第20話 なんだかんだで助けてくれる人

 先ほどの山道に戻ると朝霧が険しい顔をしていた。

 そして俺と後ろにいる藤林を見るや否や、慌ててこちらに近づいてきた。


「ねぇ! 七海は!?」

「倉瀬? 知らねぇぞ。一緒にいたんじゃないのか?」

「倉瀬、やっぱり自分も追いかけるつって、俺たちが止める間も無く行っちまったんだよ。てっきり合流してるもんかと思ったが……」


 そう言えば、藤林を追いかける時、後ろから声が聞こえた気がする。気のせいじゃなかったのか? 後ろを振り返っても誰もいなかったけど……。


「……会ってないな」

「嘘……」


 朝霧の顔が青く染まっていく。


「ねぇ。電話は? 通じないの?」


 そこへ以外にも後ろにいた藤林が朝霧に問いかけた。

 先ほどまで口喧嘩をしていた相手からの助言に一瞬、戸惑う朝霧だったが、それどころではないと思ったのか、慌ててスマホを開いた。


「……ダメ。山だから圏外」


 ますます悲壮感に満ちていく朝霧。


「ど、どうしよう……七海に何かあったら……」


 朝霧の焦燥感が凄まじい。

 流石にいなくなって数分しか経っていないなら心配しすぎなようにも思うが……確かに倉瀬は危なっかしい一面がある。向こう見ずと言うか、なんというか。さっきも滑り落ちそうになった前例もあるしな。


「そこまで落ち込むなよ。いなくなったつってもまだ数分だろ? すぐ見つかるって!」

「そんなのわからないじゃない!! 七海すぐに無茶しちゃうし、しっかりしてるようで抜けてるところもあるんだから!! さっきだって危なかったのに……もしものことがあったら私……」


 朝霧は草介が慰めるために言ったその言葉に反発する。

 倉瀬のことになるとどうも冷静さを欠くようだ。


「ねぇ、さっきの道もしかして右の方行ったんじゃない?」


 そこで藤林が横から口を挟んできた。さっきの道というのは、俺が藤林を追いかけて戻ってきた時の道。

 確かに途中、微妙に分かれ道になっていた。


「でもあっち、明らかに険しそうだったぞ。左は、全然普通の道だったのにわざわざそっち行くか?」

「七海ならあり得るかも……」

「……まじ?」


 流石、倉瀬というべきか……恐るべき天然を発揮しているな。そんなこと言ってる場合じゃないが。本当に迷子になっていたとしたら一大事である。


「とりあえず、俺がちょっと戻って見てくるよ」

「なら私も探しに行くわ! 七海がいなくなったのにこんなところで待ってられない!!」

「いや、朝霧たちは待っていてくれ。それかチェックポイント目指して先生に報告してもらった方がいいだろ」

「はぁ!? なんでよ!! まさか私と一緒に行くのが嫌だからとか言うんじゃないでしょうね!? 今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ!?」


 朝霧の金切り声が響く。聞く耳を持たねぇ。


「別にそういうわけじゃないって。倉瀬のこと心配なのわかるけど、倉瀬のことになると周り見えてないだろ?」

「…………」

「心当たりあるって顔だな。そういうわけでその方が危険な目にあったりする可能性も上がるし、二次災害を防ぐためにもな」

「で、でもそれならアンタは」

「俺なら大丈夫だって。運ならいい方だからさ。頼りないかもしれないけど、俺に任せてくれ」


 全くもって根拠のない言葉だ。だけど朝霧は真剣な表情で俺を目をじっと見つめた。


「…………わかった」


 そして小さくうなづいた。

 どうやら俺のことを多少は信用してくれているらしい。


「すぐにチェックポイント行って先生呼んでくるから」

「おう、よろしく」

「新世も気をつけろよ」

「怪我しないでよね」


 そうして俺は朝霧たちと別れた。

 果たして、藤林と朝霧の二人に挟まれた草介はうまくやれるのか、という別の心配事もあるが、今は倉瀬を探すことに集中しよう。


 一人になってから倉瀬が歩いて行った方へと再び向かう。

 なんだかんだで割と責任重大な役割を受けてしまったように思う。


「こんなんばっかだな、ホント……」


 ため息と共に愚痴がこぼれた。

 ぶっちゃけ、俺も一人で探さずに先生のとこに報告行ってもよかったし、なんなら草介と二人で探したほうが良かったかもしれない。

 山で遭難した人を探すのに、一人で探すなんていうのは愚の骨頂かもしれない。


 それでも一人になったのにはわけがある。


 幸いにも俺には変な力がある。未来のことが分かる変な力が。だからもし何かあっても俺ならどうにかなると思っているのだ。


 それに倉瀬を見つけた後もそうだ。なんだか天然を発動して、いろいろ危ない目に遭いそうだが、その危険予知ができればどうにか回避できる気がする。


 俺は先ほどの道を右側に進んだ。


 ◆


 私、倉瀬七海は困ったことになっていた。

 伊藤くんが藤林さんを追いかけた後、私も伊藤くんを追いかけた。


 理由は私の言葉が藤林さんを不快にさせてしまい、優李ちゃんとケンカになってしまった。その責任を感じての行動だった。


「伊藤くんどこ行ったんだろ……?」


 周りを見渡しても広がるは木ばかり。

 完全に見失ってしまった。


「おかしいな……伊藤くんこっちに行ったと思うんだけど……」


 伊藤くんの背中は見えていたのに気がついたらいなくなっていた。

 伊藤くんの足が早いことは意外な発見だ。そう言えば、川でも引き揚げてもらったし、運動神経はいいのかも?


「それにしても心配だな……ちゃんと紗奈ちゃんと合流できたかな? 伊藤くんも紗奈ちゃんも迷子になってないといいけど……」


 私は、この山も何度か登ったことあるけど、伊藤くんは転校してきたばかり。だから余計に心配だった。


「はぁ……失敗しちゃったな……」


 一人になって改めて、先ほど紗奈ちゃんを怒らせてしまったことを考える。

 紗奈ちゃんは少し見た目も派手で一人でいることが多い別のクラスの女の子だ。初めて見た時は、すごいおしゃれで美人な子だと思った。


 だけどあまり他の子は彼女にいい印象を持っていなかったように思えた。

 確かに少し怖いところもあるけど、優しいところもある子だと私は思っている。


 前に一度、他校の男子生徒に声をかけられたことがある。後で優李ちゃんに聞けば『ナンパ』というものだったらしい。

 言葉巧みに丸め込まれて危うく連れていかれそうになったところを助けてくれた子がいる。後で知ったけど、それが紗奈ちゃんだった。


 そんな紗奈ちゃんを知っているからこそ仲良くなりたかったんだけど、失敗してしまった。


「それにしても伊藤くん、紗奈ちゃんと仲良さそうだったね。いつの間に仲良くなったんだろう……?」


 なんだかモヤモヤする……。

 私だって二人と仲良くなりたいのにまるで蚊帳の外だ。


「そういえば、この前も伊藤くんって女バスの子と噂になってたよね?」


 確か女子バスケ部の瀧本さんだったはず。小柄だけど運動神経抜群で活発で元気な子だ。


「伊藤くんは付き合ってないって言ってたけど……」


 真相が気になる。少なくとも体育館で瀧本さんを助けたのは本当みたいだし、火のないところに煙は立たないと言うし……。


「伊藤くんって結構モテるのかな……?」


 伊藤くんなんだかんだで困ってる人を助けてくれるイメージだ。

 初めて会った時だって、川から助けてくれたし、さっきも滑り落ちそうなところを助けてもらったところだ。


「ッ!」


 その時の抱き止められたことを思い出して顔が熱くなった。

 なんだか伊藤くんのことを考えるとソワソワしてしまう。


「そ、そりゃ命の恩人だしね。仲良くなりたいと思うのは当然だよ、うん」


 誰に言い訳するでもなく、独りごちる。

 それでもやっぱり気になるのは……。


「っ。それどころじゃない! 早く二人を見つけないと。迷ってたら大変!!」


 そしてかぶりを振って、頭に浮かんだ考えをかき消した。


 そこから私は声を上げながら、周りを散策した。

 追いかけてからあまり時間がかかってなかったから、そこまで離れているとも思っていなかったので、声を出しているうちに出会えると思っていた。


 だけど、それから数十分ほど歩いても誰とも出会えることはできなかった。

 それどころかどんどん森は険しくなっている気がする。


「みんなどこいるんだろ」


 心寂しくなって、そう呟いたその時。


「キャッ!?」


 私は足元の木の根に気が付かず、つまづいてその場に派手に転んでしまった。


「いたたた……」


 転んだ拍子に膝を打ち付けたらしい。

 私はジャージを捲り、患部を確認する。打ち付けた部分は青黒く色が変わっており、出血もしていた。


「痛い……」


 血を見るだけで気分が悪くなってきた。私は近くに合った木に寄りかかる。


「どうしよう……」


 とりあえずハンカチで出血している部分は抑えた。だけど、すぐに滲んでしまった。


「このハンカチお気に入りだったのに……」


 血が出ているせいなのか、誰もいないからなのか、どんどん気が弱くなる。そうしてうずくまっているうちに昔の記憶が蘇る。


 昔もこうやって一人ぼっちだったことがあった気がする。誰もいない、誰も助けてくれない場所でこうやって。

 寂しくて、怖くて……あの時はどうしたんだっけ?


「倉瀬?」


 誰かに呼ばれた気がした。

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