第18話 ちょっとした修羅場になるんだったら教えてくれてもよかったんじゃない?
「…………」
「ふふ」
「…………ふん」
「ひぇ……!」
「…………はぁ」
あれから藤林を入れた俺たち班一行は、地獄のような空気と化していた。
朝霧が止める間もなく、倉瀬は三組の後ろを一人で歩く、藤林に声をかけに行った。
人任せなのは承知の上だが、倉瀬がそういう性格で助かった。
それでダメなら、あの担任にも言い訳が立つ。
頑張ったけど、ダメでしたという言い訳が。
しかし、意外にも初め拒否反応を見せていた藤林は後ろからやってきた俺を見た途端、なぜか帯同することに同意したのだ。
俺としちゃどっちでもよかったけど……
「…………」
無言で俺の少し後ろを歩く藤林。他のメンバーからは離れている。
まるで借りてきた猫状態である。
……この空気、どうしろと?
これじゃあ、やっぱり拒否られた方が良かったかもしれない。
「ふ、藤林さんってさ! どんな男がタイプなんだ?」
と、そこでこの空気に耐えられなくなったのか、草介が藤林の方を振り返って話を振る。
よし、いいぞ! と言ってやりたいところだったが、質問の内容がいつもの草介なのですぐに残念な気持ちになった。
しかも、女子たちからは冷めた視線を向けられていることに気がついていない。
そしてその質問をする相手も間違いだ。
「チッ」
「ひっ、す、すみません……!」
帰ってきたのは軽い舌打ち。
それにビビる草介。草介は俺のすぐ背に隠れた。
「何してんだよ」
「いや、こえーだろ! てか、なんで藤林を班に入れることに賛成したんだよ!」
「それは、あれだ。草介喜ぶかと思って」
「た、確かに! 藤林は美人だが……それでも怖いもんは怖い! あ、でも頼めば、俺の初めてをもらってくれるかも……」
「お前な……」
すぐにそういう考えになる草介に呆れながらもヒソヒソ話は続く。
「それより、この空気どうするんだ!?」
「なんで俺に聞くんだよ?」
「いや、なぜか藤林はお前の後ろにくっついてるし……っていうことはまさかお前!?」
「いや、ないから」
「だよな! 良かった……俺たちの友情は守られた」
「あのさ。さっきから何? ヒソヒソうざいんだけど」
「ひぇっ! そ、それは新世がっ!」
あまりに藤林の様子を窺いながら、ヒソヒソ話しすぎたのか藤林に睨まれてしまった。
主に俺じゃなく、草介だが。
というか、友情語った瞬間に友達を売るな。
「いや、悪い。こいつに悪気はないんだ」
「あっそ」
この前、二人で遊んだ時とはえらい違いだな。あの時もあの時であのノリはしんどいものがあったが、これはこれで大変だ。
あの時の軽いノリはどこ行ったよ? 噂が藤林から人を遠ざけてると思ったが、その逆もありそうだ。
「はぁ。足痛。最悪。こんなことなら来るんじゃなかった」
矢継ぎ早に不満を吐露する藤林。おそらく独り言だろうが、俺たちにも聞こえてしまった。
俺もイベント事は好きな方じゃないけど、やはりこういう人が一人でもいれば、他のメンバーもいい気分ではないだろう。
俺も足痛いし、そんな気分になるのも分かるけど、どうすんだこの空気。誰か助けてくれないだろうか。
「まぁまぁ、紗奈ちゃん? 普段山なんか登らないから大変だよね」
そこで女神から助け舟が入った。
流石倉瀬だ。誰に対しても等しく優しさを振り撒いてくれる。天使というのは彼女みたいな人を言うのだろう。
女神だか、天使だかどっちかにしろってツッコミは無しで。
「私、前から紗奈ちゃんと仲良くしたいと思ってたんだ! だから良かったら一緒にお話ししながらチェックポイントまで頑張ろ?」
「は? うざ」
しかし、その女神の優しさもやさぐれギャルの藤林にかかれば一刀両断。
また空気が凍ってしまった。
……もうやめてほしい。
「というか、なんなの? 七海がせっかく班に入れてあげたのにそういう態度ないんじゃない? そんなんだからアンタって周りからも浮いてるんじゃない?」
「……はぁ? 何、急に。入れてあげたとか、頼んでないんですけど。ていうか、そっちに言われたくないんですけど」
おおっとここで我がクラスの狂犬、朝霧が参戦してきたぁー!!
一触即発。
空気はさらに混迷を極める。
ちょっと実況してみたけど、それどころじゃない。
軽く現実逃避してたわ。
それにしても……いやーギスギスしてきましたな。
ほんと収集つかなくなってきたぞ。どうしよ。
「まぁまぁ、みんな仲良く! せっかくの登山なんだ。ここは仲直りのハグをしよう。さぁ、まずは俺から手本を見せるぞ! ほら──」
「「あ?」」
「ひぇぇっっ……!!」
更に空気をカオスにさせた草介。
いらんことをすることに右に出るものはいない。
草介はまた俺の後ろで縮こまって震えていた。
「女怖い……」
「お前が悪い」
しかし、概ね草介の意見には同意。
俺はここに介入できそうにない。やっぱり面倒なことになった……。
やっぱり、先生。俺には荷が重かったんすよ……。
「そもそもそっちだってその子いないと一人ぼっちのくせに」
「私はいいの。七海さえいればいいから。そっちだって、そいつに引っ付いて何? 派手な見た目してる割に随分地味なの選んだわね」
「別にあたしが誰と一緒にいようと関係ないでしょ? それにあたしだって偶にはメインの料理より、横に添えられているパセリが食べたくなる時くらいあるし」
二人の言い争いは激化する。
分かりづらいけど、そいつって言うのは俺のことね。
朝霧のやつ……ケンカしながらさりげなく俺のことディスるのやめてくんない?
それに藤林も。俺はパセリなのか。パセリなのか……?
「それにパセリだって、別に不味くないし」
お、ちょっとフォロー入った? 喜んでいいのか、わからん。パセリだし……。
「私、パセリって嫌いなのよね。変な味するし」
おい、こら。いい加減にしろ。誰が変な味だ。
そろそろ聞いてる俺もしんどくなってきた。いろんな意味で。
「おい、二人ともその辺にしてくれ」
「新世はどっちの味方なの? まさか、その女の味方じゃないよね?」
「い、いや、俺はどっちの味方とかないから」
本当に勘弁してくれ。俺のいないところでケンカしてほしい。
どちらかと言えば、藤林の味方をしてやりたいけど、元はと言えば、藤林の態度にも問題があるからな。
後、俺はパセリ扱いされたこと忘れてないぞ。
「ふーん? 別にそこの不良の味方でもいいけど。アンタも注意した方がいいんじゃない? 転校してきたばっかで知らないかもしれないけど、その女、かなり遊んでるみたいだから」
「──ッ!」
その一言で藤林は顔色を変えた。
「男を取っ替え引っ替えしてんの。だからアンタも遊ばれてポイされるのがオチよ」
「おい、それは流石に……」
言い過ぎだ、と言おうとした時。
「あっそ。じゃあ、勝手にすれば!!」
藤林は朝霧の発言に藤林がキレた。そして一人道を外れ、離れて行ってしまった。
ああ、クソッタレ。面倒な……。
「ふん!」
「優李ちゃん……」
離れていった藤林にこちらの朝霧も不快感を示す。
それを複雑な顔で宥める倉瀬。
気がつけば、藤林が見えなくなっていた。
結局、藤林はまた一人になってしまったようだ。
「私、もう一度、紗奈ちゃん追いかけてちゃんと話してみるよ!」
どうすっかなーなんてことを考えていると、倉瀬がそんなことを言い出した。
倉瀬の献身性には頭が下がるが、藤林にはその誠意でさえも逆効果な気がする。
そもそも藤林は誰とも仲良くなろうと思っていないのだ。不真面目な藤林をその真逆の倉瀬が追いかけても結果は見えている。
「別に放っておけば……」
「優李ちゃん!!」
「──ッ」
……倉瀬が怒ってるところ初めて見たかもしれない。だが効果は絶大だったようだ。倉瀬に怒られた朝霧は今にも泣き出しそうな顔をしている。
……なんかこっちもこれはこれで気まずくなってきたな。
「はぁ……俺が行ってくるよ」
やる気は出ないが仕方ない。
ここは山道。いくら学校側が毎年使ってる山とはいえ、一人で歩くには不安が残る。それに先ほど、倉瀬が滑りかけたように場所によってぬかるみがあったりもする。
一応、担任に頼まれたのは俺だからな。面倒でも仕方ない。別に心配だとかそんなんじゃない。後で俺の責任になってほしくないだけ。
決して、気まずい空気が嫌なわけじゃないぞ。
「後、朝霧も言い過ぎ。連れて戻ってきたら、謝るくらいしてくれ」
「……何よ。私は別に……」
「朝霧」
「っ……分かったわよ」
「……はぁ。じゃ、行ってくる」
「あ、伊藤くん」
少しだけしおらしくなった朝霧と隣には何かを言いた気な倉瀬を置いて、俺は藤林を追いかけた。
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