第83話 映画デートで打ち砕かれる希望

 二人っきりで映画館で映画を見るなんて久しぶりだった。

 昔、妹にせがまれて親に内緒でアニメの映画を観に行ったきりだ。


 でもお小遣いなんてまともにもらってなかった俺は映画館に行ってもどうすることもできなかった。

 だけどあの時は運良く映画を観ることができた。あの時、親切なあの人がいなければ、俺も妹もあの映画を観ることは叶わなかっただろう。


 もう一度、どこかで会えるなら、あの時のお礼を言いたいな。


 懐かしい記憶に思わず、頬が緩む。


 前では、大型スクリーンで近々上映される映画の宣伝をやっていた。アクションが派手な洋画から、人気俳優が出演する邦画まで。翠花はスクリーンからの反射を受けながら隣で目を輝かせながら、それら観ていた。


「あっ……やっぱ映画の番宣って面白いよね!」


 俺が見ていたことに気がついた翠花は、少し恥ずかしそうにそう言った。


「確かにな。最初にやってたやつも翠花好きそうだよな」

「うん、あのシリーズも前から結構追っかけてるからね! あの派手なカーアクション! 見てるだけで興奮するよ!」

「その後にやってたやつは?」

「……新世くん、翠花が恋愛映画とか観ないと思ってるでしょ?」


 図星。邦画の内容は最近話題のイケメン俳優が出演する恋愛ものの映画だった。

 翠花には、どうも恋愛モノのイメージはない。


「……観るの?」

「失礼しちゃうよね! 翠花のことなんだと思ってるんだかっ!」


 翠花は、少し口を尖らせた。


「まぁ、あんまり観ないけどさ」

「観ないのかよ」

「だってぇー!! ああいうのは、なんていうか……むず痒くなっちゃう。それに恋愛とか……よくわかんないし」

「……だな。俺もよく分からん」

「新世くんも? でも新世くん女の子にモテそうなのに」

「俺のどこをどう見たらそう見えるんだ。彼女なんて今までできたことないぞ」

「へぇ〜意外。なんでも小器用にこなせるからてっきり告白の一つや二つされたことあるのかと思ったよ!」

「そうでもない」


 昔、一度だけ。だけどそれも十年以上前の話。よくある子ども同士の戯言。

 あれを一回と称して人に言うほど自尊心は高くない。


「そういう翠花こそ、ないのか? なんだか俺ばっかり言わされて不公平だ」

「あはは、不公平って、自分から言ったんじゃん! 翠花も…………ないよ」

「なんだ今の間は。あるだろ」

「な、ないってば! あっ、始まるよ!」


 何か心当たりがありそうな感じがしたが、誤魔化されてしまった。

 実際に始まったんだけどな。


 正面のスクリーンでは、古代の神秘的な風景が広がり、厳かな音楽が響き渡る。その中心には壮麗な女神像が映し出される。映画の始まりを告げる映像だ。


「……ん?」


 その映像に魅入っているとポケットに入れていたスマホが振動した。誰かからのメッセージを受信したようだ。


 誰だ?

 なんとなく気になった俺は、スマホを少しだけ取り出し、画面の明るさを落としてこっそりと確認する。


『今、どこにいるの?』


 優李からだった。


 なんだ、急に?

 別に後で返してもいいんだが、既読を付けてしまった以上、早く返さなくちゃ後がうるさそうだ。


「新世くん! 映画館でスマホはマナー違反だよ! 何か緊急の連絡?」

「あ、いや。悪い。別に大したものじゃない」


 しかし、翠花に怒られた俺は、優李からの連絡をそう結論づけて再びポケットにスマホをしまった。


 ……優李には後で謝っておくか。


 いつの間にか映像は、本編へと移行しており、スクリーンに併設される大型のスピーカーから静かに大きな音が流れ始める。

 それによって、先ほどまでおしゃべりをしていた翠花の表情は真剣なものへと移り変わった。


 その顔を見て、今日の目的を果たせそうだと感じた俺も横ばかり見ていないで前で流れる映像に集中することにした。



 映画そのものをあまり見てこなかった俺には新鮮に感じた。

 迫力のあるアクションシーンやド派手な演出。大きなスクリーンと音に圧倒されることもしばしば。


 そのたびに隣の翠花からも興奮が伝わってきた。

 時折、感嘆をあげたり、息を呑んだり、はたまたワクワクしたりと様々な表情に変えていく翠花を見て、思わず頬が緩んだ。


 誘って良かったな。


 そんなことをぼんやり思いながら、クライマックスシーンに俺も心躍らせたのだった。


 ◆


 綾子さんから新世の居場所を聞いた私は、電車を乗り継いで隣町へとやってきていた。


 長浜へ行くと聞いたはいいものの、それが誰と何の目的で行ったかまでは聞いていない。

 だけど、なんとなく前に聞いた新世と中城の会話が頭をよぎった私は、衝動的に行動したのだった。


『……はぁ。好きだよ』


「…………」


 あれから、新世とはまともに顔を合わせて話ができていない。

 何度か話しかけてはくれたけど、どれもどうやって返事をしたか覚えていない。そうしているうちに休みを迎えて、今である。


「ま、まだ本当か分からないんだから! ちゃんと新世に確認するまでは!!」


 自分にそう言い聞かせながらここまで来たはいいものの、どこへいけばいいか見当もついていない。


「うっ、人多いわね……」


 あまり人の多いところは得意ではない。さっさと新世を見つけて帰りたい。


 ……でも、新世を見つけてどうすればいいのかしら?

 それにもし、瀧本さんと一緒にいるところを見れもすれば……なおさらどうすればいいのか、分からない。


「…………」


 さっきから気持ちの浮き沈みが激しい。

 とりあえず、新世にチャットを飛ばす。


『今、どこにいるの?』


 用事があって忙しくしているなら、あまり返信には期待していない。

 それでも送らずにはいられなかったのだ。


「……!」


 予想と反してすぐに既読がついたことがわかった私は、新世からの返信を待った。


 しかし、待てども待てども連絡は返ってこない。

 気がつけば、人混みに紛れて、数十分スマホの画面と睨めっこしていた。


「なんでよぉ!!!」


 すでにやや涙目になりつつも、ここが人目につく場所だと思い出した私は、移動することにした。


 そうして宛てもなく彷徨うこと数時間。そろそろ諦めて帰ろうかと思ったその時。


 偶然入った商業施設のとあるフロア。遠くに見える男子トイレから新世が出てくるのが目に入った。


「あっ──!!!」


 私は、新世を見かけた瞬間、脇目も振らず人を避けながら、新世の方へと向かう。


 そして、もう少し。声の届く距離まで来た私は、新世を呼び止めようとする。


「あら────っ!!」


「悪い、待たせたな」

「ううん、こっちこそごめんね。女子トイレも結構人多くて困っちゃったよ」

「まぁ、こっちも似たようなもんだ。じゃあ、行くか」

「うん!」


 しかし、決定的な場面を目撃してしまった私はその場に固まった。


 あ、あ、新世が……瀧本さんと……。


 時が止まってしまったかのように私は、その二人の背中を見送ることしかできなかった。


「こ、これってデートだよね…………? は、はは……あはは…………」



 ────────


 更新お待たせして申し訳ございません!


 雲行きが怪しくなってきましたね。主に優李が、ですけど。

 まだもう少し二人のデートを楽しんでもらいましょう!


 ご感想お待ちしております!

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