第4話 未来は分かるけど、先行きは不安
マジでやめてほしい。
初っ端からなんでこんなハードル上げてくるの? 新手のいじめ?
俺は今まさに熱烈な歓迎を受けている。
視線が痛い。痛いところじゃない。突き刺さっている。
なんで先生はあんなこと言ったのだろうか……。
あれじゃあ、まるで俺がイケメンみたいに聞こえるじゃねぇか。
こちとら年齢=彼女できたことない歴の非モテ男子である。
そりゃあ、そんな反応になるよね……。
入ってきた俺を見た時のクラスメイトの反応ときたら、なんとも言えないものだった。
もう帰りたい。
「どうした、転校生。緊張しているのか?」
「ま、まぁ、ぼちぼち……」
一体誰のせいでこんなことになっていると?
そんな文句の一つでも言ってやりたかったが、転校して初日に先生に向かってそんなことは言えるはずもない。
「そうか。安心したまえ。私から見れば、君は十分にイケメンと言えなくもない範囲に入る」
「それ褒めてます?」
「ああ。もちろん」
「……」
全くもって何を安心していいのか、わからない。
「では転校生。自己紹介を」
俺は担任となる桐原先生に恨みのこもった視線を向けるが先生はそれを受けて、小さくほくそ笑んだ。
この人、絶対楽しんでいる。俺が所定の時間よりちょっと遅かったからって嫌がらせだ……。
「…………伊藤新世です」
俺は諦念のため息をついて、力なくクラスのみんなに自己紹介をした。
その時、すぐ前の席からガタッと机が動く音が聞こえてきた。
その音の方向を見た俺は顔をひどく歪めた。
「……ぅ」
多分自分でも分かるくらいにものすごく引き攣った顔をしていたと思う。先生によって引き攣らされた顔が余計にだ。
しかも変な声まで出そうになった。
まるで苦虫を噛み潰したかの表情でこちらを睨む女子生徒。
──なんでここに?
まさしく向こうの彼女もそう思っていることだろう。
そこにいたのは昨日、俺が交通事故から助けた人物だった。そして思い切りビンタを喰らわされた相手でもある。
……世間って狭い。そして神様には慈悲がない。
その女子生徒からはまるで射殺さんとする矢のような視線が飛んでくる。
俺の頬に一筋の汗が流れた。
「ほぅ……」
だが、その一部始終を見た先生が何かを察したように呟いた。
「なんだ、朝霧。お前はもう転校生と知り合いなのか」
「違います。そんな変態知りません」
朝霧と呼ばれた女子生徒がそう言った瞬間、周囲がざわつきだす。
「あの野郎……」
最悪だ。転校初日に変態扱い。
悪目立ちにも程がある。
「ふむ。ラブコメの匂いがする」
何言ってんだ、この人……。
俺の焦りを他所におおよそ先生とは思えない発言をする桐谷先生。なんだよ、ラブコメの匂いって。
今日、職員室であった時から薄々感じていたがこの人、まともじゃない気がする。
「実に面白い」
まるでどこかの教授の如く、呟く姿がまた悔しい事に様になっている。
しかし、面白いことなど何もない。
そしてできれば、今にも暴れ出しそうなあの狂犬を宥めてほしい。
「まぁ、というわけで転校生の伊藤くんだ。彼は家の都合もあってな。苦労人なんだ。みんな仲良くしてやってくれ」
先生の一言でクラスメイトからはまばらに拍手が巻き起こる。
相変わらず、朝霧と呼ばれた女子生徒からは凍つく視線が投げられている。
「それじゃあ、ちょうどいい。転校生も交えて席替えでもしようか」
「せんせーい。新学期始まったばかりなんですけどー?」
一人の男子生徒が声を上げる。日付で言えば、まだ4月11日。まだ、二学年に上がったばかりである。確かに席替えは早い時期じゃないだろうか。
「うるさいぞ、笹岡。留年させるぞ」
「っっ……」
笹岡と呼ばれた男子生徒は有無も言わさず、黙らされた。
理不尽ここに極まる。いいのか、そんな職権濫用をチラつかせて。
「笹岡。少しは落ち着け。私は何も考えなしにそう言ったわけではない。今は名簿順で席が決まっているだろう? それでは面白くない」
何が面白くないか分からないけど、ツッコミを入れるだけ無駄だと思った。
ちなみに俺はずっと教壇で先生の隣に立たされている。どうでもいいから早く席に座らせてほしい。
「お前も両隣が男子生徒では潤いが足りんだろう? つまりは、そういうわけだ」
「そうか! そういうわけっすね!? さっすが先生!!」
どういうわけか全く分からなかったが、笹岡くんは激しく喜んだ。
「じゃあ、くじ引きだ」
◆
「…………」
「…………」
──ギロリ。
はいはい、どうせ分かってましたよ。こうなるってことは。
見られすぎて穴空きそう。右隣から尋常ではない圧力を感じる。
……こっちにきてからロクなことないがない気がする。いや、前からか? それはともかく……せんせーい。席替えを所望します。
「却下」
心の中で唱えたはずの願望がなぜか拾われた。そして却下された。
そして先生はますます楽しそうに笑う。
ぜってぇーあの先生仕組んだだろ? 何がラブコメの匂いだよ。ふざけやがって。
「…………結局、前も隣も男じゃん……」
そして後ろからは悲痛な呟きが聞こえてきた。
……笹岡くん、ドンマイ。
俺の後ろの席になった笹岡くんは、窓側の列の一番後ろ。みんなが憧れる席No.1の席である。
にも関わらず、彼は嘆いてる。
右隣が結局、男子生徒だったからだ。
何だかこれも仕組まれた気がしなくはない。
悲しみに暮れる笹岡くんのことは置いておいて、とりあえず横からの視線をどうにかしたい。
本当は話しかけるのも億劫だが、いつまでもこの視線は勘弁願いたい。
「……あのさ。いい加減睨むのやめてくれない?」
「痴漢しておいて、よくそんなことが言えるわね」
「ち、違う。あれは本当に誤解で……」
「何が誤解? 腕を掴んだと思ったらいきなり抱きついてきたくせにどこに誤解があるわけ?」
「あれは事故から助けるために」
「昨日も聞いたわ。もっとマシな言い訳したらどう?」
「本当なんだが……」
「あっそ」
ムリゲー。まるで話を聞いてもらえない。どうやっても誤解は解けなさそうだ。
実はあそこで事故に遭う未来が視えましたって? ダメだ、絶対信じられない。
絶対に頭のおかしいやつだと思われる。
「ともかく、私はあの一発で許したつもりはないから。分かったら話しかけないで!!」
完全なる拒絶。とりつく島もない。
「……わかったよ」
転向初日からいきなり嫌われるというのもなんだか心苦しいが、まぁいいか。
どうせ、一人には慣れてるし。
こちらから何もしなければもしかしたらそこまで害はないのかもしれない。
「──じゃあ、これでホームルームを終了する。ああ、一限目の私の数学だが、伊藤はまだ教科書持っていないようだから隣の朝霧に見せてもらってくれ」
「なッ!?」
「…………」
呆気に取られ声が出る朝霧と逆に声すらも出せなかった俺。そんな俺たちを見て、先生は愉快そうに笑った。
先生はその後、諸連絡を告げると一旦、教室を出ていってしまった。
どうして……。
朝霧の反応を窺うと露骨に不快そうな顔をしていた。
そして視線が合うとすぐに目を逸らしてから、鼻を鳴らし、席を立ってしまった。
「はぁ……」
先行き不安である。未来のことが分かる俺がこんなこと言うとはなんという皮肉。
「朝から災難だったな。朝霧にあんな睨まれてるなんてなんか変なことしたのか?」
そんな初っ端から疲労困憊の俺に後ろから明るく声をかけられた。
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