第16話 未来予知してなくても問題ごとは降ってくる
そして学校行事──登山当日がやってきた。実態は林間学校なのだが、学校の行事要項には『登山』と記載があるので、そう扱わせていただこう。
いつも制服で登校している生徒は今日はジャージに着替えて登校する。
遠足気分と言えば、少しは前向きな気持ちになれるのだが、俺たちに待っているのは過酷な山登り。
何時間もかけてあの高い山を登ることになる。
俺は遠目に見える山を見て、ため息を吐いた。
「おーっす、新世! どうした、元気ねぇぞ!!」
すると後ろからやってきた草介が俺の肩を軽く叩く。
草介は俺とは違い、普段と変わらないテンションだ。
「まぁな。逆に聞くけど、なんで山登るのにそんなに元気なんだよ」
「馬鹿野郎!! 山登りといえど、イベントは学生にとって貴重な他クラスとの交流の場なんだ!! テンション上げずにいられるか!! さらには飯盒炊爨にテントの設営に肝試し!! 輝く青春が待っている!! 俺はこの
やはり草介はいつの日も草介である。山登った後にそんなイベントを楽しむ余裕があるとは思えないんだが。
しかし、どんな時であろうと出会いというものが原動力になっているな。こいつに落ち込む日とかあるのだろうか。純粋に気になる。
「お前が羨ましいよ」
「そんな褒めるなよ」
「……」
「あ、伊藤くん。おはよう!」
「ああ、倉瀬おはよう」
「あれ、倉瀬俺は?」
草介とくだらない話をしていると横から倉瀬がやってきた。隣には朝霧もいるがなんだか不機嫌そうだ。
倉瀬も朝霧も当然俺たちと同じようにジャージ姿で髪は二人とも後ろで一つに括っていた。
いわゆるポニーテール。風に揺れて、時折見え隠れするうなじがなんとも……。
「何?」
「……いや、なんでも」
それとなく見ていたら、朝霧に睨まれた。
「目がいやらしい」
「それしか言えんのか」
「事実じゃない。女子のうなじに見惚れて。やっぱり変態じゃない」
痛いところを突かれたが男なんてみんなこんなものだと思っている。
その証拠に草介はチラ見ところじゃなく、ガン見している。
あ、しばかれた。
「後で出発前の保健委員の集まりに行ってきなさい」
「は、なんで俺が。やだよ、パス。この前の説明の集まりも行ってきたんだから朝霧が行けばいいだろ」
「クラスのみんなの体調確認を私がしたんだからアンタがその報告行きなさいって言ってんの! アンタが来るの遅いから私がやっておいたの。アンタらで最後! どうせ忘れてたんでしょ」
……そう言えば、当日の保健委員の仕事にそんなことがあると言ってた気がする。
完全に忘れてた。くそ、逆らえない。
「……わかったよ。行ってくればいいんだろ」
あんまり逆らうもの体力を使うので俺は朝霧の言葉に従うことにした。
朝霧からバインダーごと名簿を受け取った俺は、保健委員が集まるグラウンドの隅へ向かった。
名簿には簡易の体調情報が書かれており、それを先生に渡して報告は完了だ。
報告を受け取る担当の先生は、我らが担任の桐原先生と養護教諭の中村先生のようだ。
……中々めんどくさそうなメンツである。
今は、他のクラスからの報告を受けていた。
「お」
「あ」
報告を待とうと思ったところ、偶然にも見知った生徒と目があった。
そこにはだるそうにしゃがみ込んで、つまらなそうな顔をしている銀髪の生徒──藤林がいた。
藤林はどこかバツの悪そうな顔をした。
「こんなとこで何してんだ?」
「なに。話しかけないんじゃなかったの?」
「しまった」
「しまったってどういう意味!」
前に連れ回された時に叩いた軽口を拾われた。
この前は例外として、初対面だったらまず話しかけなかった見た目の相手だが、今は全くそんな苦手意識というものがなかった。
一回、話すと案外印象が変わるもんだよな。
「こんなだるそうなイベントてっきりサボるもんかと思っていた。意外だな」
「二年になってからサボりすぎて、怒られたの。これ参加しないとダブらせるって脅された。桐原に」
「なるほど?」
出てきたのは呼び捨てにされた我がクラスの担任の名前。
そこは自分のクラスの担任じゃないんだ。桐原先生と何かあるのだろうか。
「生徒指導で一年の頃から目、付けられてるから」
俺の疑問に答えるように小さくこぼす。
生徒指導だったのか、あの先生。確かに……ぽいな。
先生ってなんとなく、こういうイベント事参加させがちだよな。
「それで参加したと。ご苦労様。それより、気になったんだけど、今日テンション低くない?」
この前、一発ヤる? と言っていた時とはえらい違いようだ。今の藤林に前のような明るいギャルの面影はない。今はかなりだるそうにしていて普段の俺を見ているみたいだ。
「これから山登んなきゃいけないのにテンションなんて上がらないってーの」
「つってもその後は、飯盒炊爨あったり、テント立てたり、肝試しとかあるらしいじゃん。それなりに楽しみしてるやつはいるんじゃないか」
草介然り。やはり、山登りが過酷であろうとも、多くの生徒はイベントが好きなものだろう。
「山登って疲れ切った後にそんなの楽しむ余裕ないって。そういうのは、体力あるやつか、そういうのが好きなやつで勝手にやってくれればいい」
「だよな。俺もそう思う」
俺も藤林の意見に大いに賛成だ。山登って飯食ってテント立てたらさっさと寝ることにしよう。
運動部みたいに体力があったり、イベント事を楽しみにしている生徒ならいいが俺はそこまでじゃない。
だからそんな心の余裕はない。どうしてもめんどくさいが先行してしまうからだ。
「ねぇ、このままサボっちゃわない?」
「……ありがたいお誘いだが、俺まで目をつけられんのは勘弁だな。転校してきたばっかだぞ」
「この前は一緒にサボったのに」
「成り行きでな」
「一発ヤラしてあげるから!」
「声がでかい!」
俺と話しているうちに前にサボった時のように少し戻った気がした。
と、そこで他のクラスの報告が終わったようだ。
「じゃ、俺、報告してこなくちゃいけないから」
「マジメ」
「しないと後でどやされる」
俺は、隣席の鬼を思いを浮かべて、先生の元へと向かった。
「次は……ああ、私のクラスか」
「ども。よろしくお願いします」
桐原先生に軽く挨拶をし、バインダーを渡す。
桐原先生はバインダーを受け取ると上から下へと目を通していく。
「ふむ。特に体調不良者はいないようだな」
「そうみたいっすね。じゃ、俺はこれで──」
「待ちたまえ」
すぐにクラスの元へ戻ろうとすると呼び止められた。
「なんすか」
「いや、伊藤くんは彼女と仲がいいのか?」
桐原先生の視線は、向こうで怠そうに座っている藤林へと向けられていた。
「仲良いっていうか……まぁ、ちょっと話す程度ですけど」
「なるほど、十分仲が良いようだ。転校してきて学校に馴染めているか、聞こうかと思ったが、存外馴染めているようで安心した」
「馴染めてるんすかねぇ……」
あまりそうは思わない。
まともに友達だなんて呼べるのは、草介くらいだ。
その他に仲のいい生徒などいない。後は倉瀬くらいか。転校生の俺を気にかけて話してくれるのは。それを恨めしく見てくる奴もいるが。
「馴染めているさ。朝霧もそうだし、まさか、学校一の不良少女とも友達になっているとは恐れ入った」
なんでここで朝霧が出てくるかは知らないが、不良少女というのも気になる。
「別に友達ってわけじゃないです。それと不良少女って藤林のことですか?」
「そうだ。教師側から見れば、学校を頻繁にサボる彼女は立派な不良そのものさ。それに彼女には良くない噂も多い」
噂ねぇ……確かに他の生徒から藤林は避けられている。それは草介から前に聞いた噂が原因なんだろうか。
そこに学校をサボりがちな彼女は立派に教師から目をつけられた存在というわけだ。
「とりあえず、そんな君に一つ、お願いをしようかな」
「……嫌な予感しかしないんで断ってもいいですか」
「答えはNoだ。彼女がどこかにサボっていなくなってしまわないように見張っていてほしい」
俺の質問は即座に却下され、すぐにお願いの内容を聞かされた。
「つまり監視ってことですか? まさか友達を売るような真似をしろと?」
「おや、君は彼女の友達なのかい?」
「……」
「まぁ、そう困った顔をしないでくれ。私は彼女のことを思って言っているんだ。彼女の素行の悪さは一年頃からでね。教師陣の間では、進学させないという話も出ていたくらいだ。このまま、学校行事もサボるようじゃ、本当に一学期のうちに留年が決定してしまうかもしれない。私もそうなってほしくないんだ」
「でもなんで俺に……俺がめんどくさがりなの知ってます?」
「この前は随分彼女と楽しそうにしていたじゃないか」
……何の話だ?
唐突な話題に頭が混乱する。
「転校早々学校までサボって、彼女とデートとは。恐れ入る」
…………まじ? バレてる?
「担任の私が生徒指導であるにも関わらず、いい度胸だ」
嫌な汗を掻いてきた。
「それに私は、君の保護者とも知り合いだ。私もそういう立場ゆえ、君がサボったことを彼女に伝えなくてはならない」
完全な脅しである。元から拒否権はなかったようだ。この担任手強い。
というか、綾子さんと知り合いなの? 初耳だ……。
しかし、綾子さんを思い浮かべるがチャランポランな姿しか出てこない。だとしても……
「ああ見えて彼女は、そういった側面ではかなり厳しい。特に君のような特殊な事情がある子を預かる身としてはね」
「…………」
そう言われれば従わざるを得ない。
確かに綾子さんの立場からしたら、預かっている俺がフラフラと学校をサボっていて、何かあった時、堪ったものじゃないだろうな。俺としても保護者である綾子さんに迷惑をかけたくはない。
「わ、かりましたよ。ただ見張るたって何すれば……」
「そこは簡単さ。彼女は学校では浮いている存在だ。だから常に一人でいるだろう。そこで君は彼女を自分の班に入れて、一緒におしゃべりしながら山を登って青春の思い出を作ってあげればいい」
……見張る? それ見張るって言うのか?
なにが簡単だよ。
「俺、別のクラスなんすけど」
「ああ、頑張ってくれたまえ」
無茶苦茶だ。話が通じない。
「私は生徒想いなんだ。こんな青春のイベントを一人で過ごして消化してしまう生徒がいたら放っておけないだろう」
その当て馬が俺ってわけかよ。そんなやつ他にもいるだろうよ。
「本当になんで俺なんだか……」
諦めきれず、またぼやいてしまった。だが、それすらも桐原先生に拾われてしまう。
「それは君が彼女を恐れていないからさ。彼女はああ見えて、繊細だからね」
「…………」
思い当たる節がないわけでない。
「ふっ。まぁ、私も無償でこんなこと頼みはしないさ。さっきのことを綾子に黙っていることもそうだが、それとは別に無事任務を完了した暁にはご褒美をあげよう」
「ご褒美?」
「ああ、男子生徒が喜ぶようなものじゃないとだけ言っておく」
……別に期待したわけじゃないぞ。
「まぁ、楽しみにしていてくれたまえ」
なんだかんだ結局、受けることになってしまい、元のクラスメイトが集まる方へと戻っていく俺。
離れていく際、桐原先生と中村先生の方から「やはりラブコメの匂いがする」「私も思った! 要観察!」と聞こえたのは気のせいだっただろうか。いや、気のせいだと信じたい。
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