第15話 噂には尾ひれやはひれが付いていたりする

 登校してから教室に入るまでの間、何やら複数の視線が俺に突き刺さった。


「……なんだ?」


 周りの生徒たちは未だ知り合いとは言い難い存在だ。

 そんな生徒たちは俺を見るや否や、ヒソヒソと何やら話していた。


「……?」


 なんか知らんが嫌な感じだ。こういうのって大抵の確率で悪口を言われている気がしてしまう。

 特に悪いことをした記憶はないが……。


 教室に入ってからのクラスメイトの視線も同じようなものだった。


 席に着くと隣には朝霧がもう登校していた。

 朝霧は俺が座るや否や、少し冷めた表情でこちらを一瞥した。


 ……気になる。

 一体なんだってんだ。


 気になった俺は、朝霧に聞いてみることにした。


「なぁ、朝霧。俺、何かしたか?」

「何かしたかどうかでいえば、したんじゃない?」


 なんとも煮え切らない答えが返ってきた。

 何これ。クイズか何か? 転校生の俺に向けたサプライズを学年単位でしてくれてるとか? いや、それはないか。


「周りの視線が気になるんだが……教えてくれ」

「…………」

「頼む」

「はぁ……昨日は随分お楽しみだったみたいじゃない」

「……何の話?」


 まるで思い当たる節がない。

 昨日、俺に楽しいことなんてあったか? と自分の行動を振り返る。


 保健室の留守番を押し付けられて、終わった後は普通に帰って綾子さんにこき使われてから寝ただけだ。

 楽しいことなんて一つもない。


「アンタって案外手が早かったのね。転校早々」

「??」


 ますますわからん。


 とそこへ登校してきた草介が間を割って入ってきた。


「お、草──」

「この裏切り者ぉ!!!!」

「ぐぇ!?」


 まるでカエルが潰れたような声が出てしまった。草介はいきなり現れたかと思えば、俺にいきなり体当たりをしてきたのだ。


「いてぇな! なんだよ!?」

「なんだよもクソもないぞ。この裏切り者め!!」

「だから一体何のことだ?」

「……しらばっくれやがって。俺、知ってるんだぞ!! お前に彼女がいるって」

「……は?」


 悲しそうにそう呟いた草介の言っていることの意味がわからず、俺はもう一度聞き返す。


「なんて言った?」

「だから!! 昨日、お前が女バスの子が怪我したのを颯爽と駆けつけて、お姫様抱っこして保健室に運んだって話が出回ってるんだ!! あのいちゃつき具合は間違いなく恋人のそれだった証言が出てる!! もう言い逃れできないぞ!!!」

「…………」


 それに俺が瀧本さんの彼氏だって……?


 田舎って本当に噂が出回るの早いんだな……。草介に前に言われたことが身に染みた。

 というか、尾ひれ付きすぎだろ。なんでお姫様抱っこしたことになってんだよ。

 瀧本さんとの一連のやり取りを体育館にいた連中は見てたはずだろ? どうなってんだよ。


「そういうこと。保健委員の仕事をほっぽり出して……よっぽど大切な彼女みたいね」

「ち、違うってば。それに仕事って留守番ならちゃんとやっただろ」

「衛生用品の点検は?」

「…………ぁ」


 忘れていました。

 留守番の後、すぐにあんな未来が見えたものだから、完全に頭から抜け落ちていた。


「いいご身分ね」


 何やら朝霧は機嫌が悪いようだ。俺が頼まれた仕事をサボったからか?


「なんでそんな機嫌悪いんだよ」

「朝霧は嫉妬しているんだぞ」

「黙りなさい」

「ぐぇ」


 調子に乗った草介は、朝霧に容赦無く、しばかれた。


「そりゃ、アンタが頼んだ仕事もせずにサボって女の子とお姫様抱っこしてイチャついてたって聞けば、ムカつくに決まってるじゃない」

「いや、だから脚色付きすぎだから、それ」

「お母さんは悲しい。お母さんに黙って彼女をこさえて。紹介もしないだなんて!! そんな子に育てた覚えはありません!!!」

「とりあえず、お前は黙ってろ。後、彼女とかじゃないからな。昨日のは成り行きでそうなっただけだ」


 俺は横から茶々を入れてきた草介を黙らせ、俺と瀧本さんが何もないことを説明した。


「ふーん? どうだか……まぁ、別にアンタが誰と付き合おうと構わないけど、今日の昼休みにある保健委員の集まり、アンタが行ってきなさい」

「……集まり?」

「当然でしょ。一昨日に引き続き、またサボったんだから」

「……」

「ふふん」


 それを言われるとぐぅの音も出ない。

 朝霧は勝ち誇ったような顔をした。朝霧とは、転校初日から度々言い合いになるが、俺を言い負かす度になぜか得意気になる。


 それにどうやら最初から俺に行かせようとしていたらしい。


「というか、なんでこんなに保健委員の活動あんの? 月1じゃねぇのか?」

「それは来週の行事に備えてよ。後、やたら委員長さんが張り切ってるのもあるけど」


 ……やっぱり面倒な委員会だな。

 朝霧は言い終えると、ちょうど登校してきた倉瀬の席へと向かっていった。


「なぁ、草介。来週の行事ってなんだ?」

「ああ、そうか。もうそんな時期か」

「なんだよ、もったいぶらずに早く教えろよ」

「ふっ。聞いて驚くな。この学校の無駄行事こと」

「その名も?」

「──登山だ」


 ……登山?


 ◆


 四月のゴールデンウィークに入る前。

 二年生のこの時期、新しいクラスでの親睦を深めるため、とある学校行事が開催される。


 それが、登山。


 ……めんどくさいどころの騒ぎじゃない。

 嫌過ぎる。

 なんで登山? 親睦を深めるんだったらもっと他にあっただろ。


 草介によれば、これは昔からこの学校には同じ釜の飯を食う仲間で語らい、山を登るという訳の分からん風習があるようだ。


 苦楽を共にしてこそ、これからの受験という大きな難関に立ち向かうべく精神と絆を深めるという崇高な目的があるらしい。


 ふざけんな、と言いたい。

 受験にチームワークもクソもない。最終的に受験は自分で受けて、自分の力で合格を勝ち取るもんだ。


 絆などに頼るなど弱者の考えよ──とどこぞの悪の親玉の思考みたいになってきたところで、一旦頭をリセットして先生の言葉に耳を傾けた。


「そういうわけで、保健委員の我々も細心の注意を払って行動しなくてはならない」


 今は来るべき行事のために保健委員として、役割をご高説頂いているところだ。

 登山ということで、毎年少なからず怪我人や病人が発生する。

 そのために保健委員も救護活動をしなければならないということだ。


 本当に頭が痛い。なんて面倒な委員に入れられてしまったんだ。

 ちなみに説明しているのは我らが担任の桐原先生と昨日保健室にいた養護教諭である中村先生である。


 どうやらこの行事の救護責任者らしい。


 しかし、話を聞いていれば、登山というのはこのイベントの一環であり、

 その中身は一応一泊二日の宿泊研修、つまりは林間学校のようだ。


 一応、野外炊飯やテントの設営と他にも肝試しと定番イベントがあり、それなりに楽しいこともあるようだが、生徒から不人気なのがこの登山の部分。


 登る予定となっている山の道がそれなりに過酷らしく、めちゃくちゃ歩かされてヘトヘトになったところを自分たちで野外炊飯とテントの設営という追い討ち。


 勘弁願いたい。しかも、頑なに行事名は登山となっているのが不思議だ。


「じゃあ、今集まっている保健委員は、もう一人の保健委員にもプリントを渡して説明しておくように」


 昼休みを数十分潰された俺は、ようやく解放され、空き教室を後にしようとした。


「あれ? 新世くん!」


 空き教室を出てすぐに誰かに声をかけられた。

 後ろを振り返ると松葉杖をつく、瀧本さんの姿があった。

 その姿を見て、嫌な予感が過ぎる。


「……まさか大怪我だったのか?」


 開口一番、その姿を見て思ったことを口にしてしまった。


「え、あ、これ? 違う違う! 軽い怪我だったんだけどね。念のためってことで借りてきただけ!」

「なんだ……よかった。右足の方?」


 松葉杖を持つ手は左だった。つまり怪我があるのは右足ということになる。


「うん、そうなんだ。ちょっとふくらはぎが張ってて。放っておいて無理するとたまに大怪我につながっちゃうんだって。高校生ではあまりないみたいだけどね。逆に左足の捻挫の方は全然大したことないって言われて驚いちゃった」


 怪我の詳しい説明を聞いて、安心した。痛めたことには間違いないがどうやら不幸中の幸いだったようだ。昨日、俺が忠告しなければ、その大怪我につながっていたかもしれない。

 そう思うと俺のしたことも無駄じゃなかったということ。


「ほんと、新世くんのおかげだよ。ありがとう」

「いやいや、俺は何もしてないって」

「ううん、あの時、忠告してくれてなかったらもっと酷いことになってたかもしれないし」


 純粋な感謝を向けられ照れ臭くなり、後頭部を掻いた。

 誰かのためだなんて思ったことない。純粋に自分が嫌な思いをしたくなかっただけ。これは本当のことだ。


「まぁ、じゃあ、とりあえず感謝の言葉だけ受け取っておくよ」

「ダメダメ! 言葉だけじゃ足りないから!! ちゃんとお礼させて!!」

「んな、大袈裟な」

「するったらするからね! それに痛めた後だって、おぶって保健室まで連れてってくれたんだし!! ……あっ」


 言ってから瀧本さんは顔を赤くした。

 昨日のことを思い出したのだろうか。なんだか俺も少し恥ずかしくなってきた。


 気まずい空気が出来上がる。


「あ、あれじゃね? 転校生と女バスの子? 噂って本当だったんだー!」

「しっ。邪魔しちゃ悪いよ」


 そしてそんな中、通りすがりの生徒たちが俺たちを見て、そんなことを言って通り過ぎて行った。


「…………」

「…………」


 余計に気まずくなった。

 ……おい。どうしてくれんだ!!

 噂のこと瀧本さんはどう思ってるんだろうか?


「あ、あはは……ご、ごめんね。なんか翠花のせいで変な噂が出来上がっちゃってるみたい」

「いや、こっちこそなんかすまん」

「と、とりあえず、みんなには誤解だって言っておくから!!」

「ああ、頼む」


 そうして気まずい空気の中、俺は瀧本さんと別れた。


 そして、教室に戻ると、


「伊藤くん!! 女バスの子と付き合ってるって本当!? さっき、クラスの子が二人が人目もはばからず、抱き合ってるところ見たって!!」

「おい、新世!! ふざけんな、おめぇ!!!」


 さらにややこしいことになっていた。

 どういうことだよ、根畜生!!!


 俺はそれからまた、時間をかけて、草介と倉瀬に誤解を解くこととなった。

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