第12話 放っておけばスポーツ少女が怪我するらしい

 保健委員の活動内容とは。


 この学校では月に一回、委員会活動がある。

 俺が休んだ昨日に今期の第一回活動があったらしい。


 第一回なので自己紹介と活動内容についての説明だけで終わるのが通常らしいのだが、保健委員長になった人がやる気溢れる人だったので、なぜか初日から衛生用品の点検と補充ということで校内を手分けして見回ることになったらしい。


 で、俺が休んだ分、朝霧の見回る範囲が増えてしまったということだ。


 定期的にこのような見回りや健康習慣に関するポスターの作成など、活動内容は多岐にわたる。

 後は体育祭などのイベント時の救護活動なども保健委員が担当するとのこと。


 すげぇ、面倒臭そうな委員会に入れられてしまった。

 桐原先生め……恨むぞ。


 それで俺は今、放課後の保健室の留守番をさせられている。養護教諭がいない間の留守番。

 保健委員の仕事内容にこの留守番は含まれていないはずだが、今日は業者から保健室の備品が届くことになっており、そこに先生の用事が重なったため、どうしても留守番が必要だったらしい。


 任意だったらしいのだが、俺が休んだのをいいことに朝霧が勝手に引き受けて、俺に押し付けた。

 単なる八つ当たりである。


 休んだ俺が悪いんだが、ひどくない? 

 俺に都合あったらどうするつもりだったのか、聞けばその時は自分がするつもりだったらしかったので黙って引き受けたが。

 

「はぁ……誰もこないし、これいらんだろ。帰りたい」


 業者も来る気配なんて一向にない。というか、生徒が備品なんて受け取ってもいいのか? 学校の管理体制的にどうよ、って聞きたいけど、答えてくれる人は誰もない。


 留守番が終わったら、昨日見回りきれなかった場所の点検もやるように言われているので、さっさと終わらせて帰りたいものだ。


「しかし暇だ……」

 

 なんてことを呟けば、これがフラグだった。


「すみませーん! 失礼しまーっす!」


 元気よく保健室の扉が開け放たれたのだった。


「あれー? 先生いない」


 入ってきたのはハーフパンツに運動用のシャツを着た茶髪ショートカットの少女。

 俺と目があった少女が近づいてくる。


「あ、保健委員の人?」

「そうですけど……先生は留守です」

「そうなんだー! 別に先生に用があったわけじゃないんだけど、部活で使ってたテーピング切れちゃって! 分けてもらいにきたんだ!」

「あー、そういうこと?」


 残念ながら保健室の備品について何も教えてもらってないので、勝手に分けていいのか、俺には判断つかない。


「あ、大丈夫大丈夫! いつもなくなったら分けてもらってるから! 後で先生に言っておいてくれる?」

「ああ、それなら」


 俺の考えていることを察した少女は、棚を開けて中から備品を取り出した。


「いてて」


 そして椅子に座って片膝を抱え、シューズを脱いだ彼女は、テーピングを足首にぐるぐると乱雑に巻いていく。


 捻挫でもしたのだろうが、そんな適当に巻いて大丈夫なのか、不安になる。

 そもそもテーピングの下地であるアンダーラップも巻いていない。


「んー? いいのかなー、これで……?」

「……よかったら手伝おうか?」

「え、ホント!?」


 見ていられなかったので思わず声をかけると、少女は食い気味に俺の提案に同意した。

 

「いやー、結構、不器用なんだよね。無駄にしちゃったなぁ。ごめんなさい!」


 恥ずかしそうに頭を掻いた彼女は先ほどまで自分で巻いていたテーピングをこれまた乱雑に外して、謝った。


「じゃあ、お願いします!」


 そして素足になった左足を俺に差し出す。


「……っ、失礼します」

「?」


 何の躊躇いもなく、差し出された左足。そこから露わになった太ももが嫌でも目に入ってしまった。できるだけ見ないようにして、足首だけに集中する。


 テーピングの入っていた棚から取り出したアンダーラップを足首に巻いていく。

 そしてグルグルとテーピングの伸縮性が緩くならないようにこれも丁寧に巻いた。


「これでいいかな」

「おおー!! すごい!! ありがと! 助かった!」

「どういたしまして」


 少女の眩しい笑顔に当てられ、若干照れてしまった。

 ただテーピングを巻いただけだというのになんとも大袈裟な気もするが、悪くない気持ちだ。


「捻挫でもしたんですか?」


 そして俺はそれを誤魔化すため分かりきった質問をする。相手の年齢がわからないため、ぎこちなく敬語で話す。


「そうなんだよ〜、翠花バスケ部でね。たまにこうやって捻ることがあるんだ。癖になっちゃたのかな〜。やだやだ! あ、後、敬語じゃなくていいよ! 転校生だよね? 翠花同い年だから!」

「あ、ああ。そうなんだ」


 自分のことを翠花と呼ぶ彼女は、同じ二年生らしい。でも教室で見たことがないのでおそらく別クラスなのだろう。俺が転校生であることも知っているらしい。


「えっと、名前なんだっけ? なんか、あれ……荒ぶってる名前だったような?」

「……新世ね。別に荒ぶってない。新しい方だ」

「ああ、そう! 新世くんだ。こっちは瀧本翠花たきもとすいかって言うの。よろしくぅ!」

「お、おお。よろしく」


 差し伸ばされた手を恐る恐る取ると彼女は大袈裟にその手をぶんぶんと振り回した。

 何事もオーバーなリアクションをとる子のようだ。

 そしてかなり快活で明るい。何事もやる気のない俺とは真逆なタイプだな。


「うーん、しっかりテーピングしてもらったけど、ちょっと痛むかも……うーん?」

「痛いならあんまり無理しないほうがいいんじゃないか?」

「でも大丈夫かな。そんなに酷いわけじゃないし、もうすぐ大会だからね! 三年生も少ないし、翠花がチームを引っ張んなくちゃいけないからこのくらいで休んでられないよ! あ、やば! 早く練習戻んないと!」


 瀧本さんは、その場に立ち上がり、ぴょんぴょんと軽く跳ねる。


「よし、やっぱり大丈夫! じゃあ、翠花行くね。ありがとねーい!」


 瀧本さんはこちらにウインクをすると体育館の方へ全力ダッシュをして行ってしまった。どうやら足は大丈夫なようだ。


「……嵐みたいな子だったな」


 先生がいたら間違いなく、廊下は走っちゃいけませんって怒られてただろ。

 にしてもバスケ部ねぇ……。


 その時。またいつものあれが脳内を駆け巡った。


 ***


 その場所──体育館では、様々な音が聞こえてくる。

 キュッキュッとシューズが体育館のフロアを弾く音や部活動に勤しむ生徒の掛け声。

 バレー部のボールを弾く音やバスケ部のシュートを決める音。

 そして丁度五時を知らせる鐘の音が遠くから聞こえてきた。


 俺は外で開け放たれた体育館の非常扉からそんな練習風景を見ていた。

 きっと帰る途中で目に入ったのだろう。

 数秒眺めた俺は、満足したのか体育館に背を向けて歩き始めた。


「キャー!!」

「大丈夫!?」


 その瞬間に聞こえる悲鳴。

 何事かと俺ももう一度、体育館の方へと振り返る。


「うぅ……」


 体育館の扉から中の様子を窺うとそこには、を抑えて倒れる瀧本さんの姿があった。


 ***


「…………マジかよ」


 さっきまで元気そうにしていた彼女の悲痛な表情。

 それが頭からこびりついて離れなかった。


 俺の未来予知は、基本的に数分以内に起こる事象に限られる。

 正確に測ったことはなかったけど、大体二、三分後くらいにはなにもしなければ基本的には発生することが多い。


 でもさっきのは明らかにいつもより先の未来だったように思う。

 おそらく一〇分程度先。


 ……どうする?


「あら、伊藤くんぼーっとしてどうしたのかしら?」

「あっ」


 考え事をしているといつの間にか、保健室の先生が戻ってきていた。

 先生が戻ってきたのなら、俺がもうここにいる理由はない。

 俺は急いで先生にテーピングのことを伝え、保健室を後にした。


 ◆


「で、どうすりゃいいんだ?」


 体育館に着いたはいいものの途方に暮れる。

 衝動的に来たはいいが、瀧本さんのことをどうすればいいか分からない。


 そもそもどうやって瀧本さんが怪我をしたのかも状況がわかっていない。

 だから練習をやめさせるのが一番なんだが……それは難しいだろう。


 完全に部外者な俺が勝手に入っていって、練習をやめろと言ってもおかしな話だ。

 というか、そんなことしたら俺の学校生活が終わる。


「……ていうか、なんで俺が他人のためにここまでする必要があるんだ?」


 いつもなら面倒で済ませていただろう。

 俺と瀧本さんの関係はさっき保健室で話した程度。そんな間柄の彼女に何を必死になっているんだろうか。


 それはきっと──。


「……」


 やめだ。考え事は後にしよう。

 たとえ、少ししか話していなかったとしても、あんな元気そうな彼女が痛ましい姿になるとわかっているなら。


「ほんと、損な性格してると思うわ」


 面倒ごとは嫌いなはずなのに、自分に関係なかったとしても嫌な未来は見たくない。

 いや、自分のためだな。

 ここでわかっている未来を回避しなかったら普通に気に病む。俺は繊細なのだ。


 自分に言い訳をしてネガティブな思考を遮った。


 ……しっかし、どうすっかな。


 どっちにしろ、練習をやめさせるなんて難しそうだ。


「う〜ん?」

「あれ? 新世くん?」


 悩んでいると後ろから声がした。

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