くなる。
「あ、待って!!! 今のなし!!! そ、そういうことじゃなくて……っ!!!」
「お、おう……」
「ち、違うからね!? ホントに違うから……!!」
そんな俺の反応に翠花も自身の発言に気がつき、慌てて否定する。
「かわいい、高校生かな?」
「初々しいね」
「付き合いたてかも」
「……」
「……」
さらには周りからそんな話し声も聞こえてきて、俺も翠花もより一層羞恥に染まる。
「と、とりあえず何か頼まない? 翠花、お腹すいた……かも……」
「……だな」
周りからのこの生暖かい視線には、耐えられなくなった翠花と俺は、店員を呼び、注文することにした。
料理が運ばれてくるとさっきの気恥ずかしさはどこへやら。
翠花が頼んだのは、初めにおいしそうと言っていたチョコバナナのパンケーキ。
翠花は目を少年のように輝かせて、頬いっぱいに口へと運んでいた。
そしてその度に幸せそうな顔をする。
二人きりと言うことで気疲れしなかったと言えば嘘となるが、それでも十分にリフレッシュさせることができたのではないだろうか。
例え俺じゃなかったとしても翠花なら、楽しそうにしていただろうがそれはそれ。
……そう言えば、今日は全くバスケの話しなかったな。まぁ、今日は練習過多だったバスケから離れることが目的だったから、それで良かったんだろうけど。
少しだけそのことが気がかりだったが、翠花の口の周りに少しだけチョコソースが付いているのが目に入って、そんなことなどすぐに頭から消えてしまった。
「口の周り……ついてるぞ」
「……?」
「チョコソース」
「……へっ!? ウソ!?」
翠花は慌ててナプキンで口を拭う。
「恥ずっ……」
そしてすぐにバツの悪そうな顔をしたかと思うと、誤魔化すためか氷で薄まったオレンジジュースを飲む。
ストローからズズズとグラスの中身がなくなった音が聞こえてくる。
「うぅ……。ほぁー」
未だ少し恥ずかしそうにしながらも息を吐いたかと思うと翠花は俺を見る。
「今日はありがとね」
「なんで翠花が? お礼なら俺の方だろ。今日は無理言って付き合ってもらったんだし」
「新世くん、今日、翠花のこと元気付けるために誘ってくれたんでしょ?」
「……!」
バレてる……。
「あはは、バレたって顔してる……!」
顔に出やすいのを治したい……。
「ずっと考えてたんだ。今日、新世くんがなんで誘ってくれたか。ナツの様子もおかしかったし、それでいろいろ考えてたらそうなのかなーって」
「実はその……元気ないって人伝で聞いてな。なんかいろいろあって、こうなった」
「あはは!! 新世くんらしい!! どうせ、二人で遊ぶことになったのもナツの仕業でしょ? 最初は、みんなで遊ぼうとか言われてたんじゃない?」
「おっしゃる通りで」
「やっぱりそんなことだと思ったよ!」
「悪い……なんか騙したみたいで……」
「なんで新世くんが謝るのっ! 翠花、今日は普通に楽しかったよ?」
「お、おお……」
「いろいろ悩んでたのは確かだけどさ。新世くんと話してるとなんだか元気もらえるしね!」
「そう言ってもらえると助かる。俺も翠花は笑ってる方がかわいいと思うしな」
「──っ!」
翠花に今日の目的がバレたことは想定外だったが、翠花が言った通り元気になってくれたならそれはそれで結果オーライ。
そしてしばらくの間、さっき見た映画の話で盛り上がりながらもいい時間になってきた。
「それじゃ、この後はどうする?」
「そうだな。じゃあ──」
言葉を続けようとした時、時、俺の脳裏にとある光景がよぎった。
◆
「……はぁ、ほんと何やってんだろ……」
新世と瀧本さんが一緒にいるところを見て、一人で勝手に落ち込んで……。
わかっていたはずなのに、そんな行動をしてしまった自分が余計に嫌になる。
あの後、二人の後を追いかけることはしなかった。
ただひたすらに近くにあったベンチでボーッとしていたのだ。
あれこれとここに来た後悔と二人のことを考えていたら、あっという間に時間がかかってしまった。
「帰ろっかな……」
そんな呟きが溢れた時、私の前に影がさした。
「おねーさん。さっきからずっとため息が出てるけど、どうしたの?」
「よかったら、話聞くよ?」
私より年上に見える二人のチャラそうな男が私に声をかけてきたのだった。
──────
一週間ぶりの更新!
ほんとはもっと早く更新したいんですが……すみません!
とにかく、翠花と意識し合う話を書きたかったんですが、どうですかね?
時間あけながら書いたんでうまく書けてなかったらすみません。
そしてその裏で優李が……。
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