第17話 時に天然に助けられることもある
「……これどれくらい?」
「ん? まだ入り口入ったところだぞ」
何はともあれ、登山が始まったわけだが、早速弱音が出てしまった。
普段運動をしない俺にはほんの少し歩いただけで足にくるものがある。
山に登るまでで既に数キロは歩いている。今すぐお家に帰って横になりたい。
それはさておき、俺には面倒なことに任務が課せられている。
それは不良少女──藤林の監視+お守りである。考えるだけで頭が痛い。
「はぁ……」
「さっきから鬱陶しいわね。せっかくのいい天気なのに気分が下がるからやめてくんない?」
そうして近くを歩く朝霧からも文句を言われる始末。
「山登ってんのに良くそんな元気でいられるな。お前ももしかして草介と同じでイベント事に命かけてるタイプか?」
「あんなのと一緒にしないで。私は単に七海と一緒にいられるのが嬉しいだけよ」
「そんなのいっつも一緒にいるだろ」
「こういうイベント事だから余計に嬉しいって言ってんの!」
「ああ、そう……」
やっぱりイベント好きなんじゃん。
そう言おうと思ったけど、文句を言われるだけなのでやめておいた。
「もう、優李ちゃん! ダメだよ? せっかくの林間学校で同じ班になったんだから仲良くしなくちゃ!」
「な、七海! こ、これは……」
まるで浮気現場を見つかったかのように狼狽する朝霧。それを見て少し心の中でほくそ笑む。いつも俺に強い態度の朝霧が倉瀬にはめっぽう弱い。
「む、無理よ! こいつ変態だし!」
「あ、またそんなこと言って! 素直じゃないなぁ……」
「素直とかそういうんじゃないから!! そもそも七海が言いだなさきゃ、好き好んでこいつと同じ班になんないから!」
そう。なんでか俺と朝霧、倉瀬は同じ班になっている。
もう一人は、お察しの通り草介である。
大体が四人班で構成して、この林間学校の間、行動を共にする。
男女別でもなんでもいいらしいのだが、俺と草介で組んで残りをどうするか迷っていた時に声をかけてきたのが、倉瀬だった。
あの時の朝霧の顔と言ったらもう……。
草介はというと天地がひっくり返るくらい喜んでいた。
そして他の男子たちからは恨みの篭った視線を向けられた。
「ああ、二人が楽しいそうにしているの見るだけであたり一体がお花畑のように見えんか、新世」
「ごめん。意味がわからん」
草介は尊いものを見るように二人を眺めて涙を流していた。
それにしたってなんで倉瀬は俺と同じ班になったのだろうか。いろいろ疑問が残る。おかげで今も他の班の男子からは僻みの視線を感じる。
「どうしたの、伊藤くん?」
「……いや、なんで倉瀬は俺たちを同じ班に誘ったのかと思って」
「そんなこともわからないの? アンタが転校してきたばっかりで友達少なそうだから誘ってあげたの。七海の優しさに感謝しなさい!」
朝霧がなんでこんなに得意気なのかは知らないが、そういうことなのだろう。それくらい倉瀬は他人に優しく気遣える子である。どこかの誰かとは違って。
「っ!?」
一瞬だが、殺気を感じて、固唾を飲み込んだ。たまに朝霧は本当に心を読んでいるのかと錯覚してしまう。
そこへ倉瀬がまた口を開いた。
「うーん、それもあるけど……もっと伊藤くんのこと知りたいなって思って!」
極上の笑みが解き放たれた。
「ッ!?」
「え"っ!?」
「何……だと……?」
同じく、朝霧も草介も倉瀬の大胆な発言に固まった。
そしてすぐに朝霧は俺を睨んだ。一々敵意を剥き出しにしないで欲しい。
倉瀬はというとニコニコと無邪気な笑顔を浮かべており、俺がなんで朝霧から睨まれているのかわからないようで、頭を傾げていた。
俺は草介に今の発言について、ヒソヒソと話しかけた。
「倉瀬って天然なんだな」
「だな。俺も思ったぜ。さっきのはやばかったな。俺だったら勘違いして飛びついちゃうね」
「……お前じゃなくてよかったよ」
多分、そういう意味ではない。
あれだけ美少女の微笑みに当てられたら大体の男子は惚れるだろう。
確かに威力が凄まじかったが、ここを勘違いするほど自己評価が高いわけでもないので、そっと流すことにした。
後、流さないと身の危険を感じるから。朝霧からの圧力が増えた。
そんな自分の発言で俺に危険が迫っていることなど露知らず。倉瀬は呑気に生えている草花を見つけては、目を輝かせている。
本当に呑気なもんだ。
なんてことを考えていれば、やってくるいつものやつ。
***
「ちょっと七海! あっちこっち行かないの! 足元悪いんだから気をつけなさい!」
「えへへ、大丈夫だよー!」
倉瀬が先ほどと同じように綺麗に咲いている花を見つけて、駆け寄ったところだった。
朝霧は、無邪気に動き回る倉瀬を心配そうに見守る。
「あ、ねぇねぇ、見てこのお花! すごく綺麗じゃない? あれ……!?」
「ッ! 七海!?」
朝霧が叫んだ時には遅かった。
軽く傾斜になっていたその場所は前日までの雨で軽くぬかるんでいた。
そこに足を取られ、倉瀬が転げ落ちた。
***
そこで映像は途切れた。
なんて白昼夢を見ていたと思ったらもう、
「あ、ねぇねぇ、見てこのお花! すごく綺麗じゃない? あれ……!?」
「ッ! 七海!?」
「あっ……」
危ない。
咄嗟に駆け寄って、手を出した俺はバランスを崩した倉瀬の腕を引っ張り、こちらに引き寄せた。
「……っ」
「……わ、悪い」
「……う、うん」
思わず、抱き締める形になってしまい、目が合った。一瞬、お互いの間に気まずい空気が流れるが、すぐに俺が謝り、倉瀬を解放した。
「七海、大丈夫!?」
そこへ、朝霧が慌てて駆け寄ってくる。
「あ……うん。伊藤くんに助けてもらったから。あ、ありがと、伊藤くん」
「……どういたしまして」
肝が冷えたな。
俺は倉瀬が転げ落ちるはずだった傾斜を覗き込んだ。
決して、きつい傾斜ではないが、転げ落ちれば怪我の一つは免れなかっただろう。
それに怪我がなくても泥だらけにはなりそうだ。それだけで俺だったら家に帰るかもしれん。
「くそ、役得じゃねぇか!! どんな匂いした!?」
「言ってる場合か」
後からやってきた草介が興奮した様子で聞いてくる。俺は、呑気な草介の頭を引っ叩いた。
「……ちょっと!」
そして草介とくだらないやりとりをしていると倉瀬の無事を確認した朝霧がこちらに詰め寄ってきた。
も、もしや怒られる?
不謹慎なやりとりだったと俺でも思う。もっとも、その発言をしたのは草介だが。
それかさっきのか。
朝霧にとって倉瀬は大親友。普段でも倉瀬と俺が話すと威嚇するほどなのに、事故とはいえ、抱き寄せてしまったのだ。いつもの流れだと難癖付けられるに違いない。
俺がいつどやされるかと、眉を顰めていると朝霧は肩を震わせた。
「……七海を助けてくれて……あ、ありがと」
「お、おう……」
なんだか気が抜けた。
ぶっきらぼうなお礼を言われるとこちらもリアクションに困る。というか、流石にこの場面で責められはしないか。
お礼を言うとまた朝霧は倉瀬の元へと向かう。
「もう! 七海はいつも周りが見えてないんだから! 気をつけなさい!!」
「ふぇぇ〜優李ちゃん。ごめんなさ〜い……」
朝霧に怒られて、肩を落とす倉瀬。近くにいた同じクラスの班の女子たちも集まって倉瀬を心配していた。
それからまた俺たちは気を取り直して、道に気をつけながらチェックポイントを目指して歩き出した。
さて、トラブルがあったものの忘れてもらっては困る俺に課せられた試練がある。
藤林の件である。
運よくも藤林は所属する三組の集団から外れて歩いている。
ちょうど後ろを歩く俺たち四組にとっては好都合というわけだ。
ただ、問題はどうやって藤林とコンタクトを取るかだ。
『君は彼女を自分の班に入れて、一緒におしゃべりしながら山を登って青春の思い出を作ってあげればいい』
……考える間もなく、班に入れてあげなくてはならない。
草介たちにどう説明すっかな。めんどくせぇ……。
「あれ? 前にいるの藤林さんだね。一人で……他の班の人はどうしたのかな?」
頭を悩ませているところにちょうど、藤林の存在に気がついた倉瀬がそう呟いた。
「さぁね。別に一人が好きなんだからいいんじゃない?」
朝霧が興味なさそうに返した。
「優李ちゃんってば、またそんなこと言って……。他の子とも仲良くしないとダメだよ?」
「私は七海さえいればいいの」
「全くもう……私がいない時、どうするの」
「ヤダ」
まるで母親と子供のようなやり取りである。倉瀬は面倒見が良さすぎるな。というか、朝霧、倉瀬の前だと性格変わりすぎてない? ヤダだってよ。
「何か言いたいわけ?」
「何も」
朝霧は鋭すぎる。
「でも他のクラスだけどやっぱり一人って心配だよね。さっきの私みたいにドジしたら誰も助けてくれないんだし」
妙に説得力あるが、言ってて悲しくならないか、それ。
しかし、倉瀬の言う事は一理ある。基本は班行動だが、あれでは何かあった時や一人逸れた時に対処できない。
そしてこれはチャンスでもある。桐原先生から俺に課せられたミッションをこなすためにもこの倉瀬の呟きを逃さない手はない。
「こほん。あー確かに一人は心配だなー。あ、そうだ。よかったら一緒の班に入れてあげるのはどうかなー。そしたら何かあっても大丈夫な気がするなー」
「おい、新世。急にどうした。棒読みになって」
「バカ。空気読め!!」
「え!? 何が!?」
せっかく俺が一芝居打ったのに無駄になってしまうだろうが。
「アンタ何考えてんの?」
ほれみろ。朝霧に変に疑われた。
くそ。草介のせいで失敗か……。
そう思ったその時。
「うん! それいいね!! そうしよ!!」
「……え、七海……本気!?」
倉瀬の一存にて、俺の意見が通った瞬間だった。
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