第13話 変わった未来が最善とは限らない

 振り返るとそこには、ちょうどどうやって声をかけようか迷っていた相手である、瀧本さんがいた。


「さっきはありがと! 体育館に何か用?」

「あー、えっと練習戻ったんじゃ……?」

「ちょっとお手洗いと新しいドリンク取りに行って行ってて! 今から戻るとこ!!」


 どうやら俺が早く着きすぎたらしい。

 しかし、これはチャンス。

 練習に戻ったら手出しができないので、ここで練習するのを止めたほうがいい。


「実は、瀧本さんに用があって」

「翠花に?」

「あー……さっきの怪我、やっぱり練習はやめたほうがいいと思うんだけど」

「ええ〜、そんなことわざわざ言いにきてくれたの? 大丈夫だよ。ほら、この通り!」


 瀧本さんはその場に元気よく飛び跳ねて大丈夫なことをアピールする。


「あ、ちょ、そんなに飛び跳ねないほうがいいんじゃ……?」


 だけど先ほど怪我した未来の姿を見ている俺はその光景を目にして冷や汗を掻きながら止める。


「大袈裟だってば! じゃ、翠花そろそろ本当に練習戻んないといけないから。心配してくれてありがとね!」


 まずい。せっかく話せたのにこのままじゃ、本当に瀧本さんが右足を怪我をしてしまうかもしれない。


 ……右足?

 あれ、捻挫したのって左足じゃなかったっけ?

 ってそれどころじゃない。考えことをしている間にも瀧本さんが体育館入り口に差し掛かっていた。


「た、瀧本さん」

「ほえ?」


 俺の呼びかけに再度、瀧本さんは振り返る。


「あ、えっと……右足は痛くない?」

「右足? ……はどうもないかな! 怪我したのは左足だよ?」

「そ、そう。えっと、左足庇ったりして右足も痛めないか心配でさ」

「ああ〜、そういう! あははっ、本当心配症だね! ダイジョーブ、翠花に任せなさいな!」

「あーうん……しつこいかもしれないけど、本当に怪我だけは気をつけて」

「何をそんなに心配してるのか分からないけど……うん! 気をつける。ありがと!」


 瀧本さんはそう言って体育館奥面のコートへと全力ダッシュで向かっていった。


「本当に大丈夫か……?」


 その姿を見て、心配はぬぐい切れない。

 結局、忠告だけに終わってしまった。


「できるだけのことはやったし、これ以上あーだこーだ考えるだけ無駄か……」


 そういう風に切り替えないとことある事に肝を冷やさなければならない。

 そもそも無関係な俺が出しゃばる必要なんてどこにもないのだから。


「……だって仕方ないだろ」


 昔みたいに激しい運動のできなくなった膝を見て、小さく呟いた。


 ◆


 あのまま帰ろうかと思ったが、やっぱり気になった俺は、未来で視たのと同じように外から開かれた非常扉越しに女子バスケ部の練習を眺める。


 もうとっくに未来で見たであろう時刻は過ぎ去っている。未来で見た光景は確か十七時ごろだったはず。今の時刻は十七時三十分。


 きっとあの体育館の入り口で話したことで未来がいい方向に変わったのだろう。

 女子の練習は何事もなく進み、瀧本さんも怪我をしなかった。


「杞憂だったな」


 そろそろ帰ろう。そう思い、身を翻した時。


「翠花! 大丈夫!?」

「すごい落ち方したよ!?」


 ドンという音とともに女子バスケ部の方から騒がしい声が聞こえてきた。


「……なんでだよ」


 ──未来は変わらなかった?


 俺は慌てて体育館へと戻る。外から非常扉を通って、靴を脱いで中に入った。

 周りの女子たちは急に俺が入ってきたことにより、戸惑いの表情を見せている。


「いたたた……あれ? 新世くん?」

「あ……れ?」


 たどり着いた時、そこには体をゆっくりと起こした瀧本さんがいた。

 しかも、割りかし元気そうな姿で。


 未来での姿はそれはもう悲痛な表情で起き上がることもできていなかった。

 しかし、今の瀧本さんはポカンとした表情でこちらを見ており、痛みはなさそうだ。


 ……もしかして、なんともない?


「あれ〜もしかして翠花、彼氏?」

「彼氏が心配してきてくれたってこと!?」

「男には興味ないとか言ってなかったけ〜?」


 急に盛り上がる女子勢。完全なるアウェイの環境である。

 早とちりだ、くそ。やらかした……。


「ちょ、みんな違うから! そんなんじゃないから!」


 瀧本さんは顔を真っ赤にして否定していた。


 ……すっごい気まずいぞ、これ。

 彼氏どころか、今日さっき保健室でちょっと話しただけの転校生だぞ。


 転校してまだ数日だというのにやらかしてしまった感がある。俺が最もしたくない悪目立ちだ。

 怪我をしなかったのはいいことだが、軽率な行動を後悔した。

 どうする? どうやってこの場を切り抜ける?


「と、とりあえず、みんな本当にそんなんじゃないから! 練習再──いたっ!」


 みんなを諌めながら立ち上がろうとすると瀧本さんは、立ち上がれずその場にうずくまる。

 それを見た周りの温度が急速に冷えていく。


「ちょ、翠花。本当に大丈夫? また左足捻っちゃった!?」

「うーん、左足は大丈夫だけど、うーん……ちょっと右足に違和感?」

「大丈夫なの、それ……?」

「あはは……大丈夫! 右足だし、気のせいかな!」

「ダメ! 翠花はいつもそうやって無理するんだから。とりあえず、保健室!」


 そして女子たちが瀧本さんを取り囲み、支えて立ち上がらせる。

 大怪我は免れたみたいだが、やはり違和感があるらしい。

 不幸中の幸いと言ったところか。


「……で君は彼氏でもないなら一体どうして入ってきたの?」


 その間に俺はおそらく女子バスケ部のキャプテンであろう人から問い詰められていた。幸いにも顧問の先生はいないようだ。


 完全に部外者の俺。

 ……正直に答えるしかない。


「いや、実は瀧本さんのテーピングを巻いたのが俺で。そのせいで怪我しちゃったんだとしたら悪いことしたなって心配になって入ってきちゃいました」

「ん〜? 本当に?」

「ほ、本当ですけど」


 疑うような見つめられ、必死に取り繕う。

 そこに一切の嘘はない。心配していたのは事実だからだ。

 ただ怪我をする未来を知っていたなんてことは言えないのでドギマギしてしまう。


「本当にそれだけで血相抱えて入ってくる、普通?」

「……真面目な保健委員なんで」

「ん〜?」


 めちゃくちゃ怪しまれてる……! 確かに、どう考えてもおかしいけど!!


「ふふ、そういうことね」


 ……何が?

 すごい納得したような感じ出されてるけど、全然わかんない。

 ただ、どうにか切り抜かれたようだ。と、思ったのも束の間。


「ちょっとみんな。保健室には彼が連れていってくれるらしいわ」

「「えっ」」


 二人の声が重なった。一つはもちろん俺で、もう一つは部員のみんなに支えられている瀧本さんだ。

 その後、女子たちがまたキャッキャと騒ぎ始めた。


「じゃ、翠花をよろしくね。念のため、おんぶで」

「「…………」」


 パチンと軽くウインクをして、お願いする女バスのキャプテン。


 そうして俺は、瀧本さんを背中におんぶし、360度全てからの視線を一身に受け、体育館を後にした。


 背中には僅かながらに感じる柔らかい感触。

 無言の瀧本さんとの気まずい時間。


 本当に勘弁して欲しい。

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