第82話 使えるものは使っていけ

 駅から移動すると人混みの中を二人で歩いていく。

 隣町である長浜には、藤林に付き合わされてきたことがあるくらいであまり来たことはない。


 翠花と合流するまで時間を潰していた本屋も駅周辺にあったので、俺の行動範囲は極めて狭い。


 藤林に付き合わされた時もスイスイと足早に進んでいく彼女の後ろを必死について行っただけだったので、どこに何があるかとか全く覚えていない。

 あの時は荷物持たされてたしな。


 なので今から行くところは、俺も行ったことがなかった。

 それに比べて翠花はその施設を何度も利用したことがあるようだったので、道を教えてもらいながら進んでいく。


「本当に良かったのか? 映画なんかで」

「うん! 全然大丈夫! むしろ最近全然遊びに行ってなかったから。こういう時でもないと見に行く機会もないしね!」


 付き合ってくれるか、とは言ったものの特段何かしたいことがあったわけじゃなかった。

 今回の目的は、翠花をリフレッシュさせること。そのための行動をしなくちゃいけないのに、女性経験の乏しい俺は、こういう時どうすればいいのか分からない。


 そう思っていたところに助け舟。

 俺を翠花と二人きりにした張本人である岡井さんからメッセージが飛んできったのだ。


『映画にでも誘ってあげて! ちなみに翠花の好きなのはアクション映画!』


 そういうわけで、最近CMでアメコミの映画を宣伝していたことを思い出し、翠花を誘ったのだった。

 

「楽しみだね!! ちょうど見たかったの!! 新世君もヒーローもの好きだとは思わなかったよ!!」

「ま、まぁな」


 一回も映画なんて見に行ったことないなんて言えない。岡井さんから教えてもらったことも。


「翠花も好きなのか?」

「うん。ド派手なシーンとか見るとすっごいワクワクするんだよね! 爆発とか!!」


 好きな映画を見れることでテンションが上がっているのか、思ったより、元気そうな姿が見れて安心した。


 やっぱり翠花はこうじゃなくちゃな。元気ない姿って言うのも人伝でしか聞いてなかったからあまり想像できていなかったけど。


「なんというか翠花らしいな」

「そうかな?」

「なんか勝手なイメージだけど、女子ってそういうの見ない気がしたから。恋愛ものとかのイメージ」

「あ、それは翠花が女子っぽくないって言いたいってこと?」

「……や、違う違う!」


 翠花にジト目で見られ、焦って否定する。なんだか図星の言い訳みたいになってしまった。


「まっ、いいけどさっ。翠花だって自覚してるしっ。どーせ、翠花は女の子っぽくないですよーだ」


 どうやら、へそを曲げてしまったらしい。

 下手なことは言うものではない。せっかく少し元気を取り戻したのに怒らせては意味がない。


 どう弁解しようかと考えていると少しだけ短い映像が脳裏によぎった。


 ***


「イタッ──ちょっ!」


 翠花の右後ろからガタイのいい男性がぶつかった。

 翠花はその場にバランスを崩し、倒れた。


 男性は友達と話しているせいか、全く翠花に気がついておらず、ぶつかったことも無視して、通り過ぎて行ってしまった。


 ***


「服だってあんまり可愛く──ってえ!?」


 すぐに我に返った俺は、何かを言おうとしていた翠花の腕を引っ張った。


 そしてぶつかるはずだった男が来る方を見るとガタイのいい男は予定通りの場所を通って、今度は翠花にぶつかることなく、通り過ぎていく。


「……ふぅ」


 小さく息を吐く。


「……あ、あの……新世君?」


 どうにか、未来を変えられたようだ。小さな出来事でも良くないことがわかるのであれば、避けるに越したことはない。


「あ、新世くん……!」

「……あ」


 あまりに無意識的な行動だったので、翠花を引っ張った後のことを全く念頭に置いていなかった。


「そ、その……近い…………」


 腕の中を見ると、翠花は顔を赤くして縮こまっていた。

 俺は焦って翠花を解放する。


 俺自身も顔が熱い。そして必死に言い訳を紡ぎ出す。


「ごめん。後ろから人がぶつかりそうになってたから!」

「そ、そうなんだ……」

「…………」

「…………」


 気まずい。


 完全に事故である。

 喋ってる途中でいきなり異性の友達が抱き寄せてきたら、キモいどころの騒ぎではない。

 というか、普通にセクハラで訴えられてもおかしくはない。


「っ、ちょっと! そんなところで止まらないでよ!」

「す、すみません……!」


 さらには後ろからやってきたおばさんに怒られた。道端で止まっていたら、邪魔なので当然である。


「と、とりあえず、行こうか」

「う、うん……」


 相変わらず、気まずい空気で俺と翠花は、映画館のあるビルを目指した。


 ◆


「すごい人だな。こんなでかいとこ初めてだわ」

「だよね! 翠花も初めてきた時、ビックリしたもん」


 映画館へと向かう中で徐々に気まずい空気は消えていき、映画館へ着く頃にはもう元通り、話せるように戻っていた。


 新世くん、急に抱き寄せてきた時は何事かと思った。ずっと気まずいままだったらどうしようかと思ったよ。


 今思い出しても少し顔が熱くなる。


「チケット売り場はあっちか」

「うん。すごい人並んでるね。早く並ぼ!」


 最初こそ、無言だった新世君だったけど、今はもうなんでもなかったかのように振る舞っている。

 

 一方、私は、話せるようにはなったけど、まだ少し気恥ずかしい。

 なんだか私だけが恥ずかしがってるみたいで複雑な気分……。

 

 新世君って確か女の子のお友達多かったよね?

 つまり……慣れてるってこと……?


「……」

「翠花? どうした?」

「あ、ごめん、なんでもない!」


 新世くんに呼ばれ、思考を中断するとすぐにチケット売り場へと並んだ。


 この映画館にはスクリーンの数が10以上あり、規模もそれなり。入り口だけでも多くの人がごった返している。

 だから並ぶだけでも一苦労だ。流石の人の多さに新世君も少し顔をしかめている。

 

 新世くんは人が多いとこ、苦手なのかな。

 あれ……じゃあなんで今日なんで遊びに誘ってくれたんだろ……?


 ナツからは、新世君がどうしても遊んで欲しいって言ってたって聞いたけど……新世君が私と遊びたがる理由があまりわからない。


 というか、新世君がそんな風にお願いするかな?

 ナツが急に用事が出来て来なくなったのもおかしいし……。


「うーん……?」


 考えてみても分からない。


 それでも。今日は誘ってもらえて良かったかもしれない。


 ここ最近は、気持ちが沈んでいた。本当は遊びに行くことも迷っていたけど、来て良かったと思う。

 一人で練習していてもいろいろ思い出して嫌な気分になるだけだし。


 それに新世君といると不思議とあまり悪い気分にならない。


 まぁ、もしかしたら好きな映画を観れるってことでテンションが上がってるだけってことかもしれないけど。

 それでも前から新世君って不思議な人だと思っていた。一番初めもそうだし、今日だって。なんだかまるで先のことがわかっているみたいに行動する。


 とにかく。せっかく誘ってくれたんだから、今日は気分を変えて楽しもうと思った。


「いらっしゃいませ。何名様でしょうか」


 そんなことを考えていたら、いつ間にか列は短くなり私たちの番がやってきた。いつもは券売機で購入しているけど、あそこはネットで予約した場合のみ。だから今回はカウンターでスタッフから購入する。


「えっと、この映画のチケットを2名分で」

「お時間はいかがいたしましょうか。次の上映分ですと、端の席なら空いておりますが……」

「翠花、どうする?」

「うん、大丈夫。空いてるなら次のでいいよ!!」

「じゃあ、その席で」

「かしこまりました」


 運良く、次回上映する分のチケットを確保することができるようだ。ちょうどキャンセルが出たらしい。

 ただ、後ろ側の端っこしか空いていなかったが、それは仕方ない。それにその次を待つのもさらに2時間後になるし。


「本日、カップルデーですので、お客様二人で御料金10%引きのこのお値段です」

「え"」

「……!」


 カップルと言われれ、一瞬身構えてしまったが、表示された金額を二人で半分し、払う。


「カップルですと、この後も施設をお得にご利用できます。よろしければお二人で楽しい思い出を作ってくださいね」


 チケット売りのお姉さんからの暖かい眼差しを受け、私たちは売り場を後にした。


 カップル……そう見えるのかな……? べ、別にカップルってわけじゃないけど、あの時は仕方なかった。

 あまりの自然な流れで誘導されてしまったし。そ、それにお得だしね。新世君も声に出さなかったけど、きっとそういうことだと思う。


 わざわざ、損する必要ないよ、うん。


「ご、ごめんね。なんか、翠花みたいなのとカップルって思われて」

「別に気にしてないから謝るなよ。その方が、お得だったしな」


 うわ、優しっ。男バスのやつに同じセリフ言ったら、絶対バカにされるのに。

 でも私ばっかりが恥ずかしがってない? これ……。


「あー、えっと……まだ時間あるけど、なんか買う?」


 だけど、新世君が慌てて話題を逸らしてわかった。やっぱり新世君も少し恥ずかしかったらしい。耳が若干赤かった。

 だから私は、それに少し嬉しくなって即答した。


「もちろん!! 映画と言えばポップコーンだよね! 新世君は塩派? それともキャラメル派?」

「バター醤油派」

「あっ、邪道だなぁ。でもそれも美味しいよね。ここには売ってないけど」

「じゃあ、塩かな。翠花がキャラメルがよければ、それでもいいぞ」

「じゃあさ! せっかくだから、ハーフアンドハーフにしない? そしたらどっっちも食べられてお得だし!!」

「そうするか」


 そうして、売店で目的のものを買った私たちは、映画館スタッフにチケットを切ってもらった後、七番スクリーンへ向かった。


 ちなみに売店でもカップル割があり、また少し変な空気になった。


 ……そう言えば、男の子と二人っきりで映画って初めてだったような……。

 まぁ、いいや。とりあえず、楽しもう!


 私は、かぶりを振って新世君と一緒に席へと座った。



 ────────


 更新お待たせして申し訳ございません。

 今回の話は結構、いろいろ書き直してしまいまして……時間がかかってしまいました。


 また前回、後書きでフォローについてお話しさせてもらいましたが、そのおかげかあまり更新がなかったにもかかわらずこの一週間はそれなりに増えました。ありがとうございます。

 それとも翠花のおかげか……?


 ともかく、引き続き、早くはありませんが更新を続けて参りますので、よろしくお願いします。


 ご感想お待ちしております!




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