第19話 ジェットコースターみたいな感覚だった
藤林は少し離れた林道にしゃがみ込んでいた。
そして俺もその隣に腰を下ろした。
「何?」
「いや、足痛いし休憩」
「あっそ」
「…………」
「…………」
空気がなかなか重い。
「このまま下山してどっか遊びに行くか?」
「いや、普通に考えてそんなことしたら下手すれば停学になるでしょ」
藤林に諭されてしまった……。
「冗談だ」
「ほんとに〜?」
「ホントにホント。俺、嘘つかないから」
「そういうこという人って大抵嘘つきなんだよね」
「…………」
とりあえずは俺とは普通に会話できるようだ。
さっきのギスギス感も今はない。
「それで。何しにきたの? わざわざあたしのこと心配して追いかけてきてくれたの?」
藤林は前みたいにニヤニヤとしながら、俺の顔を覗く。
前は油断していたが、今日はそうはいかない。
「不本意ながら」
「む」
思っていた答えと違ったのか、藤林は口を尖らせた。
そして少ししてからまた口を開いた。
「私のこと軽蔑した?」
「……軽蔑って朝霧が言った、遊んでるってこと?」
「そう。あの女が言った男を取っ替え引っ替えしてるとか」
「そういう噂があるって言うのは聞いた」
「……」
「でも別に軽蔑はしてない」
「……え?」
俺の言葉が意外だったのか、藤林は目を丸くした。
「だって見た目通りだし」
「……」
今度は睨みつけられた。
「前に言っただろ? 派手な見た目してるから普通だったら近づかないって。人ってのは第一印象がなんぼだからな。遊んでそうな見た目だと思ってたら別にそういう話を聞いたって軽蔑も何もない」
「……そう」
元気なく、藤林は俯いた。
「ただ一回話した感じ、ただの噂って思ったけどな」
「っ」
それは正直な感想。ビッチっぽい振る舞いしてるけど、言うほど男と遊んでるようには思えなかった。
初めて未来で視た彼女も東高の生徒からのナンパは鬱陶しそうにしていた。気分じゃなかったという可能性もあるけど、あの時は明らかな嫌悪感を示していた。
それに俺が見た時は大体他人を遠ざけている。そんな人物が本当に噂通りの人物だろうか。そうは思えなかった。
ま、単に俺の女性経験がないだけかもしれないが、それは置いておこう。
「まぁ、俺にとっちゃ藤林が遊んでようが遊んでないがどっちでもいい。好きに生きたらいいさ。俺だってそうしてる」
そう。これは教訓だ。俺にとってそんなこと些細なことでしかない。他人の評価なんてどうだっていい。
俺はそんなこと気にしない。……そう生きると決めたんだ。
最近は未来予知に振り回されてるけど。
「……新世って結構、はっきり言うね。普通、もっと気の利いたこと言わない?」
「苦手なんだ。察してくれ」
「……ぷっ。ぽいね」
失礼なやつめ。
ちょっとは元気になったか。
しかしながら、問題はまだ残っている。
果たしてこのまま藤林を連れ戻して、また同じ状況にならないか、という問題だ。あの態度をどうにかしない限りは繰り返す可能性が高い。
それ以前にこのまま素直にみんなの元へ戻ってくれるかも分からない。
「あーめんどくさい」
考えるのも嫌になってきた。しかし、藤林を連れてきておいて何もしなかった結果があれだ。
「どうしたの? 変な顔してる」
「元からだほっとけ」
そんな頭の痛い俺を茶化してくる藤林。できればこの機嫌のままいてくれるといいが……。
「よし、決めた」
「決めたって何が?」
「ちょっとここでついでに暴露しておくわ。実は、桐原先生に藤林がサボらないように見てくれって頼まれてたんだ」
「……何それ」
俺がとった手段はそもそもの先生の依頼をなかったことにするということ。藤林の目つきがまた鋭くなった。
「悪いな。俺も脅されてたんだ。だけど、もうめんどいからやめるわ」
「……え?」
「いや、初めから乗り気じゃなかったんだよ。監視とかガラじゃないし。それでさっきみたいな女子同士の修羅場って言うの? あんな感じになっちゃったら俺としてはどうしようもないって思ったわけ」
「…………」
「結果、考えるのがめんどくさくなった。だから先生の頼み事も強制終了ってわけだ」
「…………あはは、そんな正直に言われるとなんか気が抜けるじゃん。先生に怒られるんじゃない? それでいいの?」
「さぁ、知らね。なんとかなんだろ」
怒られたらその時はその時。変に藤林を付き合わせて空気が悪くなるくらいなら、一人でいる方が藤林もマシかもしれない。
「……で新世はどうすんの? あたしと一緒に二人っきりでチェックポイントまで行ってくれるわけ?」
「ああ、藤林が二人っきりがいいならな」
「──ッ!」
俺をまた揶揄うつもりだったのだろうが、俺がカウンターを発動すると藤林は一瞬固まった後、頬を赤く染めた。
前にやられたやり返しだ。確かに揶揄う方は楽しいな、これ。だが、それも一つの手だろう。
「じゃあ、そんなに二人きりがいいなら、ここでイイコトしてから行く?」
「え、ちょ!?」
藤林はジャージのファスナーを緩めながら、妖艶な表情でこちらに迫った。突然のことで俺も焦って変な声が出た。
「あははっ! 冗談だって。やっぱり童貞だね!」
「……のやろう……」
やっぱりまだ勝てないらしい。
「……やっぱ、さっきんとこ戻ろ。あたしのせいで新世がさっきのお友達になんか言われるのかわいそうだし」
「そうかよ。今度はもうちっと上手く頼むわ」
「考えとく」
結局、俺は藤林を引き連れて、班の方へと戻ることとなった。
別に戻ってまたギスギスするのも嫌なので、二人でも良かったけど、とりあえずは結果オーライだ。
◆
あたし、藤林紗奈は不思議な気持ちだった。
朝霧とかいう女に言われたこと。普段、言われ慣れていることになぜか今日に限ってカッとなってしまった。
なんとなく、新世にそのことを知られるのが嫌だったのだ。
あたしを色眼鏡で見なかった新世にそういう風に見られたくなかった。
だけど、新世は正直に言った。
遊んでるように見えるって。それを聞いた時は、やっぱり新世もそういう人なんだと落胆した。
でも違った。
新世が噂とは違うと思うと言ってくれた時は嬉しかったけど、それ以上に好きに生きたらいいと言われたのが印象的だった。
初めは不器用な慰めかと思ったけど、後で考えればあの時の新世は自分にそう言い聞かせているように思えた。
そして新世は先生からあたしを見張るように言われていると暴露した。
それを聞いて、また不信感。だけど、馬鹿正直にあたしに話して、見張るのをやめると言われた時は、思わず気が抜けた。
そこからは前みたいなやりとり。やっぱり新世をからかうのは楽しいと思った。
──不思議な感覚だった。
新世に対しては感情が行ったり来たりする。変なこと言ったりするけど、なぜかそれが心地よい。言われて、一瞬ムッとするけどすぐにその不快感は消える。
まるでジェットコースターみたい。
やっぱり新世は他の人たちとはどこか違う。
もっと知りたい、前を歩く新世を見てそう思った。
◆
なんだか帰り道やけに藤林が静かだったように思えたが、何か考え事をしているようだった。
騒がしかったら騒がしかったで面倒なので気にしないことにした。
無事連れ戻すことには成功したし、後はギスらないよう祈るだけだが、ここで俺に更なる試練が巻き起こる。
「……え、倉瀬がいない?」
藤林を引き連れて戻った俺が草介から聞いたのは、そんな言葉だった。
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