第81話 未来予知がなくても嫌な予感は当たる

 結局、ナツからの誘いを断れないまま土曜日を迎えた。

 今は午前の部活が終わって、自主練をそろそろ切り上げようとしていたところだ。


 今日は、男子が練習試合のため、体育館も午後から空いている。


「あー、もっと練習したかったなー」


 体育館にはまだ何人か残っている。

 こんな時に限って遊びが入るんだもん。


 いつもなら体育館に残ってもっと練習を続けるところだけど、約束の時間に間に合わなくなるので、早めに着替えて学校を出ることにした。


 ナツはと言うと、少し家が遠いので練習が終わるとすぐに着替えて帰ってしまった。「絶対来てよね!」とだけ言い残して。


「ほんともう勝手なんだから……結局断れなかったし。あんなこと言われたら断れないよ。というか、アレほんとなのかな……?」


 私は、ナツに言われたことを思い出して顔が少し熱くなる。

 なんとなく新世くんらしくないような気がしたけど……。


「まぁ、今さらそんなこと言ったって仕方ないか……っ」


 着替え終わった私は、部室から出て校門へ向かう。

 途中、練習着姿の先輩たちがウォーターサーバーの前で話しているのが見えた。


 少し気まずく思いながらもその横を挨拶して通り過ぎようとする。


「お、お疲れ様です」

「あれ、今日はもう帰るんだ」

「もっと練習しなくていいの?」

「えっと……この後、予定がありまして……」

「ふーん、じゃ、お疲れ」


 先輩たちの横を無事通り過ぎると小さく息を吐いた。

 振り返ると先輩たちは、また話を続けていた。


「もう、なんで緊張してんだか」


 私は、自分にそう言い聞かしてその場を後にした。



「はぁ……」


 家に帰ってからシャワーを浴びて、お昼を食べる。

 さっきから小さいため息が止まらない。


 なんだか行く気になれないけど、新世くんとの約束を破るわけにはいかない。


「気にしたって仕方ない。早く着替えていこ。っていうか、何着てけばいいの……?」


 なぜだか今になって服選びに迷ってきた。

 いつもバスケ部のみんなと遊びに行く時には服装なんて気にしたことないのに。


 その前に私、そんな洒落た服持ってたっけ……?

 基本、ジャージで過ごす私。

 流石に友達と遊びに行く時は、ジャージで行くことはないけど……それでも……。


「ああ、もうどうしよ!? え、ヤバっ!? もうこんな時間!?」


 あれこれと悩んでいれば、気がつけば家を出ないと遅れる時間になっていた。

 結局、悩んだ挙句、持っている服で一番マシな格好をして家を飛び出したのだった。


 ◆


 翠花との約束の日が来た。

 翠花と直接約束したわけじゃなく、岡井さん経由で遊ぶことになったわけだが、メンバーについては一抹の不安が残る。


 岡井さんに結局、誰が来るのか聞いたのだが、『当日のお楽しみ⭐︎』と連絡が返ってくるだけで具体的なことは何も教えてもらえないのだった。


 今日遊びに行く場所は、隣町の長浜。何をするかは全くもって聞いていない。

 約束は午後からだが、俺は一足早く家を出ていた。


 集合場所は、長浜。

 家にいても綾子さんにこき使われるだけなので、暇つぶしがてら本屋にでもよって、ついで昼ごはんを適当に食べてから行こうと思ったからだ。

 久しぶりにラーメンが食べたくなった。ただ、それだけ。


 家にいる時は、基本的に綾子さんが買ってきた惣菜か、俺が作ることになるのでたまには外でそういったものが食べたくなる。


 電車の乗り継いで数十分。俺たちの住んでいる場所とは違い、久しぶりに感じる都会の喧騒。

 人が多いのは得意じゃないが、たまには悪くない。


 そして駅に隣接している大きな本屋に入り、店内を一通り巡るとあっとういう間に時間が過ぎた。


 大きな本屋ってテンション上がるよな。

 そのまま本屋を出ると目的のラーメンを食べて、集合場所へと向かった。


 長浜駅の前でスマホを見ると時刻は13時前。なぜか少しだけ緊張してきた。

 普通に遊ぶだけだというのに。


 岡井さんは普通に遊んでリフレッシュって言ってたけど……一体何をするんだろうか。


 なんて考えていたら、改札から出てきた翠花がこちらを見つけると「あっ」とした表情をした後、こちらに小走りでやってくる。


「新世くん。お待たせ……!」

「いや、俺も今来たところだから」


 本当はもっと前に来ていたが、それは俺の都合なので、とりあえず定番の返事をする。

 そしてやってきた翠花の服装を改めて見た。


 薄いパーカーにスキニー。シンプルイズベストのなんとも翠花らしい格好だが、普段制服やバスケをするときの格好しか見ていないので私服姿はなんか新鮮だ。

 と言っても俺も似たような格好なのだが。


 こういうのって何か感想を言うべきなのだろうか。


「え、えっと?」

「あ、ごめん。なんでもない」


 あまりに見過ぎたのか、翠花は少し不思議そうに首を傾げた。

 なんだか今話す限りはそこまで落ち込んでいるわけではなさそうに思える。

 ただ、確かにいつもほど元気はないかもしれない。


「部活終わりに悪いな」

「ううん、大丈夫だよ! そ、それよりさっ。あの言ってたこと本当?」

「あの言ってたこと?」


 突然、翠花はなにかソワソワしながら聞いてきた。

 言っていたこととは……?


「そのさ。ほら……前のお礼のことっ!」

「お礼……」


 お礼って、何の。


「ほら、体育館で助けてくれたお礼のこと! 私がお礼するって言ったでしょ?」

「ああ、そういえばそんなこと……」


 今の今まで忘れていた。

 別にお礼なんてもうどうでもいいけどな。かなり前のことだし。


「えっと……? それで今日誘ってくれたんだよね? あの日のお礼ってことで翠花と遊んでほしいって……」

「え」


 翠花は、顔を赤らめながら小さく言った。


 ちょ、ちょっと待ってくれ。


「そ、それは一体誰から?」

「え? ナツだけど……」


 どいつもこいつも……っ!!

 なんで俺が翠花と遊ぶことをお願いしたことになってんの!? しかもお礼を強要した形で!!


「ち、違うの?」

「あー、翠花悪いけど──」

「あ、ちょっと待って。ナツから電話来た。出てもいい?」

「ああ、いいよ」

「ありがと。もしもし?」


 翠花は、お礼を言うと電話に出る。


「うん。もういるよ。ナツは今どこに──って、え!?」


 なんだか嫌な予感がしてきた。

 このくらい未来予知が出なくてもわかるようになってきた。


「えっ、ちょっと待っ──」


 ブツっと無情な電子音が聞こえた後、翠花がスマホを耳に当てたまま、こっちを見た。


「えっと……ナツ来れなくなったって」


 ほら、見ろ。そんなことだと思った。


「あー、じゃあ、他のメンバーは?」

「いない……」

「え」

「今日は、二人みたい……」


 それは流石に予想外だった……。


「ええっと……どうする?」

「どうするっつったって……」


 今日の目的は、翠花をリフレッシュさせること。

 この展開は流石に予想していたなかったが、ここで諦めたらその目的も果たせない。


 小さく息を吐く。


「仕方ない。二人で遊びに行くか」

「ええっ!? ほんとに!?」

「あー、嫌だったら……」

「あ、違うのっ! 嫌とかじゃなくて、翠花と二人きりなんかでいいのかなって……」

「まぁ、翠花が嫌じゃなければ、ちょっと付き合ってくれるか?」

「……うん」


 そうして、俺は翠花と二人で遊ぶことになった。


 ◆


 優李は、とあることを確かめるため、カフェ──カサブランカに来ていた。


「よし、行くわよ」


 カフェの入り口を前に深く深呼吸をして、気合いを入れる。そして目の前の扉を開けて店内へと足を踏み入れる。


 カランカランと、入店を知らせる鈴の音が鳴った。


「いらっしゃ──あら。優李ちゃんじゃない!」


 綾子は優李に気がつくと、カウンターから出てきた。

 店内はお客さんが数人いるくらいで今日は落ち着いているようだ。


「綾子さん。お邪魔します」

「いいえー。今日は一人?」

「あ、はい。あの……新世いますか?」

「新世? 新世ならいないわよ」

「えっ? えっと、どこか出かけてるってことですか?」

「そうみたいね。なんだか、朝から洒落込んで出て行ったわ。なんか長浜行くって言ってたけど。せっかく今日も仕事押し付けようと──」

「す、すみません。ありがとうございます!」

「優李ちゃん!?」


 綾子が言い切る前に優李は店を飛び出して出て行ってしまった。


「全くもう……っ。青春だね〜」


 綾子は、そんな優李の後ろ姿を見守ると少し微笑んで呟いた。


「失礼しました〜。引き続き、ごゆっくりくださーい」


 そして、店内に頭を下げてからもう一度、カウンターに戻るのだった。



──────


更新お待たせしました。

最近は、なかなかフォロワーが増えませんねぇ。更新が少ないからかもですが。


さて、全く未来予知してない新世君だけど、翠花ちゃんとデートへ行ってきます。

そしてもう一人何かに気がついた優李が……。


ご感想お待ちしております。

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