第14話 不思議な出会いだった

 私、瀧本翠花は内心申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 保健室へ向かう道すがら、私と新世くんの間にはなんとも気まずい空気が流れている。


 まさか怪我をした私が今日会ったばかりの男の子に担がれているなんて思いもよらなかった。

 ただでさえ普段から男っ気もなく、バスケが恋人と自称している私。だから周りの仲間たちもここぞとばかりに囃し立てていた。

 慣れていないそれを思い出すだけで恥ずかしさで顔が熱くなる。


 絶対戻ったら話聞かれるよ……。

 うぅ……キャプテンのせいで……。


 それに体育館にはバスケ部以外にも知り合いがいっぱいいる。

 バレー部にバトミント部もいたし、そんな中を転校生の新世くんにおんぶされているところ見られるなんて……。


 死んだ。絶対噂される……。

 それに新世くんだって迷惑だろう。私みたいに男みたいな女と噂されるのは。

 そこはちゃんと謝っておかなくちゃ。


 私はそうしてようやく重たい空気の中、口を開いた。


「なんか、ごめんね。変な空気なっちゃって」

「いや、急に部外者の俺が入ってきたのが悪いから。俺こそ、ごめん」

「いやいや、ほんと翠花みたいなので噂なんかされたらごめんって感じだよ。ほら、翠花女っぽくないでしょ? よく男子にも男みたいな扱いされちゃうし!」

「……そうか? 別に普通だと思うけど」

「──っ」


 昔からよく男扱いされてきてそんな風に言われたことなかったので、少しだけ戸惑ってしまう。


「ハッ!?」


 おんぶをしてもらっておいて今更だが、なんだか自分が汗臭くないかとか心配になってきた。

 ただでさえ、汗掻いた後だというのにこの密着具合……最悪だ。


「あ、あの……もう大丈夫だから降ろしてくれないかな?」

「いや、足痛いだろ?」


 このままでは恥ずかしくて堪らないので降ろしてもらおうとしたけど、新世くんはそれを許してくれなかった。

 それでも私は、無理やりにでも降ろしてもらおうとする。


「も、もう大丈夫だから! お願い!」

「いやいや、ダメだろ」

「おーろーしーてー!!」

「あ、こら。暴れるな!」


 ついにはその場で駄々をこねるように体を揺らす。

 それに負けじと新世くんもより強く私を抱えようとする。


「ひゃっ!」

「ッ悪い!!」


 そんな争いをしているうちに新世くんの手が太ももを撫で、変な声が漏れた。


「その……ごめん……」

「ううん、翠花こそ……」


 新世くんはすぐに謝ってくれたが、また気まずい空気に逆戻りした。


 一刻も早くこの空気から逃れたい……何か話さないと……。

 何かこの空気を打破できる話題がないか、考えていると今になって右足のふくらはぎが少しずつ痛み始めてきた。


 気のせいだと思っていたはずなのに気にし出すとどんどん痛くなってくる。張ったような痛み。

 大会は来週なのに。


「こんなんで大会出られるかな……」


 ついてない。

 つい不安になってしまい、小さくため息を吐く。


「無理しないほうがいい」


 小さな呟きだったが、耳元だったので新世くんに聞こえてしまったようだ。


「そ、それはそうだけどっ。でも大したことなかったらまだ分からないでしょ! 今日明日休んでれば、治るかもしれないし!」

「そうかも知れないけど……しっかり病院は行った方がいいと思う」

「ぅ……そうだよね……」


 なんでこんなことなっちゃったかな……。

 新世くんが気をつけるように忠告してくれてたのに。

 その忠告を無視して、練習をした私の自業自得だ……。


 でもなんで今日会ったばかりの私のことをこんなに心配してくれたんだろうか。

 まるで私が怪我するって分かっていたような?

 思い返してみれば、練習に戻る前にわざわざもう一度忠告しにきてくれたことも不思議だ。

 しかも、捻挫した左足だけでなく、右足まで。

 

「うむむ……?」

「どうかした?」

「もしかして新世くんって預言者?」


 何気なしに思ったことを口にした私。新世くんが肩をビクつかせた。


「なんでそう思うんだ?」

「えーだって、翠花が怪我するかもって何度も教えてくれたじゃん? 今日初めて会ったばかりなのにあんなに忠告してくれる不思議だったし!」

「…………」

「それこそ、翠花が怪我するのを知ってたとか? あ、もしかして新世くんは未来からタイムスリップしてきたとか!?」

「あー……」


 新世くんは口籠った。


 あ、もしかして、こいつバカなことを言い出したとか思われてない?

 は、恥ずかしい。いくらSFモノが好きだからって……早口になりすぎた。


「ってさすがにそれはないか! あはは……はは……」


 私は、恥ずかしさのあまり、空笑いをして誤魔化した。


「……ま、まぁ、そんな感じかなー」

「…………むぅ」


 かなりの棒読みに流石の私でもわかってしまった。


「こ、子供っぽいって思ったでしょ?」

「オモッテナイ」

「あ、バカにしてるっ!」

「あ、ちょ!?」


 絶対内心笑っているはずなのにそのことを頑なに認めようとしない新世くん。それがなんだか悔しくて私はまた、彼の背中の上でまた暴れた。


「あんま暴れるとまた変なとこ触っちまうぞ?」

「…………」

「ごめんなさい」


 私の無言の空気に耐えきれず、新世くんは即座に謝った。

 せっかくさっきの気まずい空気が無くなったのに、またそういうことを言うんだからつい冷めた目で見てしまった。


「ほら、もう保健室だ」

「あ、誤魔化した」

「……ほら、もう保健室だ」

「聞こえなかったふりするなー!!」


 私のツッコミを無視して、新世くんは保健室へと入る。


「あら、伊藤くん。……と瀧本さんね。瀧本さん怪我したの?」


 保健室に入ると養護教諭の先生が私たちを出迎える。

 新世くんは、私を椅子のところまで連れて行くと、「下ろすぞ」と言ってから下ろしてくれた。


「ほぉ……これはこれは。部活動をやっている瀧本さんとさっき帰ったはずの伊藤くんが一緒に保健室にくるとは……ラブコメの匂いがするわね」

「……それ流行ってんすか?」

「ん? なんのこと?」

「いえ……俺はただ別に偶然、怪我をした瀧本さんの近くに居たってだけですから」


 私を置いて何やら盛り上がる新世くんと先生。

 きっと私と新世くんの仲を勘ぐっているのかもしれないが、今日会ったばかりで特別な感情は特にない。


 ……そりゃ、負ぶわれて恥ずかしかったし、怪我するかもって真剣に忠告してくれるような優しい人だとは思ったけどさっ。


「じゃ、俺帰りますから」


 気がつくと先生と軽口を叩き合った後、新世くんは保健室を出て行こうと出口へと向かう。


「あ、ありがとう!」


 私は慌ててここまで送ってくれたことにお礼を言った。


「……どういたしまして」


 新世くんは少しぶっきらぼうにそう言うと保健室を後にした。


「……ふふ」


 そんな様子を先生が暖かい目で見守っていた。


「……先生って新世くんとよく話すんですか?」

「全然。今日初めて会った」

「……」


 その割には気さくに話してたなと思った。

 ……それは自分もか。

 なんだか、不思議な出会いだった。

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